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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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宵闇の邂逅

 配属初日から残業をする羽目になった。

 とはいえ、熱心な新入社員である島崎は疲労感や悲壮感などまるで見せず、楽しそうに仕事に打ち込んだ。あまりに楽しそうな様子だったので、上司である須田も玄斎はむしろ怪訝な表情でそれを見た。


「……美耶、キミそんな調子だけど大丈夫か?

 変な薬使ってたり、逆に使うべき薬使うの忘れてたりは、しないよな?」

「え? 須田さん、私がジャンキーだとか思ってるんですか? そりゃ違いますよ!」

「むしろその姿を見て、ジャンキーであってくれればよかったと思ったよ……」


 おかしな薬でもキメてくれていれば、こんなおかしなテンションにも合点がいったのに。

 須田は玄斎と美耶に見られないようにして頭を抱え、ため息を吐いた。


「陽太郎、仮にも彼女は年上の人間だぞ? 何というか、相応の礼儀を持ってだな……」

「すいませんけど礼儀だのなんだのは母の腹の中に置いて忘れて来たんですよ。

 僕がそう言う人間だってことを理解して、先生もここに置いてくれてるんでしょ?」


 そうだったな、と玄斎は今更ながらに思い出してため息を吐いた。


 須田陽太郎は中学を卒業してすぐ玄斎の片腕として川上電気設備に就職した。

 元々須田の父親が川上の所属であり、幼い頃から彼は仕事場に顔を出していた。

 その時から、玄斎は須田の類まれなる才能を見抜いていた。

 世が世なら世界を揺るがす発明をいくつもしていただろう。

 そして魔力関係に関し、彼はまさに天才と言うべき能力を持っていた。


 その反動かもしれないが――須田は人の心の機微が分からない。

 自分が必要だと判断したことを、自分の言い方で伝えてしまう。

 人がどう感じるかを考えることなく、理解することなく突き進んでしまう。

 自分が必要でないと考えれば、何でも切り捨てる。

 そんな人間だからこそ、玄斎は自分の弟子が心配でたまらなかった。


 高崎正清との交流は、彼を変えてくれると思った。

 だが、ダメだった。正清も、須田も互いに距離を取って相手と関わった。本気でぶつかり合うことは一度もなかった。結果として須田は自分の心に従い彼を戦いから遠ざけ、正清もそれを受け入れた。


「そうですよー。須田さんは私にとって先輩なんだから気にしないで下さいよー」

「ほら、美耶もこう言っているんです。細かいこと気にしないでいいでしょう」


 玄斎はため息を吐いた。この二人にこれ以上付き合うのは時間の無駄だ。


「ところで須田さん、回収した《ディアドライバー》ですがどうしますか?」


 美耶は正清から回収した《ディアドライバー》を見た。

 新型ドライバーシステムが完成したとはいえ、貴重な実験素材であることに変わりはなかった。


「控室の金庫に入れておいてくれたまえ。キーはこれ、頼んだよ」

「わあ、私がやっちゃっていいんですか!? ウフフ、嬉しいなぁー」

「キミがそう言うのに興奮する性質であったとは知らなかったよ」


 玄斎はこの日何度目か分からないため息を吐いたが、しかし美耶はそんなことお構いなしで部屋から出て行った。須田ほどではないが、マイペースな女性だ。


「……本当にドライバーを回収してよかったのか、陽太郎。彼だって……」

「ウィズブレンはシャルディア以上のスペックを確保し、マグスも完成した。

 これ以上彼を戦わせる意味はない。あなただってそう言っていたでしょう、先生?」

「それはそうだ。だが、お前の味方になれるような人間は……」

「彼は僕の味方じゃない。ただのモルモットだ。

 彼で実験を行う必要がなくなったから、彼を解き放った。

 それだけです。それ以上の意味はありませんよ」


 ならばどうしてそこまで頑なに否定する、と玄斎は聞きたくなった。

 だが、聞けなかった。それ以上踏み込めば須田が怒り出すことを、玄斎は長年の経験で知っていた。


「もっと喜びましょうよ、先生。この世の真理は僕たちの手の中にある。

 試せなかったことがあるのは、確かに少し残念な気もしますがね……」


 そう言って、須田は指先で『アップグレーダー』を弄った。《ディアドライバー》用に調整したプログラムだったが、もはやそれを使う必要さえなくなってしまった。


「あなたの願いは叶った。だから喜んでくださいよ、先生」

「……今日は色々あったからな。私はこれくらいで失礼させてもらうよ、陽太郎」


 玄斎は立ち上がり、部屋を後にした。


「お前の将来が本気で心配だよ、私はね……」


 彼のつぶやきは、恐らく誰の耳にも届かなかっただろう。

 美耶との交流は、須田を変えてくれるだろうか?


