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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
23/108

与えるものは少年に何をもたらすのか

 二日後。

 ゴールデンウィークを目前に控えた水曜日。


「爆発を操る魔法少女、か。いや、魔法少女……ううん、何て言うか……」


 悟志は未だ魔法少女と言う存在について受け入れることが出来ていないようだ。

 当たり前だろう、正清もその目で見なければそんなものがいるとは思わなかっただろうから。


「数多、お前その魔法少女ってのなんだろ? ちょっと見せてくれよ」

「やだよ、変身するのにだって魔力を使うんだから。何度も使ってられますかって」


 数多は呆れたような表情で自分の弁当をつまんだ。

 煮物や練り物と言った全体的に和の雰囲気が漂う弁当だ。

 あの老婆が作っているのだと思うと温かい気持ちになって来る。


 それにしても、魔法少女だの魔力だのと言っている自分たちは奇異の視線で見られているのではないか、と正清は心配になって周りを見てしまう。優嶺高校の学食は人でごった返しており、そんな会話に耳を貸すような人間は一人としていないようだが。


「そんな人がいるなんて……怖いね。どうして仲良く出来ないのかな?」


 美里は寂しげな表情で言った。玄斎たちからは止められていたが、正清は美里に魔法少女たちのことを伝えていた。関わってしまった以上、彼女にも知る権利がある。


「ラステイターの力を高めて、自分のものとする。

 もし強いラステイターがいなかったら、自分が起こしたことを放って逃げ出す。

 無責任な野郎だぜ……」


 悟志は紙パックを握り潰した。

 中に少しだけ入っていた液体が零れるが気にしない。


「その『桜花の魔法少女』ってのを探そう。この街にいることは確かなんだろう?」

「だけどそれだけだ。どこで何をしているのか、まったく分からない」

「それでも、俺たちみたいに表の生活はあるはずだ。

 日本で生きている以上は戸籍が必要だ。

 税金を払う必要だってあるし、身分証明だって持ってなきゃいけない。

 周りとの関わりを持たなきゃ、変なところで怪しまれるだけだ。

 表の顔は絶対持っている」

「その表の顔が分かんないから苦労してんじゃん。どうすりゃいいの?」


 悟志は首をひねった。

 色々言ったが、具体的な方策は何も用意していないのだろう。

 それが当たり前だ。


 念のため『桜花の魔法少女』の写真を二人にも見せたが、結果は芳しくなかった。

 彼女がどこで何をしているのか、手がかりさえも掴めていない。


「……ねえ、ショウくん。もしこの人と会うことが出来たら……どうするの?」


 思わず言葉に詰まってしまった。数多も悟志も同様に。連続爆破事件を引き起こしている『桜花の魔法少女』と会って、自分は何をしたいのだろうか。少し悩んで、答えた。


「止めさせる。こんなこと、人としてやっちゃいけないことなんだ」

「言葉で止めるかどうかなんて分からねえし、戦いになるかもしれない。その時は……」


 どうするのだろうか。

 殺してでも止める(・・・・・・・・)


 そんな言葉が浮かんでくるが、本当にそんなことが出来るのだろうか?

 実力的な意味合いではなく、精神的な意味で。いままで何体ものラステイターと戦ってきた正清だが、人間と戦うことが出来るかは分からなかった。


「……まあ、とにかく見つけねえことには話は進まねえな。探すっきゃねえ」


 顔を上げると悟志は立ち上がり、無理矢理話を打ち切って去って行った。

 話しを振っておいて、これである。

 正清たちは顔を見合わせた。そこに話しかけて来る影があった。


「あら、こんにちは。今日も仲がいいのね、みんなは」

「あ、むっちゃん先輩。先輩もこちらにいたんですね」


 そこにいたのは朱鷺谷睦子、悟志の恋人だった。

 彼女の表情は暗い。


「……最近、悟志くんみんなと一緒にいることが多いわね。何かあったのかしら?」

「大したことじゃないんですけど……どうしたんですか、むっちゃん先輩?」

「部活の方にもまるで顔を出さないし、どうしたのかちょっと心配になっちゃってね」


 え、と正清は思わず声を上げた。

 彼は悟志から『サッカー部を退部してきた』と話を聞いていたからこそこれまでそこに突っ込まずにいたのだ。だが、睦子の口ぶりではまるでまだ部活を退部していないようではないか。他ならぬマネージャーが言うのだから、間違いはないだろう。問いただそうとしたが、その前に睦子は去って行った。


「なんていうか、複雑ねぇ……ってあれ、どうしたのショウ?」


 心中に巻き起こった疑問を口にすることも出来ず、正清はそれを飲み込んだ。




 分からないことだらけだ。


 『桜花の魔法少女』のこと。

 ザクロのこと。

 悟志のこと。


 大きな問題、解決出来ない問題、取るに足らない問題。

 様々な問題がグチャグチャに混ざり合い、彼の中で蜷局を巻いていた。

 すべてが一直線に並んでいるようにさえ思える。


「これからいったいどうすりゃいいんだ……須田さんも返事が来ないし」


 こんな時頼りになるのが大人なのではないのか?

