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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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獣はどこから来たのか

 パチパチと炎が爆ぜる音が聞こえた。

 それを聞いて、正清は目を覚ました。


 ――火事?


 そうではなかった。

 目の前に置かれたペンキ缶――もちろん中身は入っていない――にくべられた薪が燃えているのだ。誰かが焚火をして、置いて行ったのか?


 意識がしっかりしてくるにつれて、正清は自分の身に降りかかったことを思い出した。

 バットから逃げ、ザクロが現れ、彼女を庇って、そして葭川に落ちた。


「どうやら意識を取り戻したようね、高崎。生きていて、よかったわ」


 顔を上げると、そこにはザクロがいた。

 ここはどこだ、と言おうとして潮の匂いが鼻を突いた。

 潮騒も聞こえて来る。ということは、ここは海の近く?


「葭川を下って、海の方まで出て来てしまった。まだ動かない方がいいと思うわ」


 そう言われなくても動く気はなかった。体はぎしぎしと痛む。頭もだ。背骨でも折れているのではないか、と思って恐る恐る触るが取り敢えずそういうことはないようだ。


「安心しなさい、傷はついていない。付いていたとしても治っているわ」

「……どういうことなんだ、ザクロさん? って言うか、僕らはいったい」

「バットにやられて、葭川を下って行った。

 あなたを引き上げたけど、私はそこで意識を失ってしまった。

 私たちを助けてくれたのは……あの子よ」


 ザクロが視線を向けた先を、正清も見た。

 そこには、一人の少女がいた。


 幼い子供だった。

 ボロボロの衣服らしきものを身に着け、履物からは指が出ている。

 長らく切っていないであろう髪も、爪も伸びている。

 彼女は正清の方を見た。


「気が付いたんですね、よかった。どこか、痛むところはありませんか?」

「えぁ、いや、どこも。キミが、助けてくれたんだよね? その、ありがとう」


 少女はぺこりと頭を下げ、ぷいと顔を避けた。

 彼女は足元をごそごそと漁り、何かを取り出し正清に寄越して来た。

 それは、汚れた毛布だった。これにくるまって寝ろ、と言っているのだろう。

 野宿をした事のない正清にはいささか難しいことだ。


「あ、ありがとう。こんなものまで貰って……その、感謝しているよ」

「しっかり休んでください。まだ、体が治り切っているわけではありませんから」


 それだけ言って、今度こそ彼女は完全に背を向けた。

 ワケが分からなかった。


「あの子は栗田(くりた)蓮華(れんげ)。私たちと同じ魔法少女よ」

「えっ、魔法少女? って言うことは、キミは、その……」


 彼女は言っていた、すべての魔法少女を殺す存在だと。

 ということは、彼女はあんな小さな子供まで殺そうというのだろうか?

 だが、ザクロは頭を振った。


「あの子は味方じゃないけど、敵でもない。あの子は戦わない魔法少女だから」

「すべての魔法少女は、マギウス・コアを求めているものじゃないのか?」

「彼女の願いは、魔法少女になった時点ですべて叶えられている。

 だから、彼女はマギウス・コアを求める必要がない。

 私自身が、そうさせたのだから……」


 ザクロが言っていることの意味は分からない。

 否、わざとそうさせているのだろう。

 彼女には話せない、何か特別な事情があるようだ。

 正清は自分から話題を変えた。


「ザクロさん。気付いていると思うけど、あいつは、バットは喋ったんだ」


 ザクロはゆっくりと頷いた。

 やはりあれは、死に瀕した頭が見せた妄想ではなかった。


「ザクロさん、もしかしてあいつは……バットは、人間だったのか(・・・・・・・)?」


 正清は自分の体がこわばっているのを感じた。

 だが、ザクロは首を横に振った。


「違うわ。人間はラステイターに(・・・・・・・・・・)はならない(・・・・・)