 きっとそうはならないのだと、玄斎は思っていた。

 島崎は良くも悪くも、須田や自分のことを崇拝している。

 だから自分たちの心の奥底に立ち入ってくるようなことは、決してしないだろう。


(高崎くんとの交流は必要なことだった……だが、彼にこれ以上戦いは強制出来ん)


 玄斎はため息を吐き、須田の未来を慮った。

 だが、玄斎に出来ることはそこまでだ。


 良くも悪くも、玄斎は常識人だ。

 そうしなければならなかったから、彼はこうなった。

 血を血で洗い、他人の骨肉を食むビジネスの世界において常識を弁えぬものは死ぬ。

 多くの人の命を預かって来た彼は、常識的な判断から飛び出すことが出来なくなっていた。


 須田を変える鍵は、常識から解き放たれたところにある。

 それを玄斎は分かっていた。だが、出来ない。


 彼にこれ以上、正清の未来を変えることは出来なかった。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 『騎士の魔法少女』、ナイヅは闇の中で紫煙をくゆらせた。

 魔法少女となってからも、この癖は抜けなかった。

 魔法少女となってから十年、いまも安物の煙草を吹かし、思考を落ち着ける時間が必要だ。

 まだこの生活に適応し切っていないかもしれない。


「またこんなところにいたのか、ナイヅ。キミは高いところが好きだね」

「バカと煙は高いところが好き、なのだそうだ。ならば僕はその両方を満たしている」


 ふっ、と視線を落としナイヅは煙草の吸殻を握り潰した。

 手を開くと、それは綺麗に消え去っていた。

 紫煙さえなければ煙草を吸っていたことさえも分からないだろう。


「高崎正清と接触を持ったようだね、ナイヅ。何を考えているのかな、キミは?」

「そう見えたかい、プレゼンター? まあ、少し興味深い人間であることに違いはない」

「彼は危険な存在だ。直接接触したなら分かっているだろう」

「そのためにキミは、彼を始末する策を実行したのかい?」


 プレゼンターは正清のことを、魔法少女の力によらない超人の力を危険視している。

 だからこそ彼は、『桜花の魔法少女』と正清とを引き合わせ、抹殺させようとした。

 結果として彼の企みは失敗することになったわけだが……


「安心するといい、プレゼンター。彼はただの子供だ。

 彼の心は砂糖を重ねて作った塔よりも脆い。

 いずれ崩れ折れ、生きる意志さえも喪失するだろう」

「もしそうならば、僕がこれ以上気を揉む必要がなくて助かるんだけどね」


 プレゼンターはナイヅに対して懐疑的な見通しを表明した。


「ああいうタイプは、一度爆発すると厄介なことになる――」


 だが、プレゼンターは最期まで言葉を紡ぐことが出来なかった。

 彼の体を巨大な刃が貫いたからだ。

 足下のコンクリートごと彼の体を縫い付けたのは、巨大な斬馬刀。


「……この剣は。よくここが分かった、と言いたいな。『鮮血の魔法少女』」


 ナイヅは目線だけを後ろに向けた。

 そこには『鮮血の魔法少女』、ザクロが立っていた。

 彼女が広げた手は開かれている、先ほどまで斬馬刀が握られていたのだ。


「ようやく見つけたわよ。『騎士の魔法少女』、ナイヅ。『魔所のお茶会』首魁」

「キミのことを待っていた。キミこそは神域の高みに至る資格を持っている」


 ナイヅは芝居がかった仕草で振り返った。

 だが、ザクロに話をする気はさらさらない。

 瞬時に踏み込み、ナイヅの懐へ。

 必殺の一撃を繰り出した。


「あなたと対話をするつもりはないわ。ここで死になさい――!」

「残念だ、ザクロ。話が通じないなら、僕はキミを殺すしかない」


 ザクロの貫手がナイヅの喉を抉る、その寸前で彼の体が光に包まれた。

 彼の体を騎士鎧が包み込み、喉輪がナイヅを守った。

 金属音が鳴り、拳が弾かれる。


 ナイヅが腰に掛けた剣の柄を握った。

 その瞬間、抜き放たれた。


 ハイスピードカメラでも捉え切れぬほどの高速斬撃を、ザクロは屈んでかわした。

 ナイヅの脇を通り抜け、プレゼンターに突き刺した斬馬刀を抜いた。

 貫かれたプレゼンターは投げ捨てた。

 二人は踊るように飛び距離を取り、再び二十メートルほどの距離を置いて向かい合った。


「やはり強いな、ザクロ。白兵戦の技量においてキミに勝てるものは多くないだろう」

「お褒めいただいて光栄だわ、ナイヅ。でも死んで」


 力強く地を蹴り、ザクロはナイヅに切りかかった。

 巨大な斬馬刀を、まるでナイフのように自在に操るザクロ。

 それに対し、ナイヅは騎士剣を巧みに操り斬撃を受け流す。

 一撃の重さはその音を聞くだけでも分かる。異常な攻防を二人は続けた。


「どうしてもキミは我々の進化を受け入れてはくれないのかい、ザクロ?」

「当たり前だわ。あなたたちの理を否定するために、私は魔法少女となった!」

「さすがだね、ザクロ。ただ一人の、魔法を使わぬ魔法少女(・・・・・・・・・・)!」


 然り。

 正清との戦いの時も、サラマンダーとの戦いの時も、そしてこれほどまでに常軌を逸した打ち合いをしている最中も。彼女は、一瞬も(・・・)魔法を発動していない(・・・・・・・・・・)。これは単に、鍛え上げられた血と肉の成果。彼女の秘めた悲壮な決意の証明! 彼女は魔法を使わずして最強の名を得たのだ!