 と無責任に怒り出しそうになる。

 実際、彼は大人がちゃんと動いていることを知っている。

 だからこそ、怒れなかった。


 ため息を吐き、顔を上げた時、彼は奇妙なものを見た。

 それは、子猫くらいの大きさの生き物だった。

 それが、廊下の真ん中にちょこんと立っているのだ。

 顔立ちも猫そっくりだが、どこか人間臭い仕草をしているように彼には見えた。


 ニコリ(・・・)と、猫が微笑んだ。

 その瞬間、すべての時間が止まった。


 漠然とした違和感を覚え、正清は辺りを見渡した。

 周囲の風景がモノクロームに染まった。

 人々も、鳥も蝶も、風でさえも動きを止めていた。

 彼らを除いては。


「なるほど、やはり。キミは思った通りの逸材みたいだね、高崎正清くん」


 白い生き物はにこりと笑って正清のフルネームを言い当てた。

 目の前の生物は危険だ。

 正清はそう判断し《ディアドライバー》を取り出し、装着しようとした。


「待ってくれ、僕はキミと争いに来たんじゃない。ただ少し話したいだけだ」


 しかし、不思議な生き物は肉球を向けて正清を制止した。

 少しだけ迷って、正清は動きを止めた。

 目の前の生き物がいったい何なのか、それを見極めたかったからだ。


「ありがとう。僕の名はプレゼンター。魔法少女の力を彼女たちに与えたものだ」


 目の前の生物が、プレゼンター。

 見ようによっては女児向けアニメに登場するような生き物に見えないこともない。

 しかし。あまりに出来過ぎている感じがした。


「お前が数多たちに魔法少女の力を……? いったい何を企んでいるんだ!」

「話してもいい。でも、キミが知りたいのは本当にそんなことなのかな? 高崎くん?」

「僕の心を見透かしたようなことを言わないでもらおう! 何が目的だ!」

「キミに教えに来たんだよ。『桜花の魔法少女』の居場所をね」


 何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。

 内容を理解してもなお、正清はプレゼンターの意志を計りかねていた。


 プレゼンターは魔法少女を生み出す存在だ。

 ならば魔法少女を使って何かをしようとしている、と考えるのが自然だろう。

 それがなぜ、自分が手塩にかけた魔法少女を敵に差し出さなければならないのか?


「キミの疑問はもっともだ、高崎くん。

 僕は魔法少女の力を、この世界の平和を維持するために与えて来た。

 人々に害を成すラステイターを倒すために。

 けれども彼女は僕の意志を無視して行動を始めた。

 彼女はもはや人間の敵と変わらない」

「無責任なことを! 自分で蒔いた種だ、その責任は自分で取るべきだろう!」

「残念ながら、僕に彼女を処断する権限は与えられていないんだ。それに、彼女は曲がりなりにもラステイターを倒している。彼女がラステイターと戦わず、その力を私利私欲のために利用しようというのならばそれを止めただろう。でも彼女はそうじゃない」


 その通りだ。『桜花の魔法少女』はラステイターを養殖し、肥え太らせたところを倒そうとしている。つまるところベクトルはラステイター退治という方向に向いている。彼女がやっていることは許されないことだろうが、しかしやることはやっているとも言える。


「彼女は今夜、中央公園付近で監視を付けたラステイターを狩るだろう。

 そこならば、彼女と接触することが出来るだろう。

 そこでどうするかは、キミに任せるよ」


 それだけ言って、プレゼンターは踵を返し去ろうとした。

 正清は呼び止める。


「待て! お前はいったい、何なんだ!

 人間じゃない、ラステイターでもない!

 人間にラステイターを狩る力を与えて、お前は何をしようとしている!?」


 角を曲がったプレゼンターがクスリと笑うのが、正清には聞こえた。


「言っただろう? 僕はこの世界を平和にしたい。それだけが僕の願いなんだよ」


 世界が色を取り戻す。

 音が、動きが戻って来た。

 同時に、正清は背中に衝撃を感じた。


「よっ! ショウ。ゴールデンウィークはあたしも部活休んで……って、ショウ?」


 正清は突然受けた衝撃に驚き、うずくまってしまった。珍しく数多はおろおろした様子で彼の周りを回るが、しかし正清はそんな数多のことに気付きもしなかった。


(プレゼンター……いったい何者なんだ? あれじゃあ、まるで)


 本当に、魔法少女の使い魔のようだった。


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