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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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大人たちの話_2

「高崎くんの体には、何の異常もなかったよ。残念だったかな、陽太郎?」


 玄斎は正清の検査結果を渡し、言った。

 そこには何の異常も記されてはいなかった。


「残念? そんなワケはありません。彼が無事に帰って来て僕も嬉しいですよ?」


 須田は白々しい態度でそれを受け取った。

 須田としては、何らかの悪影響が残ると思っていた。

 それどころかシャルディアの起動さえ出来ないと思っていた。


 シャルディアのエネルギー供給方式には、二通りある。


 一つは従来通りマギウス・インテークを使用することで外部から魔力を吸収・濾過し活動する方法。この方式の弱点は周囲にラステイターなど、魔力を放出する存在がいなければ起動さえ出来ない点だ。

 もう一つは、装着者からエネルギーを供給する方法。人間を始めとした生物はラステイターほどではないが魔力を持っている。それを使ってシステムを起動することは不可能ではない。ただし、継続的な魔力吸収に耐えられる人間はいままでいなかった。


「桐沢さんの魔力量でさえも、起動出来なかった代物だというのに……」

「彼には才能はあった。

 だが、常人のそれよりも僅かに多い程度だったのだろう。

 シャルディア起動と同時に倒れた時は、私もお前も肝を冷やしたものだ」


 シャルディア起動実験で魔力を吸収された初代装着者、桐沢雄一は瞬時に意識を刈り取られた。この時の教訓から、現在は安全装置が取り付けられている。生命維持に問題が出るレベルで魔力が吸収されようとすると、自動的に回路をカットするようになっているのだ。だからまかり間違って起動してしまったとしても、大事には至らない。


 今回カットされたリミッターは吸気系、すなわちマギウス・インテークに関連するものだ。マギウス・インテークは周囲を漂うラステイターの魔力を吸収するが、それらがない環境下では本人の放出する魔力を吸収してしまう。肉体は魔力を吸い尽くされ、直接供給系と同じような末路を辿ることになる。少なくとも須田はそう思っていた。


 だが、高崎正清の才能は二人の想像を遥かに超えていた。五分以上の連続稼働を行いながらも彼は五体満足で帰還し、後遺症されもないというのだから。


「彼がシャルディアをフルスペックで起動出来ることにも、これで説明が付いた」

「彼自身が放出する魔力によって、シャルディアの力をブーストしているのでしょうね」


 シャルディアを十全に動かすことが出来るレベルの魔力を放出する人間。

 それと、ラステイターと、もはやどこが違うのだろうか。

 まだそれは、彼らにも分からないことだ。


「しかし、まだ調べてみる必要があるでしょう。もしそれほどの魔力を彼が持っているというのならば、我々の仮説が間違っているということになる。そうであっても、そうでなかったとしても、いずれにせよ彼の存在は研究の転換点となるでしょう」

「お前がそれほどまでに人間に興味を持つのは珍しいことだな、陽太郎。

 高崎正清という少年のこと……お前も嫌いではないのではないか?」


 玄斎は悪戯っぽい微笑みを浮かべたが、須田は吐き捨てるように笑った。


「興味なんてありませんよ、先生。彼は僕にとっては研究材料でしかない。

 ただのモルモットと同じだ。ケージの中のネズミに情なんざ抱きゃしませんよ」


 そう言って陽太郎は立ち上がった。コーヒーのおかわりが欲しいのだろうが、この男が自分でカップを持って退出するのは珍しいことだ。見送り、苦笑した。


「……私の言ったこと、少しは気にしているってことかな? 陽太郎?」


 研究の師であり、親代わりでもあった男は、須田の変わりように苦笑した。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 報告書をまとめながらも、与沢の表情は晴れなかった。

 家に帰ってぐっすり休みたい、とは思うものの交代は遥か遠く。

 こうして固い椅子に身を預けるしかない。


「仮眠室、空いてますよ。与沢さん、こんなところで寝てると風邪ひきますよ?」

「ほっといてくれ、マサ。ちっと考えを整理したいんだ……」


 そう言って天を仰ぐ与沢の隣に、苦笑しながら川谷は座った。

 映画館で殺人事件が発生してから、すでに一週間が経とうとしている。

 だというのに、未だに犯人はおろか目撃者の一人さえも上がってきていない。

 事件当日、現場は開け放たれていたというのに、だ。

 監視カメラの映像もなく、物証も出てこないのでは正直お手上げだ。


「聞きましたか。こっちの捜査、規模を縮小されるみたいです」

「三五七で起こったっていう爆発事件のせいか?

