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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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彼らの覚悟

 睦子は深い絶望の中にいた。

 足を負傷し、もはや二体の怪物から逃げることは出来ない。

 頼みの綱であったものたちも、一瞬にしてやられてしまった。


(どうしよう、いったいどうすればいいの? 誰か、誰か助けて……!)


 締められていた首がおかしな方向に曲がり、男の体から力が抜けたのを彼女は見た。

 目の前でまた、人が死んだ。

 入口の方では吹き飛ばされ、呻く女性隊員にクラブがのしかかった。

 鮮血、悲鳴。生きながらにして食べられているのだと理解せざるを得なかった。


 二人に向けられた暴虐が、自分たちの方に向くことは明らかだった。

 せめて、悟志だけでも生き残ってほしい。

 睦子はそう願ったが、しかし世界は二人の思いを無視して時を進めていく。

 ラステイターが向き直り、二人の方に向かって歩み寄る。

 短い悲鳴、僅かな抵抗。逃れえぬ死の運命が、二人に向かって来る。




「運命を変えたいと願うなら、僕の手を取っておくれよ。朱鷺谷睦子さん」




 その瞬間、世界が変転した。

 周囲の風景がモノクロームになり、ありとあらゆるものが動きを止めた。

 睦子と、その前に現れた白い生き物、プレゼンター以外は。


「あなたは……誰? 私は、どうして……」

「キミが知りたいのは、そんなことではないだろう?

 キミは生きたいと願い、僕はキミの願いを聞き届け、力を与えるためここに来た。

 願うなら、僕の手を取ってくれ」


 プレゼンターは後ろ足で立ち、前足で宝石を持ちそれを睦子に差し出した。

 黒瑪瑙の石、底知れぬ黒だというのにそれを見ているとなぜか安心してくる。


「キミが諦観に耽溺するというのならば、それもいいだろう。

 だがキミが望むなら、僕はキミの前に横たわる闇を払う力を与えることが出来る。

 逃れえぬ死の運命を享受し、無念に満ちたまま死ぬか。

 それともキミの力で運命を変え、生き抜くか。選ぶといい」

「私は……私の、願いは」


 睦子の石は決まっていた。

 彼女は手を伸ばす。

 プレゼンターが差し出して来た黒瑪瑙色の宝石――マギウス・コアを手に取り、願った。

 生き残り、生かし続けることを。


「私は……悟志くんを守りたい! そのための力があるなら……!」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 悟志は考えた。せめて睦子だけでも生きてここから出せないか、と。

 無理だ。


 いまいるのは三階、窓から無事に飛び降りることが出来るかは分からない。

 もし逃げようとしてもカメレオンに捕まってしまうだろう。

 入口も二体のラステイターが塞いでいる。


 化け物のような外見をしているが、頭は回るようだ。

 そう言えばあれが人語を介していたという事実を、悟志は思い出した。

 確かな知性があり、知能がある。


(クソ、どうする! どうすればいい! どうすればあいつを助けてやれる!?)


 自分が死ぬなら、まだいい。

 自業自得というわけではないが、少なくとも力及ばずに死んだのならば納得が出来る。

 愛する人を失うのは、きっと耐えられない。

 自分のことを信じて、自分のことを助けてくれた人を失いたくない。


 命を賭けてもなお届かぬと知りながら、悟志は考え続けた。

 この状況を潜り抜けるための手段を。


 そして彼は、見た。かつてマグスだったそれが身に着けていた時計。

 スマートウォッチと呼ばれるタイプの腕時計型のマルチデバイスだ。

 悟志はそれを掴み、腕から剥ぎ取った。

 かつて変身を目の当たりにしていた悟志は、それがドライバーであることを直感的に理解していた。

 これを使えば、もしかしたら状況を打開できるのではないか?


 ドライバーを剥ぎ取り、自分の手に付ける。

 そこで、彼は見た。

 自分のことを睨み付ける命無き瞳を。

 かつてのマグス装着者が、『本当にいいのか?』と問うていた。


 マグスへと変身し、戦う力を得ればラステイターはもはや容赦しては来ないだろう。

 いままでラステイターは自分たちをあからさまにいたぶっていた。

 それは、彼らのような戦う力を持つものを呼び寄せ、一網打尽にするためだったのだろう。

 命の危機が迫れば、彼らはその態度を即座に改め自分を殺すために攻撃を仕掛けて来るだろう。


「俺はもう迷わない……この手で、睦子を助けることが出来るのならば!」


 正清とともにラステイターと戦って、自分も何かになれると思った。

 何者にも慣れない自分の姿を、少しの間だけでも忘れることが出来た。


 ウィズブレンが現れ、その幻想は否定された。

 再び自分は何者にもなれない人間だと思い知らされた。


 だが、と悟志は思う。

 何者になれるかではな(・・・・・・・・・・)()なるかが問題だ(・・・・・・・)

