悲しみの魔法少女は何を思うのか
平日の千葉城はあまり人通りがない。時折ローカル局の撮影に使われるくらいで、静かなものだ。城の裏手にある駐車場、数台の車が止まった砂利敷きの場所で二つの影が争っていた。
一つはラステイター、そしてもう一つは九児河数多!
「数多ッ! こんなところに……待っていて、いま助けるから!」
「ショウ!? あんた、どうしてこんな……ああ、クソッ!」
ラステイターの手首辺りから伸びた刃が振り払われ数多の首を狙う。
数多はしゃがんでそれを避け、追撃で放たれた逆の刃を跳んで避けた。
前転を打ち素早く体勢を立て直す。正清はそれに並び立つ。
全体的に昆虫的な外見をした怪物だった。
薄緑色の外皮と赤い目、そして頭から伸びた触覚が印象的だ。全身は強固な外骨格で覆われており、生半可な攻撃は通らないであろうことが予想される。手首の辺りからは鋭い刃が伸びている。先ほど振り払われた刃の軌道上にあった石が真っ二つにされていることからも、それは明らかだった。
名を冠するならマンティスラステイター、といったところだろうか。
「ショウ、あんたどうしてこんなところに? 早く逃げて、殺されちゃうよ!」
「大事な友達がやられるところを、黙って見ているよりはずっといいだろ!」
バッグから取り出したベルトを腰に巻き付け、ディアフォンの『装着』アイコンをドラッグ。変身する直前で、マンティスラステイターが飛びかかって来た。
腕から伸びる刃を二人目掛けて振り下ろす。数多は右に飛び、正清は左に跳んだ。振り払われた刃を紙一重のタイミングで回避し、ゴロゴロと砂利の上を転がりながら立ち上がる。
「変身!」
膝立ちになりディアフォンをスロットに挿入。
正清の体が光に包まれ、シャルディアへと変わった。
放たれた力に、マンティスは油断なき視線を向けた。
「やっぱり、あの時見たのってショウだったんだ……!?」
正清はマンティスと向き合い、そして観察した。
腕はほっそりとしており、それほど力強くはない。
恐らく単純な力比べではリザードに軍配が上がるだろう。
だが、腕から伸びた刃の鋭さはリザードの爪以上だ。
あれで切り裂かれればひとたまりもないだろう。
ならば遠距離から攻める。
インパクターを取り出し、ディアフォンをセット。
拳銃型デバイスディアバスターを形成し、銃口をマンティスに向け、放った。
弾丸はしかし、マンティスが振るう刃によって切り裂かれ、霧散した。驚愕の声を上げながらも、正清はディアバスターを連射。放たれた弾丸のすべてをマンティスは巧みな剣捌きで受け流し、徐々に正清へと近付いて来る。
間合いに入られた、そう思った瞬間には刃が正清に到達した。袈裟掛けに放たれた斬撃が正清の胸部装甲を切り裂き、振り上げられた逆の刃が彼を吹き飛ばした。
『銃撃戦は通用しないようだね。近距離戦闘に活路を見出すしかあるまい』
「そんなこと言われたって、素手であんな剣に敵うワケないじゃないですか……!」
弱音を吐いても状況は変わらない。ディアバスターの結合を解き、正清は敢えてマンティスに向かって行った。マンティスがブレードをなぎ払う。
それを屈んで避けるが、誘いだ。避けた正清目掛けてブレードが振り上げられる。寸でのところでそれを受け止めるものの、今度は返す刃で放たれた斬撃が正清の背中に叩きつけられた。悲鳴を上げながら正清はヒキガエルのように地面に縫い付けられる。圧倒的な実力差を感じた。
倒れ込んだ正清の背中を、マンティスは踏みにじった。抵抗しようとするがマンティスの力は思った以上に強い、そう簡単に跳ね除けられそうにはなかった。マンティスは正清の首目掛けてブレードを振り上げた。やられる、直観的にそう思った。
だが、そうはならなかった。
横合いから飛び込んで来た影がマンティスを襲う。
マンティスは間一髪ブレードでそれを受け止める。
その代わり正清の拘束が緩んだ。
渾身の力を振り絞って跳ね上がり、マンティスの拘束を外した。
