知恵ある獣
終着駅付近には、ほとんど何もない。
駅前にデパートがあるくらいで、周囲には住宅が立ち並んでいるだけだ。
用がない人間はこちら側を訪れない。
正清たちも、何か用事があれば多少遠くても定期の圏内である千葉に向かう。
周囲は閑散としている。土手にも道端にも雑草が蔓延り、誰も刈るものはいない。
車通りもまばらで、正しく人気のない場所だった。
「廃れてるって聞いたけど、ホントだね。何もないわ、これは」
「何の用事もなければ確かに、こんなところに来ようとは思わないだろうな」
正清はため息を吐き、数多は地図アプリを起動させた。
悟志から教わった住所は、ここから五分も経たずにつけるような場所だ。
取り敢えず、三人は歩き出した。
そこは『危険』と書かれた黄土色と黒のストライプ柄フェンスに覆われていた。
かつては水道局の団地として使われていたそうで、象徴的な塔が立っている。
現在は職員の減少だか、移転だかで放棄され閉ざされている。
遠目にもそこは荒れ果てていた。
「すんごい寂れてるね。まあ、こんなところから通うなんてゾッとしないけど」
「ちょっと交通の便が悪すぎるからね。電車かバスがもう少し通ってればいいんだけど」
JRの沿線からは離れているし、バスの本数もそれほど多くない。かつては環状線に結ばれる予定だったモノレールだったが、バブル崩壊に伴う予算不足によってその計画も頓挫した。ここに残っているのは、かつてあった夢の残骸だけだ。
正清は目を凝らし、団地を見てみる。
人通りはまったくなく、マギウス・レーダーも反応しない。
だが、動く影があった。あの大きさ、少なくとも犬や猫の類ではないだろう。
「美里、須田さんたちに連絡を取ってくれ。僕と数多で中に入る、気をつけてね」
「うん、分かった。ショウくんたちも、あんまり危ないことしないでね?」
「分かってるわよ、ミーちゃん。んじゃ、サクッと片付けてきますか」
正清と数多はフェンスを飛び越え、敷地内に侵入した。
幸いセキュリティなどは敷かれていないようで、足を踏み入れても警報がなることはない。
正清たちは慎重に歩みを進める。
まだ影も形も見えていないが、何となくラステイターの気配があった。
行き止まりで影が動いた。
正清と数多は顔を見合わせ、頷き合った。
正清が先行し、数多がその後ろで控える。
ゆっくりと角へと踏み込んでいく二人、その時だ!
化け物の咆哮が上から聞こえた。
弾かれたように二人は空を見上げ、それを見た。
タワシのようにゴワゴワとした体毛を持つ化け物が、二人に向かって落ちて来た!
間一髪、二人は左右に跳んで避けた。
化け物が振り下ろした腕は空を切り、アスファルトを抉った。
立ち上がり、戦闘態勢を取ろうとする二人だったが、それは許されなかった。
団地の入り口を塞ぐベニヤ板が粉砕され、同じような怪物が現れた。
建物の影からも、屋上からも、同じ姿の怪物が現れた。
十体以上のラットラステイターが一瞬で出現した!
しかも、彼らは正清と数多を隔てるようにして立っている。
分断されてしまった。
「化け物のくせに、頭使ったみたいじゃないの? やるしかないわね、ショウ!」
「ああ、何だか妙な気分だ。気を付けろ、数多! 変身!」
迫りくるラットをいなしながら、正清は変身した。
ラットの突きをいなし閃光剣フレイソードを生成。
剣でラットを牽制しつつディアバスターを形成、銃剣一体の構えを取る。
数多の方も魔法少女態に変身、ラットとの徒手格闘戦を繰り広げる。
彼女は『聖剣』と呼ばれる強力な武器を作り出す力を持っているが、その力は安定していない。作れる時と作れない時があるのだ。そして今は作れない時、ということだろう。
右の剣でラットを切り裂きながら、左の銃で背後から迫って来たラットを撃った。最も数が多く、そして弱いラットラステイターとはいえ、いまの正清たちでは一撃二撃で倒せるような相手ではない。数の力も合わさって、徐々に押し込まれていく。
「このままじゃ埒が明かない……それなら、こいつだ!」
正清はディアフォンを操作、フレイソードを消し左手に新たな武装を出現させた。
長大なワイヤーと巻き取り機構を仕込んだガントレットとフック。
アンカーワイヤーと名付けられた武装だ。
正清はフックを屋上の手すりに巻き付け、巻き取り機構を作動させた。
正清の体が引き上げられ、ラットたちの攻撃が空振りした。
正清は空中からラットたちを狙い、一方的な攻撃を仕掛けようとした。
だが、その瞬間天井の柵に巻き付いたフックがいきなり外れた。
「なに!?」
自分を支えるものがなくなるなど、正清は予想さえしていなかった。
勢いよく落下し地面に叩きつけられる。
立ち上がろうとした正清をラットが踏みつける!
