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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
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魔法少女、その理由

 与沢警部の協力を得ながら、正清たちは現れたラステイターと戦った。

 多角的に情報を収集出来るようになった影響か、これまでよりも確実にラステイターを追い詰めることが出来るようになっていた。須田が作った新装備の威力もあるだろう。


 だが、彼らの前に『桜花の魔法少女』や、ザクロは現れなかった。彼らの前から逃げたアヤノがどこに行ったかも、一行を覆いに悩ませることとなった。


 様々な思いを抱きながら、彼らはその日を迎えた。

 一つの転機になるその日を。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 五月五日。


 幸せな雰囲気が嫌いだった。

 いまが最高だと一々アピールする人々が嫌いだった。

 それを享受することが出来ない、不完全な自分が嫌いだった。


 彼女――佐切(さぎり)(みそぎ)は白々しく笑う二人の写真を見た。

 男の方などわざわざ歯を見せて笑っている。

 わざとらしい笑み、それを見て笑い出すのを堪えなければならなかった。

 そうしなければ白い目で見られる。自分が自分でいられなくなる。


「チョーショックですぅ、あの人のことアタシも狙ってたのにィー」


 媚びるように扉の脇に立っていた、顔も知らない女が言った。茶色の髪に濃すぎる化粧、出て来るのは結婚式ではなくキャバクラのパーティではないだろうか?

 そんなことを禊は思ってしまうが、しかしおくびにも出さない。ただそちらの方を目で追いながら、静かに嘲るだけだ。大丈夫、お前ももうすぐ同じところに行くことが出来る。


 結婚式場は百人程度が収容出来る規模のもので、中の席は殆どが埋まっている。最近ではサクラを雇うことも出来るようだが、その中にどれほど混じっているかは分からない。それでも混じっていると、禊は本気で思っていた。


(他人の幸せを祝ってくれる人間なんて、こんなにいるはずがないじゃないの)


 みんなそうだ、幸せ『そうに』しているだけ。

 内心には煮えたぎるものがあるはずだ。

 嫉妬、羨望、憤怒。


 自分でさえ(・・・・・)抱いているんだから、他の人間にないはずがない。


 スクリーンには二人の子供時代や馴れ初め、そして反吐が出るくらいわざとらしいメッセージが流れている。本気でそんなことを考えている人間が、どれだけいるだろう? こんな下らない式に出席させられて、金さえもとられているのに?


 禊はゆっくり席を立った。

 そして、式場の中心に置かれた巨大なウェディングケーキを見た。

 あの中にはすでに、禊の『爆弾』が仕掛けられている。


 見えず、臭わず、質量さえも存在しない。

 桜色の爆弾は、ほんの些細な衝撃でこの建物を吹き飛ばすだろう。


(あの時と同じく、私は幸運にも被害を逃れた人間となる。それだけよ)


 内心で卑屈に笑い、禊は部屋を出た。無性に煙草が吸いたいが、しかし最近は止めている。金も勿体ないし、煙草の臭いが付いた女に男は寄り付かない。窓から千葉のランドマークたるポートタワーが見えた。複雑に反射する光が彼女を射止めた。


 洗面所に入り、顔を洗う。

 厚塗りの化粧は、それくらいでは落ちない。


 顔面に付着した水を拭い、鏡を見て――そして彼女は見た。

 背後にいる男の姿を。


「――!? なっ! あ、あなた何をしているの? ここ、女子用よッ!?」

「始め須田さんに聞いた時は半信半疑だったんですけど、本当だったんですね」


 ミソギの狼狽を無視して目の前の男――少年、高崎正清は続けた。


「佐切禊、三十歳(・・・)。都内の某商社に勤めるOL。またの名を『桜花の魔法少女』」


 ピタリと自分の正体を言い当てられた禊は、しかし努めて平静を装った。


「魔法少女? 何を言っているの、あなた。ワケが分からないわ、あなた」

「まだるっこしい話はナシにして、本題から行きましょう。禊さん」


 正清では《ディアドライバー》を取り出し、腰に装着した。

 禊の眉が動く。


「僕はあなたの顔を見ている。

 あの時見た顔は、あなたのものだった。あなたもそうでしょう?