 だがそれは、ナイヅとて神域へと至った魔法少女だ。

 否、彼女(・・)は初めから神域にいる(・・・・・・・・・・)

 すべての魔法少女を超越する存在、それがナイヅ。


 幾合目かの打ち合いの末、ついにザクロの刃がナイヅを捉えた。

 だが、ザクロは知っている。これほど簡単な相手ではないということを。


 ナイヅの姿が霞み、消えた。

 そして彼女の前後左右、様々な場所にナイヅが現れる!

 これこそがナイヅの持つ魔法!


(本体はどこにいる……! こんな幻覚、私には通用しない!)


 そう、ナイヅの力は言ってしまえばただの幻覚だ。

 他人の神経系だか精神系に作用し、本物そっくりの幻覚を生み出すことが出来る。

 幻覚には物理的干渉能力はなく、何かを傷つけることは出来ない。

 魔法少女全体から見てもそれほど協力ではない、むしろ弱いと言ってもいい能力だろう。

 だがそれは、ナイヅの技量がなければの話だ。


 すべてのナイヅの刃を、ザクロは受け止めざるを得ない。精巧な幻影は彼女のありとあらゆる感覚を欺き、本当にそこにいるかのような質感さえも与えて来る。それが本物か、偽物かは触れてみるまで分からない。そしてそれはあまりに危険な賭けだ。


 振るわれた剣を受け止める。剣が通り抜け、ナイヅの体が消滅する。

 返す刀で斬馬刀を振り払い、何体かのナイヅをまとめて切る。

 そのすべてが崩壊する。そうしている間にも全方位からナイヅが迫り来る。

 ザクロは舌打ちする。


 次々と幻影を打ち払うザクロ。

 だが、その動きが止まった。ナイヅの攻撃によって。


「キミとはいい付き合いが出来ると思っていたが……残念だ。さよなら、ザクロ」


 いつの間にか背後に回っていたナイヅが、彼女の右脇腹に騎士剣を突き立てたのだ。

 肺と腎臓を抉る一撃、口から血を吹きザクロは呻く。まともな人間なら即死するだろう。


 だが、ザクロはただの人間ではない。歴戦の魔法少女だ。


「待っていたのよ……この時をね」


 ザクロは左手で剣を掴んだ。

 ナイヅはそれを引こうとするが、ビクともしなかった。

 ザクロの細腕のどこに、このような力があるのか。

 剣を離そうとしたが、遅かった。


 ザクロは手刀を繰り出した。

 ナイヅは防ごうとする。

 その瞬間ザクロは魔法を使った。


 ナイヅさえも、その瞬間を見ることは出来なかった。

 己の喉が手刀によって抉り取られる瞬間を。

 鮮血が舞い、ナイヅが苦し気に呻いた。

 ただ血が噴き出すだけだった。


 バックキックを打ち込み剣を引き抜きつつ、ザクロはナイヅと距離を取った。

 最後の一撃を繰り出すため。


 だが、それは出来なかった。

 横合いから突っ込んで来る白い影があったからだ。

 殺したはずのプレゼンター。彼はザクロの肩口に体当たりを仕掛けた。

 まったく予期していなかったこと、そして予想以上に重い力だったこと。

 それらが重なり合い、ザクロは弾き飛ばされた。ネオンサイン輝く大地へと。


「大丈夫かい、ナイヅ! いきなり殺されるとは思ってもみなかったよ」


 プレゼンターは反動で着地し、ナイヅを見た。

 ナイヅは片膝を突き、喉を押さえていた。

 止めどなく鮮血が溢れ出すが、しかしその傷は見る間に塞がって行った。

 数秒後にはそこに傷があったことさえも覆い隠された。

 ナイヅはため息を吐き、地上を見る。


「油断していたよ、まさかあんな手段で僕の魔法を突破するなんてね」

「幻影を生み出しても、攻撃を行えるのは本体だけだ。キミの魔法を知っているのならば、むしろ取ってくる手段だと予想することが出来たんじゃないのかな?」

「ふっ、手厳しいな。プレゼンター。そうだね、これは僕の油断が招いたことだ」


 ビルの壁面にはクレーターが穿たれている。

 恐らくはザクロが壁を蹴って離脱した痕だろう。

 あれほどのダメージを受けながら、これほど俊敏に動けるとは。

 ナイヅは内心でザクロの身体能力、そして精神力に舌を巻いた。


「『鮮血の魔法少女』は極めて危険な存在だ。早急に手を打つことをお勧めするよ」

「因果なことだね。愛すべきものさえも、僕たちは殺さねばならないなんて」


 ナイヅは自嘲気味に笑い、プレゼンターはそれに何の反応も返すことはなかった。

 二人の会話は夜の闇に溶けて消え、やがて彼らの存在もそこから霧散していった。


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