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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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魔王襲来

 都市部から少し離れれば、原野同然の荒廃した景色が見られる。

 長い葦やイネ科の雑草に覆われた平原、その中頃に廃棄された倉庫跡地があった。

 外壁のコンクリートは殆ど剥がれ、電気も通っておらず、人通りさえも絶えて久しい。


 だからこそ、誰も気付かない。

 倉庫の鍵が破られ、何者かがその中にたむろしている、という事実に。


「ふぅむ、これは……つまり、面倒なことになっているということだなぁ」


 ねっとりとした絡み付く様な声が狭い倉庫の中に木霊した。

 幾人かの息遣いも聞こえて来る。

 不良集団だろうか、管理人である男性は特殊警棒を握る手に力を込めた。

 ここに来たのはまったくの偶然だ。

 巡回していたら扉が開いているのが見えた、それだけだ。


 倉庫内には放棄されたパレットや段ボール箱、更には権利者が押し込めた様々なものが積み重なっており、視界が悪い。天井付近に付けられた窓から月明りが差し込んで来るだけだ。自分の足元を照らすのは、マグライトの光のみ。


 ふと、彼はそこで足跡を見つけた。

 積み重なった埃の上に、何人分かの足跡が刻まれているのだ。しかし、奇妙だ。

 一つは靴のような形だが、それ以外は三本の指が押し当てられたような形になっている。

 ちょうど、げっ歯類の足跡のような。


 まさか巨大なネズミでも?

