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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
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捜査協力

 ニュース、新聞、週刊誌。

 それらは先日起こったホテル爆破事件で持ち切りだった。ほんの一週間前にあった殺人事件のことなど押し流されてしまったようだ。桐沢の墓に立てられた花の数が、少しずつ減っていくのを正清は知っていた。人は死ぬ、今日この時も日本で誰かが死んでいることくらいは知っている。それでも、悲しいことだと思った。


「怖いわね、爆発事件ですって。お父さん、テロなのかしらねこれ?」

「うーん、海外出張に行った時隣の町でテロがあったことはあるけど、まさか僕が暮らしている街でそんなことが起こるなんてなぁ。怖くてたまらないよ」


 どこかピントのずれた回答をするのは、正清の父。

 一年の大半を残業か出張で潰している彼が家に帰って来るのは稀だ。

 だからと言って、正清は父が嫌いではなかったが。


「ショウも気を付けるんだよ。何だか最近空気がおかしい、何が起こるか分からない」


 『空気がおかしい』。

 二千年代、と言うより古今東西いつでも使われ続けてきた言葉だ。昔もそういうことが言われてきたが、今年はそれにも増しておかしい、というのもいつだって言われてきた。だが正清は、掛け値のない異常であることを理解していた。


 気を付ける、それだけ言って正清は自分の部屋へと引っ込んで行った。自分に宛がわれたパソコンを使いネットで事件の記事を検索する。ディアフォンでインターネット接続が出来ればよかったのだが、セキュリティの観点からありとあらゆる外部ネットワークへの接続が禁止されている。スマートフォンなのは見た目だけということだ。


 千葉で起こった爆発事件はいくつものネットメディアで取り上げられていたが、テレビや新聞で書かれていること以上のことは書かれていない。あるとすれば無責任で無根拠な意見くらいのものだ。当たり前のこととはいえ、ため息が出てしまう。


 ブラウザを終了させ、正清はベッドに身を投げた。

 天井を見つめ、考える。『桜花の魔法少女』のことを。

 彼女はいったいどこにいるのだろうか?


「あいつがこれ以上何かをしようとしたとして……僕に止めることが出来るのか?」


 『桜花の魔法少女』は極めて危険な能力を持ち、豊富な戦闘経験を持っている。それこそ、正清などアマチュアの域を出ていないだろう。彼女を止められるだろうか? 悟志には啖呵を切ってみたが、実際に彼女を目の当たりにして同じことが言えるだろうか?


 そんなことを考えていると、部屋のドアが遠慮がちに叩かれる。扉を開くと、そこには母がいた。ただ、その表情には困惑が浮かんでいるように見えた。


「ショウ、あなたにお客様よ。その、警察の方みたいなんだけど……」


 警察。

 そう言われて浮かんでくるのは、劇場で出会ったあの二人組の刑事だ。

 何も心配することはない、それだけ告げて正清は玄関へと向かった。

 そこに立っていたのはやはり、あの時劇場で見た刑事だ。

 今回は一人だけだったが。


「改めて話を聞きたいと思ってね。ここじゃなんだ、場所を変えようじゃないか」


 この前会った時は柔和な雰囲気の中に油断ならない鋭さがあると思っていたが、今回は違った。怒りを隠そうともしていない。内心で竦み上がりながら、正清は頷いた。




 彼が連れていかれたのはショッピングモール内に建てられたフードコートだった。ゴールデンウィーク初日の昼ということもあり、人通りはまばらだ。

 よかったと思う、刑事と一緒にいられるところを見られたら厄介だからだ。


「キミは劇場で起こった殺人事件、そして爆破事件に関して何らかの情報を持っている。だが、何らかの原因でそれを我々に隠している。違うかね、高崎正清くん」


 いきなり核心に突っ込んで来た。

 動揺を悟られないようにしながら正清は言った。


「前も言ったとは思いますが、僕は何も知りませんよ。知ってれば言っています」

「だがキミは桐沢老人が滅多刺しにされて殺されていたのを知っていた。新聞や週刊誌にだって漏らしていない情報だ。それにキミは爆破事件当時あの近くにいた」

「そんなの偶然ですよ。もしそれで犯人扱いされるなら何百人も容疑者がいる」

「だが、事件が起こった後ホテルに入って行ったのはキミだけだろう」


 そんなところまで見られていたのか、と内心で驚きながらも正清はしらばっくれた。与沢は冷静そうにそれを聞いていたが、やがて激高し机を叩き立ち上がった。


「隠し事をしてもためにならんぞ、高崎正清! 犯人隠避でしょっ引くぞ!」

「そんなこと言われたって困りますよ! だいたい何か証拠はあるんですか!」


 あるはずはない。

 それを知っていて正清は言っている。

 それでも与沢は食い下がった。


「あの事件で何人もの人が犠牲になった!

