表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
43/108

彼らの目指す先はどこなのか

 次の日。

 正清が目を覚ました時には、ザクロも蓮華もそこにはいなかった。

 掛けられていた薄汚い毛布だけはそのままだ。

 正清はそれをゴミの山に退け、起き上がった。


「ザクロは葭川を下って来たって言ったけど……ここまで流れて来てしまうとは」


 恐らく、自分がいるのは湾岸道路の下であろうことは分かっていた。

 葭川を下って行くと海へと辿り着く。

 この辺りの土地勘はないが、この大型道路と京葉線の架線から見て間違いないだろう。

 一晩ここにいたのかと思うと肝が冷えて来る。


 とにかく連絡をしなければ。

 一日無断で家を空けたのだ、家族が心配して警察に通報などしていたらたまらない。

 そう思って携帯を取り出したが、しかし壊れていた。

 筐体にはひびが入っており、そこが水に浸かったことで壊れてしまったのだろう。


「参ったな、このままじゃ連絡を取ることすら出来ない。公衆電話あるかな……」


 そう思ってポケットをまさぐった。

 だが、財布はなかった。ザクロか蓮華に盗られたのか、と思ったがまさか二人がそのようなことをするとは思えなかった。と、すると流れている間にポケットから抜け落ち、川か海の底に沈んでいるということになる。


 歩いて帰れない距離ではない。

 だが、そう考えるとぞっとしてくる距離だ。


「いや、待て。運動部の練習は休日もあるはずだ。学校に行けばなんとか……」


 数多か悟志に金を借りて帰ろう。

 財布にはあまり金は入っていなかったし、銀行カードの類も入っていない。

 携帯は買い替え時だった。取り敢えずそう思うことにした。


 取り敢えず、歩く。

 ボロボロになって汚れた格好だが、これを見咎めるような人間はほとんどいないだろう。

 とにかく、いまは家に帰ることだけを考えなければ。


 そう思いながらも、正清の頭にはいろいろなことが浮かんで来た。


 例えば、悟志のこと。

 シャルディアを返したと聞いた時の彼の態度は、まさに尋常ではないものだった。

 戦いを放棄した自分自身に対して怒っているわけではなかった、恐らく。

 むしろ、悟志の表情には焦りと恐怖が浮かんでいるような気がした。

 あれは、いったい。


 例えば、数多のこと。

 彼女はこれからも、ずっと戦い続けるのだろうか。

 母親を守るために始めた戦い、彼女の命を守るためにこれからも危険を犯していくのだろうか。

 もし、あの老婆の寿命が訪れた時、数多はどうするのだろうか。


 例えば、ザクロのこと。

 彼女が守ろうとしたものとは、いったい何なのだろうか。

 裏路地での戦い以来、彼女と会うことも多くなった。

 何度も彼女と共闘した。彼女とも分かり合うことが出来ると、正清自身は思っている。

 だが実際のところ、ザクロの態度は頑なだ。

 あるいは、それが彼女の願いと関係があることなのだろうか。


 例えば、ラステイターのこと。

 彼女は人間はラステイターにならないと言った、だが。


 そんなことを考えている間に、正清は千葉駅まで到着していた。

 雑踏をかき分け進んでく、ここまで来れば優嶺もすぐ近くだ。

 友達が残っていればいいのだが。


「なるほど、行く時間と日にちによって値段があんなに違うんだ」

「そうだね。欲しいものを欲しい時に手に入れるには、少しばかり工夫がいる」


 知った声が二つ、聞こえて来た。

 一つは味方、そしてもう一つは敵の。


 正清はそちらを見た。

 ちょうど、敵も正清を見た。

 二人の目が、合った。


「お前は、確か……『拳鬼の魔法少女』……!」

「あんたはいったい……いや、まさかあんたがあのシャルディア?」


 二人は視線をぶつからせたが、その間に味方が割って入った。

 玄斎だ。


「落ち付きなさい、綾乃くん。彼は敵ではない、少なくともいまのキミにとってはね」

「玄斎さん、どうしてあなたがその子と一緒にいるんですか?」


 少なくとも、そこでばったり会いましたと言う雰囲気ではない。

 玄斎と綾乃は非常に親密な様子であり、綾乃からは深い親愛の情が感じられたからだ。


「こんなところで立ち話もなんだ、私の家に来なさい。それにしても酷い格好だ」


 玄斎のバッチリ決まった和装に比べれば、正清のそれは非常にみすぼらしい。

 そんなことは分かっています、と言おうとして腹の虫が鳴った。玄斎は苦笑した。


「昼飯でも食べながら話をしようじゃないか。よければ、ごちそうするよ」




 川上邸の電話を借りて、正清は家への連絡を取った。家には悟志から『泊りになる』という連絡が行っていたようで、正清が想像していたような混乱はなかった。


 その間に玄斎は昼食の準備を整え、正清に振る舞った。初めは警戒していた正清だったが、玄斎の料理の美味さにその警戒も吹き飛んだ。食事をしながら三者はそれぞれの情報を、すなわち綾乃と出会った経緯、彼女との生活、そして正清の話をした。