咳き込みながら立ち上がる。
「ショウ、あんたどうしてこんなところに……それに、その恰好はもしかして……」
「話は後だ、数多。まずはあの怪物を倒さないと!」
正清としても離したいことは山ほどあったが、それよりもマンティスを倒すことが優先だ。あれをこのまま見逃したら、多くの人が不幸になる。それだけは避けなければ。幸い、数多もそれを了承してくれた。二人でマンティスと向き合う。
マンティスの方は不利を悟り、及び腰になっている。
逃がしはしない。正清は踏み込んだ。
先ほどまでとは打って変わって、マンティスの攻撃は消極的だ。
正清の攻撃を受け流し、何とか逃げる機会を伺っている。
高い知能を有していることが分かった。
「数多、マンティスを押さえてくれ! こっちが仕留めるからッ!」
「分かった、ショウ! んじゃ、ちょっと付き合ってもらっちゃおうかな!」
無手の数多がマンティスへと突っ込んで行く。
装甲に身を包んでいる正清よりも危険に見えるが、しかし動きの素早さ、戦闘への熟練、ありとあらゆるものが正清より上であった。マンティスのブレードとはまともに打ち合わず、回避し、腕を逸らし、巧みに直撃を避けている。マンティスが消極的なことも合わさって、優勢を保っている。
その間に、マンティスを倒すための準備をしなければ。正清は再びインパクターを取り出し、ディアバスターを形成。構えた。ロックオンモードに入ったシャルディアの知覚能力は、マンティスの次なる動きを完全に捉えていた。至近距離での変幻自在な打ち合いならばともかく、ある程度距離を取り、全体像を見ることが出来ればそれは容易だった。
正清はトリガーを引いた。数多の攻撃を捌き後ろに回り、強襲を仕掛けようとしていたマンティスの右目に弾丸が直撃した。薄気味の悪い色の体液を撒き散らし、マンティスが悲鳴を上げた。ブレードや外骨格ならともかく、柔らかい場所なら効果があるようだ。
隙を作ったマンティスに、数多は容赦のない追撃を繰り出した。膝蹴りで体勢を崩し、丸まったマンティスの腹に容赦のない後ろ回し蹴りを繰り出す。マンティスの体が吹っ飛び、僅かに残った千葉城の擁壁に叩きつけられた。
逃がしはしない。正清は『EX』アイコンをドラッグ。
アンテナ部分に圧倒的なエネルギーが収束。
正清はトリガーを引いた。
必殺の銃撃がマンティスの強固な外骨格を貫き、冗談のような大穴を開けた。
マンティスは無残、爆発四散した。
何とか勝てた。
息を吐き、正清は銃を降ろした。
だが、数多の顔はまだ険しい。
爆発四散したマンティスの方へと近付いて行き、その死骸を探った。
昨日、裏路地でしていたように。
彼女はマンティスの死骸からビー玉くらいの宝石を取り上げた。
「昨日もそれをしていたけど……数多。それはいったい、何なんだ?」
正清の問いは、数多にとって余程予想外だったのだろう。
不思議そうに彼を見た。
「助けてくれたことに感謝はしてるよ、ショウ。でも、これは渡せない」
「渡せない、って。どういうことなんだよ、こっちはまるでワケがわからないんだ!
数多がそんな姿になってるのも、怪物と戦ってるのも、そんなものを集めているのも、全部だ! ちゃんと説明してくれよ、じゃなけりゃ分かるわけがないだろう!」
正清の不満が堰を切ったように溢れ出し、数多に叩きつけられた。
彼女は少し迷惑そうな顔をして、振り返った。
そして、跳んだ。一足飛びに、千葉城の天守付近へと。
「ショウは大事な友達。でもね、これは渡せない。私の命より大切なものだから」
「だから、それはいったい何なんだ! それでいったい何をしようとしてる!?」
「……ごめん、ショウ。こんなことからはさっさと、足洗った方がいいよ」
それだけ言って、数多は消えた。正清は変身を解除し、叫んだ。
「……分からないよ。何言ってんのか分からないよ、数多ーッ!」
それを聞くものは誰もいない。
無線越しの第三社史編纂室メンバー以外は。




