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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
日常が壊れる日
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化け物を狩るアルバイト

 正清たちを乗せたランドクルーザーはロータリーを回り、市場町の辺りまで来ていた。この辺りには官公庁や寺社仏閣、大学や公園といった様々な施設がある。都会的な喧噪とは少しだけ離れた場所だ。車は一見のビルの地下駐車場へと吸い込まれて行った。


「ここって、確かバンクスター・エレクトロニクスの……?」

「よく知ってるね、キミ。さすがは千葉県民ってところかな?」


 バンクスター・エレクトロニクスとはいわゆる外資系電機メーカーの一つだ。

 世界数十各国に支社を持つが、日本に支社を建てるのはここが初めて。千葉を拠点として販売ラインを広めていきたい、と考えているのだそうだ。高級志向の電気製品の数々はわがままな日本市場の要求にもマッチしているようで、業績は好調だそうだ。


「どうして僕が千葉の住民だって分かるんですか? 当てずっぽうはやめて下さい」

「千葉県民じゃなきゃ、わざわざあんなところで映画は見ないよ」


 それはそうだ。ランドクルーザーは荒っぽい運転で停車、陽太郎は足早に降りると二人を無視してエレベーターへと向かった。正清たちは顔を見合わせ、彼に続いて行った。


 全十二階建ての高層ビル、彼は四階のボタンを押した。

 ほとんど無音で昇るエレベーター、少しして扉が開いた。

 休日であるからだろう、ほとんどの電気は落とされている。


「おっとそうだ、キミたちに飲みものでも振る舞うべきだったかな? ごめんね」

「いえ、いいです。それより、どうして僕たちをこんなところへ? いったい何が……」

「あんまりせっかちになっちゃいけないよ、キミ。人生には驚きが大切なんだから」


 そう言ってくすくすと笑う男に、正清は好感を抱けなかった。

 人が一人死んでいる。


「あなたは、あの場で何が起こったか分かっていてそんなことを言ってるんですか!」

「さあ? 分からないから教えて欲しいなぁ、あそこでいったい何があったのかを」


 そう言われると、正清は言葉を詰まらせてしまう。

 美里は不安そうに二人を見て、須田は笑った。


 やがて、突き当りに到着した。

 そこには『第三社史編纂室』と掲げられていた。


「いい加減にしてくださいよ、社史編纂室に呼んでどうしようって言うんです!?」

「落ち着けよ、バンクスター日本支社に社史編纂室が、それも三つもあるかよ」


 嘲るように笑いながら、須田はカードキーをスロットに通して扉を開いた。

 確かに、社史編纂室としては有り得ないほど厳重な警備が。

 何が待っているというのか?


 少なくとも、社史編纂などと言う業務を行う部屋には見えなかった。いくつもの大仰な研究設備に機械類、何台かのパソコン。中央に置かれたデスクには正清が使ったようなスマートフォンが置かれていた。ただし、組み立てられてはいなかったが。


