アタラクシア女との対談(トーク)
『ニューロマンサー』(ウィリアムギブスン作・黒丸尚訳)に影響され、小説書いてみます。
読みづらさ、中2病感は多分にありますが、物語の王道ポイントはしっかり踏んでいこうと思ってますんで、
もしよければ、最後まで読んでみて下さい。
時代の流れを決めるのは、大企業や政府のお偉方ではない。
やはり大衆なのだ。
どんなに優れたものでも、大衆がNoと言えば消えていく。
その事がまた愚かな革命家に夢を見せる。
老いたカラダを転がす男と女、禁止期間の幼い男と女が街を行く。
小賢しい旧型の端末が垂れ流す甘ったるい音と人工の太陽光に急かされ、彼は目を覚ます。
25才のマリッジにとって朝は日ごとに辛いものになってきている。
夢が彼の心を捕らえているのだ。
彼はいつも1冊の本を読んでいる、ここ5年はずっとそうだ。
『花々の楽園』ラン・ペイジ著
この本は前世紀に書かれたもので、作者の処女作『グローリー・ブロッコリー』の続編で、酷評された一作目とは対照的にこの世紀の名著ベスト10入りし、ドラマ化および映画化された。
増刷数えること79回、マリッジのものはその第49版であった。
マリッジはしかし“花”というものを見たことがない。
それゆえ“枯れる”というのがどういうことかも理解できないでいる。
しかし、この本に登場する主人公の持つ永久に咲き続けるといわれたバラが最後に枯れるシーンの美しさといったら。
マリッジはいつもそこで涙を流してしまうのだ。
無制限許可証で街を抜け、マリッジは華やいだとなり街にきた。
大昔の神話に出てくる天使の名がついたその街を、
今は誰もが“天使禁猟区”と呼んでいる。
路上市場をやり過ごし、この街が溜め込んだ金を集積させたような大きいターミナルを左に折れる。
こじんまりしたマンションが建っており、その5階、5010がマリッジの今のオンナの家。
七味の欠けた太白麺のように味気ない部屋でオンナは彼が来るのを待っていた。
“氷の上で溶けたアイスが申し訳なさそうに、ゆっくり氷に染み渡り…”
TVでは、昨晩見た夢の話をする若い婦人が映し出されていた。
誰もが夢を見る時代。
『昨日の忘れ物よ』
オンナは、黄色のキャラクターのキーホルダーがついた鍵の束を手で振り示す。
『あぁ、ありがとう』
かろうじて微笑を真似たような表情を作り上げ、それを受け取る。
帰りに渡せばいいとは言わないでおいて、勝手の知る台所でマリッジは蛇口からコーヒーを二人分入れる。
それでおいてオンナに渡さず、2杯を間をおかず飲み干して見せる。
たちまちオンナは腹を抱える。
『どうしてあなたって、そうおかしいのかしらね』
嬉しそうだ、とマリッジは安心する。
浮かれたこの天使禁猟区では誰も皆、笑い上戸であり、性格はまさに希望狂。
一方、マリッジが生まれた郷里は絶望郷そのもの。
時おり思い出そうとしては、壊れたホログラムのように消えていき、微かな断片でさえ思い出すことが難しくなった、今は無きあの場所。
しかし、マリッジの心には後向性が、嗅覚には、あの人が好きだったタバコの匂いが、確かに残っている。
今目の前にいるオンナは不思議なことにマリッジと同じような後向性を秘めている。
1度も尋ねたことはないが、もしかするとオンナはこの天使禁猟区の外の出身かもしれない。
もしくは、この街の希望狂にはマリッジの知らない副作用があり、それがこの街の人々に影を射しているとも考えられなくはない。
マリッジはお決まりの陰謀論者的思考で後者を支持している。
しかし一方でその可能性は極めて低く、またオンナの性格にはそもそも影などないのではないかとさえ思えている。
醒めている。