 僕が変身したあの姿を、このドライバーを。忘れたとは言わせない」

「そう、あなた……あの時出洲で会った妙な力の使い手というわけね」


 禊はゆっくりと後退した。

 逃げ道はない、正清はそれを目で追うに留めた。


「僕のヘルメットには録画機能が付いている。そこで映したあなたの顔を検索したんだ。でも、インターネット上に転がっている情報は膨大だ。如何に人の個性を表す顔であったとしても、たくさんの情報に埋没し見つけることは出来ない。

 でも」


 正清は一枚の紙を見せた。

 そこに書かれているのは、リスト化された名簿だ。


「あの日ホテルで開催された結婚式の参加者名簿。その中で生き残っている人を抜き出し、検索した。あなたは自分の顔がとても好きみたいですね、禊さん。

 ツイッター、インスタグラム、フェイスブック。

 あなたの『顔』はたくさんヒットしました」


 禊は観念したように嘆息した。

 まさかそんな手で調べられるとは。


「僕たちの収集した情報は、違法なものだ。仮に適法なものであったとしても、警察はラステイターや魔法少女の存在を信じない。証拠としては採用されないでしょう。でも」

「自分たちは法の外に存在している。調べがつけば十分だ、と?」


 そうだ、というように正清はディアフォンを取り出した。

 それでも禊はまだ余裕だ。


「いいのかしら、ここで戦って? 多くの人が巻き添えになるわよ。いや、それよりもあの会場にいる人が消し炭になる方が早いかしら?

 指を鳴らせば……鳴らさなくても、ちょっとでも衝撃を与えれば、ケーキの中に仕込んだ爆弾が爆発することになるわ」


 正清は呻いた。

 禊が言っていることはブラフではないと理解している。

 だが、彼はそこから動かなかった。

 確保した魔法少女を、このまま逃がすわけにはいかないからだ。


「どうしてこんなことをする? 彼らは、あなたの戦いには関係ないだろ」

「ええ、そうね。彼らが生きていてもいなくても、別に何の問題もない。

 彼らがいなくても世界は回るし、ラステイターを倒すことは出来る。

 いてもいなくてもいい存在」

「だったら放っておけよ! あんたが触らなきゃ起きなかった悲劇だぞ!」


 禊はそれを鼻で笑った。

 やはり何も分かっていないんだな、とでも言うように。


「そんな存在が幸せそうに笑っているのが我慢ならないのよ、私は。

 私が仕事と戦いを両立させて、苦しみながら生きているというのに。

 彼らはそれをまるで知らず、バカみたいに騒いでいる。

 笑っている。喜んでいる。そんな権利があるとでも思っているの?」


 正清は驚愕の表情を浮かべた。

 そして、震える唇で彼女に言った。


「本当、だったのか? あんたは、そんなつまらない理由で……こんなことをしたのか」

「まるでそう言うのを知っていたかのような態度ね。何を知っているのかしら?」


 正清は息を吸い、吐き。

 そして、意を決して言った。


「あんたが、後輩の方が先に結婚し(・・・・・・・・・・)て行くのに我慢ならな(・・・・・・・・・・)くて(・・)、あんなことをしたと」


 あの日ホテルで開催されていたのは、彼女の後輩にあたる人間の結婚式だ。禊と交流を持っている人間はほとんどおらず、彼女が殺害を行う動機も見当たらなかった。たった一点、こんなつまらない、下らない嫉妬を除いては。


 それを聞いた瞬間、禊の表情が変わった。

 つまりは、そういうことなのだ。


「私のおかげで安穏に生活を送れているんだ!

 だったらあいつらよりも私の方が恵まれているべきだ!

