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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
赤い力と黒の従者
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太陽の季節

 正清がシャルディアとなってから、二カ月と少しが経った。

 新緑芽吹く季節は遥か遠くに過ぎ去り、直上で燃える太陽が鬱陶しい季節となった。

 七月二日、高校一年の夏。


「あー、もう……あっちぃ……何だか、やる気もなくなっちゃうよ……」

「まあ、朝練までやってるんだから同情はするけど……しっかりしろよ、数多」


 正清は机に液体めいてへばりつく数多に呆れたような声をかけた。休み時間だからまだ何も言われていないが、授業中ならばお叱りの言葉が飛んでくるだろう。しかもクーラーが効いている部屋でこれだ、運動場などに行ったらどうなってしまうのだろうか?


「数多ちゃん、しっかり。これが終わったらお昼だから、ね?」

「お昼ぅー? あー、しまった……弁当持ってくるの忘れたぁ」

「重症だな、数多。総体が近いからってそんな体たらくじゃダメだろ」


 その言葉を聞いて勢いよく数多は立ち上がった。

 周囲の数名がビクリと震える。


「ちがーう! あたしはむしろ総体をやり遂げるために、こうして、その……」


 そして、すぐに力尽きた。

 正清はため息を吐き、美里は心配そうに顔を覗き込む。

 そのタイミングで予冷が鳴った。もうすぐ教師が入って来る。


「いつまでもダレてないで教科書くらい出しておけよ。指されても僕は助けないぞ」

「うう、このハクジョーものぉ……もういいよ、ねてっからァ……」


 数多は不貞腐れて机に突っ伏し始めた。困ったものだ、と思うが仕方ないとも思う。窓から降り注ぐ太陽光が、ジリジリと数多を焼いているのだから。


 二月の間、ラステイターと戦ってきた。毎日出て来るわけではないし、サラマンダーのような強力な個体と出会うこともなかった。戦いにも随分と慣れ、数多もマギウス・コアを多く得られて満足げだった。須田も文句を言ってくることはないし、玄斎は相変わらずだ。普通とは言えないが、しかし充実した時間を過ごせているのではないか、と思う。


 少なくとも、こうして普通に生きていくことは出来る。

 そんな時間を守れるならば、こうして戦っている意義もあるだろう。

 少なくとも、正清はそう考えていた。




 四限の授業が終わって、昼休み。正清たちはいつも通り屋上に来ていた。

 それぞれの弁当をつまみながら、当座の方針を確認しつつ駄弁(だべ)る、そんな集まりだ。


「モノレール終着駅の方にある千城台って知ってるか?

 あの辺の廃墟と化した団地で人が消えることがあるらしい。

 つっても、同じような話はよく聞くけどな」

「あたしは港湾の工場地帯で行方不明者が出てるって聞いたけど?」

「でもそれならさすがにニュースになるんじゃないかな? 事故の可能性もあるんだし」

「仕事が終わって帰り道でどっかに消えちゃうって噂なのよ、それ」


 この活動を始めて分かったこと。それはこの街が、思っていたよりも危険に満ち溢れていた、ということだ。ラステイターの調査を続ける中で、ラステイター以外の原因で起こった事件を目の当たりにしたことも一度や二度ではない。


 『桜花の魔法少女』探索の際に力を貸してもらった与沢刑事と連絡を取り、対処をしてもらっている。だがこの街では人が人に対して起こす事件が多い。やりきれなくなる。


「でも、こうやって探してまたチーマー同士の抗争だったら困るわよね」

「そうだね。シャルディアや魔法少女の力を使うわけにもいかないし……」


 ラステイターが起こす犯罪の件数は多くない。

 始め須田たちに説明されていたことだ。統計的には誤差と同じ、ほとんどの犯罪は人間が起こしている。その事実を目の当たりにするまで信じられないことだったが、それは真実だったのだ。


「とにかく、ラステイターを探そう。

 確かに、あいつらが起こす犯罪の件数自体はそれほど多くはないのかもしれない……

 けど、傷つけられている人がいるのも確かなんだ」

「そうだな。俺たちで守ろうぜ、この街を。この街で暮らしている人々をな」


 悟志は決意を新たにし、パックの牛乳を一気に飲み干し言った。その時だ。


 踊り場の扉が勢いよく開かれる。

 高い金属音に皆ビクリとし、そちらを一斉に見る。そこにいたのは、青々と輝くスポーツ刈りの頭をした体格のいい男だった。半袖のシャツから覗く腕は見るからに筋肉質で、何らかのスポーツをやっているのであろうことは明らかだ。男はしばし辺りを見回し、一行の方に向かって肩を怒らせながら歩いて来た。