マリッジのかつての四方八方へ飛び散るポップコーンのような情熱と、理想として存在した“革命家”というたいそうなものへの想いが。
醒めてしまったのだ。
オンナは非日常的日常の行為を終え、ベッド脇のスカートを取り上げファスナーを上げる。
その“ジーー”という音は、
マリッジの想念をすべて暗い闇へと放り込むかのよう。
葉尻餓鬼を一本取りだしライターで火をつけ、
『花々の楽園』を開いて、目をある頁に走らせていた時だった。
鐘が鳴り始めた。
“祝福の鐘”と人々が呼ぶそれは、実のところマリッジたちに仕事を知らせる連絡の役目しかない。
人は総てに ―些末なことにでも―
何らかの意味を持たせようとする。
マリッジはそれが気に食わない。
“闇天処”
マリッジたちがそう呼ぶ“敵”は、
簡単に言えば、人々の邪念の集合体。
それは様々な形で具現化するが、たいていはバケモノの姿を模している。人の恐れ、卑しさ、醜さを表しているのだ。
幸か不幸か、“特別な視力”を持たない普通の人々には視えない。
マリッジはオンナにしばしの別れを告げ、マンションを出て、例の小型端末が示す場所へ向かう。
そこは廃校舎。
躊躇なく、中へ入る。
異質幻想歪景によって廊下がはるか彼方、地平線の向こう側の闇へと続いている。
その闇から出でて来るのは赤く熱を帯び白煙を上げて歩いてくる鬼のような異形の怪物。
高さ5メートルはあろうかという巨大なそれは、いくつもの重なった声々で何か叫んでいる。
『下級生ね』
マリッジが振り返るといつの間にか二人の女がマリッジの後ろで身構えていた。
二人は姉妹でよく似ているが、姉のシーラに比べ、妹のヌイはまだ少し幼く溌剌さが全身にみなぎっている。
妹に続いて姉のシーラは戒めるように
『下級とはいえ、闇天処は闇天処。油断しちゃダメよ』
と律儀に答える。
『美人姉妹がお出迎えとは…
まったく、贅沢な敵だぜ』
二人に目配せし、マリッジが茶化す。
姉シーラは複雑に意味を持たせたような目を彼に向け、
『マリッジ…元気…?』
『絶不調…君たちの顔を見るまではね』と微笑んでやる。
昔のように笑おうとしてシーラはぎこちなくそれに答える。
ヌイが顔を赤らめ、
『マリッジ、今夜飲みにいこうよ。仕事が片付いたら…さ』
ジョークが通じるのはどうやらここまでらしい。
闇天処が咆哮とともに襲いかかってきた。
可愛いげがないな、とシーラの闘いぶりを見てマリッジは思う。
廃校舎の廊下はいつの間にか、夕暮れの荒野になっている。
炎。それが彼女の能力であり、見習い《サポート》の妹ヌイが“風”で姉の炎を大きくする。
シーラは敵より大きな炎の巨人に包まれ、それがシーラの動きに同調する。
鬼の闇天処は炎に焼かれ顔を苦痛に歪めながら、なおも怨みの複獣奏を咆哮ている。
マリッジも彼女とともに超速で敵に攻撃を加える。
端から見ると攻撃自体は、単なるパンチや蹴りにしか見えないのだが…
そのうち闇天処は膝をおり、倒れた。
シーラのキメの細やかな肌を汗が伝っている。
闇天処は、鬼は、最期の足掻き、その咆哮とともに口から黒い筋を、周りが赤く、妖しく光る光線を放つ。
それはマリッジめがけて地面をえぐりながら一直線に向かってきた。空気《風》の薄い膜がそれを遮ろうと立ちはだかる。
ヌイの能力によるものだ。
しかし、黒い光線は若干弱まりつつも、それを突き破る。
ヌイが左後方で尻もちをつくのを感じながら、マリッジはなおも微動だにしない。
それどころかまるで幼い子供が帰ってきた母親を出迎えるかのように、彼は笑みを浮かべた。本能からの笑み。
ヌイが助けを求めるように姉を見るが、シーラはマリッジをじっと見つめたまま何も行動を起こさない。
