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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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魔法少女を殺すもの

 それは、正清の理解を越える事態だった。


 どうして数多が建物の屋上に立っているのか。

 どうして彼女がパステル調のドレスを着ているのか。

 ラステイターと向き合っているのか。

 常人ならばここに来ることさえ出来ないはずだ。

 それなのに、なぜ?


 とうっ、と気合を込めて数多は跳んだ。速い、正清には目で追うのが精いっぱいだった。それはリザードにとっても同じだったのだろう、かろうじで腕をクロスさせるが、振り下ろされた蹴りを受けてリザードは吹っ飛んだ。地面を転がるリザードと、反動で反転し華麗に着地を決める数多。強い、ただ見ているだけでそれが分かる。


「あんたの命もこれまでよ。この魔法少女アマタちゃんが現れたからにはね!」


 魔法少女という名前とは裏腹に、物騒なセリフをキメる数多。その姿を、正清は呆然とした表情で見つめていた。それはモニター越しに事態を見守っていた二人も同じだ。


『……わたしはあまり詳しくないのだが、魔法少女と言うのはこれほど攻撃的なものだったのか? もっとメルヘンで、ファンタジックだった気がするんだが……』

『何言ってるんですか、博士。最近の魔法少女は格闘戦(スデゴロ)やってナンボですよ。とはいえ、これは興味深い。彼女とコンタクトを取ってみたいものだなぁ。恐らく彼女は、なぜラステイターが人を襲ってこなかったのかに対する答えになり得る』


 須田は心底興味深げに言った。

 残念ながら、正清はそれどころではなかったが。


(どうして数多がこんなところに? あんな格好で……戦っているんだ?)


 数多は両手を遊ばせた奇妙な構えでリザードに突撃して行った。格闘技経験のない正清だが、少なくともあんな格好で戦う格闘技は知らなかった。

 五本の指を開き、まるで爪を叩きつけるようにして腕を振るう。リザードはガードを固めるが、痛々しい傷が次々に増えて行っている。あの隙だらけの一撃がダメージを与えているのだ。


『なるほど、ふざけた構えだが強いな。魔力で全身をコートしているのか?』

『全身が対ラステイター用の兵装と同等の威力を持っているのだろうな』


 リザードが腕に気を取られている間に、数多の鍛え上げられた足がリザードの膝を打った。文字通り、リザードの足が折れた。ガクンと体を落したリザードの頭部に、容赦のない肘を叩き込む。リザードの体が地面に叩きつけられた。


「食らえ、必殺! マジカルトウキィィィィック!」


 数多の右足がキラキラと輝くエネルギーに包み込まれた。数多は足を振り上げ、サッカーボールのように倒れたリザードを蹴った。リザードの体が吹っ飛んで行き、全身が発光。そして轟音を立てて爆発四散した。数多は残骸が残る場所にうずくまり、そこを探った。


「あった、あった。これがないとね」


 リザードの残骸から、彼女は何かを見つけた。ビー玉くらいの大きさの光る球体だ。それ以外の残骸は急速に風化していき、風に乗ってどこかに飛んで行ってしまった。


「ったく、あんた何やってんのー? そんな格好してさ。危ないから金輪際――」


 数多は正清を諭すように言って、近付いて来た。

 しかし、その歩みが途中で止まる。


 一秒後、バックジャンプ。

 彼女がそれまでいた場所に、鉄杭が突き刺さった。


「ッ……! 危ないじゃないの、あんた! 何すんのさ!」


 数多は怒声を上げた。

 鉄杭の尻――いや、そうではない。


 地面に突き刺さっているのは、剣だ。

 全長は軽く二メートルを越える。

 片刃の大剣で、柄の長さと刃の長さがそれぞれ同じくらいある。

 雑にテープが巻かれた剣を、正清が鉄杭と誤認したのも無理はない。

 武器と言うにはそれはあまりに大きすぎて、大雑把過ぎたのだから。


 剣の柄に降り立ったのは、女性だった。

 腰まで伸びる柘榴のような赤黒い髪をやはり乱雑にまとめ、黒いゴシック調のドレスを纏った女性。彼女はすらりと伸びた白磁色の指をゆっくりとアマタに向けて指し、赤く冷酷な瞳で彼女を射抜いた。


「お前の持っている『マギウス・コア』を頂く。お前が持っていても仕方ないものだ」


 ぞっとするほど冷たい声だった。

 渡さなければどうなるかが、やらなくても分かるような気がした。

 挑発的な態度を取っていた数多でさえ竦み、息を飲んだのが見えた。


「……へえ、面白そうじゃない。渡さなかったらどうするって言うの?」


 それでも、数多は余裕を崩さなかった。

 赤髪の女性は目を伏せた。


「ならば力づくよ。魔法少女の宿命――奪うか奪われるか(・・・・・・・・)


 その瞬間、剣の柄に乗っていた女性の姿が霞んだ。

 あまりにも高速で移動したため、正清の目では捉え切れなかったのだ。それは数多にとっても同じこと、急に眼の前からいなくなった女性を探し、キョロキョロと辺りを見回した。すでに彼女は背後にいた。


