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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
桜色の炎
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血色の魔法少女は何を知るのか

 コーヒーショップから出るのが少し早ければ、自分もああなっていただろう。

 奥まった席に座っていたため、飛散するガラスを浴びることもなかった。

 正清はぼんやりと考えた。


 一瞬のうちに、事態は変転していた。

 反対側にあるホテルのレストランから爆炎が立ち上り、爆風が辺りを舐めた。

 発生した衝撃波が周辺の建物のガラスを破壊し、通りにいた人々をふっ飛ばした。

 自分たちの聞き込みを行っていた刑事も巻き込まれたようだ。


 燃えている人が見える、倒れている人が見える、血まみれの人が見える。

 地獄だ。


 あまりに凄惨な光景を直視したせいで、正清の精神は限界を迎えた。

 何の前触れもなく、正清は胃の内容物をすべて吐き出した。

 いまのいままで作って来た楽しい思い出がすべて零れ落ちて行く気がした。

 どうしてこんなことになってしまった?


 とにかく、警察を呼ばなければ。

 いや、救急車?

 自衛隊?


 とにかく何かを呼ばなければ。

 気を取り直して顔を上げた正清は、それを見た。


 それは、パステルカラーの少女だった。

 ピンク色のヘッドドレス、丈の短いエプロンドレス、足のほとんどすべてを覆い尽くすハイソックス。そのほとんど、レース部分以外がパステル調のピンクで統一されている。唯一、青縁の厚い眼鏡だけが浮いていた。


 魔法少女。

 何の確信もないが、正清は視界の端に映った少女がそれだと確信した。

 彼女はこの惨状を見て何の感慨も抱いていないようだった。

 踵を返し彼女はレストランの奥に消えた。


「ッ……美里! 警察と消防に連絡してッ! 僕はあいつを追い掛けないと!」

「ま、待ってよショウくん! あいつって? 危ないことしないで!」


 美里の悲痛な叫びを無視して、正清は駆け出した。

 不思議なほど足取りは軽い、まるで浮いているようだった。


 ある意味、それは真実だ。

 浮足立っている、まるで自分が自分でないように感じていた。

 あまりに異常な事態に、頭が理解することを拒んでいた。


 パチパチと炎が爆ぜるレストランに踏み入れて行った。テーブルや椅子と言った調度品、カウンターまでが吹き飛ばされ、そこがレストランであったことさえも指摘されなければ分からないような状態になっていた。爆心地にいた人々がどうなったかなど、わざわざ言うまでもないだろう。


 一瞬前まで料理に舌鼓を打ち、幸福なひと時を過ごしていたであろう人々が、痕跡さえ残さずに消え去った。吐き気が再びこみあげて来た。


 パステルピンクの少女の姿が、行き止まりで消えた。

 いや、そうではない。エレベーターに乗ったのだ。


 あれほどの爆発が起きても正常に動いているとは、驚くべきことだ。

 表示は下行き、上階からは脱出出来ないのだから当たり前だ。


 正清も下りのボタンを押した。

 すぐに到着したエレベーターに飛び乗り、地下一階のボタンを押した。


 エレベーターはすぐに地下一階に到着した。正清はエレベーター内から辺りを見回してみるが、あのパステルピンクの少女はいなかった。隠れているのかもしれない、正清は飛び出す。同時に、ディアフォンが震えた。ラステイターの反応。


(あのピンクの魔法少女と、ラステイターの出現と、何か関係があるのか?)


 魔法少女とは、ラステイターを狩る存在。

 ならば関係がないはずはない。


 ゴクリ、と正清は生唾を飲み込んだ。

 いままで数度、ラステイターと戦ってきたがいずれも開けた場所でだ。

 このような閉鎖空間で戦ったことはない。


 あの曲がり角に、車の影に、あるいは天井裏に。

 敵が潜んでいないとは限らない。

 そんな妄想さえ想起される。


 ザリッ、と砂利を踏むような音が聞こえて、正清は慌ててそちらを見た。

 車の影に誰かいる。

 声を出すことさえも出来ず、それが出て来るのを正清は待った。


「……どうしてあなたがこんなところにいるのかしら? 高崎、正清」


 屈んでいた女が、姿を現した。

 流れるような長い赤髪、自分の背丈よりも長い斬馬刀。


「……『鮮血の魔法少女』!

 お前こそどうしてここに……上の惨状はお前のせいか!」


 ザクロは正清を睨み付けた。

 身を竦めるが、しかし視線だけは外さなかった。

「どうしてこんなことをするんだ!