 そしてその手綱を握る(・・・・・・・・・・)のは(・・)常に自分自身であると(・・・・・・・・・・)


「例え何者になることが出来なくても……俺は睦子を守りたい(・・・・・・・・・)!」


 悟志は幽鬼のように立ち上がり、《マグスドライバー》を操作した。


 同時に睦子も立ち上がり、黒瑪瑙色のマギウス・コアを掲げた。


 奇しくも二人は、同じ場所で同じ願いを抱いて変身した。

 悟志の体を錬金式が包み込む。

 黒のボディースーツと警官が身に着けるようなボディーアーマーが展開された。


 睦子の体を光が包み込む。彼女の衣服が解け、黒いドレスがその身を包む。

 丈が長く、露出が少ない落ち着いた雰囲気のドレスだ。

 開かれた胸元にはフリルのついたブラウスが覗く。

 彼女の右手に光が収束し、黒檀の槍がその手に生まれた。

 彼女は手元でそれを一回転させ、穂先をラステイターに向けた。

 『黒影の魔法少女』がここに誕生した。


 悟志と睦子は互いに顔を見合わせ、その姿を確認した。

 悟志には何が起こったか分かったが、しかし睦子には分からなかった。

 もちろん、そんなことを確かめ合っている暇はない。

 敵が現れたと気付いたラステイターが、身を低くして突撃して来たからだ!


 クラブラステイターが鋏をなぎ払う!

 睦子は側転を打ち回避、悟志は背後にあった柱へと跳んだ。

 柱を蹴り再跳躍、体を丸め更に天井を蹴った。

 三角跳びの要領でクラブの鋏を避けつつ背後に回り、無防備な背中に向けて後ろ回し蹴りを叩き込む!


 自分でも不思議だと思うほど、悟志はマグスの力に適応していた。

 皮肉なことに、それは天性の才能としか呼べないものだった。

 彼の戦闘に関する適性は他の人間よりも遥かに優れていた。


 怒り燃えるクラブが放った鋏を、悟志は身を逸らし回避。

 更にその勢いを利用してカメレオンが放った舌の一撃をも回避。

 距離を取りつつ、悟志は武器を探した。

 他のマグスたちが取り落したバスターライアットを。そしてそれはすぐに見つかった。


 クラブは鋏を大きく開き、それを悟志に向かって突き込んで来た。

 しかし、それは横合いから飛び込んで来た睦子に止められた。

 彼女は槍を鋏の根元に突き込んだ。

 可動部を抑えられた鋏は、当然ながら動かすことが出来ない!


 視線を睦子に向けるクラブに対して、悟志は容赦のない銃撃を加えた。

 腹部に連続して弾丸を受け、クラブが呻く。


「どうやら腹はそれほど厚くないみたいだな……だったらこのまま!」


 連続攻撃を仕掛けようとした悟志だったが、違和感を覚えそれを中断。カメレオンがいつの間にか姿を消していたのだ。カメレオンの力は透明化、そして力強い舌での攻撃だ。


 攻撃を警戒し身を固める悟志だったが、しかし横合いから殴りかかって来たカメレオンを避けることは出来なかった。攻撃の瞬間姿が露わになる。だが。


 一方で鋏を抑えられていたクラブも、鋏を引くことによって睦子の妨害から脱していた。攻撃のターゲットを睦子に変更、巨大な鋏を振り払う。黒檀の槍を掲げて防御しようとするが、しかしクラブのバカ力を前にすると彼女の細見はいかにも頼りない。


 案の定、睦子は攻撃の衝撃に耐え切れず吹き飛ばされ、ガラスに叩きつけられた。クラブはこれ幸いと鋏を振り回し、睦子を追い詰める。助けに行こうと悟志は動こうとするが、しかしそれをさせないのがカメレオンだ。素早く懐に踏み込んで来る。


「少シ驚イタガ、状況ハ変ワラン。オ前タチハココデ死ヌ」

「やはり、人語を介する知能があるみたいだな……! だが、やられるかよ!」


 悟志はカメレオンの連打を巧みに捌き、受け止める。バスターライアットは形状こそショットガンのようだが、実際的にはライフルのような武器だ。弾丸は一粒弾道弾しか発射されず、連射も利かない。初心者には扱いづらい武器だ。そして。


(このポンプアクションは……いったいどこで、どうやって使うものなんだ!?)


 先ほどから悟志は一度も銃をポンプしていない。

 にも拘らず弾丸は発射されている。

 そもそもこの銃ならこんなものは必要さえないだろう。

 須田の趣味か、それとも意味があるのか。

 それを考えている暇はない、カメレオンの油断ならぬ近接戦技量の前では!