 二つの気持ちがあった。

 自分の予想が外れて嬉しいという思い、そしてもう一つ。

 人間はという部分に対する疑問と疑念が浮かび上がって来た。


「気付いているかも知れないけど、ラステイターは生物が変異したものなの」

「……やけに生き物をモチーフにしたものが多いとは思っていたけど、やっぱり」


 生き物がある原因――この場合は魔力――によって変質する、というのはよくあるパターンだ。

 そんな物語を、正清はいままで何度も見てきた。


「生き物をラステイターに変えるのは、魔力。

 魔力はどんな生物でも持っているものだけど、大量に浴びると細胞が変異を起こしてしまう」

「まるで歩く生物兵器とか、そんな感じのものなんだな」

「どんな生き物でも変質するわけじゃない。生物ごとに魔力の閾値は決まっている。

 一般的には小さな生物ほど魔力の影響を受けやすく、大きな生物ほど受けにくい」


 彼女はこれまで魔法少女として戦っていく中で、それらの知識を手に入れたのだろう。

 初めて明かされるラステイターの真実に、少し高揚するのを抑えられない――

 と同時に、ある種の疑念が浮かび上がって来た。

 バンクスターもこれを(・・・・・・・・・・)知っていたのではない(・・・・・・・・・・)()、ということだ。


 きっと知っていただろう。

 魔力に関する研究を行う中で、それらの事実が出てこないはずはない。

 ラステイターのルーツを、彼らは知っていた。知っていて黙っていた。


(また教える必要がないから黙っていた、とでも言うつもりなんだろうか。あの人は)


 須田の傲慢な物言いを思い出す。顔を思い浮かべるだけで腹が立ってくる。


「でも、ザクロさん。魔力を受けて生物が変質するなら、人間だって」


 自然界の中では、人間は特別大きな生物ではない。ネズミやアリと比べればもちろん大きい、だが大型犬と同じくらいの大きさしかない人間が、ありとあらゆる生物に適用される法則から逃れることが出来るとは、正清には到底思えなかった。


「考慮しなければならない点が一つあるわ。それは魔力に対する抵抗値」

「抵抗……つまり、人間は魔力を通しにくい生き物だっていうことか?」

「ええ。魔力を浴びても、低強度なら素通りしていく。強い魔力に晒されると肉体が変質するけど、今度は変質した体に耐えられなくなり、やがて死に至る」


 正清は自分の姿が化け物のように変わり、死んでいく姿を幻視した。


「それは、つまり。ザクロさん、キミはそんな光景を見たことがあるのか……?」

「ええ。強大な力を持つラステイターに、保存食(・・・)として持ち帰られた人。

 彼女は三日間食べられ続け、最終的には肥大化した筋肉が心臓を押し潰して、死んだ」


 あまりの壮絶な死に様に、正清は言葉さえも出なかった。

 彼女が嘘をついているようには思えない。

 そこには須田にはない真実味、そして誠実さがあるように思えた。


「いままで戦ったラステイターの中に人間がいただとか、そんなことは気にしなくていい。人間はラステイターにはならない、なれない。もし喋る個体がいたのだとしたら、それは長きに渡る生で獲得したか、あるいは人間を真似ているだけよ」

「長きに渡る生……そう言えば、あいつも言っていたな。寝るのが上手い奴がいるって」


 かつて『桜花の魔法少女』は言っていた。上手く餌を取り、上手く眠って肥え太ったラステイターを自分が食うのだ、と。言い換えれば強いラステイターとは隠れるのが上手いものだ。彼らに寿命があるのかは分からないが、長く眠れるということは自然寿命も長いということになる。彼らは人間よりも遥かに長生きなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ふと頭がくらくらして来た。体の痛みもいよいよ強まってきており、自分が怪我人だということを否応なく自覚させた。