 そんな妄想を振り払い、男は歩みを進めた。

 物陰から男の陰鬱な声が聞こえて来る。

 彼は勢いよく飛び出し、声を張り上げた。


「おい、お前らここは私有地だ! 誰の許可があって、こんな……ところに……」


 想像もしていなかった。

 それが人ではなく、異形の怪物であるということに。


「ふぅむ? これは、困ったことになったな。まさか、人間がここに……ふふっ」


 木箱から腰を浮かし、声の主が男に歩み寄って来た。

 それは、鎧を着た人間だった。少なくとも、男にはそう見えた。

 肩口には天に向かうねじくれた角のようなものがついており、胸には牡羊のレリーフ。

 兜にも同様に角のようなパーツが取り付けられている。


 だが、開口部から覗く顔は人間のそれではない。

 緑色の肌、露出した牙、真っ白な瞳。


 彼が見ることが出来たのは、そこまでだった。

 突如として口から泡を吹き出し、ほとんど垂直に地面に倒れ込んだ。

 彼の足元に不浄の水たまりが出来上がった。

 ラステイターを目の当たりにしたことによる恐怖、そして急性魔化放射線中毒だ。


「おお、騒いでくれなくてありがたい。さあ、お前たち。食事の時間だよ」


 物陰から現れて来たのはローチラステイターやラットラステイター。彼の手駒だ。

 牡羊のラステイターはピクリとも動かなくなった男にゆっくりと近付いた。


 そして、腰から剣を抜いた。

 刀身が丸まったショーテルめいた剣で、表面には細かいギザギザがついている。

 それを振り上げ、倒れた男目掛けて振り下ろそうとした。


「食べやすく切り分けてあげよう。ふっふ、私はキミたちを愛しているんだ」


 隠せぬ嗜虐性を垣間見せながら、牡羊のラステイターは剣を振り下ろそうとした。

 だが、気配を感じ逆の手を入り口の方に向ける。


 直後、発砲音がした。

 魔力を付与された弾丸が飛んでくる。

 しかしそれは牡羊のラステイターに当たる前に空中で静止した。

 高濃度魔力フィールドは物理的な攻撃だけでなく、魔術的な攻撃さえ受け止める。


「ふぅむ、私の食事を邪魔しようとしているのはいったい……誰なのかな?」


 牡羊のラステイターは扉の方を見た。

 月明りに照らされた闇の中に、一つのシルエットが浮かび上がる。

 こんな場所だというのに白衣を着込んだ男、すなわち須田陽太郎。


「キミたちを狩るものさ。その姿……ゴートラステイターとでも呼べばいいかな?」


 人語を介するラステイターを前に、しかし須田は冷静に対応した。


『ま、まさか本当にしゃべる化け物がいるなんて……驚きです』

「高度知性体が存在しているとは思っていたよ。群れの秩序を維持出来ないからね」


 ラステイターが放射する魔化放射線の悪影響。

 魔法少女の存在。

 彼らを統率するものの存在。

 それらを須田たちは予見していた。

 そのための対処法も研究して来た。


「ゴート? それはあまり、捻りのない呼び名だね。私のことはこう呼んでくれ」


 須田の問いかけに対し、ゴートはクツクツと笑って行った。


「私のことは魔王(ロード)アリエス。そう呼んでくれたまえ」


 左右の物陰から同時にラットが飛び込んで来た。

 それを予測していた須田はバックステップで回避!

 着地と同時にウィズフォンをドライバーに挿入した。


「魔王? 家畜如きが偉そうな名を使ってくれる……変身!」


 錬金式が発動、ウィズブレンの力が須田を包み込んだ。

 直後、素早くラットの顔面に弾丸を叩き込み黙らせた。

 アリエスは二本のショーテル刀を振り上げた。

 倉庫内に潜んでいたすべてのラステイターが一斉に登場、須田のことを包囲した。


「ここにいることを調べ上げたことは褒めてあげよう。

 だが、賢くはないようだね?

 たった一人でこんなところに攻め込んで来るなんて……殺せと言っているのかい?」

「ほう、なるほど。興味深いな。お前には僕が一人で来ているように見えるのか?」


 直後、天井部のガラスが一斉に砕けた! そこから顔を覗かせて来るのは、八人のマグス!

 アリエスが迎撃の指示を出すよりも早く、マグスたちはショットガン型デバイス、バスターライアットを構え発砲! 倉庫内のラステイターに弾丸の嵐を見舞った! 突入した最後の一人が管理人の男性を抱え、素早く離脱していった。


 ラットやローチは無防備に弾丸を喰らうが、アリエスの行動は早かった。

 そして、速かった。


 ジグザグ移動を繰り返しバスターライアットの散弾、そして須田の放ったヴァリアガナーの銃撃を潜り抜け、入り口にいた須田目掛けて肩口の角を叩きつけた。一瞬須田の呼吸が詰まり、重トラックを遥かに凌駕する衝突エネルギーがウィズブレンに叩きつけられた。須田は吹っ飛ばされ、草原を転がった。アリエスも倉庫から離脱する。


「っててて……思ってたより速いねぇ。さすが、魔王を名乗るだけはある」

「貴様が何者であろうと、私はやられるつもりはないよ。分かっているだろうね?」

「ああ、分かっているよ。貴様を絶対に逃がさない、それだけは変わらないからね」


 アリエスは二本の剣を須田に向け構え、須田も二挺のヴァリアガナーを手元で回転させた。

 マグスは倉庫内での戦いで精いっぱい、こちらの救援を行うことは出来ないだろう。

 恐るべき力を持つ魔王(ロード)級ラステイターに一人で立ち向かわなければならぬ。


 それでも、須田の口元には笑みが浮かんでいた。

 壮絶なる笑みが。


 まず、アリエスが踏み込んで来た。左手に持ったショーテル刀を突き込んで来る。通常は引くことで物体を切断するが、これほど鋭利な刃なら、アリエスの力なら、突き込んでも物体を切ることが出来るだろう。須田は上体を逸らし剣撃をかわした。


 だが本命は右の剣だ。

 左に気を取られている隙に右の剣を振り上げ、須田の頭を切り落とそうとする。


 もちろん、それでやられるわけはない。左の銃身でそれを受け止め、逆に右の銃底でアリエスの側頭部を打とうとする。アリエスも慣れたもの、牽制で突き込んだ左の刃で一撃を受け止め、跳ね除けた。二者は同時に距離を取り、再び向かい合った。


「一合の打ち合いに耐えられたのは久しぶりだね。だが、これはどうかな!」


 アリエスは虚空に向かって刃を振った。

 それが無意味な行為でないことは、須田には分かった。


 ショーテルの丸まった刃が鞭のようにしなり、伸びた。須田は銃身でそれを受け止めるが、しかし加速のついた刃は先ほどのように簡単には受け止められない。体が流れ隙を晒す。手首を返しアリエスは追撃を放つ。逆の銃でギリギリそれを受け止める。


