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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
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赤い魔獣

 頬の肉が歪み、歯がへし折れ、骨が砕けた。

 ミソギが白目を剥いて飛んで行く。


 あっさりとミソギが倒された要因はいくつかある。一つは慢心、一度勝利を収めたシャルディアに、今更負けるはずがないと彼女は考えて来た。二つに身体能力の不足。彼女は桜色の力を使うことに長けている。特化していると言ってもいい。多くの魔法少女が持つような超人的な力を、彼女は持っていなかったのだ。


 そして、正清は諦めなかった。力の限り突き進み、正清は彼女の首に食らいついた。余裕を持ったものと、必死になったもの。それだけの差が、この結果に繋がった。


「ッ……ああぁぁぁぁぁ! ふざ、けるなぁっ!」


 だがミソギもまた歴戦の魔法少女だった。凄まじい衝撃に意識を刈り取られそうになりながらも気力でそれを堪え、腕を振るった。軌跡に桜色のエネルギーが発生、空間を爆破した。衝撃に煽られ、正清が吹き飛ばされる。その隙にミソギは走り出した。


「くっ、待て! ミソギ! ここから逃げられるとでも思っているのか!」


 正清は立ち上がり、追おうとしたが、その前に現れる影があった。

 ゴワゴワとした毛を持つラットラステイターだ。

 獰猛に歯を剥き、正清を威嚇する。


「こいつら、いったいどこから出て来たんだ……!?」


 時間的に考えて、先ほど発生したミソギの爆破によって『起こされた』可能性もある。だがこのタイミングで現れるとは。正清は歯噛みした。ミソギの後ろ姿が小さくなる。


「須田さん、ミソギの後を追えますか!? マーカーは付けましたよ!」

『バッチリ。あいつはまだ気付いてないみたいだね。そこは任せて先に行きたまえ』


 正清の背後で何かが飛んだ。

 回転跳躍を打ち、跳躍力と回転を加えた蹴りをラットの頭に打ち下ろした。

 怪物の頭部を粉砕したのはパステルブルーの魔法少女、数多!


「こーんな小物連中、あたしの趣味じゃないけどね。行きなよ、ショウ!」

「頼むぞ、数多! 僕は禊を追う、そして……」


 そして、どうする?

 それは彼女を前にしてから考えることにした。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 ポートタワーのミラーガラスを突き破って、数多は三階の基礎部分に飛び込んだ。

 一般客は入って来られないエリアだ。埃っぽく錆び付いた空気が肺を満たした。


 顔に手を当て、鼻を拭う。べったりと付着した鼻血はすぐに風化し、消えて行った。ぐちゃぐちゃになった口元も元の姿へと戻っていき、歯も再生された。もちろん損傷自体が治ったわけではない。魔法少女は外見を取り繕うことが出来る。内蔵された魔力で肉体を形成している彼女たちだからこそ出来ることだ。


「ハァーッ、ハァーッ、あの小僧……! 私の、顔に傷をッ……!」


 攻撃を喰らったのは、これが初めてだった。『桜花の魔法少女』となって以降、彼女は圧倒的な制圧火力によって一方的な戦いしか経験してこなかった。危険なラステイターとの戦いには近接戦闘に長けた魔法少女を同行させた。こうして一対一で敵と渡り合うことに彼女は慣れていなかった。その結果がこの敗戦に繋がっている。


「もっと……もっと力が必要だ! 私が負けたんじゃない、私の力が負けたんだッ!」


 支離滅裂なことを言いながらミソギは周囲に当たり散らした。

 十年以上前の、もっとも美しい頃を模した顔に、現在の醜さがミックスされた。


「その通りです、ミソギ。あなたは負けていません。もっと力があれば簡単なことです」


 不意に声をかけられ、ミソギは弾かれたように立ち上がった。

 そこにいたのは、眼帯を付け拘束衣めいたドレスを着た少女。

 ミソギは警戒を解いた。


「脅かさないで下さい、ツイル。しかし、あなたがこんなところに出て来るなんてね」


 彼女の名前は『遠見の魔法少女』、ツイル。

 彼女の正体を、ミソギは知らない。優れた遠隔視能力を持つこと、それに引き換え殆ど戦う力を持たないこと、それくらいだ。『魔所のお茶会』幹部から彼女を紹介され、ともに活動して来ても彼女のことは分からなかった。それでも、ツイルは彼女に反発することがなかった。だから一緒にやってきた。


