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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
日常が壊れる日
3/108

初めての『変身』

 二番シアターの扉を潜る。

 そこには一人として人間はおらず、代わりに白い糸が張り巡らされていた。

 まるで巨大な蜘蛛の巣を見ているようだった。


 スクリーンの前に美里が捕えられている。

 死んではいないようだが、危険な状態であることに変わりはない。


 その傍らに、蜘蛛の怪物がいた。

 口を開き、尖った牙を美里の首筋に突き立てようとしていた。

 正清は叫んだ、「止めろ」と。

 怪物は正清の方に向き直り、ニタリと笑った。


 正清はスマートフォンの画面を見た。

 いくつかのアイコンが並んでおり、その下には名称も書かれている。

 一番下には『ENTER』と書かれたボックスが置かれている。


 彼がボタンをタップしようとした寸前で、蜘蛛の怪人が糸を吐いた。常人の反射神経を遥かに超えたスピードで飛来した糸を、正清は避けることが出来なかった。投網の要領で吐きつけられた糸は彼の体に纏わりつき、両肩と両足を縛り付けた。更に粘つく糸は柱や壁にも引っ付き、彼を拘束した。糸は瞬時に硬化し、ビクともしなくなった。


 常軌を逸した何かを感じる。

 このような都合のいい素材は、恐らくこの世界には存在しないだろう。

 恐るべき怪物を前にして、しかし正清は怯まずに立ち向かった。


 唯一自由であった腕を使い、『装着』と書かれたアイコンをドラッグ。

 『ENTER』ボックスまで持っていく。

 『ARMORED』、画面が明滅し文言が画面に踊った。


 彼はバックルに備え付けられたスロットにスマートフォンを装着、倒した。

 スマートフォンとバックルがほとんど一体化し、光り輝いた。

 回路が繋がる。光は全身へと伝播していく。


 謎めいた伸縮性のある黒い布が、彼の体を覆い尽くした。続けてヘルメット、ガントレット、レガース、ボディーアーマーが不可思議な光と共に展開される。装甲生成時に生じた膨大な熱が蜘蛛の糸の結合を緩め、そして増強された力が糸を粉砕した。


 彼の視界に、いくつものステータスバーが現れる。薄暗い周囲の光が増幅され、彼の視界を昼間のように照らした。照準円(レティクル)が表示され、数拍彷徨ったかと思うと蜘蛛の怪人に照準を合わせた。『LOCK ON』の表示。


 ビクリ、と蜘蛛の怪物が震えたのが見えた。

 先ほど相見えたシャルディアの力を思い出したのだろうか?

 正清は自分を奮い立たせるため、叫びを上げた。


「待っていてくれ、美里! 俺が、俺が必ず、助け出してみせるから!」


 蜘蛛の怪物は自分が張り巡らせた糸を蹴った。プロレスのリングロープのように反発した糸を蹴って、蜘蛛は跳躍。正清の視線を振り切った怪物の速度は時速二百キロを超えていた。蜘蛛はピンボールめいて乱反射を繰り返しながら正清を撹乱、彼の背後に立った。


 画面の警告に従い振り返った正清の顔面に蜘蛛の怪物は拳を叩き込んだ。意外にも衝撃は軽いが、たたらを踏む。正清は叫びながらが大振りのテレフォンパンチを繰り出すが、あっさりといなされ背中に一撃をくらった。息が詰まりそうになるのを感じ、振り返った。


 すでに蜘蛛の怪物はそこにいない。嘲笑うようにして天井の隅に立っている。


(強い、いや僕が弱いのか……あいつの攻撃に、まるで対応することが出来ない!)


 蜘蛛の怪物の動きは変幻自在だ。パワーはそれほど強くない。だが自分が触れると軟化し、他人が触ると硬化する糸を自在に使いこなしている。素人である正清一人の手には余る相手だ。

 もちろん、それは彼が一人であるならの話だが。


 視界の端に『CALL』の文字が浮かび、けたたましい呼び出し音が彼を襲った。


『こちら管制室。桐沢さん、どうしましたか? 生命維持に危険があるとの表示がありましたが、いったん後退した方がいいのではないですか? 桐沢さん?』

「な、なんだよあんた! どこの誰なんだ、あんた!」

『子供の声……? どうなっている、なぜシャルディアを別の人間が使っている?』


 飄々とした男の声と、老人の声が聞こえて来た。

 正清にはワケが分からなかった。


『キミ、どうやってそれを手に入れたんだい? 老人が近くにいたんじゃないかな?』

「……あの人は、死にました。僕に、これを渡して、そして死んでしまいました……」


 正清はそこであったことをありのままに話した。

 老人の気の抜けた声が聞こえて来るが、生憎とそれに返答している暇はない。

 再び蜘蛛が糸を蹴り近付いて来たのだ。見よう見まねで身構えるが、頭上から降って来た蹴りを避けるのが精いっぱいだった。蹴りで床が砕かれ、破片が辺りに舞い散った。正清は冷や汗を流しながらそれに応対した。


 小刻みな打撃を、蜘蛛の怪人は四本の腕を使って器用に受け止め、もう四本の腕で正清を殴りつけた。何本もの腕を同時に、しかも別々に動かすことは出来ない。それは分かっているが、しかし相手の攻撃範囲と防御範囲が広すぎる。攻撃を放てば確実に捌かれ、逆に小刻みな打撃を喰らう。装甲の損傷度が高まって行った。