 ったく、嫌だねえテロだなんてよ。

 千葉も物騒な場所になって来やがったもんだぜ。そうは思わねえか?」


 与沢の言葉に、川谷は苦笑して頷いた。

 今日の午後三時頃、東京へと通じる国道三百五十七号線において爆発事件が発生した。事件、と言うのは当時そこに可燃性の物質がなかったからだ。また、ガス爆発などとは様相が異なっていた。アスファルトが抉り取られ、陥没していたのだ。昼夜を徹しての復旧活動に追われることになる人々に川谷は同情した。こちらも目撃者や被害者などがおらず、捜査が難航していると聞く。


「それにしても目撃者がまるでいないって言うのは、不思議な話ですよね。私もあの劇場を利用したことは何度もありますが、人目に触れないなんてことは有り得ないでしょう」

「休日で家族連れ、カップルでごった返していたんだ。もっと有り得ない」


 目撃者がいないことが有り得ない。

 凶器が見つからないことが有り得ない。

 有り得ないことだらけの事件だ。

 いっそのことMIB(メンインブラック)でも出て来てくれればいいのだが、などと考えて与沢は苦笑する。


 どんなことにも理由はある。

 誰かがやったのであれば、必ず物証は残る。

 この世からすべての証拠を消すことなんて出来はしない。

 人間がやったのであれば、人間が解き明かせる。

 与沢は長年の刑事生活で、そのような哲学を身に着けていた。


 もちろん、彼には事件の犯人が人非ざるものであることなど知る由もない。


「しかし、実際のところ手詰まりですね。明日からはどうやって攻めて行けばいいか」

「下のドラッグストアから押収したビデオがあっただろ、それもう一度見てみよう」

「分かりました。ちょうど駅構内とロータリーのもありますから、ついでに見ましょう」


 与沢と川谷のコンビは夜のビデオ観賞会をスタートさせた。

 もっとも、これまで何度も見返した映像だ。

 これと言って新しい発見があるとは思えない。


 欠伸をした川谷だったが、ふと見た与沢の顔が真剣身を帯びているのに気付いた。


「この男の子と……それから、女の子。ちょっと止めてみろ、川谷」


 与沢がなにを言いたいのかはいまいち分からなかったが、取り敢えず止めなければドヤされるのが分かり切っていたので川谷は映像を止めた。与沢は食い入るように見た。


「この子、こんなに急いでどこに行こうとしているんだ?」

「確かに、少し急いでいる感じがしますね。

 せわしなく後ろを見回したりして。何となく怪しい。

 それにしても、よくこんなの見つけましたね?」

「何年も刑事をやっているんだ、挙動不審な人間ってのは嫌でも分かる……」


 少年を追って、二人は映像を先に進めた。

 すると、彼らはロータリーで立ち止まり、一人の男と会話をしたようだった。

 ナンバープレートは残念ながら角度的に見えなかったが、しかし米国製らしき無骨なランドクルーザーに乗っていることは分かった。三人は三十秒程度会話をして、それから車に乗り込んでどこかに行った。


「どう思いますか、与沢さん? あからさまにあれ、怪しいと思うんですけど」

「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ。

 恐らく、ランドクルーザーの男と二人は知り合いじゃねえ。

 車に乗るところにも逡巡が見えた。

 だが、警戒をしながらも二人は車に乗り込んで行った。

 いったいどうしてだ……?」


 与沢は頭を捻るが、しかしそれ以上考えても答えが出ないということに気付いた。


「川谷、この子供の画像引き延ばして印刷しとけ。明日はこいつを重点的に当たる」

「ええ? 与沢さんは、こいつらがあの事件を起こしたって考えてるんですか?」

「何か手がかりくらいは持っているだろう。勘だがな。事件が起こったのとほとんど同じ時間、逃げるようにしてその場から去ろうとする男女。そいつらを連れて逃げて行った車両、どこかクサい。何となく、こいつらが関わっているんじゃないかと思えるんだ」


 また『刑事の勘』か、と川谷は辟易したが、取り敢えず指示には従うことにした。未だに県警本部は何の手がかりも得られず、有効な捜査方針も打ち立てられずにいる。ならばたたき上げの刑事の勘に従ってみた方がいいのではないか、と言うのが川谷の意見だ。実際、与沢はこれまでも鋭い直感で重要な証拠を掴んで来た実績がある。


 少しだけ、川谷は高揚感を覚えた。自分たちがどんな領域に、引き返せない場所に首を突っ込み始めているという事実を、彼らはまだ知らなかった。


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