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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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始まりの炎

 久しぶりに安穏とした休みの日を送ることが出来る。

 そんな風に思い、正清はその日を迎えた。あの事件があってから、ちょうど一週間。たった一週間の間だったが、しかし正清にとっては何カ月も、何年も前のことであったかのように思えてしまう。それくらい濃密で、理解し難く、不可解な出来事だった。関わり合いになりたくはない。


 それでも、この世界の裏に救う怪物ラステイターがいることに変わりはない。闇に紛れて獲物を狙う怪物を倒すことが出来るのは、シャルディアと魔法少女の力だけ。それならば、自分がここから逃げることは出来ない。彼は生真面目にそう考えていた。


 軽く伸びをして、ベッドから出る。

 ここのところ晴れが続いていたせいか、空には鈍色の雲が張り詰めている。

 天気予報ではこれから一週間ほど、天気がぐずついた日々が続くそうだ。

 少しだけアンニュイな気分になりながら、正清は部屋を出た。


「おはよう。ぐっすり眠ってたわね、起きないかと思ってたわ」

「そんなことないよ、母さん。あれ、父さんはもう出たの?」

「会社の人とゴルフだって。あの人も大変ね、休みの日まで駆り出されるなんて」


 自分の運動嫌いは父から受け継いだのだな、と思うほど父は体を動かすのが大嫌いな人間だった。そのワリに痩せているので、人体と言うのは分からない。それでも仕事とそれに伴う付き合いには勝てず、週に一回はこうして接待ゴルフに駆り出される。


「今日は出かけるの、ショウ? 出かけるんなら帰って来るつもりはある?」

「いや、特に今日はそう言う予定はないけど……どうしたのさ、母さんいきなり」

「私も今日は高校の同窓会でね。夜遅くまで帰らないと思うから夕飯は自分で調達して」


 調達、とは言っても軽く外食をする程度だ。むしろこういう時でなければ外で食べることなどほとんどないので、少しだけ正清は高揚感を覚えるのだった。


「それじゃ、私は着替えて出るから。出るなら戸締りはして行ってね」

「うん、分かった母さん。気を付けて、それから楽しんで来てね」


 スキップ気味に跳ねまわりながら出て行く母親を見送りながら、正清は今日のプランを考えた。はっきり言って、ノープランだ。だが、そんな日があってもいいのではないか、と考えていた。この一週間は動きっぱなしで、休む暇さえなかったのだから。


(それに、ラステイターが襲ってきたらこっちの事情なんて何も関係ない。出て行くしかないんだから、せめて休日くらいはゆっくり過ごしたって罰は当たらないでしょ……)


 そんなことを考えて、正清は畳敷きの居間にゴロリと寝ころんだ。あまり行儀のいい行為ではないが、今日に限ればそれを見咎めるものはいないので好き勝手出来る。


 自堕落に過ごしていると、携帯に着信があった。

 ディアフォンではない、自分自身の携帯だ。正清は画面を見た。

 発信者名は『藤川美里』、正清は電話を取った。


「もしもし、美里? いや、特に何もしてないよ。どうしたの、いきなり?」

『うん。ショウくんさえよければいまから映画を見に行こうかな、って思って』

「一緒に? うん、いいよもちろん。それで、何を見に行くの?」


 美里が提示したのは、意外にも『ノーガンズ・ノーライフⅢ』と言うアクション映画だった。銃弾が飛び交い、血糊が舞い飛び、硝煙が吐き出される。CGをほとんど使用しない生身のアクションを売りにした映画だ。『ウィンチェスターの亡霊』というサブタイトルがついており、今回は少々オカルト寄りになるが、はっきり言って美里の趣味ではない。


 気を使ってくれているのだな、と正清は思う。美里は自分が戦いに身を投じると聞いてずっと心を痛めていた。それでも戦おうとする自分の意思を尊重してくれた。そして疲れた自分の心を癒すため、趣味ではない映画にまで付き合ってくれる。


 思われているのが嬉しいと同時に、不甲斐ないとも思った。


「……うん、行くよ美里。一緒に行こう、きっと楽しいから」

『ホント? それじゃあ、駅で集合しよう。今日は思いっきり楽しもうね、ショウくん』


 それだけ言って、通話は途切れた。

 正清は目頭を押さえる。

 涙は出てこないが、泣きたくなるほど嬉しかった。




 いくつかの予告編が流れ、不可思議なキャラクターが著作権保護を訴える。

 映画のストーリーは起伏の少ないタイプだ。

 悪人が悪事を引き起こし、主人公が敗北。

 再起を誓って様々な手段を講じて敵を追い詰め、最期には鉄拳で解決する。

 大団円のハッピーエンド。


 もし、映画のようにエンディングが存在するというのならば、自分にとってのハッピーエンドとはどういうものなのだろうか? 正清は考えた。


 ラステイターはどうやって出現しているのかさえも分からない。

 魔法少女と言う存在も、正清にとっては分からないことだらけだ。

 バンクスターの面々も、完全に信頼していいのかどうかが分からない。


 分からないことだらけだ。

 この状況ではエンディングまで辿り着くことさえ出来るかどうかは、怪しい。


『何を考えているのかは知らん。

 世界の命運など知ったことか。

 だがお前は俺の仲間を殺した。

 その報いを受けてもらうぞ』


 往年のアクションスターが、若くタフな若い俳優に向かって宣言する。言葉の重みは彼のキャリアに比例するように大きくなり、それがどんなに陳腐なセリフであろうとも、共感出来ない言葉であろうとも、まるで関係なく観客の心を揺らした。