 ならば。そう思って正清は全身でぶつかって行った。

 ショルダータックルのような体勢だが、残念ながらそこまで洗練されてはいない。

 あっさりと蜘蛛の怪物はそれを避け、跳んだ。

 再び糸を足場にして立ち、嘲笑うようにして見下してくる。


『右腰の辺りに充電器があるだろう? それを使いたまえ』

『須田くん、何を言っているのだ! 彼は自分がなにをしているか分かっていない!』

『分かっていなくても、現状に対処しなきゃ彼死んじゃいますよ。さ、早く』


 突然耳元で鳴り響いた声にイラつきながらも、正清は右腰をまさぐった。腰にはポーチのようなパーツがついており、そこにスマートフォンの充電器のようなものがあった。取り出してみて、違和感に気付く。大きい。下の方がスライドするようになっている。


『それは充電器に偽装された拡張パーツだ。そこにスマートフォンをセットしてくれ』


 言われるがまま、正清はバックルに装着したスマートフォンを外し、そこにセットした。『SHOT MODE』、と言うガイド文が表示され、充電器が偽装を解除した。


 充電器の下部がスライドし、持ち手となった。

 持ち手にはトリガーが付いており、拳銃のような形になった。

 正清はそれをまじまじと見て、蜘蛛の怪物に向けた。


 トリガーを引く。アンテナジャックに当たる部分から光の弾丸が発射され、真っ直ぐ蜘蛛の怪物に向かって行った。胴体に命中した弾丸が蜘蛛を傷つけ、火花を散らした。


 蜘蛛は再び糸を蹴ろうとした。

 姿を見失う、そう思った瞬間指示があった。


『ロックオンモードに入っているなら移動経路は予測出来る。マーカーを見るんだ』


 確かに、移動予測地点を示すマーカーが視界の端に表示されていた。

 それに従い、正清は銃を撃った。弾丸は余さず蜘蛛の怪物に吸い込まれて行く。


 移動経路を予測されているなどと、怪物は思ってもみないのだろう。

 何度も無防備に弾丸を喰らった。

 四回それを繰り返した時、蜘蛛の腕が一本もぎ取られた。

 絶叫を上げ、蜘蛛は地面に落ちた。


「す、すごい……これなら、あいつを倒すことが出来る……!?」

『画面にEXというアイコンがあるだろう? それをタップするんだ、早く!』


 急かされながら、正清は画面を見た。そのアイコンは先ほど変身の際にも見たものだったが、何に使うかが分からないので触らなかったものだ。何が起こるかは分からないが、やれと言うならやるしかない。彼はアイコンをドラッグし、『ENTER』に置いた。


 電子音声とともに、銃口にエネルギーが収束して行ったのが分かった。

 銃口にはエネルギーの球体が出来上がった。

 彼はそれを向け、蜘蛛に向けて放った。


 放たれたエネルギー球が、蜘蛛の胸を抉った。

 蜘蛛は何度か痙攣し、そして膝を折り、倒れた。

 怪物の体が膨張し、それまでと同じように爆発四散した。


「ハァッ、ハァッ……や、やった。た、倒したのか? あの怪物を……」

『お疲れ様。キミが何者かは分からないが、そこから早く脱出した方がいいだろう。

 装着の際に使用したアイコンをもう一度ドラッグすると装甲が解除されるよ』


 指示に従い、正清は装甲装着を解除した。

 彼が元の姿に戻るのとほとんど同時に、蜘蛛の糸がドロドロに溶けてなくなった。

 美里の体も力なく地面に倒れ伏せる。


「美里、しっかりして! 大丈夫か、どこかおかしいところはないか!?」

「う、うん……ありがとう、ショウくん。ショウくんこそ、大丈夫なの?」

「俺は大丈夫。それよりも、早くここから出よう。よくない感じがするから……!」


 正清は美里の手を掴むと、劇場から足早に立ち去った。

 カウンターには老人の死体がもたれかかっているが、どうしようもなかった。なるべく美里に見せないようにして、エスカレーターを降りて東口のロータリーに出る。映画館はローカル線の駅と併設されているため、人通りは極めて多い。劇場へと向かう人もちらほらと見て取れた。


(どうしてあそこに人がいなかったんだ? まさか、みんなあいつらに……)


 そんなことを考えていると、老人から受け取ったスマートフォンが鳴った。

 正清はビクリと震え、それを取った。そこには『須田陽太郎』と書かれていた。


「キミに携帯を見るくらいの余裕があってくれて助かったよ。怪我はないかな?」


 軽薄な声が投げかけられた。正清はそちらを見る。


 春だというのに赤いロングコートを纏った男だった。日本人離れした高身長、金色の髪、緑色の瞳。流暢な日本語で話しかけられたから誤解していたが、日本人ではないのかもしれない。


「あなたはいったい……誰なんですか?」

「キミの持っているそのベルト。それの正式な所有者だよ」


 そう言って男、須田陽太郎は親指で車を指した。

 大きめのランドクルーザーだった。


「生き残ってよかったね。キミには少しだけ、聞いておきたいことがあるんだ」


 陽太郎は笑った。どこか、人のことを見下したような目で。


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