戦いが終わる時
初めに、須田の体が光に包まれた。
彼の体を黒いボディスーツが覆い、近未来的な軍用アーマーを彷彿とさせるような黒く縁取られた赤い鎧が現れた。シャルディアのそれよりもスマートな印象を受ける。須田はベルトに備え付けられた拳銃のようなデバイス二つを掴み、ガンプレイで感触を確かめた。
九人の体にも変化があった。
須田と同じく黒いボディスーツ。彼らが身に纏っているのは、警察官が着けるようなアーマーだ。最低限、急所だけを守れるようにしている。彼らは錬金式によって作り出された武器を手に取った。それは、銃だ。正清や須田が使っているような拳銃型ではなく、ストックのないショットガンのような形をしていた。
「マグス隊、これより交戦に入る。しっかりナビゲーションを頼むよ」
そう言うと、須田は二挺の拳銃を構えた。マグスと呼ばれた九人もショットガンを構え、一斉に発砲する。耳をつんざくようなけたたましい発砲音が辺りに響き渡ったかと思うと、ローチ、そしてミノタウロスとサボテンに弾丸の嵐が叩き込まれた。
ミノタウロスとサボテンはローチの後ろに、そしてローチも陣形を組んで須田たちの方に走った。その内で何体かのローチが脱落するが、しかしそれでも数は多い。その身を犠牲にしてでも集団を守る、邪悪な知性の存在を感じさせる隊列だ。
「各員散開。ローチの相手は頼んだよ、僕はミノタウロスとサボテンに当たる」
射撃戦を取りやめ、マグスは散開。
須田は跳んでミノタウロスとサボテンの背後に回った。
散開したマグスの軍団はローチに向かってショットガンを発砲。数を減らした。
ミノタウロスは即座に反転、怒りを込めた角突撃を繰り出してくる。
須田は着地と同時に再跳躍、ミノタウロスの背中を飛び越し、更に空中で銃撃を加えた。
無防備な背中に弾丸をばら撒かれ、ミノタウロスは苦し気な悲鳴を上げた。
跳んだ須田目掛けて、サボテンは腕を向けた。針による射撃を繰り出そうとしているのだろう。
そうはさせない。
体勢を立て直した正清は、アンカーワイヤーを再生成。サボテンに向けてフックを射出した。
ワイヤーがサボテンの腕を絡め取り、体を軸にして回転。その体を拘束した。
正清は渾身の力を込めてワイヤーを引き、サボテンを投げ飛ばした。
「ふん……ならばサボテンの相手はキミに任せようじゃないか、正清」
須田は挑発するように言うが、正清にはそれを聞くだけの余裕がない。
頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。
須田がなぜ変身しているのか、そしてマグスとはいったい何なのか。
変身を行えるのは……自分だけであるはずではなかったのか?
(この人たちは、最初から自分で戦えるのにそうしなかったのか……!?)
正清はサボテンに肉薄し、ゼロ距離での戦闘を敢行する。下手に距離を取ればあの針での攻撃を受ける、そうなれば貧弱な射撃戦能力しかない正清に勝ち目はない。格闘戦であれば優位を保つことが出来る。そう考えていた。
サボテンは腕から生える針を伸ばし、それを叩きつけようとしてきた。
正清はそれを剣で受け止め、がら空きになった胴体に蹴りを叩き込む。
サボテンの体がくの字に折れ、咳き込むような体勢になり後退する。
やはり、格闘戦能力はそれほど高くなさそうだ。
後退するサボテンに、正清はダメ押しの連撃を叩き込む。
幾度も剣をその身に受けて、サボテンの身からは透明な汁のようなものが滴り落ちて来た。
ワームの時のような酸性ではなく、単に気味の悪い汁であると言うだけのようだったが。
剣を薙ぎ胴を切る。
炸裂音と火花が舞い飛ぶ。
正清はフレイソードのトリガーを引き、手首を返し再度の斬撃を放った。ガ
ードのために掲げられた両腕はあっさりと切断され、サボテンの胴体を両断した。
やや間があって、サボテンは爆発四散した。
一方で須田も突撃してくるミノタウロスをいなし、その背後に回った。逞しい背中目掛けて鋭い手刀を叩き込む。ミノタウロスは呻きながらたたらを踏み、憎悪に満ちた目叫びを上げながら背後に腕を振り払った。だが、その時にすでに須田はミノタウロスの背後に回って来た。ゼロ距離からサイドキックを繰り出し、ミノタウロスを打つ。
須田の作り出した力は、完全にミノタウロスを翻弄していた。パワーも、スピードも、シャルディアのそれよりも優れている。あれは、シャルディアを解析して作った力だ。言われずとも、正清はそれを直感的に理解していた。
そんなことを考えている間に、ローチがすべて爆散した。
マグスたちの仕業だ。
「おっと、僕が最後か。んじゃ、出来る限り派手に決めさせてもらいますか」
須田は笑いながら銃口をミノタウロスに向け、銃弾を叩き込んだ。
ミノタウロスの厚い外皮をも貫く威力の弾丸。ミノタウロスは呻き、片膝を突いた。
須田は構えを解き、左手に持った銃を変形させた。グリップが内側に折りたたまれ、銃身が縮んだ。スマートフォンほどの大きさになったそれを、須田は右手に持った銃の銃身付近まで持っていき、くっつけた。銃が結合し、一回り大きな拳銃となった。
スマートフォンを操作、ベルトからエネルギーが供給され、銃に収束した。
エクスブレイクだ。
須田は銃口をミノタウロスに向け、放った。
銃口から光が漏れ出し、それは奔流となり見る間にミノタウロスを飲み込んだ。
圧倒的エネルギーに晒され、一瞬のうちにミノタウロスは爆発四散した。
千葉公園に静寂が戻ってくる。
「ふう、これでおしまい。思っていたよりも疲れるね、正清」