「よく来てくれたな。陽太郎の運転は荒かっただろう、すまないな。私が迎えに行ければよかったんだが、この歳になると車の運転もおぼつかなくなっちまってな」


 奥のデスクに腰かけていた老人は立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべた。

 須田のそれとは違い、厭らしさはまったくない。


 腰は曲がり、ウェーブのかかったそれほど多くない髪は真っ白になっている。

 皮膚は皺だらけになっているが、矍鑠とした老人で瞳には力が滾っている。

 彼はあらかじめ入れておいたお茶を二人に振る舞い、席を勧めた。


「須田くんは用意していないだろうから淹れておいた。まあ、座ってくれ」

「さすがは先生、僕にとってあなたはやはり、なくてはならない存在のようだ」

「茶を淹れる人が欲しいんなら、さっさと気の利いた嫁さんでも探すんだな」


 老人は須田の言葉を軽やかにかわし、すぐに本題へと入ってくれた。


「私の名は川上玄斎、バンクスター・エレクトロニクス第三社史編纂室室長だ」

「は、初めまして。僕は、高崎正清。こちらは藤川美里。

 あの、僕たちにいったいどのような御用があって、こんなところまで呼びつけたんです……?」


 正清は悟志には決して使わない下手くそな敬語で質問した。

 ガチガチになった態度に玄斎は苦笑し、すぐに次の言葉を紡いでくれた。


「ところで、バンクスターが吸収合併を行ったことは聞いているかな?」


 そう言われて、正清はすぐに答えられなかった。だが美里は答えた。


「たしか、川上電気設備っていうところを合併したんじゃ……あれ、じゃあもしかして」

「そう。私は元社長、いま雇われということだ。いまの待遇には満足しているがね」

「その室長さんが、どうしてこんなことを? っていうか、これはいったい……」


 そう言って、正清はあの老人から託されたベルトと、スマートフォンを机に置いた。

 二人はそれを見た。須田の目にも、一欠片の情が浮かんでいるように見えた。


「バイタルサインが消えたのはこの目で見ましたよ。見間違いだと思いましたが……」

「どうやら本当だったようだな。彼が亡くなるとは、思ってもみなかった」


 玄斎はベルトの前で手を合わせた。

 数秒後黙祷を止めたが、しばし言葉を失った。


「あの、僕たちを襲った怪物はいったい何なんですか? あれはいったい……」

「いいのかなぁ? それを聞いたら、キミは戻れなくなっちゃうけど?」


 須田は少し苛立ったような口調で言った。

 感情の起伏が激しい男のようだ。


「簡単に言えば、我々が研究している社外秘情報に関連しているんだよ、あの生き物は。

 それをみだりに外部に漏らすわけにはいかない。それについては了承してもらおう」

「そんな……! 自分を襲ってきた化け物の正体も分からないでいろと!?」

「それが賢明だよ。関わり合いになる必要なんてない、キミにはね」


 確かにその通りだ。

 関わり合いにならない方がいい。

 だが正清は思った。


「僕はあの人からこれを受け取りました。託されたんです、助けてくれって」


 願いを託して逝った老人。託されたものを捨てることは出来ない。

 彼の中にあるのは、恐らくそういうものなのだろう。


「知りたいんです。お願いします。どんなことだって、受け止めたいんです」

「いや、そう言うわけではなく……困ったな、これは」


 少年の真っ直ぐな瞳に、さすがの玄斎も狼狽えた。

 そんな彼の訴えを無視し、須田はスマートフォンを少し弄った。

 すぐにビープ音が鳴った。須田は舌打ちする。


「参りましたね、先生。これ生体認証がオンになっています。登録されているのは彼」

「なに? だが、それならばこちらで……」

「参ったなぁ、これで、これは、キミにしか使えなくなっちゃったわけだ。困ったなぁ」


 正清の目の前でスマートフォンをぶらぶらさせながら、須田は言った。

 癇に障る動作。


「彼にしか使えないなら、もう仕方ないでしょう。教えちゃいましょうよ、先生」

「何を言っている、陽太郎! そんなことは許されん! 危険すぎるぞ、第一!」

「聞かせてください、川上さん! 俺、本当のことを知りたいんです!」


 二対一、さすがに分が悪くなってきた。

 玄斎は諦め、頭を振った。


「女の子は外に出ていてくれ。家まで送るから、休憩室で待っていて」

「わ、分かりました。その、ショウくん……」

「僕は大丈夫だから、美里。すぐ戻るから、それまで待っていてくれ」


 正清は優しく美里を諭し、美里もそれに納得した。

 美里を追い出し、話は始まった。


「キミが見た怪物を、我々は『ラステイター』と呼んでいる。狂暴な……魔獣だ」

「ラステイター? 魔獣? どういう、ことなんですか? もっと分かるように……」

「ラステイターとは動物が何らかの原因で変異し、誕生した怪物だ。

 まあ分かるように説明するからちょっと待っていてくれたまえ」


 そう言って須田は棚をひっくり返して、何かを探した。

 やがてそれを見つけ、机の上に広げた。

 そこに映っていたのは、正清が対峙したのと同じネズミの怪物だった。


「これ……! こいつです、俺が映画館で襲われたのは! どうしてこれを……」

「言っておくけどこれ撮るのにも苦労したんだよ? 彼の登場でようやく撮影出来た」


 ネズミの怪物は正清が見たのと同じくらい醜悪な外見で、誰かを襲っているように見える。脇に表示されたステータスバーはシャルディアの視界を思わせる。


「これはシャルディアの内蔵カメラで撮影した映像だ。

 ラステイターは都会の闇に潜み、密かに人を捕食する怪物だ。

 何十年も前から、人々はその脅威に晒されている」

「何十年も前、って。それじゃあどうして公にならないんですか、こんな!」


 多くの人が犠牲になっているなら、どうしてそれが明らかにならない?

