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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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失態

 翌日。

 追跡の結果ロード・アリエスは住宅街を避け、京葉道路下を渡って市街を目指していることが分かった。どのような意図があるのかは分からないが、しかし魔王級の危険なラステイターを解き放つわけにはいかない。第三社史編纂室、特定災害対策部は即座に行動を開始した。彼らの持つランドクルーザーは、もはや移動基地と化していた。


「現在、ロード・アリエスは京葉道路脇の叢に潜伏していることが分かった。

 これは剛田隊員の先行偵察から分かった事実だ。我々はアリエスを包囲し、殲滅する」


 須田の指示に意見をいうものや、逆らうものはいなかった。

 あくまで、これは彼らにとってのビジネスだ。バンクスターはPMC(民間軍事会社)とコンタクトを取り、このような世迷言を高額な報酬と引き換えに信じてくれるものたちを探していた。それがここに集まっている九人、すなわち滝沢、野口、日村、剛田、与田、中村、志島、湧井、大田だ。


 彼らは様々な紛争や人質奪還など、危険な任務に従事して来たプロフェッショナルだ。だが人間大の化け物を相手にした経験などない。最低限の魔力適性、前日の倉庫管理人のように魔力に当てられ、行動不能にならないということが分かっている程度だ。


 だからこそ、指示に関しては須田に一任することになっている。常識の枠にとらわれぬラステイター相手に柔軟な指示を出せるのは、現状この男しかいない。


「剛田と志島は万一に備えバンに待機。

 滝沢、野口、日村は東側から、与田、中村、和久井、太田は西側から接近してくれ。

 私が接近し、奴の注意を引きつける」

「それは危険なのではありませんか?

 奴の力はあなたが見ているはずです、その危険性は理解なさっているはずだ。

 悪いことは言わない、おやめなさい」


 これはプロとして、というより会社の意向を多分に含んだ忠告だった。バンクスターは極めて金払いがよく、そのため社の人間に傷を負わせるようなことは本社が嫌っていた。出来ることなら自分たちだけで包囲を完成させ、殲滅させたいとさえ思っている。


「彼は高い知能を持った個体だ。交流を行うだけの土台はあると考えている」

「昨日右目を傷つけた相手を、ですか? 私なら復讐心でいっぱいになってしまう」

「ま、危険は犯さないさ。やばくなったら即座に後退する」


 そのタイミングを見極めることが出来るのか、と思ったがそれ以上は言わなかった。

 須田の機嫌を損ねるのもおいしくない。一応警告はしたのだ、ポーズは取れた。


「これは科学的に重要な知見だ。くれぐれも合図をするまでは動かないでくれたまえ」




 ロード・アリエスは叢に潜み、先の戦いで付けられた傷を癒していた。

 傷がひとりでに塞がって行く。

 ラステイターのみが行うことが出来る、魔力による肉体の充填だ。


 そんな彼の知覚に、野良猫が寄って来る。

 煤けた首輪をつけている、かつては飼い猫だったのだろうか。

 猫はアリエスの危険性をまるで認識していないのか、人にするようにすり寄って来る。

 アリエスはその首を掴んで、折った。


「おやおや、ひどいことをするねぇ。すり寄ってきた猫を何の迷いもなく殺すなんて」


 アリエスはその男の接近に気付いていた。だが、それには反応しなかった。

 まさか無防備にここまで近付いてくるなどとは思ってもみなかったからだ。

 アリエスは立ち上がり、猫の死骸を須田の足元に投げた。

 すでに変異を開始していた。


「この間は悪かったねぇ。その目、痛むんじゃないのか?」

「実に痛むよ、ジクジクとね。これのおかげで、キミを忘れないで済みそうだ……」


 アリエスは怒りと憎悪を秘めた目で須田を見た。

 それを彼は、真正面から受け止めた。


「やはりキミたちの放つ魔力によって、生物は簡単に変異してしまうようだね」

「お前も離れていた方がいいんじゃないか? まだ人間でいたいのならばな」

「そこのところはご安心を。僕は僕の魔力で身を守っているからね」


 《ウィズドライバー》の力はただ戦う力を与えるだけではない、身を守る道具にもなる。それはラステイターからの物理的な攻撃だけでなく、魔化放射線の影響からもだ。微細な魔力フィールドを展開することによってラステイターの放つ放射線を相殺するのだ。高濃度魔力環境下でも装着者の安全を保障する。