(どこへ向かっているのかは分からない。

 万人を納得させられる答えがあるのかも分からない。

 でも……せめて納得出来る、そんな結末を迎えられるようにしよう)


 美里には、助けられたなと思う。

 これを見なければ、まだ迷っていたかもしれない。




「凄いアクションだったよね。特に並走する列車から列車に飛び移るところなんて」

「あそこ、ノースタントノーCGでやってるんだってね。

 やっぱり、生身の人間が生身のまま凄いことをするから説得力があるんだよ。

 あれはCGじゃ出せない迫力だ」


 正清と美里はとりとめのない映画談議に花を咲かせながらシアターから出て来る。単純なアクションの出来もそうだが、友情、愛情、親子愛、裏切り、信頼と言った様々な要素が絡み合い、複雑な味わいを醸し出していた。アクション映画と言うだけで敬遠している人間は損をしている、とさえ正清は本気で思っていた。


「……本当にありがとう、美里。キミのおかげでなんていうか、元気出たよ」

「いいんだよ、ショウくん。気にしないで、私にはこれくらいしか出来ないから……」


 そう言って、美里は俯いた。

 彼女も何かを抱えて、そして悩んでいるのだと正清は気付いた。

 彼女は心の内をぽつぽつと、ゆっくりと話し始めた。


「ショウくんに助けてもらったのも、この映画館だったよね。

 あそこで助けられた時から、私は何も変わってない。

 ショウくんが危険な目に遭ってるのに、何も出来ない……」

「そんなことはない! 僕は美里がいるおかげで、戦っていられるんだから!」


 人目もはばからず正清は美里の手を取り言った。

 もっとも聞いているものはいないが。


「美里がこうして心配してくれているからこそ、僕は勇気を出して戦える。

 大切なものを守るために、頑張ろうって思えるんだ。

 それってきっと、凄いことじゃないかな」


 正清ははにかんで言ったが、しかし美里の表情は逆に曇った。


「……それなら、私はショウくんの心配なんて、しない方がいいのかな」


 憂いと悲しみを秘めた表情をする美里に、正清は言葉もなくなった。

 美里は自分の身を案じてくれている。

 だが、自分も美里の身を案じている。

 ジレンマを感じる。


 そこからエントランスまで、二人は言葉もなく歩いた。

 カウンターには二人のスーツを着た男がいた。

 少なくとも映画を見に来ているような雰囲気ではない。


 二人は手に持った紙を従業員に見せて来るが、なぜか彼は正清たちの方を指さした。


「あ、もしかしてあの方々ではありませんか?」


 二人の男も振り返った。

 一人は正清よりも背の低い老け顔の男。

 もう一人は背が高く、がっしりとした体格の男。

 二人は正清たちの方にゆっくりと歩み寄って来る。


「捜査を始めてすぐにキミたちと出会えるとはな。幸運と思っていいんだろうか?」


 そう言って、小さい方の男が懐から黒革の手帳を取り出した。

 輝く黄金の旭日章。

「千葉県警捜査一課、与沢です。こちらは川谷。少々お話を伺いたい」




 与沢に促され、二人は映画館の下にあるチェーンのコーヒー店に入った。正清はあまりコーヒーと言うものが好きではない。苦くて臭くて、何がいいのかよく分からない。それにこの店には味覚がおかしくなるほど甘いものもある。そうした両極端で、基準というものが分からないものが、正清は苦手だった。


「まあ、楽にして。その歳じゃ警察と顔を合わせるのは初めてだろうが……」

「それで、刑事さん。僕たちに何を聞きたいんですか?」


 正清はなるべく感情を出さないようにして言った。この辺りで捜査をしているということは、十中八九桐沢に関わることを調べているのだろう。その当事者である正清だが、彼らがあの場で起こった事実を信じてくれるとはどうしても思えなかった。


「この上の映画館で殺人事件があったことは知っているね?

 悲惨な事件だった、何度もニュースや新聞に載った事件だ。

 見ていないならそれはそれでいいが」

「この上の映画館で、お爺さんが殺された事件ですね?

 何か所も刺されたっていう」


 与沢の目が細まった気が、正清にはした。

 そう思ったが、すぐにそれは分からなくなる。


 与沢と言う刑事は、きっと慣れている。

 もちろん彼らの取り調べなど受けたことはないが、何となくそれが分かった。

 下手なことを言うことは出来ない。


「キミたちは事件当日、この近くにいたね? 何か不審なものは見なかったかな?」

「さあ。殺人事件が起こっていると分かってれば周りもよく見たんですが」

「ははっ、そりゃそうだな。普段ここに通っているなら、注意して周囲は見ないか」


 与沢はにこやかに笑って言った。

 どこまでがこの男の本気なのか、正清には分からなかった。

 こうした、一見どうでもいい雑談で何か真実を掴むことは出来るのだろうか?