 正清は憤慨したが、須田はそれを鼻で笑った。

 何がおかしい、と正清は内心で憤った。


「ラステイターが関与していると思われる殺人、失踪事件の発生率は通常の殺人事件よりも発生率が低いからさ。統計的にそれほど多くないから、そもそも認知されていない」

「それに、我々は何年もラステイターの活動を感知出来なかったんだ」

「こんなエキセントリックな外見をした化け物が闊歩してるのに?」


 事実自分も気付いていなかったが、この広い日本でこれまで発見されなかったのはなぜか? 純粋に正清は疑問に思ったが、しかし答えの輪郭を掴んだ気がした。


 あの時、人がごった返す駅前で、それなりに人気のある映画館だというのに、あそこには誰もいなかった。受付の係員さえも。通常は有り得ないこと、そこに答えがある。


「ラステイターは人間が忌避する、ある種の電磁波を放つことが出来るんだ。

 人々は自然にそこから遠ざけられる。

 彼らは自分が作り出した『領域』の外で捕食活動を行わない。

 だから何十年もの長きに渡って、ラステイターを確認出来なかったんだ」

「さながら狩場を広げる野生動物のようだ。

 痕跡は分かりやすいけど近寄れないんだ。

 遠巻きに情報収集を重ねて、僕たちはようやく実在を確認した、ってわけ」

「でもそれじゃあ、俺たちだってそこに近付くことが出来ないんじゃ」

「電磁波は指向性を持っている。ターゲットを絞り対象から外すことも可能だ」


 かなり悪夢的な光景だ。

 気が付いた時には、周りには誰もいない。

 自分の後をじっとつけて、機会を伺っている化け物。

 その牙が、犠牲者のもとに迫る――


「だが、我々人間もただ狩られるのを待っていたわけではない。

 指向性電磁波を遮断し、探知し、ラステイターに対抗出来る存在を作り出した。

 それがシャルディアだ」

「シャルディア……それを使って、あなたたちはラステイターと戦っていたんですか?」

「あくまでそれは副次的なものだけどね。

 本筋はラステイターとシャルディアのデータ収集とアップグレード。

 人助けをやるために企業は動いていたわけじゃあないさ」


 須田は皮肉気に言ったが、玄斎はそれを無視した。

 正清は彼に質問を重ねる。


「そもそもシャルディアっていったい何なんですか? あんな姿になるなんて」

「シャルディアは魔術的回路を展開し、大気中の窒素等を錬成、装甲として形成するシステムだ。この世の常識から解き放たれたラステイターを倒せるのはシャルディアだけだ」


 そこで正清は理解し切れなくなった。

 魔術的回路? いきなり話が飛んだ。


「信じられないかもしれないが魔術は実在する。これはそれを電子的に再現したものだ」

「そりゃ、信じられませんよ。魔術ですって? そんなものがあるはずはない」

「ところが存在した。

 ラステイターとは伝説に語られていた鬼であり、セイレーンであり、ブギーマンだ。

 あれが超常存在であることは受け入れて欲しいな」


 確かにそうとしか言えない怪物だった。

 だが、正清はどこか受け入れられなかった。

 現実感を喪失するような出来事を立て続けに体感したせいかもしれない。


「実際に目で見たキミが信じてくれないんだ。世間の人間が信じるはずはない」

「だからあなたたちはこうして、世間から隠れて戦いを続けていたということですか?

 でも、あのシャルディアとかいうのがあるならもっとたくさん作れば……」


 単純に数が増えれば、ラステイターにも対抗出来るのではないだろうか?