 そうでしょう!? そうじゃなければおかしいわ!」

「おかしいのはお前の方だ、ミソギ! そんなのただの八つ当たりだろ!」


 禊は指を合わせた。

 正清は身構える。

 飛びかかっても、一歩では辿り着けない。


 パチン、と指が鳴り――式場の近くにあった空き地で大爆発が起こった。


「何――!? バカな、どうしてこんな……」

「悪いけど、あなたが考えていることはお見通しだ。頭のいい人がいるんでね」


 正清たちは、見ていた。彼女が搬入されたウェディングケーキに桜色の爆弾を仕込んでいるのを。彼女が立ち去ったのを見計らって彼らは爆弾入りのケーキを運び出し、自前で用意しておいたケーキとすり替えたのだ。


「もう逃がさない。『桜花の魔法少女』、佐切禊! お前はここで捕まえる!」


 禊の顔が般若めいて歪み、彼女の周辺で桜色の光が渦巻いた。


「私を捕まえる? ガキが、言ってくれるじゃないか! どうしようってんだい!」


 彼女の姿がパステルピンクのドレスに包まれた。

 そこに映し出されたのは、若々しさに満ちた美しい顔。

 彼女が願ったものはこれだ。


「させるか、ミソギ! 変身!」


 正清はシャルディアに変身、その直後トイレで大爆発が起こった。




 正清はトイレからはじき出され、それをミソギが追った。周囲にはけたたましいサイレンの音、警察署が近いとはいえあまりにも対応が早すぎる。


(警察と連携している、ということかしら? どれだけ来ても問題はないけど)


 彼女の力をもってすれば、警察を始めとした治安機構の力など問題にもならない。だがそうしなかった。人間として生きていくために不都合があるからだ。だが、ここまでコケにされて遠慮していられるほど人間は出来ていなかったのだ。


 ミソギは両手を広げる。

 桜色の球体がいくつも生成され、アトランダムに放出される。

 爆発は建物だけでなく道路にまで及び、多くの悲鳴が聞こえて来た。


「生身の人間にもお構いなしか……! どうしてこんなことをッ!」

「生意気なのよ、クソガキどもが! 私より幸せそうにしている人間は邪魔なのよ!」


 空中から桜色の球体が降り注ぎ、正清を襲う! バックジャンプで距離を取りつつ回避するが、しかし飛来のスピードは想像よりも遥かに速い! 避けきれず爆風を受け、正清の体が吹っ飛ばされる! ゴロゴロと芝生の上を転がりながら体勢を立て直す。


「あなた如きのアマチュアが、私に勝てるとでも思っていたのかしら? 滑稽ね!」

「負けない、あんたには! あんたみたいな人には、絶対に負けない!」

「戯言ほざいてろ! あなたがここで死ぬことに、何の変わりもないんだから!」


 ミソギは両手を広げる。

 桜色の光が放出と収束を繰り返し、巨大な球体へと変わる。

 あんな物の直撃を受ければ、吹っ飛ばされるだけでは済まないだろう。


「大丈夫、大丈夫。信じろ、行ける。行って、あいつを倒すんだ……!」


 正清は走る。密かにディアフォンを操作しながら。突っ込んでくる正清目掛けて、ミソギは本気の一撃を繰り出した。圧倒的密度のエネルギーが正清に激突し、そして爆発。膨大な熱量が発生し、辺りを焼き焦がした。勝利を確信し、ミソギは笑う。

 しかし。


 正清は死んでいなかった。速度を緩めることなく、ミソギに向かって走っている。

 禊の表情が驚愕に歪んだ。次なる球を作り出し、狙いをつけることなく投射していく。


 それを正清は防いだ。左手に取り付けられた丸盾――光輝盾ブライガードによって! 盾の表面で桜色の球体が炸裂するが、しかしシャルディアを傷つけることは出来ない!


 走りながら開いた右手でディアフォンを操作、剣のアイコンをドラッグし『ENTER』ボックスに置いた。『SWORD』の表示が明滅し、右手に九十センチほどの片刃剣が出現! 万物を断つ勝利の剣、閃光剣フレイソードだ!


「何なの、それは!? 私の力を弾き返すことなんで出来るはずが!」


 ミソギは知らない。

 正清がこの剣と盾を使って何体かのラステイターを倒しているという事実を。

 そしてこの盾が、この程度の出力では壊れないということを。


 盾で桜色の球体を防御し、正清は跳んだ。

 禊は反応し切れなかった。

 正清が振り払った剣の峰が、ミソギの顔面を叩き潰した。


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