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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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九児河数多という少女

 目が覚めた時、また正清は第三社史編纂室のソファにいた。

 須田にはたっぷりと皮肉を言われ、玄斎からは気遣われたが、しかしそんな言葉もいまの彼の耳には入ってこなかった。正清はあの場に現れた少女のことを、二人に問うた。その返答は『知らない』だ。


 その場は引き下がった。

 だがウソだという確信があった。


 須田も、玄斎も、何かを隠している。

 そのカギを握っているのは恐らく、魔法少女九児河数多。

 あの後何度もメールを打ち、電話を掛けたが一向に通じない。

 家まで乗り込もうと思ったが残念ながら正清は家の場所を知らなかった。

 学校名簿にもそんなものは今時載っていない。


 明日話そう、そう思った。

 だが次の日、数多は学校には現れなかった。

 陸上部の同級生にも聞いてみたが、朝練にも出てきていないのだという。

 昨日のことが原因なのは明白だった。

 正清は一限が終わるとすぐに席を立ち、悟志のところへ向かった。


「数多ちゃんが行方不明? それに、あの件にも関わっているって?」

「彼女が何をしているのかは分からないけど、関係があるのは確かだ。

 僕が彼女を見つけてしまったから、彼女は逃げる羽目になっている。

 追い掛けないといけない」

「分かった、まずは数多ちゃんの家を当たってみよう。仲いい奴に聞いてみる。

 それからショウ、数多ちゃんSNSかなんかやってないか?

 そこ見りゃ何かあるかもよ」


 悟志がそう言ったのとほとんど同時に、予冷が鳴った。

 教室に戻り、授業を受けながらも正清はまったくの上の空だった。

 心の大半を占めているのは消えた数多のことだ。


(あの姿、あの力。数多がラステイターと戦う力を持っているのは確かだ。

 それに、魔法少女。須田さんも玄斎さんも、同じ名前を口にした。

 偶然なんだろうか……?)


 教師からの質問を『分かりません』で受け流し、正清は思考を巡らせた。

 休み時間のわずかな間に数多が利用しているSNSを見つけ、それを見てみる。


 そこに映っていたのは、幸せな家族の肖像。

 満面の笑みを浮かべ、祖父母と一緒に写真に写っている数多の姿だった。

 ここまで肉親と近付くのは気恥ずかしくて、中々出来ない。

 こんなに明るい笑顔を、自分は家族に見せたことがあるだろうか?

 そんなことを考えながら見てみると、一枚の家族写真があった。


 何の変哲もないものだ、だが。


「これ、どこかで見たことがあるような……そう、大学病院だ、これ」


 数多が撮った写真は薄っすらとだが千葉大学病院が映っていた。

 そして、『九児河』の表札も映っている。


 ということは、これは家の近くで撮影した写真ということになる。亥鼻(いのはな)にはあまり近付かない正清だが、ここには見覚えがある。この辺りには博物館や文化会館、そして千葉城があり、修学旅行で一度訪れたことがあるからだ。


 居ても立ってもいられなかった。正清は悟志にメールを打ち、飛び出した。校外での買い物が許されている優嶺高校の門は常に開け放たれており、外へと向かう生徒もそれほど珍しくない。正清はその中に混じって飛び出した。初めて授業をサボる決意をした。




 亥鼻の細い路地を正清は一人歩いた。

 住宅街は閑散としており、傾斜も大きい。学生服を着た正清を見咎める人はほとんどいなかった。慣れない道であるため写真のアングルを探すのには苦労したが、しかし正清はそこを見つけることが出来た。


 九児河家はボロボロの木造平屋建ての家屋だった。庭はそれなりに広いが壁のペンキは剥がれ落ちており、塗り直されたところとの落差が更に荒廃感を高める。


 だが庭は丁寧に手入れされている。

 雑草は刈られており、色とりどりの花が咲いている。

 庭には一人の老婆がいた。


「あの、すみません。ここ、九児河さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「ええ、そうですよ。あら、その恰好。優嶺の生徒さんでしょう? どうしたの?」