「キミに聞きたいことがある。答えてくれれば身の安全は保障しよう」

「お前たちは私を倒すために活動しているんだろう? 信じられないなぁ」

「信じられないなら、それはそれでいい。一気に踏み込んで制圧するだけだ」


 困ったように唸り、アリエスは両手をだらりと下げた。

 須田は了承と受け取った。


「まず、聞きたいのはキミたちの目的だ。どんな意図を持って活動している?」

「意図? 不思議なことを聞く。生きたいと思うことにどんな思惑があると?」


 アリエスの不遜な物言い、それはまるで人間のそれと同じだった。


「生きたいのならば仲間を作って、共同体を広めていくものだと思うんだけど」

「仲間、そうか。だが私たちは仲間を作る必要はない。

 狩りを行うために少しばかり手駒が必要なこともあるが……

 私たちは積極的に広がっていこうとは思わない。

 我々は大変な大飯喰らいだ。長く眠る必要もある。

 同じよう存在がたくさんいたら、それは仲間じゃあない。

 ライバルとでも言うべき存在だ。我々はとても弱い生き物なんだよ」


 アリエスは自嘲気味に言った。いままで須田たちはラステイターの数が増えないのはそれを狩るものがいるからだと考えていた。それも確かに一因だが、しかしもっと根本的な原因があった。増殖を抑制している存在がいたのだ。増えるわけがない。


「私たちは生きるためにこう言うことをしている。だから私たちの生存を脅かすものがいれば戦うし、そうでなければ必要最低限の食物を摂って眠っている。我々は野生動物とそう変わらない。あまり危険性は高くないと思うんだけどねぇ」

「人里に降りてきたクマは猟銃で撃たれるものだろう、アリエス。キミたちが危険だとか、そうじゃないとかはあまり関係ない。キミたちがいること自体が気に入らない、そう言う人間だって少なからずいるということを分かってほしいなぁ」


 会話をする気はあるが、対話をする気はない。

 アリエスは須田の態度からそれを感じ取った。

 別にそれでもいい、と考えている。彼は須田との会話を引き延ばそうとした。


「安穏と冬眠する獣を許してくれないのか。これは山が禿げる日も近いな」

「キミたちが本当に節度を持っているというなら、我々もうるさくは言わないさ。

 だが、キミたちは明確に一人の人間を殺そうという意志を持って行動しただろう?」


 アリエスは少し考え、彼が言わんとしているところを理解した。


「ああ、あのことか。まあ、例外はある。

 毒を垂れ流そうとしているやつがいるのならば……

 キミたちだって、その根本から取り除こうと考えるんじゃあないかな?」

「それはつまり、お前たちは正清のことを……」


 ここまででいい。

 アリエスはそう考え、動いた。直前、須田に通信が入る。


『マズい、須田! そこから離れろ! 道路が落ちるぞ(・・・・・・・)!』

「なに……!?」


 即座に須田は変身、跳んだ。

 アリエスはブレードを引き、高速道路の支柱を一斉に切断!

 コンクリートの橋が崩れ落ち、辺りが瓦礫と土煙に包まれた!


「ッ……! マグス隊、救命活動を優先しろ! アリエスは僕が……」


 追う、と言おうとして目の前のアリエスがすでに姿を消していることに気付いた。

 あの一瞬でここから離脱したのか。オペレーターに確認したが、追跡し切れていないようだ。


『奴の追跡を行わなくていいのか! このまま奴を放置すれば……』

「逃げるために幹線道路一つ潰すやつだ、ここに化け物を撒くくらいはするだろうさ!

 責任は僕が取る、救護活動を行えッ! いいな!」


 須田は苛立ちまぎれに言い、通信を切った。

 すべては自分のミスだ、要らぬ色気を出したから。

 須田は歯噛みし、アリエスを探すため走り出した。


 だが結論から言えば、現場から逃走したアリエスを発見することは出来なかった。




 現場から逃れることに成功したアリエスは、叢の中を悠々と歩いていた。

 マギウス・フィールドは展開していない、あれは諸刃の刃だ。

 人や生き物を遠ざけることが出来るが、彼らを狩り立てるものから探知されてしまう。

 返り討ちにすることはそれほど難しくはないが、しかしあまり使いたい手ではない。

 彼は理知的で、理性的な存在なのだ。


「それにしても、あの男……鬱陶しいな。そろそろ、目の前から消えてもらいたいな」

「それなら、僕はキミに協力できるかもしれないね。アリエス」


 背後に一つの影が現れた。

 アリエスはそれを見る、十数年来の友人を迎えるように。


「久しぶり、というべきか。我が友よ。だが、その姿はいったい何なんだ?」

「姿は気にしないでくれ。僕にとってあまり意味がないのは分かっているだろう?」

「そうだな、千変万化の我が友よ。久しぶりだが、どうしてここに?」


 その影はもったいぶるようにして彼の近くに歩み寄って来た。


「キミに頼みたいことがあるんだ。そしてそれはキミの利益にもなる」

「我が友の願いは、私の願いでもある。聞かぬわけにはいくまい」


 アリエスは芝居がかった動作で『友』からの要請を受け付けた。

 『友』は微笑む。


「キミに消してほしい人間がいくつかいる。キミも知っている人間をね」


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