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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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分かり合える時まで何度でも

「そんな、どうにかならないんですか!? このままじゃ間に合わなくなるッ!」

『キミ、喚いていれば状況が変わると思ってるタイプ?

 しょうがないじゃん、こっちじゃどうしようもないよ。

 キミの寝言と違って、科学は気合じゃ何も変わらない』


 このままでは何も出来ないうちにすべてが終わってしまう。

 いてもたってもいられずに、正清は動き出した。

 ともかく最短ルートを探さなければ。


『待て、高崎くん! いまからでは間に合わない! 無意味だ!』

「それでも行かなきゃいけないんです、僕は! 数多は、大切な友達だから!」


 あの日のことを思い出す。

 入学初日のことを。同じ学区の小中学校に通ってきた正清にとって、知り合いのいない環境と言うのは初めて体験するものだった。


(あたしは九児河数多。あんたは確か……高崎正清だったよね? よろしく!)


 ちょうど同じ班になった彼女は、優しく自分に声をかけてくれた。

 彼女がいなければクラスに馴染むのにもう少し時間が掛かっていただろう。

 そう思う。


「数多が一人で頑張っているなら、何か理由があるはずなんだ……!

 一人で無理をする子だから、だから!

 今度は、僕が力にならなきゃいけないんだ!」


 下らないことかもしれない。

 小さなことかも知れない。


 それでも正清は彼女に随分と助けられた。

 その恩を返すためならば、どんなことだってする。そう思っていた。


 いまの自分には、彼女を助けられる力がある。

 ならば、迷う必要などない!


『ふぅん、学生向けの友情ドラマが好きなんだね。だったら、試してみれば?』


 ディアフォンの画面に『UNLOCK』の警告文が表示される。


『それで変身することが出来るはずだよ、正清。ま、やりたいならやってみればいい』

『待て、陽太郎! あの機能を解放したというのか!? 止めろ、高崎くん!』

「感謝します、須田さん。出来ないより、やらない方が僕にとっては苦しい……!」


 『装着』アイコンをドラッグ、画面が激しく明滅する。

 垂直にディアフォンを下ろし、《ディアドライバー》にセット。

 ディアフォンを倒すことで回路を繋げる。


「変身!」


 正清の全身が光に包まれ、シャルディアの力が彼の全身を包み込んだ。


「待っていてくれ、数多。いまから、そっちに行くから!」


 正清は走り、踏み切り飛んだ。

 建物の屋根を蹴り、ビルの屋上を走り、モノレールの架線を通り青葉公園へと向かう。

 その道のりは果てしなく遠い! だが、ひた走る!


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 背の高い木に囲まれた中央広場。普段なら人通りのある場所だが、いまはラステイターの放つマギウス・フィールドによって封鎖され、誰一人としてそこに近付こうとするものはいない。ラステイターの狩り手たる、魔法少女を除いては。


「さてと、あんたのマギウス・コアを頂くわよ。観念しなさいよね!」


 『聖剣の魔法少女』、九児河数多は挑発的に敵を指さした。

 対するラステイターは、無言。


 蛇腹状の胴体と、そこから冗談のように生えた短い手足が特徴的だ。

 ミミズを思わせるような体つきをしている。

 ワームラステイターとでも呼べばいいだろうか。


 ワームはその見た目に違わぬノシノシとした重い足取りで数多に近付いて来る。

 先手必勝とばかりに数多は跳びかかり、蹴りを放った。


 胴体に足がめり込み、気色の悪い色合いをした吐瀉物が撒き散らされた。

 追撃を止め、反作用で元の位置に戻った。


 ワームが吐き出した黄色い吐瀉物を被った芝生が、焼かれた。

 白い煙を立てながらグズグズになって消える。

 強力な酸を吐き出す能力を持っているようだった。


「真正面からやり合うのは危険、ってわけね。なら、これでどうよ!」


 数多のスピードはワームを遥かに凌駕している。

 ならば、こういう戦い方も出来る。

 数多は素早くワームの後ろに回ると、拳を放った。だが、先ほどと違い拳はワームの体を傷つけない。背負った甲殻は予想以上の強度を持っているようだった。


 数多は舌打ちし、バックステップで距離を取った。

 直後、持ち上がって来たワームの尻尾部分が彼女のいた場所を打った。自由自在、鞭のように動く体と強固な装甲。唯一の弱点は胴体部分だが、真正面から打ち合おうとすればあの胃酸が吐き出されるだろう。


(どうやって攻めればいい? こいつを相手に無傷で勝つためには……)


 無傷で勝たなければならない。

 マギウス・コアの力を使えば破壊された肉体を修復することも出来るが、その分母の治療に使える魔力は減衰してしまう。一年前の時でさえ、彼女の命が保たれたのは奇跡に近かった。二度目の奇跡にはそれなりのリスクが伴う。


(『聖剣』を出すことが出来れば、こんなのどうってことなのに!)