 老婆は意外にもしっかりとした足取りで正清の方に歩み寄って来た。

 そこにいたのは、写真に写っていた老婆だった。

 動きの一つ一つ、言葉の節々にも力が宿っているような気がする。

 見た目よりも若々しい印象を覚えた。


「数多さんが、学校に来ていないんです。何かご存じありませんか?」

「朝、学校からも連絡があったの。

 一応警察にも連絡を入れたんだけど……ごめんなさい。

 昨日も家には帰って来ていないの。

 電話も繋がらないし、どうしたらいいか」


 そうは言うが、あまり深刻に心配してはいないようだ。

 無関心、と言うのではない。信頼感と言う方が正しいだろう。

 必ずここに戻ってくる、彼女はそう信じている。


「お上がりなさい。ここまで来るの、疲れたでしょう? お茶でも飲んで行って」

「いえ、でもそういうわけにはいきませんよ」

「大事な娘を心配して来てくれた子に失礼なことは出来ないわよ。さ、上がって」


 老婆はにこりと微笑み、門を開け正清を招き入れた。

 ここまでされると、正清としても断り辛かった。

 渋々と言った感じで正清は九児河家に足を踏み入れた。


 築ウン十年と言う感じの家屋だったが、家の中は比較的しっかりしているように思えた。コンクリートのひび割れた場所はちゃんと補修されているし、床板や土壁にも痛みはほとんどない。掃除も行き届いているようで、老婆の几帳面さが伺える。


 正清は居間に通された。

 お茶を淹れるから少し待っていて、と老婆は消えた。

 小鳥の鳴き声と風のそよぐ音だけが聞こえて来る。

 正清の家の周りでは考えられないことだ。

 のどかな風景に少し、正清は心を落ち着けた。


 視界の端に、仏壇が映った。置かれている写真は彼女の夫のものだろうか、優し気な老人のカラー写真が置かれていた。そしてそれは、数多の写真に写っていた男性に間違いなかった。線香は一本だけ、いつもはもう一本置かれているのだろうか? ここも掃除が行き届いている。彼への深い愛が伺える。


「お待ちどうさま。お腹も空いているでしょう? ほら、これも食べてちょうだい」


 断ろうとしたが、腹の虫が鳴った。

 赤面しながら、彼は老婆が用意してくれたサンドイッチを口にした。

 市販品ではない。優しい味のタマゴサンド。


 数多のために用意された者だろうか?

 そう思うと、少しだけ正清の心が痛んだ。


「数多ちゃんもボーイフレンドがいるなら、教えてくれてもよかったのに」

「数多とは友達ですけど、そう言うのじゃありません。ただ、気になって」


 老婆の言葉をやんわりと否定しながら、正清は部屋を見回した。

 戸棚の上には写真盾や小物類が置かれており、そこには数多を映したものも多い。

 だが両親の写真はない。


「数多さんが行きそうな場所とか、分かりませんか?

 例えば……ご両親のところとか」

「それは有り得ないわ。あの子の両親はあの子を苛めて、どこかに消えたんだから」


 にこやかな老婆の表情が瞬間、変わったような気がした。

 憎悪さえ浮かんでいるように、正清には見えた。

 老婆の言ったことが本当なら、それは無理からぬことだろう。


 ネグレクト、すなわち育児放棄。それは単に食事を与えない、外に出さないと言ったことだけではなく、児童虐待も含まれる。両親に愛されず生まれた子供、それが数多。


「近所の人からの通報で、何日も食事を与えられず、放置されていたことが分かったそうよ。その頃には、あいつらは姿を消していた。あれから一度だって見たことはないし、見たいとも思わない。数多は私たち夫婦の子供、ずっとそう思って育ててきた」

「僕も……数多から家族の話を聞いたことはありません。

 忘れたかった、んでしょう。

 すみません、何も知らなかったとはいえ、失礼なことを聞いてしまいました」

「いいのよ。普通の人にとっては、家族がいることが当たり前なんだから」


 老婆は首を振るが、正清の心は晴れない。

 あの笑顔を見せるために、数多はどれだけの不幸を背負ってきたのだろうか?

 どんなことを考えていたのだろうか。


 正清には想像することさえも出来ない数多の闇を垣間見たような気がした。


 その時、ディアフォンが振動した。

 この震えは、ラステイター出現を告げるものだ。

 九児河老人に断りを入れて、正清は画面を見た。千葉城周辺、近い。


「お昼ご飯までいただき、ありがとうございます。僕は、これで失礼します」

「数多ちゃんにあなたが来たと、伝えておきます。きっと喜ぶわ」


 正清はぎこちない笑みでそれに応えた。


 自分が来たと知って、彼女はどう思うだろうか?

 嬉しく思ってくれるだろうか?


 そうであればいい、と思った。

 自分のお節介が形になればいい、と。

 門を潜り、正清は走り出した。


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