「ショウ! しっかりして! ああ、もう邪魔だよあんたたちッ!」
ラットを蹴り倒しながら、数多は叫んだ。
数多の技量を持ってすればラット程度、敵ではない。
だがあまりにも数が多すぎる。
彼女はラットの群れを突破出来ずにいた。
「ッ……! 来い、『ブラウズ』!」
正清は蹴られながらもホルスターに収めた魔導バイク、『ブラウズ』を投げ放った。
バイクはシャルディアからの魔力供給を受け本来の姿を取り戻して行く。
すなわち、巨大なバイクへと。膨張するバイクにラットが弾き飛ばされて行く。
『やあ、正清。マシンアーマーを使おうとしているのか? ラットの集団に?』
「ちょっと事情がありましてね。四の五の言ってないで、使用許可をくださいッ!」
何が起こっているのかはいまいち理解していないようだが、しかし彼が切羽詰まった状態にあることだけは須田も理解したようだ。シャルディアのHMD上に『APPROVAL』のメッセージが表示される。『ブラウズ』が変形し、正清に纏わりついた。
ガントレットと化した前輪が威圧的に回転する。
ラットはその力を恐れ、一歩後退した。正清は逆に一歩踏み込み、巨大な拳を振るった。重いサンドバッグを撃つような音がしたかと思うと、アッパーを喰らったラットが浮き上がり、爆散した。
正清は腕を乱暴に振るい、ラットを追い払おうとする。
腕に巻き込まれ、あるいはその攻撃を避けようとして、ラットは正清から一歩距離を取った。
「数多、避けろ! あれを使うッ!」
『あれ』がなにを指すのかはすぐには分からなかったが、一秒後には数多の顔が青くなった。
彼女は攻撃を仕掛けて来たラットを蹴り、反動で大きく跳んだ。
射線上に味方がいなくなったのを確認し、正清は仁王立ちになった。
マシンアーマーのパワーを持ってしても、反動を受け止めなければ吹っ飛ばされてしまうからだ。
マシンアーマーのバックパックユニットが変形する。
肩、両足に新たなコンテナパーツが装着される。
コンテナの扉が開き、そこから顔を出すのは――ミサイル!
先端の赤い円筒状の物体を、少なくとも正清はそう認識していた。
対魔獣用追尾炸裂弾、『第三社史編纂室』はこの武装のことをそう呼んでいた。
シャルディアの装甲と同じく大気成分を錬成して作られた小型ミサイル。
正清はそれを放った。
白煙の尾を引きながら、幾多のミサイルがラットに向かって飛んで行く。
着弾と同時に爆発、爆炎と衝撃によってラステイターが鎧袖一触なぎ払われ、爆発四散し消えて行った。それほどの爆発を受けてなお、周辺環境には一切の被害が出ていない。ミサイルにはマギウス・フィールドを展開する能力もあり、構造物をコートする機能を持つのだ。
「ったく、相変わらずバカバカしい破壊力よね。
ま、そのおかげで助かったんだけど……大丈夫、ショウ?
かなり蹴られてたけど、何ともないの?」
「ああ、僕は大丈夫。数多も大勢に囲まれてたけど、無事かい?」
「当たり前でしょ? あんな奴らにやられるような、ヤワな鍛え方はしてないっての」
数多はポーズを取り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
彼女も特に怪我などは負っていないようだ。
安心しながらも、正清は団地の屋上を見上げた。
「どうしたの、ショウ? そう言えば、あの時なんかおかしなことになってたけど」
「うん、アンカーで登ろうとした時フックが外れたんだ。
噛み合わせが甘かったのかな、と思ったんだけどそんなことはない……
あの時、上に誰かがいたんだ」
正清は一足飛びで屋上へと昇った。
当然ながら、ここにはもう誰もいない。
伸びきった雑草が風に揺られているだけだ。
だがあの時、誰かがいたのだと正清は思う。
「あのラステイターの組織だった動きといい、ワイヤーが外れたことといい……」
何かがおかしい。
言葉にはならないし、確証もないが、何かが起こっている。




