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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
31/108

金の力

 雲一つない夜空を、一つの黒い影が泳いでいた。

 もしそれを見る人がいたのならば、鳥か飛行機かと思ったことだろう。

 誰の目にも止まらない影は、高速で夜空を飛んだ。


 弾丸のようなシルエット。

 たくましい尾びれと背びれ。

 感情のない目と鋭い歯が覗く口。


 大海の捕食者はその生息域を拡大し、空までをも支配下に置いていた!

 その名はシャークラステイター!

 彼は次なる獲物を追って空を舞う――


 というわけではない。

 シャークは逃げていた。更に後方から白煙を引いて迫るものから。

 シャークは目だけを動かし、それを見た。鋼鉄の追跡者を!


 無骨な鉄の鎧を着込んだ戦士は、腕を突き出した。ガントレット状のアーマーと一体化したホイールが回転、ピンク色のビームを空に撒き散らした。シャークは回避軌道を取るが、雨霰のように降り注ぐ弾丸を避けられはしない。何発かに被弾し、爆発。軌道が大きくぶれ、地上に向かって真っ逆さまに落下していく。そして、着地。


 仮にシャークが通常の生物であるならば、着地の衝撃でバラバラになって死んでいただろう。それ以前に落下中にショック死している。だがシャークは着地点にあった石畳を砕き、ゴム毬めいてバウンドしながら立ち上がった。サメ肌には傷一つ付いていない。


 轟、とブースターを吹かしながら鋼鉄の戦士が後を追って着地した。彼の体を覆っていた金属装甲がひとりでに剥がれて行き、バイクのような形に再成形される。無敵の鎧、マシンアーマーを脱いだのは科学の申し子、シャルディア! そして装着者高崎正清!


 地面をのたうち回っていたシャークの姿が変わった。頭の横から腕が、背びれの横から足が生え、二足歩行で立ち上がった。どうやって前を見ているのかは分からないが、しかしその姿は一瞬でサメ人間(シャークマン)とでも言うべき姿に変身したのだ。


 シャークは見た目からは想像も出来ないほどの俊敏さで正清に迫った。正清はその姿を冷静に見ながらディアフォンを操作。『剣生成』のアプリケーションを作動させた。彼の右手に閃光剣フレイソードが生成される。シャークが放った拳を左手で受け止め、刀身の先端をシャークの腹に突き込んだ。魔力と魔力がぶつかり合い、火花を上げる。


 よろよろと後退するシャークの体に追いうちの袈裟切りを放ち、返す刀で逆袈裟切りを放つ。一瞬にして二度切り刻まれたシャークは衝撃に耐えられず吹っ飛んで行く。


 吹き飛んだシャークを見ながら、正清はもう一度ディアフォンを操作、『アンカー生成』というボタンをドラッグし、『ENTER』のボックスまで持って行った。彼の左腕に前腕部が膨らんだガントレットと、それに接続されたフックが生成された。


 シャークは怒るように両腕を広げ、ジャンプした。宙に浮かんだシャークは頭の先端から弾丸めいて正清に突っ込んで来る! 正清は高速で突っ込んで来るシャーク目掛けてフックを放った。フックはガントレットから伸びるワイヤーと接続されており、ワイヤーは意志を持ったようにシャークに絡み付く。そしてフックがワイヤーをがっちりと噛んだ。


 正清はワイヤーを固定し、全力で腕を振るった。自身の加速とシャルディアのパワーで振り回され、シャークは成す術なく地面と激突! だがそれだけでは終わらない、正清はフレイソードを地面に突き刺し、右手でワイヤーを持ってシャークを投げた! 何度も! 何度も何度も地面に叩きつけられ、シャークはグロッキー状態に陥る。


 正清はフレイソードをもう一度抜き、グリップについていた銃のようなトリガーを引いた。フレイソードの最大出力、エクスブレイクを発動するための文字通りのトリガーだ。


 正清はワイヤーを巻き上げた。戦車すら引き上げるという凄まじいパワーを受けて、シャークの体が宙に浮いた。同時にワイヤーを噛んでいたフックがひとりでに外れた。自身に迫って来るシャークに向かって、正清はフレイソードを振るった。一刀両断切り裂かれ、シャークラステイターが爆発四散した。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 シャークが爆発四散し、シャルディアへの変身が解除された段階で映像は途切れた。


素晴らしい(マーヴェラス)。さすがの破壊力じゃないですか、須田くん」


 黒革のソファにふんぞり返った男が拍手をする。

 須田はそれに恭しく頭を下げた。


「ご期待に沿えたなら、それ以上の喜びはありませんよ。社長」

「日本法人社長、だよ。だが、これがあれば社長の座も掴めるかもしれんなぁ」


 椅子にふんぞり返っているのは高田(たかだ)=バンクスター=小路(こうじ)

 趣味の悪い色合いのスーツとネクタイも、ラメの入った革靴も、不良のように染め上げられ、オールバックに撫でつけられた金髪も、すべて社長という立場ゆえに許されている。


 その名が示す通り、彼は本国バンクスター社長の息子だ。コネ入社したと噂されているし、実際そうなのだろうと誰もが思っていた。だがあまり良くないことに儲け話や面白そうなことに対する嗅覚は確かであり、その辺り須田は厄介がっている。


「痛快だな! 空をバーッと飛んでシュタっと着地!

