戦い勝ち抜く意義
陽炎を纏ったアヤノが動く。
否、動いたと言った方が正しいだろう。
正清が彼女の動きを認識した時には、彼女はすでに正清の真横にいた。
防御しようとしたが、それよりも早く彼女の腕が閃いた。
顎を強かに打たれ、正清の意識は一瞬飛んだ。
直後、彼女は反対側に回り腹を打った。
次に背中、腹、顎、顔面、胸。
一瞬にして十発近い打撃を喰らい、正清は成す術なくふっ飛ばされた。
『これは……高速移動能力か? パワーも段違いだ、実に興味深い……』
「何て力だ……これが、『拳鬼の魔法少女』アヤノの力なのか……!?」
立て膝を突いた正清の前にアヤノが現れ、彼を真正面から蹴り上げた。技も何もあったものではない、ただ単に足を振り上げている。ただそれだけだが、頭抜けたスピードとパワーで放たれる一撃は正清に対応出来るものではなかった。
「強くて、速い! どうすればいいんだ、こんなの……!」
『数多に応援を要請したまえ。この状況ではキミが生き残ることが優先だ』
二人掛かりなら何とかなるかもしれない、二人なら。
よろよろと立ち上がった正清に、アヤノは裏拳を叩きつける。
正清はそれを、受けた。
「……数多だって、必死になって戦ってる。だったら、僕だって同じだ……!」
真正面から正清は、それを受け止めた。
苛立たし気にアヤノは腕を振り払う。
力に振り回されるが、先ほどのように無様に転がるわけではない。
きちんと立ち上がった。
「数多にはラステイターを倒すって、大事な仕事がある。それを邪魔は出来ない!」
『バカな、死ぬぞ! 数多と二人で戦うべきだ! そうしなければキミは……』
「ここで助けを求めたら、僕は二度と一人では戦えなくなる!」
獣のような咆哮を上げながら、アヤノが突進してくる。
だがそのスピードは先ほどまでよりも遅い。時間制限があるのだろう。
これほどバカげた力を継続して放出することが出来るのならばさっさとやっている。
だが、制限時間まで保っていられる気は全然しなかった。
それほど持続時間が短いならもっと早く決めているだろう。
ゆえに、戦うしかない。
数多の助けは借りない、借りられない。
彼女だって必死に戦っている。
『桜花の魔法少女』、クロコダイルラステイター、ともに強敵だ。
隙を見せれば彼女がやられる公算が高い。
ゆえに、正清は一人で戦わなければならぬ。
『仮に一人でやり合ったとして、勝算はあるのか!』
「全然ないとは言えませんよ! 半丁博打みたいなものですからね!」
乗るか、反るか。
それ以外の選択肢もある。
決して白黒切り分けられぬ世界だ。
だがほんの一点。
些細なものでも勝利に繋がる可能性があるのならば、賭けざるを得ない。
アヤノの動きは雑になっている。
正清が後退すれば、それに引き寄せられるかのように追い込みをかけて来る。
この力は単純な出力のブーストではない、理性を減衰させ力を得る諸刃の刃だ。
思考無きラステイター相手なら凄まじい威力を持つだろう。
しかし今戦っているのはシャルディア。
鋼の意志と冷徹な思考を持つ人間だ!
正清はやや引き気味にアヤノと戦う。
連打を捌きながらも何発かを受ける。
一打一打が装甲を抜け肉体に直接響いて来る。
それでも、闘志だけは萎えない。
実際、正清は巧みに急所を狙う攻撃を捌き切っていた。
理性の減退したアヤノは、それに気付かない。
叫びながら、アヤノは必殺のストレートを繰り出した。
一瞬の隙、正清は後方に大きくジャンプした。
拳は空振り、アヤノは正清を追う。
彼の体は遥か上方、モノレール架線の上に!
逃れた正清を追って、アヤノは跳躍する!
(右か、左か、後ろか。三択。三択にまで絞れた。集中しろ……!)