今や怪物の姿はシーラの炎に焼き尽くされ、消え失せた。最期に放った光線こそ敵の全力。
それをコンマ数秒目の前にしてマリッジは無駄のない、軽やかな動きでかわす。
ヌイには光線が逸れたようにも見えた。
てっきりマリッジが真正面から光線とぶつかり合うと思い、覚悟して見ていたヌイは立ち上がりかけた姿勢から地面にへたりこむ。
姉のシーラからマリッジが彼らの間でも5指に入るほどの実力だと聞いていたからだ。
そして、光線ははるか彼方へ消えていった。
異質幻想歪景は解けていて、廃校舎のせまい廊下。
『いやぁ危なかった』とマリッジ。
見えない土を手で払う仕草をしてみせる。
『もったいぶる癖、どうにかならない?』と怒りより呆れた声でシーラが言う。
『能力の性質上、スロースターターなんだ、仕方ないだろう?』
片眉を上げてみる仕草。
少し間をおいて、『心配したかい?』
とイタズラに笑う。
『どういうこと?』とヌイがやっと聞く。
“超集中”
極限まで集中力を高めることにより、
マリッジはありとあらゆる物質を動かすことができる。
(もちろん対象の物質の質量やマリッジの集中精度で移動させる速度や距離には制限がある)
一種のポルターガイスト現象であり、極度の緊張《集中》状態に自らをおくことにより発揮できる。
そのためこの能力は徐々に強度や精度が上がる。
シーラの炎などに比べ、
地味で一見大したことのない能力に思えるが、
先ほどの戦闘で見せたように、
対象を自分自身に向けることで超速移動を可能にしたり、
敵の体に触れ、体内構造を変化させ弱体化させる、また敵の攻撃をかわすことは簡単にできてしまう。
つまり自らを動かし敵から遠ざけ、
一方で敵やその攻撃を動かし自分自身から遠ざけるという
2つの正反対のベクトルで能力を同時に働かせれば良いのだ。
『いいの。お姉ちゃんは家で本読んでるって。先に寝てるって。』
夜10時すぎ。
青のネオンが妖しく光る郊外のバー。
目の前の娘は取り澄ましているが、おそらくこういう処に来るのは初めてなのだろう。
マリッジが目を逸らすと、ヌイは好奇心と緊張した目で店内をチラチラ見ている。
マリッジにはその姿にが姉のシーラを重ねずにはいられず、続いて溢れる膨大な記憶と苦さにたまらず黒甘酒を飲む。
ひどく酔いたい気分ではあったが、
まだ幼さの残る女の子相手に酔っぱらうのは、さすがにマズい。
それでも…
『シーラと…キミのお姉さんとよく来た店なんだ、ここ』
『へぇ…ねぇ、何かオススメある?』とヌイはわざと話題を変える。
『そりゃあ…』マリッジはメニューは見ずに、店のマスターに目配せする。マスターが何か合図する。
すると奥から生きた骸骨が出てきた。
ヌイは驚いて『これ、食べれるの?』と骸骨を指差す。
これにはさすがのマリッジも思わず吹き出す。
『オイオイ、ネェちゃん、オレが食いもンに見えるかイ?!食うったって骨しかねェんだぜ‼』
と陽気な骸骨は喋りだす。
『どうしてもってンなら、オレの骨ェ、しゃぶらせてヤルけどよォ…』
『ボンちゃん、彼女にオススメのもん、やってくれ』
『ハイヨッ』そう言って骸骨は再び奥へと消えていった。
『驚いたかい?アイツはここの名物ウェイターのボンちゃんさ。面白い話が聞きたいならアイツと話せばいっぱい持ってるよ』
ヌイは幽霊でも見たかのように驚いた顔から笑顔になる。
両頬のえくぼが初々しい、とれたてのフルーツのような、はじける笑顔。
マリッジも笑顔で答え、黒甘酒を一口。
『マズいなぁ、非常にマズい…』と思わず独り言。
ヌイは酒のことを言ってると勘違いし、また笑顔になる。
そこからは、彼女の学校の話。家庭での話。それから友達の話。
