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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
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桜色の悪魔

 正清は午後、第三社史編纂室へと足を向けた。

 須田からの呼び出しがあったためだ。


 ここのところ毎日ここに来ているな、と正清はため息を吐いた。

 守衛のお爺さんにも顔を覚えられてしまった。


「よう、お疲れさん。悪いね、授業が終わってすぐこっちに来てもらっちゃって」


 須田は相変わらず悪びれた様子のない謝罪を放った。

 玄斎はいないようだった。


「玄斎さんは、どうしたんですか? 今日は須田さん一人ですか?」

「先生は定期検診を受けて、今日は上がり。ご高齢だから、仕方がないね」


 須田は自分の横にあった大型の機械――いわゆる3Dプリンター――から吐き出されたものを手に取り、感触を確かめるようにして触るとそれを投げて寄越した。


 それはミニチュアのバイクのようなものだった。ちょうどベルトに備え付けられたホルスターに入るくらいの大きさで、やたらと精巧に出来ているように思えた。


「これはいったい? おもちゃを渡すために僕をここまで呼んで来たんですか?」

「そんなわけはないだろう。それはね、キミにしか使えないマシンなんだ」


 こんな小さなものを、どうやって使えばいいのだろうか?

 それを問う前に須田は立ち上がり、部屋から出て行こうとした。

 ついて来いと言っているのだろう、慌ててそれに続いて行く。

 同じ階に備えられた第三社史編纂室の控室へと連れて行かれた。


 控室、と言うよりは物置と言った方が正しいだろう。アルミラックにはいくつかの工具や素材が置かれており、使わなくなった資料や雑多な物品も保管しているようだ。


「変身してそいつに魔力を送り込んでみてくれ。うまく行けば使えるようになるはずだ」

「この間みたいに戦闘の最中に使えないことが分かるよりは良さそうですね」


 正清の皮肉を、須田は鼻を鳴らして受け流した。特に反応が欲しかったわけではない、正清は変身し、言われた通り魔力を送り込んでみた。すると、ミニチュアのバイクが光を放った。驚き、手を放すとそれは空中で静止、そして巨大化した。


 フロントカウルの大きな、漆黒のマシン。

 重厚なエンジンと四気筒の力強さ。

 クラシックな外見だが相当機械化されているようだった。


 スロットルには用途の分からないボタンが取り付けられている。

 フロントについた銃口のような部分と、何か関係があるのだろうか。

 いずれにせよ、相当強そうなマシンだった。


「これから活動範囲を拡充していくにあたって、迅速に現場に移動しなければならない。これはそのためのガジェットだ、有効に活用してくれたまえ」

「でも、須田さん。僕は二輪車の免許なんて持ってませんよ? 乗れません」


 当然ながら自動二輪免許の取得は十八歳以上でなければ取得できない。

 しかも優嶺は校則で二輪車の使用を禁止しているため、学校側が許諾を出すこともない。


「安心してくれたまえ。発動機も内燃機関も積んでいないからこれは法律上『二輪車』じゃない。それに監視カメラにはキミの顔は映らないし、こいつのスピードを追跡できるマシンは他にない。歴戦の交通機動隊員だってぶっちぎれる代物だぞ?」

「そもそも操縦方法が分かりませんよ。こんなのどうやったって使えません」

「そこも問題ない。脳波制御が可能だしそれでもダメなら行先さえ指定すればオートで動く。キミはただマシンに跨って、ハンドルを握って振り落とされないようにすればいい」


 これ以上の議論は無駄だな。

 悟って正清は大きなため息を吐き、マシンに跨った。

 エンジンが嘶くが、排気は殆どない。

 せいぜい水蒸気がマフラーから出て来る程度だ。


「最高時速五百キロ。魔力稼働でシャルディアと同じくマギウス・インテークから取り込んだ魔力で動く。また、使用者からの魔力供給を受けることでも動かすことが出来る。小回りも効くがスピードが乗っていれば当然曲がり切れないこともあるだろう。その辺もマシンが制御してくれるが、マニュアル操縦するようなことがあれば留意しておくように」

「ところで、ハンドルのところについているボタンは何なんですか?」

「魔導砲のトリガーだ。ディアバスターよりも強力だから外さないようにね」


 簡単に言ってくれる、と思ったところで腰に装着したディアフォンが反応した。


「早速お出ましのようだね。出洲の辺りか……早速これを使ってみることにしよう」


 ラステイターが出たのならば、一も二もなくそれを殲滅しなければならない。

 正清は魔導バイク『ブラウズ』に元に戻るよう念じた。

 バイクは光に包まれ元のサイズに戻った。


「オペレーションは僕がやろう。キミは非常階段から出てってくれよ?」

「分かってますよ。バイクの方の点検もお願いします、途中で爆発されちゃ面倒だ」

「そんな間抜けなことにはなりはしないよ。そっちこそ倒されないようにしてくれよ」


 言い合って、二人は別れた。非常階段から身を躍らせ、裏道を通って出洲に向かった。大通りを使うと信号や交差点に泊められる危険性が大きく、またNシステムなど警察の監視システムに引っかかる危険性も高くなってしまうからだ。




