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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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金の少年

 高度な知能を持ったラステイターの登場。

 正清はそれを、意外にも淡々と受け止めた。


 いままでもラステイターと戦う中で、彼らの知性を感じることがあった。少なくとも彼らは獲物を選び出し、それをより安全に狩るフィールドを作り出す程度の知性を持っていた。人間よりも優れた能力を持つ怪物が、いつまでも人間より頭が悪いはずがない、と正清は思っていた。そしてそれが現実のものとなった。それだけのことだ。


 もっとも、これは歴戦の魔法少女、数多にとっては驚くべきことだったようだが。


「この前はやばかったね、ショウ。マシンアーマーがなきゃ死んでたかも……」


 教室の片隅で三人はひそひそと話し合う。

 言ってから、数多は美里が悲しそうな顔をした事に気付いて慌てて訂正した。


「いやいや、数多ちゃんがいれば全然、問題ないよ? ただなんていうか、あの時はテンパってたって言うか、ショウ一人だったらやばかったって言うか、その……」

「数多、フォローがフォローになってないよ。ちょっと、黙ってて。ね?」


 あの時よりもむしろ、いまの方が焦っているように正清には見えた。

 大きなため息を吐き、美里へのフォローは自分自身で行うことにした。


「大丈夫だよ、美里。数多も、バンクスターの人たちもいるんだ。僕は心配ないさ」


 バンクスターの面々を、まだ信頼しているわけではない。

 ただ、少なくとも強力な武装を融通してくれて、自分を助けてくれる存在であることは認識していた。


「でも、ショウくん。戦いを続ける以上絶対に安全なんて、そんなことはないでしょ?」

「それは、そうだけど……でも、僕は戦わなきゃいけないんだ。みんなのために」

「どうして? ショウくんが戦わなきゃいけない理由なんて、ないよ」


 そんなことない。そう言おうとして、言葉が詰まった。

 それはつまり、どうして自分が戦って(・・・・・・・・・・)いるんだろう(・・・・・・)という根本的な問いかけだ。


(僕は桐沢のお爺さんに託されて、シャルディアになって戦ってきた。

 けど、どうして僕がそんなことをしなきゃならないんだ?

 須田さんは僕にしか戦う力がないって言ってたけど、それは本当なのか?

 僕は、いいように使われているだけなんじゃ……)


 ずっと流されて戦ってきた。

 そうすることが正しいのだと、特に考えることもなく戦ってきた。

 だが本当にそうなのか、と。疑問が鎌首をもたげ、首筋に迫った。


(彼らにとって、僕はどういう存在なんだ? 桐沢って人と同じくらい、大事なのか?)


 桐沢雄一が死んだと知った時、彼らは本当に寂しそうな顔をした。

 もし自分が死んだとして、彼らはそれと同じくらい悲しんでくれるのだろうか?

 それとも。


(あそこで死んだら、きっと誰からも看取られることなく、誰からも気付かれることもないんだろう。誰に感謝されることも、惜しまれることもない。借りに見つかったとしても……桐沢さんが死んだ時と同じように、すぐ消費されてしまうんだろうか?)


 桐沢老人の死はすぐ情報の洪水に押し流された。

 『桜花の魔法少女』が起こした事件によって、彼の死は誰の記憶からも消え去って行った。


 自分も、そうなるのだろうか?

 もしかしたらそれよりも悪いかもしれない。誰にも気付かれず……


「ちょっと、どうしたのよショウ。いきなり押し黙ったりして」


 数多の声が堂々巡りに陥っていた正清の思考を断ち切った。


「難しいこと考えるのは後でいいじゃない。まずは行動よ、ね?」

「あ、ああ。そうだね、数多。ごめん、気を付けるから……」


 正清と数多のスタンスは、大きく異なる。

 数多にとって、ラステイターとの戦いはなくてはならないものだ。

 マギウス・コアを得て母を救う、それだけが彼女の目的だ。


 だが、正清は。

 人から託され、美里を危険から遠ざけるため戦っている。

 結局のところ美里が傷つかなければ、彼が戦う理由はない。

 だからこそ彼はこれほど揺れ動いている。




 久しぶりに正清は一人で食事を摂っていた。

 弁当を忘れた、と言って数多たちと別れ、一人購買へ。

 この時間は人でごった返しており、進むも戻るも一苦労だ。


(バンクスターはデータを解析して、シャルディアを量産するのが目的だと言っていた。

 ならそれが成されれば、もう僕が戦う必要なんてないじゃないか……)


 街の平和も、皆の命もバンクスターに守ってもらえばいい。

 犯罪者を警察に任せるように、火災を消防署に任せるように。

 素人が立ち入っていいような話ではないのだ。


「取り敢えず、僕は腹をすかせた僕自身を満足させるので手一杯だからな……」


 購買には長蛇の列が出来上がっている。

 絶対に二十分くらいはかかるだろう。

 何か残っているものはあるだろうか、正清は途端に不安になってきた。


「どうしたんだい? 高崎くん? 顔色が悪いみたいだけど……大丈夫かな?」


 突然知らない声が掛かって来た。

 そちらを見ると、やはり知らない人が立っていた。


 身長は正清と同じくらい、短い絹のような金髪が印象的だった。顔立ちは整っており、ノーメイクでもグラビア雑誌の表紙を飾れそうだった。袖や襟から覗く肌は白磁のようで、触れば壊れてしまいそうでさえあった。中性的な容貌をしており、恐らくは男なのだろうがその振る舞いは思わず赤面してしまいそうになるほど女性的だった。