直接攻撃を仕掛けて来ることはないはずだ。
跳躍後の攻撃では、こちらを倒すための力を発揮することが出来ない。
地を踏みしめ、力を練り込むための間が必要だ。
エクスブレイクを発動、右足にエネルギーが収束して行く。
神経を研ぎ澄ませる。
すべての雑音をシャットアウトし、たった一つの音だけを待つ。
アヤノは、正清の、右側に着地した。
左足を軸にしてサイドキックを繰り出す。
アヤノが繰り出した一撃は正清の顎を抉った。
だが、彼女もまた正清の放った蹴りを避けることが出来なかった。
そして、到達するのは正清の足が一瞬速かった。
右足に収束したエネルギーがアヤノに叩き込まれる。
けたたましい炸裂音が闇夜に響いた。
地上で戦っていた三者もそれを見た。
殴られたたらを踏む正清、蹴られ吹き飛び橋脚に叩きつけられるアヤノ。
彼らはそれを見た。
「アヤノがやられた……!? そんなバカなことがあるはずは……」
『桜花の魔法少女』が呻いた。
その隙を見計らって、数多は彼女に蹴りを繰り出した。
だが、防御体制は万全だ。
いつの間にか展開されていた桜色のビロードが数多を絡め取り、爆破した。
吹き飛ばされ、数多は噴水のモニュメントに激突する。
「こんなところに留まっているわけにはいかなくなったわね……これでとどめよ!」
『桜花の魔法少女』は両手にバスケットボール大の球体を作り出し、クロコダイルはそれに備えた。だから二人とも、吹き飛ばされた数多のことを気にもかけていなかった。
「負けない……こんなところで、負けるわけには行かないんだッ!」
数多は握り拳をモニュメントに叩きつけ、立ち上がった。
正眼に構え、虚空を掴む。
彼女の手の内に剣の柄が現れ、輝く刀身が煌めいた。
数多は地を蹴り、剣を振り下ろした。
背後から迫る死に、クロコダイルは最後まで気付かなかった。
正中線を正確に切り裂かれ、クロコダイルは真っ二つになって爆散した。
手首を替えし剣を振り払い、数多は迫りくる桜色の球体を切った。
必殺の威力を込めた弾丸はあっさりと両断され、彼女の体を逸れ後方に着地。
爆発した。
「なに!? バカな……私のブロッサムバスターを切るなんて!?」
「どーよ! あたしだって、やる時はやるんだからね!」
ブン、と剣を振り、切っ先を『桜花の魔法少女』に向けた。
彼女はたじろぐ。潮時か。
「くっ……どうやらここまでのようですね。借りは必ず返す……!」
『桜花の魔法少女』はドレスをはためかせた。
ビー玉大の球体がいくつも放出され、爆発。
数多と彼女との間に煙幕を作り、爆音を響かせた。
数多は思わず顔を覆ってしまう。
煙が晴れた時、すでに『桜花の魔法少女』はそこにいなかった。
「ああ、もう。ごめん、ショウ! 逃げられちゃったよ!」
数多はクロコダイルのマギウス・コアを回収しながら言った。テニスボールくらいの大きさがあり、これまで見てきたものよりも輝きが強いように見えた。数多がそれを握ると、マギウス・コアに内蔵されていた魔力が彼女に流れ込んで行き、輝きは失われた。
正清は息を吐き、『拳鬼の魔法少女』を見た。
アヤノの全身が光に包まれ、彼女が纏っていたバトルドレスが崩壊していった。
そこに現れたのは、生身のアヤノだ。
みすぼらしい姿だった。
痛みくすんだ茶色い髪は垂れ下がるほどに長らく、ボサボサだ。
着ているブラウスは垢で汚れ強い臭いを発している。
爪は割れ、体中が擦り傷だらけだ。
どんな生活を送ってくれば、こんな姿になるのだろうか。
「ぐっ……うううぅっ……! 見る、な。あたしを、見るなぁっ……!」
弱々しく呻き、アヤノは架線に倒れ込んだ。
正清は慌てて駆け寄り、彼女の手を取った。
