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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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平穏な日常と破滅の足音

 深い眠りから覚めた。

 これほど安らかな眠りを得られたのはいつ以来だろう、と正清は思う。

 手元の携帯で時間を確認しようとして、気付いた。ディアフォンはもうないのだ、と。

 自分の携帯を手に取る、時間は六時。それでもはっきりと目は覚めていた。


 布団を剥ぎ取り、ぐっと伸びをする。

 全身に血が巡って行く感覚が心地いい。

 この時間ならまだ父も下にいるだろうか、と思って正清は寝ぼけ眼でリビングに向かった。


「あら、おはようショウ。どうしたの、こんなに早く?」

「何だか目が覚めちゃってね。父さんは? もう出てっちゃったの?」

「今日は朝一で行かなきゃいけないみたいでねえ。あの人も忙しい人よ、ホント」


 朝父と会うことが出来なかったのは残念だが、焦ることはない。

 これから何度でも会える。

 戦っていた時は極度の緊張から披露し、父が帰って来る前に眠ってしまうことも多かった。

 そして、父より遅く目覚めることも。だが、これからはそんなことは有り得ない。


「どうしたのショウ。何か、嬉しそうな顔してるわね。いいことでもあった?」

「ん、いやなんでもないよ。頭を悩ませてたことが、なくなっただけで」


 真実を話すわけにはいかない。

 だがいつの日か、話しても問題がなくなる日が来るだろう。

 ラステイターが殲滅され、平和な世界が訪れた暁には。


「ああ、そう言えばみーちゃんから電話があったの。美里ちゃんが風邪ひいたって」

「美里が? 大丈夫かな、昨日まではそんなに体調悪くなかったのに」


 彼女が言うところのみーちゃんとは、美里のことではない。


 藤川美月(みつき)、美里の母親だ。

 もう四十になるというのに非常に若々しく、格好にさえ気を付ければ十五は若く見えるだろう。

 正清も子供の時分は彼女を見てドキドキしたりした。

 その子供である美里に恋心を抱いているので、結局のところそれは好みの問題なのだろうが。


「今日は学校休むって。面倒は私が見るけど、ちょっと顔くらい見てきなさい」

「うん、分かった。こういう時は、いつも大変だね」

「こっちは父さんが稼いでくるからいいのよ。困った時はお互い様、友達だもの」


 藤川家は夫婦共働き、二十代で買った家のローンを返すために両親は身を粉にして働いている。祖父から家を受け継いだ高崎家とは大変さの度合いが違う。家族ぐるみの付き合いがあるので、何か困ったことがあればお互い助け合うことになっている。いまのところ、藤川家が助けられる割合が多くなっているのは致し方ないだろう。


 早々に朝飯を食べ終え、最低限の準備だけをして正清は家を出た。手に持つのは母特性のお粥。いい具合に塩味が効いているのでこれだけでも何杯も食べられる。汗を出しやすくしているので塩分が不足する、という母なりの配慮の結果でもある。


 路地を挟んだ向かい側にある藤川家へ。

 鍵の隠し場所は知っている。勝手知ったる、という具合に正清は家の中に入って行った。

 きちんと整理整頓された家の中は、高崎家とはえらい違いだ。

 父母はあまり細かいことを気にしない性質なのだ。


 何度も昇った階段を昇り、美里の部屋に。ファンシーな表札が掛けてあった。


「美里、起きてる? 入るよ」

「おはよう、ショウくん。ちょっと待っててね」


 少しだけ元気のなさそうな声が、扉の向こう側から聞こえて来た。

 しばらくして『いいよ』と了承が出たので、正清は部屋の中に入って行った。


 几帳面さは母親からの遺伝だろう、と正清は思った。本棚も、机も、クローゼットもすべて整頓されており、どこに何があるのか一目で分かるようになっている。埃もほとんど見られない、定期的に清掃をしている証だろう。