「やるじゃないか、キミ。ならもう一本、追加されたらどうかな!」


 一本でも手に余るというのに、それが二本になればお手上げだ。防御に専念しそれを受け止めようとするが、しかし受け切れない。両手が左右それぞれに弾かれ、無防備になった胴体に二本の剣が叩きつけられた。ショルダータックルをも上回るダメージを受け、須田の体は再び吹き飛ばされた。長く伸びた雑草に彼が転がった痕跡が刻まれる。


「っててて……参ったな、こりゃ。大口叩いたがこれはピンチだ」

『大丈夫ですか、須田さん! 倉庫の人たちもまだ来れないみたいです!』

「なぁに、やってやるさ。このくらいなら、想定内のピンチだと言えよう!」


 須田はヴァリアガナーを結合させ、ライフルモードを起動させた。

 アリエスの鞭は確かに驚異的だが、だが鞭の特性上攻撃は読める。

 鞭で一番スピードと威力が乗るのは先端、ならばアリエスはそれを当てようとするだろう。

 そこを狙う。


「立ち止まって……敵わないということがそろそろ分かったかな!」


 アリエスが再び両の剣を振るう。

 インパクトの瞬間を図り、須田は後方に跳んだ。

 もっともスピードと威力が乗った一撃が空振り、アリエスが驚愕の声をあげる。

 何度も見て来た攻撃、ならばそれに合わせることなど造作もなし!

 須田はトリガーを引いた。


 ライフルモードの弾速は、ヴァリアガナーの三形態で最も速い。

 マッハ七にも達する弾速を、それも隙を晒した状態で避けられるものなどいない。

 アリエスの肩口、胸、そして顔面に弾丸が叩きつけられた。

 そのうち一発はアリエスの右目を貫通した。


「ッギャアァァァァーッ! バカな、こんな、こんなことが有り得るはずが!」


 大きな隙を見出し、須田は跳んだ。

 空中でヴァリアガナーの結合を解除、一足飛びでアリエスを飛び越し、背後へ。

 苦し紛れにアリエスが放ったバックナックルを受け止め、腹に銃口を押し当て発砲!

 今度はアリエスがふっ飛ばされた!


「キミみたいな危険なラステイターがいなくなれば、この世界も少しは良くなるだろう」


 須田は倒れたアリエスに向かって必殺の一撃を繰り出そうとした。

 だが、ウィズブレンのレーダーが警告を発した。

 その場で側転を打ち、危機を回避。


 後方から飛びかかって来たラットだ。倉庫から出て来た?

 違うだろう、この辺りに潜んでいたのだ。


「ハァーッ、ハァーッ! この借りは、必ず返させてもらうぞ……!」

「チッ、待て! 逃がすかァッ!」


 注意が逸れた一瞬を見計らって、アリエスは逃走を図った。須田は逃げる背中にエクスブレイクの弾丸を叩き込もうとしたが、先ほど乱入して来たラットがそれを妨害、弾丸を浴び爆散した。後に残ったのは、極小のマギウス・コアだけだった。


『須田さん、倉庫の制圧作業は完了したそうです。どうしますか?』

「引き続き仕事を行うよ。ロード・アリエスの追跡は可能かな? 島崎くん」

『須田さんが打ち込んだマーカーですが、一か所で止まっています。

 恐らくは、アリエスに気付かれて捨てられたのでしょうね。

 逃走ルートの予測は立てられますが……』

「相手は手負いだ、何をするか分からない。すぐに取り掛かるよ」


 島崎との交信を終えて、須田は変身を解除した。

 そして、自分の手を見た。

 先ほどまでラステイターとの死闘を繰り広げた、自分の手を。

 戦えている、確かに。


「やれる、この力で……僕は僕自身が世界を救うことが出来るんだ」


 ギュッと手を握り締めた。

 その口元には、残虐な笑みが浮かんでいた。


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