 ガッとサメ野郎を引き寄せてズバッと一刀両断!

 見てる分には素晴らしい! 現実に出来たらもっとだな!」

「もう少し予算を頂ければ、誰もがあんなことが出来るようになりますよ」


 面白そうに画面を見ているが、しかし高田の目は鋭い。

 この男が単なる昼行灯や道楽息子の類ではないことを、須田は見抜いていた。

 父の血をこの男は引いている。

 良きにせよ、悪しきにせよ、この男は世界最強のお金持ちの息子なのだから。


「なあ須田くん。こいつを一般にも流通させられないかなぁ。

 こいつで作った防弾防刃スーツ、売れると思うんだ。

 銃弾やナイフを通さず、暴漢を一撃で撃退出来る。

 警備会社なんかに売り込めば相当な成果を挙げられるんじゃあないだろうか?」

「どうでしょう。いまの状態じゃ対人で運用するにはパワーが大きすぎますよ。

 犯罪者でも怪我を負わせりゃ傷害罪です。

 それにそこまで量産出来るほど材料があるかどうか」


 そこで須田は一旦言葉を切った。

 この男の興味を断ち切るための一手を。


「それに、誰も信じちゃくれないでしょう。そんなものはないことになっている」

「ふぅむ、まあそりゃそうだ。知らない奴が多い方が我々も儲かる」


 高田はそこで欠伸を一つした。

 いましている会話に興味を無くした証拠だ。


「ま、どうやって売るかはおいおい考えていくことにしよう。

 いまはシャルディアが完成したことを祝おうじゃないか。

 キミの望み通りにね。乾杯をしようぜ」


 そう言って高田はサイドチェストからブランデーを取り出し、グラスに注いだ。

 あの琥珀色の液体にどれほどの値が着けられているのかを、須田は知っていた。

 平均的な社員の月収くらいはあるだろう。この男はそれを浴びるように飲んでいる。


「来いよ。確かキミは二十歳を過ぎていただろう? 懐かしいねえ、あれから何年だ?」

「四年ですよ、支社長。これから仕事がありますから、一杯だけいただきます」


 須田はグラスを受け取り、高田のそれと打ち付けて一口飲んだ。

 喉が燃え上がるほど熱くなり、ガツンと殴られたような衝撃が頭を揺らした。

 強すぎる酒だ。


「まあ、この間のポートタワー炎上はいいプロモーションになったんじゃないか?

 現場での生中継が出来りゃあ一番よかったんだがな。惜しいことをしたもんだ」

「ご冗談を、支社長。あんなところから中継したら批判が殺到しますよ」

「いいや、いい映像だったよ。素晴らしい恐怖を映し出していた。

 明日さえも塗り潰してしまうような恐怖。それを倒すシャルディアの力。

 素晴らしいプロモーションだ。

 シャルディアの力さえあれば、あなたの未来は安泰です! ってね、どうだろう?」


 須田はそれに応えを返さなかった。

 高田も求めていないようだった。


「投資家も本社も、俺が何とか説得してみせるよ。

 だからきみは安心して研究を続けてくれたまえ、須田室長(・・)

 俺はキミの力に賭けたからこそ川上を買収したんだ」


 高田はねっとりとした口調で言いながら、須田の肩を掴んだ。

 高田は次期室長を須田にしようとしていた。本社は第三社史編纂室がやっていることと、その室長である川上が今年で定年退職することを知っている。高田の息がかかった人間がその長として立つことを本社は警戒している。高田もそれを避けようと躍起になっている。


「ええ、分かっていますよ。支社長。拾ってくれた恩は必ず返します」


 須田はグラスに残ったブランデーを一気に飲み干した。

 全身に渾身のパンチを喰らったような衝撃が走るが、何とか堪える。

 グラスを置き、ややふらついた足取りで社長室から出て行く。

 高田はその姿を見て、クツクツと笑った。


「頑張ってくれよ、須田くん。キミは俺の救い主になってもらわなきゃならんのだ」


 一方で、部屋を出た須田は壁にもたれかかりながら毒を吐いた。


「あの銭ゲバが……先生の研究を、お前の好きになんてさせてたまるか……!」


 ガンガンと頭は痛むが、しかしやるべきことは決まっている。

 金は必要だ、バンクスターの持つ莫大な金が。


 だが、主導権は自分たちが持っていなければならない。

 倫理のない企業家たちに、あの力を渡すわけにはいかないのだ。


 急がなければ。

 須田は『マグス計画』の最終調整を急いだ。


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