『ヌイちゃん、彼氏はいないのかい?』何気なく聞くマリッジに黙るヌイ。えくぼ輝く頬を赤らめる。
ヌイはマリッジのことが好きなのだ。
『彼氏…す、すきな人はいるよ…』
ちょうどそこへ骸骨が何やら歌いながらマリッジたちのところへ料理と飲み物を運んでくる。
『お待た、お待た、当店イチオシの骨付き肉のおぃな~り~。お嬢ちゃんにはハワイアン・チェリーカクテルね』
『焼き加減は?』
『もちろんマリッジの好きな…』
『『骨までしっかり‼』』
ボンちゃんとマリッジが笑いだす。
いつものノリ、いつものメニュー。
『さあさ、レイディー&ジェントルマン、飲んで食って楽しみなァ』
そう言い残し、陽気な骸骨は奥へ消える。
『ヌイちゃん食べてみな、ここの肉と酒は絶品さ。骨に沁みるぜ?』
結局マリッジはマズいことになった。
予想以上にヌイが酒に強かったのだ。
店を出て、すっかり酒にのまれたマリッジはヌイの腰に手を回し、
ふらつきながら、頭文字のHがついては消えを繰り返す赤いネオンの灯る“HOTEL”に入る。
その頃にはすっかりできあがり、4階の部屋へ昇るエレベーターの中で二人は唇を重ね、舌を絡ませていた。
あまりに夢中になっていたのでエレベーターの扉が開いたのにも気付かず、閉まってしまう直前でヌイが“OPEN《開く》”のボタンを押さなければならなかった。
ヌイを抱きかかえたまま、狭く薄暗い廊下を歩き、目的の部屋の前で、ドアにヌイの背中を預けマリッジは親指の指紋を押しつける。
機械的電子音がしてノブを回し、扉を開く瞬間、かすかに開いたドアの隙間、その暗やみがマリッジに昼間会ったオンナの開いたジッパーのそれを思い出させた。
あのオンナとは、1年前のあの夜に出会った。
どしゃ降りの中マリッジが
“雨などまるで降っていないかのようなフリをして”歩いていると、どこからともなくやってきて傘を貸してくれた。
そのまま部屋のシャワーと熱すぎるコーヒーとベッド、それからぬくもりをもらった。
関係はそれからずっと続いているが、お互いの名前も職業も知らないまま。
“ジーー”とホテルの部屋のドアが閉まる音がして、マリッジはベッドの上にでヌイの服を手際よく脱がせていく。フリフリのミニスカートはアイドルとして活動するときの衣装なのだろう、やけに華やかで、それでいて細部のつくりが甘い。
マリッジのシャツのボタンを脱がせようと伸ばしたヌイの手はかすかに震えていて、ボタンを穴に滑り込ませるのに手こずっている。
マリッジは彼女の頭を撫でてやり、自らボタンを外そうとするが、マリッジも酔いで霞んだ視界の中での複雑な手の動きは難しくなっている。強引に脱ごうとしてシャツのボタンが弾け飛ぶ。
ボタンはほんの一瞬、例のオンナの顔、そしてシーラの顔と重なる。
『よかったの?シャツ…』と申し訳なさそうにヌイが言う。
『シャツなら代わりはいくらでもあるさ』と答えてやる。マリッジの酔いは完全に醒めてしまった。
『わたし、こういうの初めてで…』
『すべてうまくいくさ』
彼女に、というより自分自身への慰めの言葉。
キスから始まる前戯は首、胸、お腹と丹念な愛撫へ続き、マリッジの頭を掴んだまま彼女は快感に身悶える。
やがてゆっくりと彼女の秘部へと進む。
その時、マリッジの小型端末が鳴った。
“現実に戻れない”
シーラからのメッセージ。
『いかなきゃ』
急いで服を着て ―シャツのボタンはちぎれたまま― 部屋を飛び出す。
ボタンをなくしたシャツが風を受けて、はためいている。
異質幻想歪景が展開して、マリッジの目の前に白黒純双色の市松模様の空間が広がる。
マリッジの神経は極限まで研ぎ澄まされており、“鋭集中”は彼を目的の場所へすぐに導いた。
『…シーラ!!!』