「いや、大丈夫です。あの、キミはいったい? 会ったことは、ないはずだけど」

「フフ、冷たいな。キミと同じクラスにいるのに、覚えていないのかい?」


 そう言われて記憶をさらい、しかしはてと思った。

 まったく記憶になかったのだ。


雪沢(ゆきざわ)光真(みつざね)だよ。よろしく、高崎くん。仲良くなれるといいな」

「あ、ああ。思い出せないけど、よろしく。あの、ずっといたんだよね?」


 ここのところ上の空でいることが多かったため、もしかしたら転校生を見逃していたのかもしれないと思ったのだ。だが、彼はそれを一刀両断にした。


「ずっといたよ、入学した時からね。

 いまは文学部に所属しているから、あまり見られる機会がないかもしれないけどね。

 それにしても、参ったなぁ。影が薄いんだろう」


 そう言ってくすくすと笑う姿は、やはり女性的だ。

 だが、何となく正清は思った。


(まるで作り物みたいだな、この人の笑う姿……)


 面白いと思っているはずなのに、それをおくびにも出していないような。

 そんな気がした。単なる級友のはずなのに、油断ならぬ印象を正清は彼に抱いた。


「でも、よく僕のことを知っていたね? 負けず劣らず影が薄いと思うんだけど」

「キミは目立つからね。もっとも、キミじゃなくてキミの周りがだけど」


 そう言われて正清は得心した。

 陸上部期待のホープ、九児河数多。

 誰からも好かれる少女、藤川美里。

 そんな二人に囲まれている男が目立たないはずはないではないか。


「なるほど、雪沢くんは僕のことを『おまけ』として覚えていたってことか」

「光真でいいよ。出来ることなら愛称で呼んでくれた方が距離が近くていいけどね」


 光真はまた笑った。その度に、正清は同じことを――油断ならぬ男だ、と――思った。


「ここで会ったのも何かの縁だ。一緒に食べないかい、昼食?」

「まあ、別にいいけど。僕があまり面白い話を出来るとは思えないな」

「そんなことはないよ。人と話をするということは、それだけで興味深いものさ」


 若く美しい顔立ちをしているのに、どこか老練した思考のように正清には思えた。




 正清と光真はともに食事を摂った。

 彼との会話は彼の語るところの通り、興味深いものだった。

 だが正清は、彼に抱いた警戒心を未だに解けずにいた。


 一度気になってしまうと、それはずっと気になるものだ。正清は昼食が終わった後も光真の行動を観察した。彼は彼が言う通り同じ教室に入り、そこにあったかも分からない席に着き、自分たちと同じように授業を受けた。クラスに溶け込んでいる。


「光真くん? ああ、まあ知ってるけど。あんまり話したことはないよ」


 休み時間、光真に聞かれないようにして正清は数多、そして美里と話した。結果は当然ながら、彼がずっとこのクラスにいたということを証明するだけになった。あまり社交的な方ではないが、しかし三か月も一緒にいたクラスメイトの顔を覚えていないとは。正清は気付かなかった自分の薄情さを突きつけられ、一人苦悩する羽目になった。


「物静かな人だよね。文学部に所属している、って言ってたんだっけ?」

「言えてる。白球を追い掛けてるより、物憂げな顔して窓にもたれかかって詩集でも読んでる方がなんていうか、サマになる気がするんだよね。あたしは」


 数多の意見には概ね賛成だ。

 彼が汗を流して歩き回っている姿が想像出来ない。


「いきなりなんでそんな話聞くの? もしかして、覚えてなかったとか?」

「恥ずかしながら、そんなところ。話しかけられるまで同じクラスだって知らなかった」

「ハクジョーものだね、ショウ。話しかけなきゃあたしも知られてなかったかもね」


 このうるさい娘のことはきっとどうやったって忘れられないだろうな、と思いつつも、もしかしたらそうかもしれないという懸念を消せなかった。結局のところ、自分は自分が興味を持っていない事柄に対しては想像している以上に冷酷な態度を取っているのではないだろうか? 思えばこのクラスでも仲のいい友達は片手で数えられるくらいだ。


「僕の名前が聞こえて気がしたけど……もしかして、気のせいだったかな?」


 眩しいほどの笑顔を浮かべながら、光真は正清たちの方に来た。


「おっと、噂をすれば文学少年。ごめんね、あたしのダチが気の回らない奴でさー」

「いいよ、僕もそれほど周りに気を使ってきたわけじゃないからね」


 光真はにこりと笑い、手を差し出して来た。一瞬、正清には意味が分からなかった。


「でも、これから仲良くなれるといいと思うんだ。キミさえよければ、ね」

「あ、ああ……別に僕はいいよ。その、よろしくね。光真くん」


 正清は光真の手を取った。

 意外にも強い力、細腕のどこから出ているのだろうか。


 そうして光真は数多と美里の方も見た。

 そこで正清は、彼の目が細まったように見えた。

 彼は美里のことを、鋭い視線で見ている。

 まるで、獲物を狙うように。


 もしかして、この男は美里のことを狙って話しかけて来たのではないか?

 それならば自分はとんだ間抜けを犯してしまった。

 つくづく、油断できない男だと思った。


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