「動キハ悪クナイガ、シカシ素人ダ! オ前デハ私ニ敵ワナイ!」


 カメレオンは悟志の防御をかち上げ、そして背中から突進して来た。中国拳法の鉄山靠めいた動き、悟志は予想していなかった衝撃にふっ飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。その衝撃で持っていたグリップをポンプしてしまう。銃全体にエネルギーが充填されて行くのを、悟志は感じた。これは、エクスブレイク機構だ。


 カメレオンは大口を上げ、舌を突き出して来た。丸まった先端、凄まじいスピード。鎖鉄球を悟志は想像した。真正面から受け止めれば、ヘルメットがぐしゃぐしゃにされてしまうだろう。その向こう側にある自分の頭も。


 悟志は素早く体勢を立て直し、首を横に振って一撃を避けた。想像通りの破壊力に壁が粉砕され、細かい粉末が悟志に降りかかる。彼は体勢を低くして突撃、エネルギーを充填した銃撃をカメレオンに対して行おうとした。カメレオンは距離を取ろうとした。


 その光景を睦子も見ていた。彼女もまた壁際に追い詰められ、鋏の餌食になろうとしていた。

 先ほどのように黒檀の槍を挟んではいるが、ミシミシと音を立て始めている。


 悟志の行動を、彼女は目で追った。

 思い切りよく走っているが、しかしカメレオンの動きは速い。

 舌を素早く引き戻し、先ほどと同じような格闘戦に移行するだろう。

 そうなれば先程の再現だ。せめて、一瞬でもあの怪物の動きを止めることが出来れば。


 そう思った瞬間、彼女の影が陽炎めいてゆらりと動いた。

 それを認識しているものは、本人も含めてこの場にはいなかった。

 ただ睦子は願った、悟志を勝たせるだけの、一瞬の隙を生み出してくれと。

 そして彼女の影は、忠実にそれを成し遂げた。


 彼女の足元から伸びた影は意志を持ったように動き、カメレオンの舌に纏わりついた。

 引き戻そうとするそれを懸命に抑えた。カメレオンは思わず狼狽する。


「何!? バ、バカナ! ナリタテノ魔法少女ガココマデ力ヲ使イコナスナド!」


 あるいは舌の不利を承知の上で格闘戦を挑めば、悟志を撃退することは出来たかもしれない。

 だが、カメレオンは確実性を取って舌を引き戻し、万全の態勢で格闘戦を行おうとした。

 判断ミスではなかった、少なくとも先ほどまであった情報を鑑みれば。


 悟志は咆哮を上げながら、開かれたカメレオンの口目掛けてバスターライアットを突き込んだ。

 体内の魔法力防御を最大限にまで高めれば、銃撃に耐え切ることも出来ただろう。

 エクスブレイクさえ発動していなければ、だが。


 悟志はトリガーを引いた。

 圧倒的なエネルギーがカメレオンの魔法力防御を突き抜け、その頭部に巨大な風穴を開けた。

 舌が引き千切られ、カメレオンの体がゆらりと地面に落ちて行く。

 着地と同時に、カメレオンラステイターは爆発四散した。


 悟志は素早く振り返り、クラブに向けて銃撃を行った。

 背中に弾丸を受け、クラブはたたらを踏む。

 硬い甲殻に対して銃撃を行ったため、それほど大きなダメージを与えることは出来なかった。

 だが、睦子を助けるには十分な衝撃を与えた。


 彼女は黒檀の槍を押し込みクラブを引き剥がし、その腹に槍のようなサイドキックを繰り出した。

 細身の彼女が放ったとは思えない、見事で凄まじい蹴りだ。

 クラブの体がくの字に折れ曲がり、背中から地面に叩きつけられて落ちた。


 くるりと手元で槍を一回転させる。

 すると、彼女の影が彼女の体から分離し、槍の穂先に集まって行った。

 彼女の身の丈よりも、クラブの鋏よりも大きな槍が出来上がった。

 飛び上がり、彼女はそれをクラブに突き立てた。棒高跳び選手めいた見事な突き。

 黒影の槍によって腹部を貫かれ、クラブラステイターは爆発四散した。


 しばしの静寂が教室に戻って来た。

 悟志と睦子は言葉もなく見つめ合う。


 だが世界は彼らを待ってはくれない。

 未だ学校内ではラステイターの暴虐が繰り返され、人々が犠牲になっている。

 悟志と睦子は言葉もなく構え直した。


「キミの身に何が起こったのかは、後で説明する。いまは戦おう、睦子!」

「うん、分かった悟志くん。一緒に戦おう、私たちが!」


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