「こんなところにいたのか、悟志。探したぜ……どういうことか説明してもらおうか」

「……仙田。こんなところに何しに来たんだ?」


 スポーツ刈りの男、仙田は強い怒りを滲ませた。

 悟志はそれを、真正面から見据えた。


「分かってるだろう、お前。わざわざこんなトコまで来た理由が分かんだろ!?」


 仙田は悟志の首元を掴み、引き寄せた。

 美里は悲鳴を上げるが、仙田も悟志も一向に気にしていないようだった。

 正清と数多は立ち上がり、仙田に抗議した。


「ちょっと待ってください、いきなり何なんですか! あなたは!」

「そ、そうだよ! いきなりこんなことするなんて黙って見てらんないよ!」

「黙ってろ、お前ら! これは俺と悟志の、部の問題だ! 口出しするんじゃねえ!」


 仙田は一喝、あまりの気迫に二人は黙ってしまった。戦いの恐怖はいままで何度も経験してきたが、ここまで切実な思いに満ちた叫びは聞いたことがなかったからだ。


「みんなから聞いたぞ、いつもこんなところに!

 どうしてこっちに顔を出そうともしない!?

 どうしてやらずに諦めることが出来るんだよ、お前はッ!」

「休部届は出したし、先生から了承ももらった! 文句言われる筋合いはねえぞ!」

「ウソついて部活を止めておいて、よくそんなことが言えたもんだな!」


 ウソ?

 悟志は足を捻って動けなくなり、部活に出られなくなったと言っていた。確かに足を痛めているようには見えなかったが、しかしここまでこじれるほど無理矢理部を止めていたのか?

 いったい何故。悟志はサッカーが好きだった、夢はプロ入り、出来なくても実業団。そのための準備だって進めてきた、と語っているほどだった。


 なのになぜ?

 どうして悟志は、ウソをついてまで好きなことを止めようとしている?


「いい加減鬱陶しいぞ、仙田! 放せ、俺はもうやめたんだよッ!」


 悟志は仙田の胸を押した。

 怪我を恐れてか、仙田は悟志に反撃することなく後退した。


「総体のメンバー選出も、そろそろだろ。こんなところで問題起こしちゃつまらんぞ」


 仙田と悟志は、しばしの間睨み合った。だが、仙田の方が折れた。


「……俺じゃレギュラーには入れん。お前なら行けたはずだろう、悟志」

「お前が行って来い。お前の夢は、お前の手で叶えろよ」


 仙田はそれを鼻で笑い、踵を返して屋上から出て行った。悟志は努めていまのことがなかったかのような態度を取るが、しかし変わってしまった雰囲気はどうにもならない。


「悪いな、変なことになっちまって。それより、これからのことを考えよう」

「……ねえ、悟志。無理してるんじゃないのか?

 ラステイターと戦うために、無理矢理部活を止めたなら……

 そんなことは、よくないんじゃないかと思うんだ」


 悟志が手伝ってくれるのは、素直にうれしい。

 だが、もしそのために悟志が夢を諦めようとしているなら。

 それは、正清にとっても悲しいことだった。


「そんなことねえよ、ショウ。俺に悔いはねえ。戦いたいからやってるんだ」

「でも、悟志。さっきの仙田さんじゃないけどウソをついてまでこんな……」

「俺の意志でやっているんだ! 口出ししないでもらおうか、ショウ!」


 かと思うと、悟志は激高したように声を荒らげた。美里がまたビクリと震え、それを見た悟志は我に返ったように表情を無くした。バツが悪そうに視線を彷徨わせる。


「……モノレールの終着駅、千城台にいまは使われていない県営住宅がある。そこからおかしな声が聞こえたり、その近くで犬や猫がいなくなってるって話を聞いたことがある。もしかしたら、ラステイターが起こしている事件なのかもしれないな」


 それだけ言って、悟志は自分の荷物を持って屋上から出て行った。追い掛けようとしたが、その背中はあまりに寂しげで、声をかけるのも躊躇われるほどだった。


「どうしたんだろうね、悟志の奴。前はあんなことしなかったのに……」

「……うん、僕も長い付き合いだけどあんな悟志はいままで見たことがないよ」


 明朗快活、という言葉を絵にかいたような男だった。

 だからあんな風に動揺したり、隠し事をするような男ではなかった。

 いまの正清には、悟志が分からない。


「悟志くん、やっぱり無理してるよ。何だか見ているのが苦しい……」


 美里は言った。

 正清も同じ気持ちだった。

 いったい何があったというのか。


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