 その犯人は未だ野放しのままだ!

 我々警察の無能と言われりゃその通りだろう!

 だからこそ俺たちは犯人を捕まえてぇ!

 爆発事件の被害者には俺の部下も含まれている!

 あいつの無念を晴らしてやりてぇ!」


 正清の頭にホテルの中の光景がフラッシュバックした。一瞬前まで楽しく過ごしていた人々が、何の関係もない人々が、『桜花の魔法少女』の陰謀によって殺された。何が起こっているのか認識する暇さえもなく。それは正清だって許せない。しかし。


(警察に言ったって、解決するようなことじゃない。どうしようもないだろ……!)


 目の前の与沢はしつこい刑事のようだった。適当にスルー出来るような相手ではない。どうすればいいのか、考えていると正清の携帯が震えた。須田からの連絡だ。


『よう、正清。ちょっと来てくれないか? 興味深いことが分かった』

「すみません、いま抜けられそうにないんです。警察の人が僕のところに来ていて……」


 それを伝えると、須田は『代わってくれ』と言った。彼が何を考えているかは分からないが、自分よりも程度のいい解決策を取ってくれるだろう。正清は自分の携帯を与沢に渡した。

 彼は何度か言葉を交わし、最後に『分かった』と言って通話を切った。


「お前の上司、何かを知っているそうだな。これから会って話したいと言っている」

「えっ……須田さんがそんなことを言ったんですか?」


 予想もしていない展開だった。まさか、自分から警察の方に情報をバラすとは思ってもみなかったのだ。行かないわけにはいかない、正清は与沢と共に車に乗った。




 与沢は呆然とした表情で椅子に座った。

 信じられない、しかし信じるしかない。

 そんな諦観にも似た感情を彼の表情から察することが出来た。


 須田は与沢に包み隠さず自分たちが知っていることを伝えた。

 最初、与沢は激高し、須田の話したすべてを否定した。だが、正清がシャルディアに変身し、様々な記録映像を見せられ、止めとばかりに実体化するバイクを見せられて、ついに心を折られたようだった。自分のまったく埒外の事実に適応し切れず心を閉ざしたかのようだた。


「まあ僕たちが追っているのはこういうものです。納得してくれました?」


 須田はどこか挑発するように言った。

 玄斎はいない、今日は休みを取ったようだ。


「ああ、ああ、分かった。ラステイターとやらがいて、あんたらはそれと戦っていたと。このところ起こってたワケの分からん事件も、その化け物のせいらしいな?」


 与沢は殆ど忘我状態と言った感じで、須田から伝えられたことをおうむ返しに言った。


「はは、どんな罪状で化け物どもを引っ張って行けばいい? 刑法は適用されるのか?」

「適用されるならキミも罰せられないといけないねぇ。立派な殺人、いや器物損壊?」

「そんな下らないことを言っている場合じゃないでしょう」


 須田はいったいどのような意図を持ってを呼び出したのだろうか?

 警察官である彼と接触し、あまつさえこちらの情報を伝えるのはリスクが大きいはずだ。ラステイターの存在は立証出来ずとも、バンクスターが行っている研究に法を犯す部分があるかもしれない。自らの牙城に彼を呼び寄せる意図はいったい、どこにあるのだろうか。


「与沢刑事。僕たちは協力し合えると思うんですが、どうでしょう?」

「面白いことを言う。化け物に手錠をかけろって言うのか? やれってんならやるが」

「いいえ、僕たちが捕まえたいのは人間です。ホテル爆破の真犯人」


 与沢の顔色が変わった。

 須田は『桜花の魔法少女』を見つけるため彼を利用しようとしている。

 そしてそれくらいのことは与沢にも分かっていた。


「俺に捜査情報を漏洩させろと言うのか。どんな事情があったってそれは出来ん」

「話していただければ、ホテルを爆破した『桜花の魔法少女』は我々が捕まえる」


 須田は立ち上がり、ぬっと与沢に顔を近づけた。

 息がかかるほどの距離。


「後輩の仇を討つために、僕たちに力を貸していただけませんか……?」


 須田と与沢が見つめ合う。

 与沢が口を開く。

 そして。


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