地獄と化した学園
優嶺高校周辺に近付くものはまったくいない。
線路を隔てた向こう側では、いつもの日常が送られている。
図書館や公園では穏やかな時間が流れていることだろう。
だがコンクリート塀の向こう側には地獄が展開されているのだ。
正清は急いだ。
校門は閉じられている。
正清は『ブラウズ』に向かって念じた。飛べる。
「綾乃ちゃん、掴まっていてくれ。校門を飛び越えるから」
「分かった、ちゃんと掴まってる――?」
と、そこまで言ったところで綾乃の言葉が不自然に途切れた。
「どうしたの、綾乃ちゃん? やっぱり決心が……」
「ううん、そうじゃないの。ただ、近くにいた気がしたから……プレゼンター」
あの白い、不可思議な生き物が近くにいた?
そう言えばあの生き物と出会ったのも優嶺高校の中だったな、と正清は思い出した。
考えるが、それを振り捨てる。
「いまはプレゼンターのことを気にしている場合じゃない。行こう!」
「分かった! それじゃあ、お願いね。高崎さん」
正清は少し助走をつけ、バイクを走らせた。
自動的にバイクは跳び上がり、校門を越え地獄へと進んで行った。
現実世界と隔絶されたマギウス・フィールド内部だったが、正清にはその奥が見えていた。
だからこそ、生徒を狙ったラステイターだけを正確に吹き飛ばすことが出来た。
反作用で持ち上がるシートから二人は跳んだ。
飛び蹴りを叩き込み、二人は跳躍の衝撃を殺しながら着地した。
素体級ばかりとはいえ、ラステイターの数は多い。
二人の額にじっとりと汗が浮かんで来た。
「数が多すぎるね、高崎さん。どこから手を付けたらいいか……」
その時、校門のすぐ近くに配置された体育館の扉から飛び出してくる影があった。
それは、マグスだった。
体育館内に潜伏していたラステイターにやられたのだろう、全身が傷だらけになっている。
一際大きい衝撃を受けて、マグスの一人が校門の辺りまで吹き飛ばされた。
彼の体は光に包まれ、そして変身が解除された。
体育館から飛び出して来たのは、恐るべき近接戦闘の名手リザードラステイター! 更に弾き出され、逃げ出そうとしていたマグスが白い糸のようなものに絡め取られ、体育館に引きずり込まれた。そして、悲鳴が上がる。スパイダーラステイターの仕業だ。
「一体だけじゃないとは思ってたけど、同じような奴もいるものだな……!」
体育館に向かって走り出そうとしたが、しかし彼に黒い影がかかった。
正清は反射的に前転を打ち、襲撃者の攻撃を回避。
鋭い鉤爪が彼のいた場所を通過した。
一撃で切り裂かれていたか、あるいは掴まり高高度から落とされていたか。
いい情景は浮かばない。
門柱に降り立ったのは、黒い鳥型ラステイター。クロウラステイターだ。
よく見ると、上空には何体ものクロウが旋回している。
素体級か、あるいは数の多い魔人級か。
いずれにせよ油断ならぬ敵であることに間違いはない。
正清は一瞬の状況判断を行った。
「綾乃ちゃん、下の敵を頼む。僕はクロウを殲滅して、須田さんのところに行く」
「分かった。気をつけてね、高崎さん」
ガントレットを打ち鳴らし、突っ込んでいたラットの顔面にカウンターパンチを喰らわせる。
そして、体育館に向かって駆けて行った。魔人級のラステイターが多くいる。
人々を救うならばそちらに向かった方がいいのだと判断したのだ。
美里のことが心配でないと言えば、ウソになる。
だが人々を捨てて美里を助けても、きっと彼女は喜ばないだろう。
正清は苦渋の決断を下した。
クロウが羽ばたき飛び上がり、再び攻撃を仕掛けて来た。
今度は嘴を突き立てようとしている!
「来い、『ブラウズ』! マシンアーマーモード、起動!」
シャルディアの本体認証と、音声認証。
二重のロックを経てマシンアーマーは起動する。
音声入力データが消されていなかったのは、単に後回しにしただけか、それとも。
いずれにしろ、マシンアーマーは起動した。
『ブラウズ』は変形し正清に向かって飛んで行った。その時間、コンマ数秒。クロウが加速を得るよりも遥かに早く正清と合体し、彼が拳を振るう速度はクロウの嘴が届くよりも遥かに早かった。真正面から大質量の物体とぶつかり合い、クロウの体が潰れた。そして、爆発四散する。
正清は空を見上げた。何匹ものクロウが旋回し、地上の様子を伺っていた。
正清は地を蹴り、背部ブースターを作動させ天に向かった。
青白い光の尾を引いて、白銀の機体が天を駆ける!