「おはよう。ごめんね、何だか迷惑かけちゃってるみたいで」

「迷惑だなんて、そんなことないよ。何かあったら言ってくれ、僕は何でも手伝うから」


 美里はサイドボードのついたベッドに横たわっていた。

 薄い寝間着の隙間から見える皮膚には汗がにじんでおり、顔色も心なしか悪い。

 目も潤んでいるように見えた。


「母さんのお粥持ってきたよ。それからスポーツドリンクも。よく食べて、寝てくれ」

「うん、分かった。お母さんからも寝てなさいって言われちゃったからね」


 美月はあまり子供に構ってやれないことに苦悩しているが、それでも彼女を精一杯愛している。それだけは、傍から見ている正清にも伝わって来た。


「ショウくんも忙しいのに、本当にごめんね。こんなことになっちゃって」

「それなんだけど、大丈夫。僕はもう、キミの傍から離れない。絶対に」


 タッパーの蓋を開けると、白い湯気が朦々と立ち上って来た。


「須田さんから言われたんだ。

 あれの量産体制が整った、だから僕はもう戦う必要はない、って。

 《ディアドライバー》も返して来た。だからもう、僕は戦うことはないよ」


 美里は一瞬、驚いたような表情を浮かべた。だが、すぐに笑顔を作った。


「そっか……終わったんだね、ショウくん。よかった」

「うん……これでいいんだ。

 僕は僕のやるべきことをやって、それで終わったんだ。

 これからは須田さんたち、バンクスターの人々がみんなを守ってくれるだろう」


 正清はタッパーのお粥をスプーンで一口大に取り、美里の口元へと送った。


「もう、ショウくん。これくらい私にだって出来るよ」

「はは、ごめんごめん。でもさ、一口分くらいはやらせてくれよ」


 美里は困ったような笑みを浮かべながら、パクリとそれを口に運んだ。


(僕はみんなの平和を守って来た。だったらそれでいいじゃないか。これからは、もう)


 幸せな時間を続けて行きたい。

 それだけが、正清の願いだった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 栄町の路地裏で男が死んでいる。

 それが非番明けに与沢が聞いた最初の言葉だった。カミさんに叱られ、イライラしているところにこれだ。千葉という街はつくづく自分に優しくはないのだな、と思いながら与沢は車を走らせた。相棒の川谷は免許を持たない。


「店を閉めようとしたスナックの店員が被害者を発見したそうです。

 出血や目立った傷はないので、最初はただ倒れているだけかと思ったそうなんですが……」

「あからさまにおかしな様子だったから、警察に通報したと。どんなもんなのやら」


 すでに黄色いテープが張られ、路地の入口は所轄の警官によってガードされていた。

 周辺の聞き込みや捜索も行っていることだろう、と思いながら与沢はテープを潜った。


 鑑識たちがせわしなく行き交い、開け放たれた店の中では事情聴取が行われている。

 恐らくは第一発見者であろうベストを着たウェイターの顔面は蒼白になっている。

 発見からしばらくたっているというのに、どれほど恐ろしいものを見たのだろうか?


「こりゃあ……いったいどうなってるんだ?」


 その理由は、すぐ二人にも分かった。

 死体は確かに、仰向けになって路地に転がっていた。安物のスーツにメッキの剥がれた時計。サラリーマンの類だろう、会社帰りに一杯やってから殺されたのだろうか、と想像することは出来る。