 正清は安易に考えたが、しかし須田は首を横に振った。

 やはりどこか、皮肉気な笑みを浮かべ。


「着眼点はいいけど、それは無理だよ」

「このシステムは稼働後は周囲の魔力を吸収し半永久的に起動させられる。

 ただ、スターターとして魔力を必要とする。装着者の魔力をね。

 これは技術的問題でドライバーに吸収機構を付けられなかったことに由来する。

 魔力を持つ人間は極めて少ない。我々がこれを使えない理由の一つでもある」


 素質的問題で使用者が限られているのだと、正清は理解した。

 ただ、現実的な問題も立ちはだかってきているようだ。


「それに予算が足りない」

「予算」


 正清はオウム返しに言った。


「生産、組み立て、試験、実用化。どこにも金は必要になるからな。

 特に製造コストは凄まじい、私財を投じて研究を続けたが干上がりかけていた」

「でもそれならスポンサーを探せばいいんじゃ……」

「どこも昨今の不景気で干上がっている。それに金を出せばいいわけじゃない」


 玄斎の目が細まった。正清は玄斎の迫力に息を飲む。


「これは非常に危険な技術だ。分かっているだろう、高崎くん。

 どこにでも持ち運べてすぐに発動させられる。いまはまだ技術的に未熟な部分もあるが、成熟すればラステイター抜きでもこれを使うことが出来るようになるかもしれない。そうなればありとあらゆる攻撃を通さず、すべてを破壊する無敵の兵器だって誕生するだろう」


 正清は息を飲んだ。それを振るった人間だからこそ、分かることがある。


「この力を悪用させるわけにはいかない。

 使いようによっては未来を拓く技術ともなり得るものだ。

 バンクスターは信用に値するものたちだと思っている。だから力を託した」


 そして、それは自分にも求められていることだ。


「強制をするつもりはない。未来ある若者にこんなことは言いたくない」

「僕も十六の頃にはここにいましたけど」

「黙っていろ、陽太郎。力を貸してはくれないだろうか?」


 真面目な表情で話す玄斎。それに茶々を入れる須田。


「キミにとっても、責任がないわけじゃないと思うんだよなぁ。

 だってあの人は、桐沢さんはキミを守ったがために死んでしまったわけだからねぇ?」

「ッ……! どうしてそのことを! あんた、あの時ずっと見てたのか!?」

「いいや。だが状況証拠から考えてそうとしか思えなかった。当たりみたいだね」


 カマを掛けられたのだと、正清は気付いた。

 何を考えているか分からない。


「キミは桐沢さんの命を使ってここに立っている。

 しかも、《ディアドライバー》は生体認証が作動しているからキミにしか使えない。

 いまの予算じゃとても二台目のドライバーを作ることなんて出来はしない。

 このままじゃあデータが手に入らずドライバーの発展改良も行えず量産の準備も出来ない。ってことは、だ。成果を挙げられない第三社史編纂室は取り潰しになってラステイター対策事業は完全にストップすることになる。となると……困ったことになるんじゃないかな、キミにとっても?」


 須田は一気にまくしたてた。最悪の未来を。

 どこまでが真実か分からなかった。


「キミはその力でラステイターと戦って、人々を守る。

 僕たちはフィードバックされたデータを使ってドライバーを量産する。

 WinWinの関係じゃないか、そうだろう?」

「……分かりました、やりますよ。俺に出来ることがあるんなら」


 正清は須田を真っ直ぐ見据えて行った。

 須田はその目を見て笑い、一枚の紙を出した。


「それじゃあ、ここにサインしてくれ。第三社史編纂室の雇用契約書だ」

「雇用契約書、ですか……」


 いきなり出てきた現実的な言葉に、正清は思わずずっこけそうになった。


「上から突っ込まれた時に、こういう書類があるのとないのとじゃ大違いなのさ。

 業務内容は『バンクスター・エレクトロニクスのテスター』。

 ははっ、その通りだねこれ」


 何がおかしいのか、須田は自分の発言に笑った。

 しかし正清は少し考えた。


「うちの学校、アルバイト禁止なんですよ。

 納得させるための書類だってことは、これは学校にも提出するんでしょう?

 何かあったら問題になるから」


 正清が通う優嶺高等学校は原則としてアルバイトが禁止されている。家庭環境など様々なことが考慮されるが、現状アルバイトをしている生徒は片手の数で数えられるという。


「参ったね。どうしよう。納得させるための書類で問題が出て来るとは参りましたね」

「ふーむ、キミはどこの高校に通っているんだい?

 優嶺? それなら学園長とは古い付き合いだ。

 話の分かる奴でもある、こちらで話を通しておくことは出来る、が……」


 玄斎は引き留めるようにして言った。

 だが正清の決意は固かった。


「やってください。お願いします。

 僕は、シャルディアとしてラステイターと戦います」

「キミの決意に敬意を表するよ。ああ、そう言えば名前を聞いていなかったね?」

「……正清。高崎、正清です。あなたも名乗ってくださいよ」

「陽太郎。須田陽太郎だよ、正清。これからよろしく。頼んだよ?」


 須田は厭らしい笑みを浮かべ、手を差し出して来た。

 正清はその手を取った。

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