「力を補充して下さい、ミソギ。そうすればあなたは誰にも負けない力を得られる」


 ツイルは大きめのマギウス・コアを懐から取り出した。野球ボールとソフトボールの中間くらいの大きさ、少なくとも魔獣級ラステイターでなければ持っていないものだ。ミソギはそれを受け取りながら、湧き上がって来た疑問を正してみることにした。


「どうしてあなたはマギウス・コアを使わないのかしら? もし使ったなら……」

「私は強くなることに興味がないから。私は、ただ見るだけでいいのよ」


 ツイルの回答はそっけないものだった。もっとも、ミソギとしてもそれほど気になっていたことではない。マギウス・コアに意識を集中し、失われた魔力を取り戻そうとする。


 自分の胸から刃が生えていることに気付いたのは、腕が落ちたと気付いた時だった。


「なっ……!? これは、いったいどうなって……おまっ、えぇっ……!」

「ようやく見つけたぞ、『桜花の』。気の毒だが、貴様にはここで死んでもらう」


 斬馬刀でミソギの右腕を落とし、胸を貫いたザクロは、感情を見せぬ冷たい声で言った。生暖かい血液がミソギの口から零れ落ち、彼女の体がガクガクと痙攣する。大量出血によるショック症状だ。右肩を動かしている、腕を動かそうとしているのだろう。


 突き刺した斬馬刀を捻り、振り払う。胴体ごと左腕を切断し、彼女の背中を蹴る。命を失ったミソギの体が床に落ちた。巻き付いた血を振り払い、切っ先をツイルに向ける。


「『魔所のお茶会』メッセンジャー。貴様には聞きたいことがある。ついて来てもらう」

「恐ろしい方ですね、あなたは。着いて行かなかったらどうする気ですか?」

「五体満足で連れて行く気はない。なるべく痛んで苦しい方法で貴様を無力化する」


 ザクロは両手で斬馬刀を構え、踏み込もうとした。

 だが、足元で起こっていた異変に気付きそれを止めた。

 ミソギの右肩が、胸が、左肩が蠢き、筋繊維を放出した。断たれた部位が無理矢理くっつけられ、零れ落ちた血液が体に吸い込まれて行くのが見えた。


「チッ、遅かったか……ツイル、貴様ァーッ!」


 ザクロの叫びは掻き消された。

 ミソギの体が燃え上がり、火柱となったからだ。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 タワーが燃えている。ミソギを追い掛けてポートタワーへと走っていた正清は、それを見た。タワーの下部から炎が吐き出され、火柱となった。タワー全体を包み込むような巨大な火柱が出来上がり、それが晴れた時にはもはや骨組みしか残っていなかった。


「なんだ、あの力は……! まさか、ミソギがやったのか? あれを……」


 何となく違う気が正清にはしていた。ミソギの力は桜色のエネルギー体、すなわち魔力を操り、爆発させること。あのような炎を扱うことは出来ないはずだ。

 現状を確認しようと、正清は走り出そうとした。だが、彼の視界の端に何かが映った。タワーから弾き出されたそれは弧を描き飛んできて、二本の足で着地した。


「……ザクロさん!? どうしてあなたがこんなところにいるんだ!」

「高崎正清。下がっていろ、あいつはお前の手に余る力を持っているだろうからな」


 ザクロの額には汗が浮かび、彼女の体は白煙に包まれている。

 あの膨大な熱量の中に、彼女もいたのだろうか?