 だが、そこから先は無理だ。

 どうやってこの男が殺されたのかなど分からない。

 カラカラに乾き、干物のようになった男の死因など、只人である二人に分かるはずはなかった。


「こりゃ、死因はいったいなんだ? 枯死とか、そういうことになるのか?」


 与沢は先に到着していた新山に質問した。彼は不機嫌そうな目を向けて来る。


「首筋には四つの赤い点が付いています。恐らく、それが死因に関係しているでしょう」

「どうやったらこんな死体を作れるんだ? 俺には、よく分からないんだが」

「知りませんよ、そんなの! 科捜研に送って検査するので結果をお待ちください!」


 新山は何故かキレた。思わず与沢も怯んでしまう。

 新山は肩を怒らせながら歩き路地を抜け、部下と思わしき鑑識の警官たちに指示を出していた。


「新山、キレてんな。いったいどうしたんだあいつは……」

「ご存じないんですか、与沢さん。

 このところ、同じような不可解な事件が県内で起こっているんです。

 まあ、報道管制を敷いてるから知らないのも当たり前ですが」


 不可解な殺人事件、それも管制を敷くほどの?

 与沢には意味が分からなかった。


「ちょっと待て、詳しく話を聞かせてくれよ。俺が休んでる間にいったい何があった?」

「順を追って説明しますから、ちょっとコーヒーでも飲みましょう。目が開かない」


 見ると川谷の目はしょぼしょぼしている。

 確かに、与沢もあまり頭がスッキリしない。

 カフェインでも取って思考を明朗にしなければ一日を乗り切ることは出来ないだろう。

 路地に設置されていた自販機でコーヒーを買って、二人は壁に背を預けた。


「まず二日前、京葉道路沿いにあるスーパー銭湯のサウナで凍死体が発見されました」

「凍死体ぃ? 冷蔵庫の間違いじゃないか?

 まあ、そんなこともあるかもしれんな。

 理由は分からんが、冷凍させた死体をサウナに持って行って遺棄したということか」

「いえ、違います。サウナの中で、彼はカチコチに凍えて死んでいたんですよ」


 言われている意味が分からなかった。

 高温のサウナで凍死するはずはない。

 しかも死体は青ざめ、霜さえ降りていたという。

 尋常ではない死に様だ。


「そして昨日、高品の交差点で遺体が発見されました。死後一週間は経過したものが」

「これまたワケが分からんな。死体遺棄事件では……ないんだよな?」

「その通り、目撃者によれば倒れる直前まで元気に歩いていたそうですよ。

 近所にあったパチンコ屋の監視カメラにも、その光景はバッチリ収められています」

「ウォーキング・デッドか。カミさんが好きでなぁ、あれ」


 ポリポリと禿げかかった髪を撫でながら、与沢は考えた。

 枯死体、凍死体、腐乱死体。

 そんなものがいきなり現れるなど、尋常な有り様ではない。尋常な……


(つまりこれは、あいつらの管轄になるのだろうか……?)


 春先に協力したバンクスターの連中を思い出す。

 結局連続爆破事件とポートタワー焼失事件については迷宮入りした。

 人間が起こした事件でないのだから当たり前だ。

 捜査規模は縮小され、日々起こる新たな事件に人員は回されている。


「ここんところおかしなことばかりですね、与沢さん。いったい何が起きているのやら」

「さあな、何が起きているのかは知らんが、俺たちは俺たちの仕事をやるだけ――」

「うっ、うわぁぁぁぁっ!?」


 与沢の言葉は、しかし情けない悲鳴によってかき消された。

 二人は弾かれたようにそちらを見て、そして周囲の捜査員と同じように固まった。


 そこに立っていたのは、先ほどの枯死体。

 それがぎこちなく体を動かし、立ち上がろうとしている。

 筋肉も神経もカサカサになって、肉体から体液という体液が抜き取られたはずだ。

 動くはずがない。与沢は思わず腰のホルスターに手を伸ばした。


 立ち上がろうとした死体は、しかし力なく倒れ伏した。

 乾いた体が更に乾き、そして崩れて行った。

 後に残ったのは、黄土色の粉末ただそれだけだった。


「あ、あれはいったい、どういうことなんですか……!?」

「さあ、な。何年も刑事をやってるが、あんなの見たこともねえよ……!」


 誰もが言葉を失った。

 与沢は彼らに話をすべきか、真剣に考え始めた。


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