「キミが川に落ちたという連絡は陽太郎から貰っていたんだがね。しかしまさか、『鮮血の魔法少女』に加え名前も分からぬもう一人の魔法少女に助けられたとは、その……」

「あまり現実味がありませんか?」

「『魔所のお茶会』などという例もある、我々があずかり知らぬところで魔法少女は増殖を続けているのだろう。彼女らの網にかからぬ魔法少女がいても不思議ではないさ」


 玄斎の受け答えは非常に明朗であり、かつ当たりのいいものだ。経験の厚みこそが生み出せるものであるとは分かっているが、こんな当たりの柔らかさが須田にもあればな、と思わずにはいられなかった。彼の物言いは人を不快にすることしか出来ない。


「『鮮血の』が人助けなんて、信じられない。死神みたいに言われてたのに」

「死神? って言うことは、その……魔法少女を殺すことも、あったのか?」


 ザクロは言っていた、『魔法少女は奪うか奪われるかだ』と。

 ならば彼女も、他の魔法少女から奪うこともあったのだろうか。

 けれども、綾乃は首を横に振った。


「あいつが破壊するのはマギウス・コアだけだよ。より悲惨かもしれないけど……」

「あれを破壊されても死ぬわけじゃないんだろう? それなら何で……」

「魔法の匂いって言うのかな、そう言うのが体に移っちゃうんだ。

 だから、魔法少女じゃなくなってもラステイターから追われる羽目になる。

 ただの人間が追われたら……」

「抵抗出来ず死ぬしかない、っていうことか」


 魔法少女は止められない。

 終わるとすれば、それは死んだ時だけなのだろう。


「ご馳走様でした。美味しかったです、玄斎さん。特に味噌汁が」


 出汁の匂いが強く表に出て、ふんわりとした優しい味がした。

 家では食べられない。


「ふむ、そうか。味噌汁が美味しかった、か。だそうだよ、よかったな綾乃くん」

「へへっ、実はあの味噌汁あたしが作ったんです。口に合ってよかった」


 そう言って笑う綾乃の表情は、普通の少女のそれだった。彼女の過去は悲惨だったそうだが、しかし彼女は玄斎に拾われて人間として蘇ったのだろう。これからどうなるかは分からない、だが玄斎がしたのはいいことだったのだろう、と正清は思う。




 正清は玄斎に帰りの電車賃を借り、家に戻ることにした。


「すみません、玄斎さん。何から何までお世話をしていただいて……」

「いや、いいさ。大したことはしていない。

 その代わりと言っちゃんだが、また遊びに来てくれ。

 この歳になると、訪ねて来る人も少なくて寂しいんだよ」


 玄斎は少しおどけた仕草でそう言った。

 正清は曖昧に笑い頷き、去ろうとした。


 ――本当に、そうしてしまっていいのだろうか?


 不意に、正清の中にそんな思いが浮かんで来た。

 ここで背を向けて去れば、二度と聞くことは出来ない。

 そんな漠然とした予感が、正清を動かした。


「玄斎さん。シャルディアのこと、ラステイターのこと。教えてくれませんか?」

「それを聞いてどうしようと言うんだい、高崎くん。

 これ以上、キミは関わらない方がいい。

 キミは十分に戦った、これ以上我々のように……囚われる(・・・・)必要はない」


 囚われる、そう。

 漠然とした感覚だったが、正清は第三社史編纂室の面々にそのような切実さを感じていた。

 一瞬とて研究を止めてはならないという、強迫観念にも似た意志を感じていた。

 そうでなければ正清をテスターなどにはすまい。


 より正確に表現するなら、須田陽太郎の焦りを正清は何となく感じていた。


「知ってどうなることじゃないと思います。知る意味さえもないのかもしれない。

 それでも僕は、知りたいんです。僕がいったい、どんなことをしてきたのか。

 僕がしてきたことはどんなことに繋がっていくのか。

 それだけでも、教えてくれませんか? 玄斎さん」


 玄斎は、大いに迷っていた。

 目を伏せ、言葉を探し、唸り、そして。


「……分かった。だが、そのためには少しだけ時間が欲しい。待ってくれるかな?」

「分かりました。出来るだけ早く、お願いしたいんです。平日だっていい」

「いや、いいって言われたって平日にそんな話をするわけには……」


 玄斎は抗議の声を挙げたが、しかしこの時分特有の頑固さを彼は感じ取った。


「はぁ、分かったよ。では月曜日でどうだ? ちゃんと午後から授業に出るんだぞ」

「分かりました。迷惑をかけてすみませんが、よろしくお願いします」


 正清は深々と頭を下げて、今度こそ川上邸から去って行った。

 途中、窓から綾乃が手を振っているのが見えたので、それに応えた。

 駅までの道のりを、そして車両の中で考えたことを、今度こそ正清はすべて覚えていた。

 それを反芻し、そして考える。


(シャルディア・プロジェクトの目指す先。そこにあるものは、いったい……)


 疲労が襲い掛かって来た。

 正清は目を閉じ、揺り籠めいた車両に身を任せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