 だが、問い質す前にそれが現れた。


 それは、巨大なトカゲだった。

 全長およそ七メートル、丸太のような四本の手足を使って器用に立っている。

 骨組みと化したポートタワーから顔を出し、鋸のようにギザギザした歯を剥き出しにしながらチロチロと舌を躍らせている。尻尾の先端には松明めいた炎が灯っており、口の端からもそれは漏れ出していた。


 グルグルと視線を動かしていた炎のトカゲが、正清たちの姿を認めた。トカゲは口を開く、するとそこに炎が灯った。そして、吐き出された。膨大な熱量を秘めた火炎の弾丸が正清たちに向かって飛来! 二人は同時に左右に飛びそれを避けた! 爆炎と衝撃が二人の体を煽る! 着弾点には巨大なクレーターが穿たれ、燃え上がる炎が辺りを焦がした。


「サラマンダー、ラステイター……! あんなデカいのがいるのか!」

『ミソギの反応が消えている。恐らくは、あいつに倒されたのだろうが……』

「言っただろう、お前の手には余る相手だ。引っ込んでいろ、奴は私が倒す」


 そう言ってザクロは斬馬刀を構えた。

 正清もまた、剣と盾を構え直す。


「冗談じゃない、僕だって戦う。あいつを放っておいたら、また人が死ぬ!」


 サラマンダーの巨体があっても、ポートタワー焼失という惨事があっても、人々はそちらに見向きもしなかった。混乱は起こっていない、だからこそ危険だ。歩く爆弾が闊歩している中誰もそれに見向きもしないのだから!


 休日のポートタワー、あそこに昇ろうとしていた人も何人もいるだろう。

 いったいどれだけ死んだのか、正清には想像もつかなかった。

 これ以上の被害は避けねばならない。


「なら好きにしろ、高崎。死んでも文句は聞かんがな――!」

「文句を言えるように、必死に生きてやるよ!」


 正清はホルスターから『ブラウズ』を取り出し、投げた。光に包まれた小さな模型が巨大化し、一台のバイクとなった。正清はそれに跨り、走り出した。

 サラマンダーは絶え間なく火炎弾を発射! 脳波制御スラロームによってそれを必死に避けながら、正清は機首に取り付けられたビーム砲を連射した。サラマンダーの体表でいくつもの爆発が起こる。


 一方でザクロは走り、斬馬刀を振るい迫り来る火炎弾を迎撃する。横合いから叩かれた火炎弾は弾き飛ばされ、彼女の後方で爆発。凄まじい技量を持っている。


『参ったな、ビームでもそれほど効果が出ていない。とんでもない装甲厚だぞ、あいつ』


 須田のナビゲートにも少し不安さが滲んでいる。彼としてもこれほど巨大で強力なラステイターと戦うとは想定していなかったのだろう。大きさだけならワームと同じくらいだが、しかし込められた魔力の大きさは桁違いのものだ。


「どこかに弱点があるんじゃないですか、ワームの時と同じように!」

『マギウス・コアの解析は進めている。それまでは末端部分に攻撃を集中しろ!』


 狙うは四肢の末端、正清は砲身の角度を調整しながらビーム攻撃を続けた。

 だが、機種に取り付けられているという都合上砲身の角度には制限がある。

 スラローム回避を続けながらでは思ったように攻撃を行うことが出来ない。

 どうすればいい?


 一方手、ザクロも攻めあぐねているようだった。サラマンダーに近付くまではよかったが、敵の懐は彼女が思ったよりも深かったようだ。鋭い爪のついた腕、振るわれる尻尾によってなかなか決定的な一撃を放つことが出来ていない。助けなければ!


 正清はドリフト走行で急制動を行い、ザクロが潜り込んだ右足目掛けて砲火を集中させた。右足の関節部分でいくつもの爆発が起こり、サラマンダーが呻く。だが倒れない、逆に向いて来た口から火炎弾が放たれる。このままでは直撃は免れない!


 正清はシートの上に立ち、跳んだ。火炎弾を受けたのは『ブラウズ』のみ、正清はバイクの加速をも使ったサラマンダーに向かって跳躍! 右腕の関節に剣を薙ぐ! 金属めいた甲高い音が響き渡るが――しかし、サラマンダーの関節は断てない!


 反動で弾き返された正清の体が、サラマンダーの左腕に掴まれた!

 彼を掴むと、サラマンダーは二本の足で直立歩行!

 誇らしげな咆哮をあげ、尻尾を振り回した!