須田はベルトからスマートフォンを引き抜き、変身を解除した。
マグスたちも腕時計のパネルをタッチし変身を解除。最後に正清も元の姿へと戻った。
「どういう、ことなんですか須田さん。これはいったい……」
「キミがなにを言いたいのかは、よく分かるよ。戻ろう、第三社史編纂室で話す」
須田はいつも通り、人を食ったような物言いをした。
正清は静かに、頷いた。
須田のランドクルーザーに乗せられ、正清はバンクスターの第三社史編纂室へと向かった。マグスたちはあそこに残り、まだ何かをしているようだった。様々な計器を持っていたことから、あの場で何らかの調査を行っているのだろう。正清にはそれしか分からなかった。須田にも問いかけたがやはり彼は答えてくれなかった。
第三社史編纂室の扉を潜ると、そこには見知らぬ人が一人いた。ふわふわとした栗色の髪に大きなセルフレームの眼鏡、ぶかぶかの白衣と、いかにも『研究者』然とした女性だった。彼女は正清の姿を見るとにこりと微笑むと、彼をソファに座るよう促した。
「初めまして、高崎さん。私です、あの時オペレーターをやっていた」
「あなた、だったんですね。そう言えば、声に聞き覚えがあります」
「私は島崎美耶、先週からこちらに配属になりました。つまり後輩ですね。まだまだお若いのに大変ですね、私もここに配属されることになると知って結構落ち込んだんですよ。花形からは離れた部署ですからね。でもこう言うことをしているって知って……いろいろとやりがいを感じているんですよ。あなたはどうですか、高崎さん?」
いきなりまくしたてられて、正清は困惑するばかりだった。
研究者という人種は人の話を聞かない連中ばかりなのか、と思った。
玄斎は咳払いをして、美耶をたしなめた。
「お疲れ様、高崎くん。いきなりのことで、混乱しているとは思うが……」
「あれはいったい、何なんです? もしかして、あれが研究の成果ですか?」
「その通り。あれは『ウィズブレン』。そしてこれは《ウィズドライバー》」
須田は金属ベルト《ウィズドライバー》と赤いスマートフォン『ウィズフォン』をテーブルの上に置いた。いずれも《ディアドライバー》とその付属品に酷似している。違いといえばドライバーに銃型デバイスが接続されていることくらいだ。
「マギウス・コアが使われているんですね。このドライバーには」
「分かるか、正清。
その通り、このドライバーにはマギウス・コアの結晶を埋め込んでいる。
複列配属によって出力を安定させ、負担を軽減することで……」
「陽太郎、あまり専門的な話をするな。要点だけを話すんだ」
専門的なことを言われても、正清には分からない。
玄斎の言うことはもっともだ。
「詰まる話、だ。このドライバーは魔力を持たない人間でも使える。
ただの人間に、ラステイターと戦う力を与える武器なんだよ」
ただの人間にも使えるドライバー。
正清はその言葉を反芻した。
つまり、《ディアドライバー》はただの人間には使えない力である、ということになる。
「ディアドライバーはマギウス・インテークの力を使って起動している。
だが、スタートにはやはり魔力が必要なのだ。マギウス・インテークを作動させる魔力がな。
だから従来型の《ディアドライバー》は魔力を持つ人間にしか使えなかった。しかし」
「《ウィズドライバー》、そして量産型の《マグスドライバー》はその問題点を解消した。スタート時の魔力をマギウス・コアに代用させることによって魔力を持たない人間でも起動できるようになっている。更に、マギウス・コアを予備電源とすることで希薄魔力環境下でも最大の能力が得られるようになっている。才能なき人間の希望なのさ」
誰もがシャルディアの力を、シャルディア以上に使えるようになる。
それは、希望に満ち溢れた言葉だ。
たった一人で戦う、その必要がなくなるのだから。
「これは紛れもなくキミのおかげだよ、正清。キミがシャルディアのデータを集積し、マギウス・コアを集めてくれたからこそ、新型と量産型は完成したんだ」
それは、須田にしてはあまりに殊勝な言葉だった。
『キミにしてはよくやった』くらいの言葉を想像していたので、虚を突かれた気分になった。
須田は掛け値なしの謝意を込めて頭を下げて来た。混乱している正清に対し、彼は話を続けた。
「だからね、正清。キミはもう戦う必要はない」
「……え?」
「シャルディアはあくまでプロトタイプだ。
それで戦わざるを得なかったから、そうして来ただけ。
本命が完成したいま、キミがこれ以上戦う必要なんてないんだ」
何を言われているのか、正清は理解出来なかった。
あるいは理解を拒んだか。
「キミはこれまでよく戦った。だから、いいんじゃないか。もう終わらせても」
須田は手を出してきた。
そこに、それを、置けと言っているように正清には見えた。
「キミの仕事は終わりだ。《ディアドライバー》を返して、元の生活に戻りたまえ」
それからどんなやり取りをしたのか、あまり覚えていなかった。
守秘義務は継続される旨、しばらくの間監視を付ける旨、十分な謝礼金を支払うという旨。
様々な会話が成された気がするが、しかし正清はそのほとんどを覚えていなかった。
上の空で会話を終え、家に帰った。どうやって帰って来たのか覚えていなかった。
食事を摂り、風呂に入り、宿題にも手を付けずにベッドに倒れ込んだ。
「……いいんだ、これで。元々、そういう話だったんだから。これで、いいんだ」
正清は自分のバッグを見た。
そこにはいつもあった膨らみがなくなっていた。