「よくこの辺りには来るのかい? 私なんかはあまりこちらには来ないんだが」

「ええ、学割で買った定期があるのでこの辺りにはよく来ています」

「そうか。それならこの辺のことは知り尽しているわけだ。映画好きなの?」

「ええ、まあ。鑑賞にも学割も効きますから、よくこの映画館には来ています」


 自慢ではないが、正清は映画好きだ。もっとも、マニアに自慢出来るほどではない。それでもB級アクション映画やレンタルビデオでしか流れてこないようなマイナー映画には一家言あるつもりだし、映像の良し悪しについてもそれなりに分かるつもりだ。


「妻と『あの日見た場所へもう一度』ってのに行こうと思ってるんだが、どうかな?」

「良くも悪くもトレーラー通り、ってところでしょうか。画面構成とかセリフ回し何課は面白いところがありましたけど、展開は予想出来ます。大人の見る映画じゃありません」

「大人の見る映画じゃない、か。なるほどな、我々は小劇場にでも行った方がいいな」


 与沢はカラカラと笑った。京成の近くにはもう一つ映画館があり、そちらは落ち着いた大人向け映画をいくつも放映している。そちらの方が彼には合っているな、と思った。


「時間を取らせてしまって悪かったね。何か思い出したことがあったらこちらへ……」


 与沢は立ち上がり、名刺を渡し会計をしてから去って行った。

 彼らが去ったのを確認すると、正清は深いため息を吐いた。

 生きた心地がしないとはこのことだ。


「……ねえ、ショウくん。桐沢さんが亡くなったのって、もしかして……」

「ラステイターの仕業だ。警察に知らせるわけにはいかないし、信じてもくれないよ」


 信じてはくれないだろう。

 そしてもう一つの真実に、彼らはきっと気付かないだろう。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 地道な地回り、それが真実を掴むために必要なたった一つのプロセスだ。とはいえ、何の成果もあげられない活動を続けていくのは大変な忍耐力が必要なことだが。


「あの子たち、何か知ってると思いますか? どう見ても今時の学生じゃないですか」

「俺から見れば、お前もあいつらも同じくらい生意気なガキだよ。多分知ってる」


 あの短い会話で何が分かったというのか?

 川谷は彼らとの会話を思い出そうとした。


「男の方は何かを知っているかもな。あいつは『何度も刺されて』と言った。

 新聞や週刊誌に乗った情報は『刺殺体が発見された』ところまでだ。

 なぜあいつは、何か所も刺突痕があったということを知っていたんだ?」

「そこまでなら偶然かもしれませんが……

 あいつら『あの日見た場所をもう一度』見てますね。

 時間的に考えれば死亡推定時刻の少し前にやっていたのを見たと考えるのが妥当」


 川谷はモニターに表示された放映時刻を見た。

 昼の少し前から始まり、二時前に終わる。

 死亡推定時刻、そして監視カメラの映像から考えてドンピシャのタイミングだ。


「でも、与沢さん。あの子供たちが桐沢を殺したと思っているんですか?」

「そこまでは分からん。だが、あのタイミングであの場にいて、怪しい動きを取っていたのはあいつらだけだ。周辺状況の調査も行った方がいいかもしれんな」

「どうにも納得がいきませんね。大の大人でもあんな風に死体を損壊させるのには苦労しますよ。ただのガキにどうやってあんな殺し方をしろって言うんですか」

「それを調べんのが俺たちの仕事だよ。あのランドクルーザーも当たってみよう。

 ガキどもを乗せて行ったってことは、事件に何らかの形で関わっているかもしれん」


 与沢はそう言って強引に話を打ち切り、歩き始めた。

 やれやれ、相も変わらず勝手な人だ。


 優秀だが自分勝手な相棒に辟易としながら、川谷は歩き始めた。

 ロータリーは人でごった返しており、彼の後を追うのも一苦労だ。


 そんな時、川谷はふとガラス越しに、見た。

 淡いピンク色のドレスを着た少女。


 身に着けたヘッドドレスも、ドレスも、ハイソックスも、すべてが同じ色で統一されていた。たまにレースの白が見えるくらいだ。こうしたコスプレイヤーは珍しい存在ではない、だがまったく人目を引かず、忍ぶように歩いているコスプレイヤーは珍しかった。


 目をしばたかせると、ピンクのドレスは霞のように消え去っていた。


(……幻覚? いや、そんなの見るわけないだろ。何かの見間違い……)


 疲れているんだ。

 そう言い聞かせて、川谷は歩き出した。


 直後、自分の体が何かに煽られた。吹き飛ばされそうな圧力。

 風ではない、風ならばこんなに強い力はない。


 自分の方に誰かが倒れて来る。

 何かが飛んでくる。

 赤い放物線を描いて。


 あれは……()


 少し遅れて、轟音と爆炎が彼の視界を塗り潰した。


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