 ポートタワーの骨組みを粉砕し、ザクロを吹き飛ばす! 防御を固めたことによって事なきを得るが、しかしそのせいで正清を助け出すことが出来なくなった!


「クソ、放せ……! 放せぇっ……!」


 引き離そうとするが、あまりに強い握力に抵抗することさえも出来ない。

 装甲がギチギチと音を立てて軋み、全身が押し潰されそうになる。

 アラートが鳴り響く。


『正清、何とかして脱出しろ! 脱出すればそいつを倒す手段は用意する!』

「無茶、言ってくれないで下さいよ……! 潰されないようにするので、精一杯だ!」


 サラマンダーの力がさらに強まる。

 正清は悲鳴を上げた。このまま押し潰されるのか?

 そう思った時、力が弱まった。正清の体に生暖かい血液が降り注ぐ。


「とんでもない化け物とやり合ってるみたいじゃない、ショウ!」


 サラマンダーの腕を切り落としたのは、聖剣を構えた数多!

 二撃目を繰り出そうとするが、尻尾にぶつかり吹っ飛ばされる。

 ザクロも距離を取り、様子を伺っているようだ。


「ッ……! 脱出したんだ、文句はないでしょう! 須田さん!」

『キミにしちゃよくやったよ、正清。約束通り、こっちの手札を見せよう!』


 焼け焦げた『ブラウズ』のヘッドライトに光が灯る。

 バイクはひとりでに立ち上がり、そして飛んだ。

 中心から真っ二つに裂け、正清に向かって飛んで行く!

 バイクは正清の体に巻き付いたかと思うと、その形を急速に変えていく!


 前輪は腕と一体化した。車輪の部分はナックルガードのようになり、車軸とボディが腕を守るアーマーとなった。後輪は足と一体化、巨大なレガースと化した。ホイールが威圧的に回転しながら地面に着いた。残った部分は胴体を覆い、鎧となった。


『ブラウズ・マシンアーマー! ぶっつけ本番だが何とかなったようだな』

「そういう使えるかどうかも分からないものを使わせるのは止めてくださいよ!」


 激高するサラマンダーが残った右腕を振り下ろした。正清はそれを真正面から受け止めた。足下のコンクリートが砕ける、しかし正清は砕けなかった。むしろ力を籠め、腕を押し返そうとする。サラマンダーも筋肉が膨張するほどの力を込め、正清を押し潰そうとする。一瞬の拮抗、そして終わりが訪れる。

 サラマンダーの爪が砕けたのだ。


 サラマンダーが絶叫を上げながらのけ反る。正清は跳び上がる。同時に背部アーマーと一体化したマフラーから青い炎が噴き出し、彼の体を押し上げた。正清の体はサラマンダーの頭部付近まで一瞬のうちに上昇、サラマンダーの顎目掛けて蹴りを繰り出した。


 サラマンダーの体が、宙に浮いた。残ったポートタワーの骨組みを巻き込みながらサラマンダーは背中から倒れる。残骸がサラマンダーに突き刺さる。苦悶の叫びが響いた。


「す、すごい……これが、マシンアーマーの力なのか……!?」

『まだまだ、こんなもんじゃないよ。腕からビームも出るぞ』


 言われるがままに、正清は腕をサラマンダーに向けた。前輪が高速で回転、呻き立ち上がろうとするサラマンダーにビームの雨が降り注いだ。


「……前輪が回転する意味が分からないんですけど、これは」

『ハモニカ砲の原理だ。発射角度を限定されないから、この方がいいだろう?』


 もしかしたら、この方が使い勝手がいい時もあるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、正清はディアフォンを操作。

 エクスブレイクを発動させた。


 直後、マシンアーマーが解除された。『ブラウズ』は正清の右足の辺りで元の形を取り戻し、威圧的に前輪を回転させながら滞空した。正清はバイクのリアを蹴った。バイクと正清は天空から矢のようにサラマンダーへと落ちて行った。


 軌道は補正され、サラマンダーのマギウス・コア――すなわち腹部へと進んで行く。バイクの前輪が激突し、サラマンダーの皮膚を削ぎ落し、そして内部のマギウス・コアを破壊。サラマンダーは爆散した。


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