「眠りなさい、高崎。色々考えることはあるだろうけど、いまだけは」


 そう言って、ザクロは正清の頭を撫でた。

 柔らかく、暖かく、そして優しい手。


「一つだけ、聞かせてもらっていいかな……ザクロさん。キミは、どうして戦うんだ?」


 純粋な疑問。ザクロは一瞬逡巡して、そして答えた。


「私が願うのは一つだけ。呪われた運命を、私の手で断ち切るためよ」


 言った後、ザクロは正清の顔を見た。

 彼の目は閉じられ、寝息を立てている。

 彼女の言葉を聞くことが出来たかどうか、それは本人にしか分からなくなった。


「いいの、お姉ちゃん。この人に、本当のことを伝えなくて?」


 蓮華は『食事』を終えザクロに寄り添うように座った。

 彼女は跳ね除けなかった。


「いいのよ。すべてを知っているのは、私だけで十分だから」

「でも、知らなければ彼はきっと迷うことになるわ。もし、その時になれば」

「させないわ。私はそのために、魔法少女になったんだから」


 ザクロはそれっきり口を開かなかった。

 衣服の脇腹にはうっすらと血が滲んでいる。

 彼女はレンゲの魔法治療を受けなかった。

 それが、彼女の矜持だった。


「強情な人。あなたに救いが訪れる日が来ればいいのに……」


 蓮華も床に就いた。

 ゆったりとした時間が、三人の間に流れた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 正清を探し、悟志は夜の街を歩いた。

 葭川を遡り、殿台(とのだい)方面へ。

 魔法少女とともに川に落下したのだ、ならば遡上している可能性もある。

 実際のところは、二人して意識を失い流れて行っているのだが。

 そう信じて悟志は二人を探していた。


 否、それはウソだ。

 本当は正清に会わせる顔がないからだ。

 第三社史編纂室も捜索を行ってくれている、ならば大事になることはないだろう。

 悟志は自分の思いを誤魔化しながら正清たちを探すふりをした。

 自分の思いが自分を締め付けて来る。


(俺はどうしたいんだ? 俺は、何を願っている……)


 認めるのが怖かった。

 正清と一緒にラステイターを探している間は、そこを見ないで済んだ。

 自分の中にある直視したくない部分を。弱い己を。


「おや、こんなところで会うなんて奇遇だね。どうしたんだい、悟志くん?」


 突然声をかけられ、悟志はビクリと震えた。

 そこにいたのは、光真だった。


「お前は確か雪沢……いや、大したことじゃないんだ。ちょっと散歩だ」

「こっちはキミの家がある方角じゃないと思うけど……そうか、気持ちを切り替えたいんだね。

 僕にも覚えがある、そういう時は体を動かした方がいいだろう」


 光真は自分の心の内を見透かしたようなことを言う。

 だが、不思議とそれは不快ではなかった。まるで自分の心を手に取るように理解しているような、その上で言葉を発してくれているような、そんな不思議な感覚を悟志は抱いていた。


(だから、俺より年下なのにこいつの言葉は嫌味なく聞こえて来る)


 何度も正清のクラスに行くたび、自然とこの男との関わりを持つようになってきた。

 始まりがどんなものかは覚えていないが、そんなことはどうだっていい。

 理解しておくべき(・・・・・・・・)ことは一つだけ。

 光真は信用に値する人物である、ということだけである。


「……で、本当のところはどうなんだい? 何かを探しているように見えたんだが」

「隠し事は出来ねえってわけか。ああ、そうだ。探してる。詳しくは言えねえが」

「そうか、大切なものを探しているんだね。分からないでもないよ、その気持ちはね」


 光真の言葉は心地いい。

 だからのめり込んで行ってしまいそうだ。

 いっそこの男にすべてを明かしてしまおうか、と思うが、しかし理性がそれを押し止める。

 もしラステイターのことを知れば、この男は危険に飛び込んで行くだろうと思えたからだ。


「会えてよかったよ、光真。それじゃあ、俺は行かなきゃ。またな」


 悟志は光真に一礼し、そして走り出した。

 少しだけ心が軽くなったような気がした。


「ああ、そうだ。睦子さんから伝言を受けている。『また会えないか』、とね」

「……済まねえが、しばらくは会うつもりはねえと伝えておいてくれ」

「分かった。でも睦子さんは寂しそうだったから。会ってあげてほしいな」


 そう言って、光真は去って行った。

 悟志は彼の言葉を反芻し、そして踵を返す。


(どんな顔して会えばいいんだよ、俺は……!)


 分からない。

 相原悟志は、まだ十八歳の少年なのだ。


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