クロウの軍団はそれに気付き、攻撃を仕掛けて来た。
黒い羽根がひらひらと舞ったかと思うと、正清に向かって一直線に飛んで来た!
サブスラスターを起動させ軌道を無理矢理変えることで、正清は羽根の一撃をギリギリのところで回避した。凄まじいGに揺さぶられ、内蔵が潰れそうになる。再びクロウに向かって行くが、しかしシャルディアの警報システムが鳴った。羽根はまだ死んでいない。
一度は正清を通り過ぎた羽根の弾丸だったが、途中で軌道を変え正清に向かって再び飛んで来た。舌打ちし、正清は更に機体を加速させる。黒羽の矢が空から降り注ぎ、下からも追撃の矢が放たれる。正清はそれを避けるが、しかし反撃の機会を得られない。
(大丈夫、大丈夫。タイミングを伺え。その一瞬ですべてが決まる……!)
クロウの集団まで残り五十メートルほど!
しかしその距離が果てしなく遠い!
クロウは再び羽根の弾丸を放ち、放たれた羽根の弾丸は背中から正清を追う!
それぞれの弾丸の着弾まで僅か! そして、正清はクロウの眼前まで食い付き――
すべてのブースターをカットした。
機体が一気に下降し、背後寄り迫り来た弾丸が空を切った。
そしてその軌道が、続けて放たれた黒羽の弾丸と重なった。
正清は両手に装着されたホイールを羽根の群れに向けた。
そして弾丸を放つ。曇天の空を切り裂く桜色の閃光!
連射されたビームが羽根を貫き、すべてを撃ち落とした!
後ろに控えるクロウの集団も、凄まじい弾幕に晒され身動きを取れずにいた!
「アルケミスミサイル、セット! これで終わりだァーッ!」
バックパックが変形し両肩、両足にミサイルポッドが装着される。
正清はほとんど狙いを付けずにそれを放った。
白煙の尾を引いてミサイルの群れがクロウに殺到!
それは獲物を目の前にした餓獣の如し!
ミサイルの群れが黒い怪物を喰らい尽くし、空に再び静寂をもたらした。
自由落下していた機体を引き上げ、正清は地上をスキャンした。
校庭では須田と、見たことのないラステイターが戦っている。
上空から見た限りでも、須田が劣勢に見えた。
玄斎の言葉を思い出す、『陽太郎を頼む』と。
「どこまで出来るかなんて変わらない。それでも、やれることくらいはやる!」
再生成したアルケミスミサイルをセット。
地上のラステイターに向けてミサイルを掃射。
正清は須田たちのいる校庭に向かって一気に降下して行った。
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朱鷺谷睦子、そしてクラスメイトの生徒たちは教室で息を潜めていた。
おかしなまだら色の壁がせり出して来たと思ったら、あちこちに異形の化け物が発生した。
彼らは簡易的なバリケードを築き、三階の特別教室に籠もっていた。
もちろん、そんなものは何の意味も持たない。だが彼らはそんなことを知る由はないのだ。
「どうなっちゃったんだろう、むっちゃん。これ……」
「分からないわ。でも、きっと助けが来る。きっと……」
まるで怪奇物の映画のような展開だな、と睦子はぼんやりと思った。
どこかから銃声のような音も聞こえ、とめどなく悲鳴が響き渡る。
つい先ほどまで自分たちが過ごしていた日常が、まるで空虚な書き割りめいて消えて行った。
ふと、窓の外を見た睦子は奇妙なものを見た。
そこにいたのは、真っ白い猫のような生き物だった。
だがその座る姿と表情は、どこか人間味を帯びているような気がした。
それは睦子と目が合ったかと思うと、ニコリと笑い小首を傾げた。
声をかけようとした、まさにその時だ。
バリケードを突き破り、カニの鋏のようなものが突き出して来た!
教室内は混乱と恐怖に包まれる!
せり出して来たそれはもちろん、単なるカニ鋏ではない!
それは乱暴に鋏を引き抜いた。同時に扉と、バリケードの一部も持っていかれる!
狭い扉を潜り、異形の怪物が侵入してくる!
赤と白の甲殻を身に纏い、己の身長ほどもある巨大な鋏を携えた怪物、クラブラステイターが!