「危ない、後ろだッ!」


 正清は反射的に叫んだ。数多は寸でのところで反応、前方に倒れ込むようにして跳んだ。女性が振り払った手をかろうじで避け、立ち上がった。首筋には一筋の赤がある。


「あんた……あたしのことを、殺すつもりで……!」

「どうやら他の魔法少女と戦ったことがないようね。道理で反応が悪いと思った」


 女性の足が地面から離れた。

 そう思った瞬間には、彼女は跳んでいた。凄まじい勢いで放たれた跳び蹴りが数多の腹部に炸裂。金属がひしゃげるような音がして、数多が吹っ飛んだ。飛んでくる数多を受け止めようとするが、あまりの勢いに正清も吹っ飛ばされた。


「マギウス・コアの奪い合いは魔法少女の常。

 願いを叶える力はそれしかないのだから」

(願いを叶える……? 二人とも、いったい何を言っているんだ?)


 正清の理解を越えたことだったが、だが二人はあの不可思議な玉を巡って戦っているのだろう、ということは分かった。常軌を逸したことだが。ラステイターが遺した何かを手に入れるために、殺人まで犯そうという人間がいるとは、とても思えなかった。


「新米は少し見ないうちに力を付ける。気の毒だけど、あなたはここで終わり」


 申し訳ないと思っているようにはまるで見えなかった。

 彼女は刃の半分くらいまでコンクリートに埋没した剣の柄を倒した。

 コンクリートを剥ぎ取り、刀身が露わになる。


 刺身包丁のような凶悪な刃が出現。斬馬刀のようだ。

 彼女は柄の真ん中を持ち、振り上げた。


「さようなら。私に会わなければ、いい魔法少女になっていたかもしれないわね」


 振り下ろされる。

 友達が死ぬ。


 そう思った時、正清は損得を考えずに動いた。

 彼は赤髪の女性と数多の間に割って立ち、振り下ろされた刃を受け止めた。

 全身を裁断されそうな圧力に屈し、膝を折る。

 だが、数多を逃がすのを忘れなかった。


「数多、逃げろ! こいつは、僕が止めるから! 早く逃げろ!」

「……ショウ? まさか、でもそんな……有り得ない」

「いいから早く逃げるんだ! 早く、行けーッ!」


 正清の叫びに数多はビクリと体を震わせ、ゆらゆらと立ち上がった。

 赤髪の女性は舌打ちし、追撃を放とうとする。


 だが、正清は体に纏わりつきそれを阻む。至近距離では斬馬刀を振るうことは出来ない。女性は後頭部に何度も肘を打ち込んだ。ヘルメットを粉砕せんとする攻撃が何度も撃ち込まれたが、正清は離れなかった。数多は遥か遠くへ逃げた。


「チッ! 何者か知らないが……邪魔を! してくれたな!」


 五度目に放った肘打ちが正清をついに引き剥がした。赤髪の女性は半歩後退して距離を取ると、斬馬刀を振り上げた。凶悪な刃がクリーンヒット、胸部装甲が粉砕され、正清はその場で半月形を描きながら吹っ飛ばされた。装甲強度のインジゲーターが一気に後退、空中で装甲が分解され、彼は生身の状態でコンクリートに叩きつけられた。


 攻撃の加速力が加わり、高速で地面に叩きつけられた正清の体に衝撃が駆け巡る。全身がバラバラになりそうなほどの痛みが襲う。手指の一本も動かすことが出来ない。


「あの新米のお仲間、と言ったところか?

 奇妙な姿をしているが……関係はない。

 あなたたちを殺すメリットはないけれど、生かしておくデメリットは山ほどある」


 死の気配が近付いて来る。

 力を振り絞り逃げようとするが、顔を上げるのが精いっぱいだ。

 赤い死神が正清に近付いて来るのが見えた。


 白い肌、すらりと伸びた長い手足、腰まで伸びる髪。

 特徴だけを見れば美里と似ているが、しかし中身は似ても似つかなかった。


「……お前は、高崎正清? どうして、お前がこんなところに……」


 だが、女性は途中で足を止めた。朦朧とした意識の中でも、突如として聞こえて来た自分の名前だけは嫌にはっきりと聞こえて来た。死神が動きを止めるのが見えた。


「……どうしてこんなことをしているのかは分からないが、やめておけ。

 お前はこんなところに来るべき人間じゃない。

 平穏に過ごせ、お前の愛する人と一緒にな」

「僕は、僕の好きな人を守るために、この力を受け入れたんだ……!」


 女性は寂しげに目を伏せ、そして踵を返した。

 その背中を、正清は呼び止める。


「ま、って……あなたは、いったい……?」

「私は、ザクロ。

 『鮮血の魔法少女』、ザクロ。

 すべての魔法少女を倒し、ラステイターを殺すもの。

 戦いを続けるなら……また会うことも、あるだろう」


 そう言って、ザクロは跳んだ。

 その後ろ姿を追うことは出来なかった。


 緊張の糸が切れ、正清は意識を失って道路の真ん中に倒れ込んでしまった。


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