 どれだけの人が傷ついたのか分かっているのか!」


 ザクロは対話を行おうとはしなかった。

 斬馬刀の柄の中ほどを持ち、振りかぶり、そして投げた。

 回転せず、刃は真っ直ぐ正清の方に向かった。

 正清は思わず目を閉じる。


 サンドバッグを打つような音が聞こえた。

 だが、正清の体には傷一つついていない。恐る恐る目を開き、振り返ると、そこには斬馬刀に貫かれたラットラステイターがいた。


 正清の予想通り、ラステイターがいた。それも大量に。


「話したいなら後で聞く。まずはネズミ退治をしてからだ。それでいいかな?」

「……話している暇はないんだろ? だったら、やるしかないじゃないか! 変身!」


 素早くディアフォンを操作し、正清はシャルディアへと変身した!


 迫りくるラットを殴り倒し、撃ち抜く。


 だがそれよりも、ザクロが速い。

 目にも止まらぬスピードでラットを打ち倒し、投げた斬馬刀を回収。

 次々に人間大のネズミをなます切りにしていく。

 一太刀で数体を一気に切り裂き、倒している。

 あっという間に十数体いたラットはすべてが倒され、地下駐車場に静寂が戻った。


「……ラットは倒した。これでゆっくり、あんたと話をすることが出来るな」

「この場に留まりたいなら好きにして。ただ、厄介なことにはなると思うけどね」


 地上からけたたましいサイレンの音が聞こえて来た。

 爆発を聞いた人々が通報し、パトカーが到着したのだろう。

 そう言えば、この近くに交番もある。


 いずれにしろ、早晩ここは包囲されてしまうだろう。

 そうなると脱出するのに手間取ることになる。


「分かった、ここから出よう。でも、マギウス・コアを持って行かなくていいのか?」


 魔法少女はマギウス・コアを求める。それは彼女たちの力を強化する、という理由だけではなく、一度放出した魔力を補充するためでもある。基本的に、魔法少女の魔力は使いきりだ。力を振るうためにはラステイターを倒さなければならない。


「私はこれで十分。これくらいのサイズだと、食いで(・・・)がないんでしょうね」


 そう言って、ザクロは小指の爪先くらいの小さな宝石を手に取った。なるほど、それはリザードやワームから放出されたものに比べるととても小さかった。ザクロが指先でそれを持つと、急速にマギウス・コアは色を失った。ザクロはそれを指で押し潰す。


「行きましょう。もうこんなところに用はないわ」


 ザクロは踵を返し、スロープから外へと脱出した。

 正清は少し迷って、ラットのマギウス・コアを回収してそれについて行った。




 外に出るなり、ザクロは恐るべき跳躍力を発揮。近所にあった雑居ビルの屋上まで跳んだ。正清もそれに続いて行く。地上ではパトカーや救急車のサイレンが鳴り響いているが、まるでそれが別の世界で起きているような、現実感のないものに思えた。


「酷いことになっているわね。あんなことがあったんだから、当然なんだろうけど」


 ザクロはそれを見て、他人事のようにつぶやいた。

 急激に、怒りが湧き上がってくる。


「白々しいことを言って、あんたがやったんだろう!

 あんなことを! いったいどういうつもりなんだ、ザクロ!

 あんたはいったい何がしたいんだ!?」

「世界にはダイナマイトを使ってやる漁があるらしいけど、そういうものよ」


 爆発によって生じる衝撃波によって魚を気絶させたり、殺傷したりするような漁法のことを言っているのだろうか? ならばあれは、ラステイターを釣るための罠?


「そんなこと……! どれだけの人が犠牲になったと思っているんだ!?」

「私がやったことじゃあない」


 ザクロは鋭い視線を正清に向けた。

 赤く輝く瞳は見るものすべてを射抜かんとしているようだった。

 この目、この雰囲気。やはりどこか、美里に似ている。正清はそう思った。

 美里に睨まれているような居心地の悪さがあり、正清は思わず目を逸らした。


「こんなことをした奴には、落とし前を必ずつけさせる。邪魔は、するな」

「これをやった奴が他にいるって……あんたは、誰がやったのか知っているのか?」


 ザクロは黙った。何かを知っている、正清はそう確信した。何も話そうとしないザクロに苛立ち、正清は肩を怒らせながら彼女に向かって近付いて行った。


「これをやった奴はあんたにとっても邪魔なんだろう!?

 だったら、僕たちは協力し合えるはずじゃないのか!