 数多の葛藤を知ってか知らずか、ワームがゆっくりと近付いて来た。

 スピードはないが、パワーはあるだろう。

 真正面から打ち合うのは危険、数多は身構えた。


 ワームは丸い口をすぼめた。

 本能的に危機を悟った数多は横に跳んだ。


 直観は正しかった。

 ワームは胃酸を水鉄砲のように放って来たのだ。

 木々があっさりとなぎ倒される。


(信じろ、信じろ、信じろ!

 あたしは勝てる、あたしは負けない、あたしは強い!

 あたしは絶対に……お母さんを助けて見せる! そのためには――!)


 数多は正眼の構えを取った。

 彼女の手に光が収束し、一つの形を取る。


 それは、両刃剣。

 飾り気のない柄と鍔、刀身は青く輝く不可思議な金属によって作られている。

 濡れたように煌めく刃を寝かせ、彼女は駆けた。ワームが防御姿勢を取る。


 剣をなぎ払う。

 防御のために掲げられた腕があっさりと切断され、その奥にあった皮膚を打った。

 かと思うと、あっさりとそれが裁断された。

 豆腐でも切るようにラステイターの体を両断。

 通り過ぎた数多の背後で、ワームの上半身が地面に落ち、爆散した。


「……ハァーッ……この剣が、いつでも出て来てくれると助かるんだけどなぁ」


 そうぼやく数多の手の中で、『聖剣』が霧散した。

 この力は彼女が魔法少女となった時に身に着けたものだ。

 鋭利な剣を召喚する能力、これで断てないものはなかった。


 だが、ひどく扱いづらい。

 重く、重心が偏っており、素人である数多にとってはお世辞にも使い勝手のいいものではなかった。そしてもう一つ、弱点がある。自由に出せないことだ。この剣は数多の遺志に呼応して出現するのだが、それでも出る時と出ない時がある。どんなに切羽詰まっていても、どんなに強く願っても、だ。


「……ま、ともかく。さっさとマギウス・コアを回収しないと。どれどれ……」


 そう思って、数多はワームの残骸を漁った。

 だが、不思議なことにマギウス・コアを発見することが出来なかった。

 残骸は確かに、そこに残っているというのに。


「そんな……! 全部がマギウス・コアを持っているわけじゃないってことなの!?」


 よく探さなければ。見落としがあるかもしれない。

 そう思ってワームの残骸を見たが、妙なことに気付いた。

 残った残骸は、ワームの薄い皮膚だけだったのだ。


「……あれ、何だろう。これっていったい、どういうことなんだろう……」


 彼女は気付かない。

 口を開き、彼女を待つ奈落の咢を。

 それがゆっくりと迫ってくるのを。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


「危ない、数多!」


 その時、正清は青葉の森公園へと到着した。

 彼が見たのは、辺りの木々よりも遥か高くに伸びるワームの姿。

 そして、それに食われようとしている数多の姿だった。


 考えている暇はない、正清は数多に向かって飛びかかり、彼女を押し倒した。

 間一髪、二人はワームの口を逃れることに成功した。

 ゴロゴロと地面を転がり、距離を取る。


「しょ、ショウ!? どうしてこんな……あんた、何のつもりよ!」

「友達を助けるのに、学校サボって来ちゃ悪いかよ!」


 あまりにもデカ過ぎる。どうやって倒せばいい?

 ディアバスターを形成し、連射。

 ワームの肉を弾丸が抉り、気味の悪い色の液体を辺りに撒き散らす。


 肉体強度はそれほど高くないようだが、問題は傷をつけた時に撒き散らされる液体だ。強酸性の液体が辺りの物体を溶かし、破壊する。頭からかぶればひとたまりもないだろう、と正清は判断した。


『正清、しばらく時間を稼ぎたまえ。その間にマギウス・コアの位置を探る』

「そうか、ラステイターがマギウス・コアを核としているなら、それを破壊すれば!」

『最低限の被害で状況を解決するには、それしかない。

 常にワームの体を沿の目で捉えておいてくれ。

 視線から外れていると解析することも出来ないからね』


 正清は立ち上がり、ディアバスターを連射しながら弧を描くようにして走った。

 弾丸がワームを抉ってはいる、だが致命傷を与えているようには見えない。

 ワームの体はあまりにも巨大すぎるからだ。

 核を破壊して一気に勝負を決めなければならないだろう。


 ワームは弧を描き移動する正清目掛けて、胃酸を放った。

 雨のように降り注ぐ胃酸の飛沫がシャルディアの装甲を傷つけた。

 狙いに正確さはないが、凄まじい攻撃範囲だ。


 それにしても、被害が大きくなりすぎている。人々の憩いの場であるはずの広場は、いまや穴ぼこのスイスチーズめいた惨状を晒している。如何にラステイターが人間の目に届かない存在であったとしても、被害を隠し通すことなど出来ないだろう。


