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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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届かぬ場所を目指して

 翌日。

 正清と悟志は本校舎と部活棟とを繋ぐ渡り廊下で落ち合った。

 土曜日ではあるが運動部のために学校は解放されており、入るのは容易だ。

 一抹の希望を抱いていた正清だったが、残念なことに結果は芳しくない。

 二人の落胆する声が、狭い廊下に木霊した。


「まったく、あいつはいったい何をしているのやら。部活にも顔を出さないとはな」

「僕が下手なことをしてしまったから……あいつに負けていなかったら、今頃」

「自分を責めるなよ、ショウ。俺たちの前から消えたのはあいつの決断だ。

 お前のせいじゃない。

 責任を感じているんなら、あいつをしっかりここに戻してやるんだ」


 悟志の励ましを受けて、正清は顔を上げた。


「とにかく、こっちの方でもあいつの行方を追ってみる。携帯は電源入れとけよ」

「うん、分かってる。でも、気をつけてね悟志。数多のことだけじゃない」

「ああ、ラステイターが関わっているかも知れない、って言いたいんだろ?

 出来るだけ気を付けるさ。

 何が出来るわけでもないが……簡単にはやられやしないさ」


 ニヤリと笑い、悟志は教室へと戻って行った。

 自分も戻ろう、というところで呼び止められた。

 聞き覚えのある声なので、正清は迷うことなくそちらに振り向いた。


「むっちゃん先輩じゃないですか。どうしたんですか、こんなところで?」

「あなたが悟志君と一緒にいるところ、偶然見ちゃったから。それでね」


 下級生にむっちゃんと呼ばれた女性は、にこやかに微笑みそれを受け入れた。

 朱鷺谷(ときや)睦子(むつこ)、正清たちの一年先輩のサッカー部マネージャーで、悟志の彼女だ。

 小学校からの知り合いである二人は、さながら彼らの兄貴分と姉貴分だった。


 美里ほどではないが色白な女性で、どこまでも伸びているのではないかと思えるほど美しい黒髪が特徴的な女性だ。やや肉付きはいいが、優しげな目元や雰囲気のおかげでそれも愛嬌と言えるようなものになっている。慈母のような印象を与える人なのだ。


「あの、むっちゃん先輩。僕、数多のことを探しているんです。知りませんか?」

「噂になってるわね。また数多ちゃんが何も言わずに姿を消した、って」

「『また』? って言うことは、前にも一度こんなことがあったんですか?」


 それは数多からも聞いたことがない話だった。

 彼女との関わりが思っていたよりも薄いことに、正清は驚いた。

 そんな彼の様子を知ってか知らずか、睦子は続けた。


「中学校最後の大会だったかな。

 数多ちゃん、顧問の先生にも言わずに大会を欠席してしまったことがあるの。

 先生も大層怒ったんだけど、原因を聞いて納得したんだって。

 と言うのも、大会の前日に数多ちゃんのお婆ちゃんが入院してしまったの」

「数多にとってお婆ちゃんは育ての親ですからね。仕方ないでしょう」

「うん。最後の大会は逃してしまったけど、お婆ちゃんは一命をとりとめたんだって。

 それで怒るに怒れなくなって、その件はうやむやに。シチュエーションがシチュエーションだけに、その時のことを思い出している子も多いみたいね」


 そう言えば最初の大会が近いんだったか、と正清はぼんやりと思った。この時期の大会に一年生が参加することは極めてまれだが、彼女は与えられた能力を存分に使ってその座をもぎ取った。それなのに欠席するのだから、相当深く思い詰めているのだろう。


 何とかしなければ。正清は決意を新たにした。


「……悟志くんも元気になったみたいでよかった。あなたのおかげかな」


 最後に睦子は少しだけ寂しげな表情をして、その場から去って行った。

 それがどんな意味を持っているのか、その時の正清には分からなかった。




 数多のお婆さんが入院した、その時に彼女は姿を消した。

 その事実が少し気になり、正清はそのことについて調べて見ることにした。何か知りたいことがあったら言え、と言ってきた須田や玄斎にも一応情報を回しておいた。分かるとは思ってもいなかったが。