 ザクロ、黙ってないで何とか言って――」


 正清の言葉は、残念ながら最後まで届くことはなかった。不用意に間合いに入って来た正清の胸に衝撃、高速で振り上げられた斬馬刀が正清の胸部装甲を切り裂いたのだ。衝撃で吹き飛ばされたが、床に叩きつけられることはなかった。


 代わりに、落ちた。

 正清の体は軽く鉄柵を飛び越えて路地裏のアスファルトへと落下していった。


 ザクロが放った剣撃のダメージ、そして背中から地面に叩きつけられた衝撃によって、安全装置が作動。装甲がひとりでに崩壊し、全身を駆け巡る衝撃を発散させた。


「私は一人でやった方が都合がいい。誰の手も借りない。お前の手もね」


 雑居ビルの屋上から正清を見下ろし、ザクロは言った。

 数秒間、見つめ合っていた二人だがザクロの方から視線を外し、そして消えた。

 あの跳躍力とスピードを追うことは出来ないだろう。

 どちらにしろ、叩きつけられた衝撃のせいで立ち上がれそうになかった。


「ザクロ……あいつは、いったい何を知っているって言うんだ?」


 自問自答しても、答えは出てこない。

 正清は苛立ちを地面にぶつけた。




 数分間転がっていた正清は立ち上がり、路地を出た。全身を貫く様な痛みはまだ体の節々に残っているが、そんなことを言っている場合ではない。美里に何度か電話をしたが繋がらない。あれから爆発はなかったので、犠牲になっているようなことはないだろう。それでも、正清の全身を重い焦燥感が包み込んでいた。


 駅前のロータリーに広がっていたのは、スクリーン越しにしか見たことがないような地獄だった。何台ものパトカー、何台もの救急車。救急隊員たちは比較的怪我の程度が軽い人の治療を行ったり、救急車に乗せたり、死者を移送したりしている。


 手際よく規制線が張られ、そこを警護する警官と状況の調査を行う警官とがせわしなく行き交っている。その顔つきは非常に険しい、惨状を考えれば当たり前のことだが。


 これだけ凄惨な事件があった後だというのに、辺りにはやじ馬がたむろしていた。憶測を語り合っている人など、まだいい。事件現場を撮影したり、友達同士で記念撮影を行っているような連中さえもいる。嫌悪感を通り越して、呆れてきてしまう。


(自分たちが犠牲者になることなんて、少しも考えていないんだな……)


 彼らにとってみれば、この事件はもう終わったものだ。警察も、消防も、救急も駆けつけて来た。規制線から向こう側のことは『終わったこと』であり、『自分たちには関係のないこと』なのだ。消費される娯楽と同じくらいの価値しか持たない。


 まだ何も終わっていない。それを知っている正清だけが、当事者だけがこのことを深く心に刻み付けている。どこでまた起こるかも分からないことに。


 ザクロがこのような事態を招いたのでなければ、では誰がこんなことをしたのか?

 あの時見た、パステルピンクの魔法少女がこんなことをしたとでも言うのだろうか?


 いったい何のために。

 マギウス・コアを得るためにこんな惨状を引き起こしたとでも?


(ふざけている……! どんな理由があったって、こんなことは許されるはずがない!)


 想像の中の魔法少女が、悪辣に笑った。

 必ず見つけ出さなければ。決意を新たにする。


 ほとんど同時に、正清の携帯が着信音を鳴らした。気を張っていたからか、そんな小さな動きにも正清はビクリと反応してしまう。もたつく手つきで携帯を取り、画面を確かめると『藤川美里』の名前が表示されていた。考えることなく電話を取る。


「美里、大丈夫? いまどこにいるの? 怪我はしてないか?」

『うん、私は大丈夫。いま私は反対側のロータリーにいる。ショウくんは?』

「東口のロータリー。すぐそっちに行くから、動かないようにね」


 正清は通話を切り、人波をかき分け架線の下を通り反対側のロータリーに出た。


「ねえ、ショウくん。これっていったいどうなってるの? あの爆発って……」

「何も心配することはないよ、美里。今日は帰ろう。ごめん、こんなことになって……」

「いいの、謝らないで。ショウくんが悪いんじゃないから。ね?」


 抱き寄せたい。

 そう思った。


 だが、それを阻むようにディアフォンが震えた。

 第三社史編纂室からの連絡だが、大抵は悪い情報を持って来てくれる。

 うんざりした気分になりながら、正清はその電話を取った。

 予想通り、それほどいい内容ではなかった。


『やあどうもお疲れさん。いま時間空いてる?』

「ええ、空いてますよ。そちらこそ、休日なのにご苦労様です」

『休みの日でも働かなきゃならない仕事がある。よかったねぇ、学生のうちに知れて』


 正清の皮肉をこともなさげに須田は受け流し、話を続けた。


『キミが最初に変身した劇場の辺りで事件があった。知っているかな?』

「ええ、僕もその場にいました。そのことについて、話したいことがあるんです」

『分かった、私たちはいつもの場所にいる。なるべく早く来てくれよ』


 相変わらず一言多く話して、須田は通話を切った。

 ここからならに十分ほどか。


「ごめん、美里。行かなきゃいけなくなった。その、気をつけてね」


 正清はその場に美里を置いて走り出した。

 その背中を、美里は掴もうとした。


 けれどもつかめず、その手は虚空を裂いた。

 見えない壁があるように、美里には思えた。


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