 出洲港湾部。砂利敷きの駐車スペースらしき場所で、二つの影が対峙していた。

 一つは港湾労働者であろうか。

 三交代勤務が終わり、帰宅するところだったのだろう。

 錆び付いたコンテナにもたれかかり、恐怖に顔を歪ませ泣き喚いている。


 もう一つは鱗のような皮膚をした、人型の怪物。

 顔には魚らしき濁った目と開いた口があり、その無表情さが男を更に恐怖させた。

 怪物はゆっくりと歩み寄って来る。


 そんなところに到達したのが正清だ。

 男はモンスターバイクの嘶きを聞き、魚の怪物もそれを聞いて振り返った。

 正清は一瞬思考し、バイクのスピードを更に速めた。


 ビーム砲が搭載されているらしいが、この距離と位置では生身の男を巻き込んでしまうかもしれない。ならば、と思い車体を加速させる。加速したバイクは真っ直ぐ魚の怪物に向かって突っ込んでく。時速五百キロにも到達する無骨な鉄塊が魚の怪物と激突! 凄まじい衝撃を受けて魚の怪物は吹っ飛ばされ、海へと落ちて行った!


「逃げてください、早く!」


 あの一撃で死んだとは思えなかった。派手な水柱は上がったが、激突の寸前であの怪物が防御姿勢を取ったのを正清は見抜いていた。まだ生きている。半狂乱の男が走り去っていくその背後で再び水柱が上がり、魚の怪物が海面から飛び出して来た。


 正清はそれと対峙する。

 腕からはヒレのような硬質ブレードが生えている。

 すぼまった口からはいかにも何かを吐き出してきそうだ。

 濁った眼は大きく、視界の広さを伺わせる。

 残念ながらどんな魚を原形としているかは分からない。


 フィッシュラステイターとでも名付けるべきだろうか、そう正清は思った。


 フィッシュが猛然と突っ込んで来る。腕から生えたブレードを振り回す。正清はそれを冷静に見据え、受け流した。一週間にも及ぶ戦いの中で、正清は確実に成長していた。そして成長は単に慣れだけではない、僅かながらに彼の鍛錬の成果もあった。


 僅かな時間を利用して、悟志のレクチャーを受けた。

 格闘技関係の本をいくつも読み、練習を重ねて来た。


 何も知らなかった正清は水を吸うスポンジのように知識を吸収した。

 そしてそれを、実戦で使って見せた。

 決死の戦いの成果だ!


 フィッシュの攻撃を受け流し、側面に回る。返す刀で振り払われたブレードを回避し、逆襲の一打を見舞う。肉を打つ独特の感触がしたかと思うと、フィッシュがたたらを踏んで後退した。戦えている、正清はそれを実感として理解していた。


 フィッシュが正清に顔を向ける。同時に、腹が引っ込んだ。身構えた彼を、口から放たれた水の弾丸が襲った。発射されたのは分かった、だが回避する隙はなかった。胸部装甲が抉られ、火花が舞い飛んだ。正清は圧力に耐え切れずに吹っ飛ばされる!


「ッ……遠距離戦が得意なのか? だったら……!」


 ゴロゴロと転がりながら体勢を整え、ディアバスターを形成。続けて放たれた弾丸を側転で回避しながら弾丸を放った。弾道補正はシャルディアの方でやってくれる。エネルギー弾がフィッシュの体に炸裂! 揺らいだ瞬間を見計らい、正清は走り出した!


 フィッシュの周囲を旋回するようにして、正清は走る! フィッシュはそれを追い弾丸を放つが、円弧軌道を描き走る正清を追い切ることが出来ない! 対照的に、足を止めたフィッシュに攻撃を当てるのは容易だった。見る間に形勢は逆転、何発もの弾丸を受けたフィッシュが膝を突く。必殺のタイミング、正清は『EX』アイコンをドラッグした。


 足を止め、フィッシュに銃口を向ける。エネルギーが収束し、ソフトボール大のエネルギー弾が形成される。正清はトリガーを引いた。フィッシュもそれを迎撃するため水の弾丸を放つが、しかしエクスブレイクのエネルギーを受け止めることは出来ない。


 とった。

 正清はそう確信したが、しかし実際にそうはならなかった。


 桜色の光を、正清は見た。

 光は弾丸とフィッシュの間に割り込み、そして爆発した。

 あまりの衝撃に正清は煽られ、地面に倒れ込んだ。

 光と衝撃が晴れた時、そこにフィッシュはいなかった。


 やったのか? そう思って辺りを見回すが、しかしフィッシュの残骸さえも見つけることが出来なかった。ラステイターは死ねばグズグズの肉塊となり、マギウス・コアを残して消滅する。それが発見できないのであれば、それはまだ死んでいないということだ。


「あいつ、いったいどこに行ったんだ! いや、それよりもさっきの光は……」

「あなたですね? 最近現れたという、新しい魔法少女のようなものは……」


 突然かけられた声に反応し、正清は勢い良く振り返った。

 港湾に設置されたコンテナの上に、一人の女がいた。


 パステルピンクのベビードレスめいた、装飾過多の装束を纏った女。

 ヘッドドレスも、ドレスも、腕に着けたシュシュでさえすべてがピンク。

 見ていると目が痛くなりそうだった。

 それは、あの場にいた魔法少女そのものだった。


「お前は……! 確か、劇場にいた!」

「お初、お目にかかりますわ。私は『桜花の魔法少女』。以後お見知りおきを……」


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