 しかし空振りを続けて、意気消沈していた彼に朗報をもたらしたのは彼らだった。


「え、分かったんですか? 九児河さんのことが? でもどうして……」

『彼女が入院したのは、私たちと提携している病院の一つだったんだよ。

 で、その時のカルテを見せてもらうことが出来た。

 自慢じゃないが、顔が利くんだよ。我々は』


 第三社史編纂室の情報収集能力に内心で舌を巻きつつ、正清は玄斎の言葉を待った。


『九児河夏美が入院したのは去年の夏のことだ。

 夜急劇に体調が悪化し、救急で担ぎ込まれている。

 検査の結果心筋梗塞や動脈硬化と言った、心筋系の病が多く発見された。

 しかも悪いことに、血栓が破裂してもいた。

 高齢で回復は絶望的かと思われたんだが……』

「でも、おばあさんとは昨日お会いしましたがとてもお元気そうでしたよ?」

『カルテにもそう書かれているよ。翌日体調を回復し(・・・・・・・・)再検査したところきれ(・・・・・・・・・・)いさっぱりそれらの痕(・・・・・・・・・・)跡が消えていた(・・・・・・・)、というんだからね』


 思わず正清は『はぁ?』と間抜けな声を上げてしまった。

 一日にして病巣が消える、そんなことがあり得るはずがない。

 だがカルテに書かれている以上、事実なのだろう。


「一応聞いておきますけど、そんなことって常識的に考えて有り得るんですか?」

『有り得んだろうな。

 誤診とされているが、当時の担当医は首を傾げたそうだ。

 とにもかくにも、夏美さんは五体満足で退院し、経過も良好。

 元気に暮らしているそうだ』


 有り得ない回復。

 その裏に、数多が関わっているのだろうか?


『魔法使いさんに願いを叶えてもらったのかな? どんな代償を取ったのやら』

『須田くん、茶化してくれるな。もっと真面目に彼女を探してほしいんだがな』

『いえいえ、真面目も真面目、大真面目。端的に言って魔術的に回復させたのでしょう』


 先ほどから響いていたタイプ音が消えた。

 須田が会話に参加し始めたのだ。


『有り得ない話じゃないと思うんですよ。魔術治療。

 と言うより、それ以外考えられない。

 常識的に考えれば病巣が一夜にして消えるなんて有り得ないんですから』

『人を魔術的に治療した、ということか。それでマギウス・コアが必要なんだな』

「あの、すみません。分からないんですけど、もう少し簡単に話してくれますか?」


 瞬間、白熱していた玄斎は恥ずかし気に一息吐き、噛み砕いて説明を始めた。


『魔力には物体を変質させる力がある。

 シャルディアに組み込まれた錬成式や、ラステイターの形態変化がいい例だろう。

 あそこまで急激な変化は起きていないが、数多くんがやったのはこれだ。

 損傷した臓器や血管を変質させ、修復させたんだ』

『恐らく、彼女単独の力では治療を行えるほどの魔力がないのだろう。

 そこで出て来るのがマギウス・コア。

 あれに内蔵された魔力を使っているんだと思うよ』

「マギウス・コアがなくなればお婆さんを治療することが出来なくなる……

 だからなのか? 僕のことを避けて、一人で戦おうとしていたのは?」


 そう考えるとすべての辻褄が合うような気がした。

 同時に、少し寂しかった。


 出会ってそれほど時間が経っていないとはいえ、そこまで自分は数多にとって信用できない存在だったのだろうか? 彼女の大切なものを奪い取る人間だと思われていたのだろうか? 考えても答えが出ないことだった。数多に答えを聞いてみるまでは。


 その時、ディアフォンが震えた。

 マギウス・レーダーが魔力を探知したのだ。

 そしてそれは、九児河数多が放っていたそれと同じ波長のものだった。


「ッ……! 数多が出た! すみません、僕行かないとッ!」

「止めておきたまえ、正清。いまから行っても間に合わない。キミの足じゃね」


 何を言っているんだ、この男は?

 正清の頭の中を疑問符が埋め尽くした。


 画面に映ったポイントは青葉の森公園、博物館やスポーツプラザのある大きめの公園だ。直線距離にしても四、五キロあるが、しかしいけない距離ではない。シャルディアの脚力なら十分かからずに移動することも出来るだろう。だが、玄斎は苦し気に呻いた。


『シャルディアはマギウス・インテークと呼ばれる装置によってラステイターが放つ魔力を吸収して装甲を形成している。有効半径は、せいぜいが十メートルと言ったところだ』

「つまり、それは……」


『この距離では装着に使うエネルギーを確保することが出来ない。

 通常のルートでは十分以上かかる。

 それでは恐らく、間に合わないだろう……』


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