先ほどまで激しい戦いを繰り広げていたとは思えないくらい細く、頼りない手だ。
こんな少女をたったいま全力で蹴ったのかと、罪悪感さえ湧いてくるほどだった。
だから正清は、力強く振り払われた彼女の手を放してしまった。
彼女は獰猛な獣のような、殺意に満ちた目で正清を見ると架線から身を躍らせた。
正清が手を伸ばす暇もなく。
着水し、浮かび上がってこなかった。
それを正清は呆然と見ていた。
須田にネチネチと言われることは覚悟していた。
だが反応は意外に冷静だった。
「クロコダイルの討伐と『拳鬼の魔法少女』撃退、一先ずはお疲れ様」
須田はモニターを覗き込み、ほとんど動かない。
正清と数多は顔を見合わせた。
「魔獣級ラステイターに加えて手練の魔法少女まで撃退したんだ。
キミたちのことを賞賛こそすれど、責めることなど出来はしないさ。
そう言うことだろう、陽太郎?」
「別に、そう言うわけじゃありません。たださっきの戦いが興味深かっただけですよ」
何がそれほど興味を引いたのか、正清は須田に確かめてみようとした。だが、彼はその言葉に反応することなくモニターとにらめっこし、タイピングを行っている。これ以上須田と話すことは出来ないと判断し、正清は大きなため息を吐きソファに腰かけた。
「『桜花の魔法少女』、もしかして彼女が噂にあった『魔所のお茶会』なのかな?」
「どうだろうね。同じキーワードで検索してみても、なんかよく分からない小説サイトしか引っかからないし。もしかしたらあたしの勘違いだったのかもしれないわ」
「だが、今回の交戦で徒党を組む魔法少女がいるということは判明したわけだな」
『拳鬼の魔法少女』は明らかに『桜花の魔法少女』を守るために動いていた。短い言葉で分かり合っていたので、あの場で初めて会ったのではないことだけは確かだろう。だがそれだけに、正清の中に怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「自分の仲間をあんなところに放置するなんて……何考えてんだ」
「恐らく、彼女にとっては仲間ではなく使いでのあるコマ程度の認識なのだろうな。
だから自分勝手に操ることが出来て、捨てることが出来る。想像以上に悪辣な女だ」
実際目の当たりにしたわけではないのに、玄斎の『桜花の魔法少女』に対する評価は地の底まで落ちているようだ。もし実際に会ってみれば突き抜けるのではないだろうか?
「少女同士のキャットファイトならまだ、救いはあるんですがねー……」
須田は勝手に話に入り込んで、勝手な感想を述べた。かと思うといま自分でした発言を反芻し、けたたましい音を立ててキーボードを連打している。
「ははっ、面白い。今日は創造の泉が湧いているようだ。いいねっ、これは」
須田の様子は既に鬼気迫るような状態になっており、師である玄斎でさえも立ち入ることの出来ない領域に入っていた。一行は顔を見合わせ、彼の様子に首を傾げた。
「それにしても凄かったね、数多。何なんだい、あの剣は?」
「見たでしょ、あたしの最強のパワー。あれこそあたしが呼び出した『聖剣』だよ」
数多は聖剣を構える真似をしながら言った。
「他の魔法少女は、任意に武器を作り出せるんだ。ザクロとかあの『拳鬼の』とかは斬馬刀とかガントレットとか作ってたでしょ? あたしはああいうのは出せないけど、その代わり滅茶苦茶強い武器を作ることが出来るんだ。威力は見ての通り」
「でも、魔法少女って言うからにはもっとなんていうか、その……」
「いや、あれでいいんじゃないか? おかげでアイディアが湧いて来た」
話から離れて行ったと思ったら、いつの間にか戻って来ていた。
須田の勝手な態度に二人は苦笑しながらも、どこか嫌いになれずにいた。
 