 そんなことを考えながら動いていると、ワームの方にも動きがあった。

 いつまでもやられているだけではない、ということだろうか。ワームは巨大な口を広げ、正清の方に倒れ込んで来たのだ。射撃をいったん取りやめ、全力でそれを避ける。ワームの頭部が地面に激突したかと思うと、穿たれた穴に全身が吸い込まれて行った。


「なっ……! こいつ、ミミズみたいに地面に潜行するつもりなのか!?」

『バカバカしい質量が動いているはずだが、地面の中は静かなもんだね。

 陥没さえも起こらないだろう。

 どこから来るかは分からない、注意しているんだ! 正清!』


 どこから来るかも分からない相手にどう警戒すればいいというのだろうか。

 正清は憤慨しかけたが、須田に怒っても仕方がない。

 精神を研ぎ澄まし、周囲の気配を伺う。


 それは、直観的なものだった。

 すぐに跳ばなければ死ぬ、そう感じた。


 極限の状況下、そしてシャルディアによって強化された知覚が、第六感としか言えないようなものを呼び起こした。正清は前転を打ち、その直後ワームが大口を開け地面から飛び出して来た! 回避が一瞬遅ければ、飲み込まれてあの胃酸によって溶かされていただろう!


『正清、マギウス・コアの位置が割れた。奴の頭部に収められているようだ』

『だが、どうやって破壊する? どうやってあそこまで登ればいい?』


 ただ跳んだなら、飲み込まれるだけだろう。

 だが、タイミングを合わせられれば。


「……僕に、考えがあります。あの一瞬を掴むことが出来れば、何とかなる……!」


 正清はディアバスターを分解し、ディアフォンをドライバーに戻した。

 ワームは胃酸の弾丸を発射する。

 正清はそれを、円弧を描くようにして避けた。先ほどの再現だ。


『避けているだけじゃ勝てない、かといってディアバスターでは貫けない……』

「この状況を突破する、必殺技を使います。どうせ、使えるんでしょう?」

『必殺技かは知らないが、エクスブレイク機構は標準搭載されているよ』


 要するに、ディアバスターでの必殺銃撃に相当するものがシャルディアでも使える、ということだろう。正清は避けながらエクスブレイクの詳細を聞き、その時を待った。


 一向に命中しない攻撃に痺れを切らしたのか、ワームが再び大口を開けて正清に迫ってくる。この瞬間を彼は待っていた。『EX』アイコンをドラッグ。聞いていた通り右足にエネルギーが収束して行くのを感じる。彼は踏み切った。


(落ち着いて。行ける、やれる、出来る。僕だって……戦うことは出来る!)


 踏み切り、体を丸めながら両手を突く。

 両足で反動をつけ、両腕を伸ばす。

 ネックスプリングの要領で跳ね起きる。

 天上に向かって。


 シャルディアの強化身体は彼を超音速にまで加速させた。

 落ちて来るワーム、跳ね上がる正清。

 二つのエネルギーがぶつかり合う。


 そして、勝ったのは正清だった。

 エクスブレイク、エネルギー収束システムによって集められた魔力。

 それを纏った右足が、ワームの柔らかい皮膚を裂いた。


 ワームの体を抉りならが、彼の蹴り足は頭部のマギウス・コアまで到達する。

 エネルギーとエネルギーとがぶつかり合い、閃光となった。

 ワームラステイターは爆発四散した。


 正清が地面に降り立つ。

 それを、数多はぼんやりと見つめていた。

 振り返った彼の手には、宝玉が握られていた。


 先ほどの攻撃によって破壊されたマギウス・コア。

 真っ二つになってはいるものの、依然強い魔力を感じさせるものだった。


「助けてくれたことには感謝してる。でも、それとこれとは話が別……!」


 よろよろと数多は立ち上がり、敵意に満ちた目で正清を見た。

 彼はそれを真正面から受け止め――そしてディアフォンを取り、変身を解除した。


「あんた、どういうつもり? それが欲しいんでしょ……!?」

「僕はマギウス・コアなんていらない。キミと争うことになるんなら」


 ゆっくりと数多の方に歩み寄り、割れたマギウス・コアを手渡してくる。

 数多は少し警戒しながら、それを手に取った。

 二つの宝石は彼女の手に、確かに収まった。


「その代わり、教えて欲しいんだ。キミがいったい、どういう存在なのか」


 正清は数多の肩を掴んだ。

 もう数多は、どこにも逃げはしなかった。


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