3.魔術の師との出会い
4話目を投稿させていただきます。
窓から差し込むオレンジ色の朝焼けの光。和馬がベッドの上で目を覚ますと、テーブルの椅子に座って分厚い本を読んでいる女性が1人。先ほどの美女で間違いないだろう。和馬は体を起こす。
「あ、起きたわね。君とは話したいことがたくさんある。まずはそこへ座ってくれる?食事にしましょう」
話しかけられ、和馬は現状を確認する。助けられた、と言っていいのだろう。ここで生きていることがそれを証明している。やけに体が軽い。ベッドまで借りてしまった。
朝食を出され、それをムシャムシャと食べた後、「ごちそうさまでした」と言った。食器を片付けようとすると、急に食器が緑色に光りだした。何事かと思ったら、
「魔術で食器を洗浄したのよ」
と女性は言った。気を失う前にも見た緑色の光。これが魔術と呼ばれる不可思議現象なのだろうか。
更に疑問に思うことが1つ。なぜこの女性は耳が尖がっているのだろう。あの尻尾もおかしい。普通、ホモサピエンスの進化過程で、尻尾は無くなったはずではなかったのか。そこで1つの疑問が浮かび上がった。
「ここはどこなんですか?」
ふと声に出してしまったその疑問は、幸運にもすぐに回答を得られた。
「ここはナーガレア王国領のはずれにある孤島よ。私が買い取り、今は居住している」
「聞いたことが無い国だ……。日本からどのくらい離れているんだ?」
「ニホン?なに、その国。聞いたことがない国名だわ。そしてナーガレア王国を知らないの?この世界で屈指の魔術大国にして、5大国家よ?」
和馬は、考えた。この助けてくれた人は、日本を知らない。さらにナーガレア王国という存在しないはずの国。そしてなにより魔術という名の不可思議現象は、気を失う前にも実感したとおりだ。こうして会話できているのも、その魔術とやらの恩恵なのだろう。つまり、ここは……。
「異世界?はは、まさか。ちなみにこの星の名前は?」
「アズラールよ」
決定的だった。この星は地球以外の星だ。
「私からも質問がある。どうやってこの孤島に入ることができたの?自慢じゃないけど、私は魔術の腕には自信がある。かつては王国屈指の魔術師として名を馳せたこともある。この島には周囲に対人・対物防御を幾重にも展開してあるはずなのに」
和馬はここまでの経緯をかいつまんで話した。幼少期の頃のこと、学校生活のこと、アルバイトのこと、アルバイトで点検中に事故に巻き込まれてここまで飛ばされてきたこと。
「なるほど。つまり君は、地球という名の異世界から来たと、そういうのね?」
和馬は首肯する。途端に、女性はケタケタと笑い始めた。
「ふむふむ。なるほどなるほど。ふふふ。これは傑作ね。異世界漂流記は本でしか読んだことがなかったけど、実際に体験した人物に会うのは初めてだよ」
「納得していただけたようで何よりです……」
ひとしきり笑った後、女性は名を名乗った。
「私はエレナ・レオジーナ。エレナで構わない」
「俺の名前は諸星和馬。カズマで大丈夫です」
エレナがにやりと妖艶に笑う。まるで何かを企んでいるかのような表情だ。
「ねえカズマ。ここはひとつ取引をしない?」
突然持ちかけられる取引。しかし自分はここではエレナしか知っている人がいない。もしも見捨てられたら、どう考えても餓死あるのみである。カズマは黙って続きを促す。
「カズマ。私は生命体としての君に興味がある。異世界から来たというその個体が、どんなものなのかを知りたい。だから、その肉体を構成するものが何なのか、その肉体の持つ魔力の量・処理速度・規模は如何ほどのものなのか、調べさせてほしい。その代わり、カズマの今後の面倒は見てあげる。身の安全も保障する。どう?」
カズマは理解した部分と理解できない部分があった。要はカズマ自身について調査させてほしいと言っているところまでは分かった。体をスキャンさせてほしいと。しかし、聞きなれない単語が耳についた。魔力量?処理速度?規模?
「ああ。魔力量というのは、そうね……魔術を発動する体力的なものと考えてもらっていいわ。人間が100km走るには物凄く体力がいるでしょう?体力がなければ10kmほどでダウンしてしまう。それと同様に、魔力量が少ないとすぐに魔力切れを起こしてしまう。そうなると、最低でも1日は魔術が使えなくなるの。こればっかりは生まれ持った素質が大きくかかわってくるから、努力では埋められない」
なるほど。先ほどのような魔術を使うには、魔力量が多いほど有利らしい。
「処理速度は、魔術の構築を開始してから、単純に魔術を発動するまでにかかる時間。詠唱をキーとする場合と、魔術回路をキーとする場合がある。まあ普通は詠唱と魔術回路をセットにして発動するパターンがほとんどよ。中には魔法陣を書いて発動するものもあるけど、そんなものは実戦で使う魔術師はほとんどいないわ。特に大きな魔法陣は複数の魔術師で魔術を構築するためのものだけど、時間がかかり過ぎるし、確かに効果は凄いけれど、失敗する確率が高いもの。戦場では奇策としてしか使えないわ」
先ほど、カズマがこの国の言語がわかるようにした魔術も魔法陣なのだろう。複数の魔術師で行う魔法陣構築を1人で行ったエレナは、いったいどれほど魔術に長けているのか。カズマには見当もつかない。
「詠唱は長くなればなるほど効果は激甚なものになる。対して魔術回路は生まれ持ったものによるわ。簡単な魔術回路だと、ワンパターンの魔術しか詠唱なしで発動できない。対して、複雑な形の魔術回路を持って生まれれば、回路に何度も魔力を通して効果を重ね掛けしたりできるし、より高度な多種類の魔術も詠唱なしで使えるようになる、というわけ」
ここまで話して、エレナは一呼吸置いた。
「では魔術回路は人体のどこにあるか」
「脳、かな?」
「正解。魔術師の脳、正確には大脳よ。体中から魔力を大脳に送り、そこで魔術式を編むことになるの。だから魔術回路さえ複雑ならどんな魔術も無詠唱、というわけにはいかないわ。意識している部分の演算処理速度も重要になるの。持って生まれた魔術回路に一度魔力を通すと、それで1工程、もう一度通すと2工程よ。演算速度が遅い分だけ、工程を通すごとに発動までの時間は増えていく。ちなみに私は一瞬のうちに最大で50工程まで、時間をかければ最大で500工程まで編むことができるわ」
それがどのくらい凄いことなのか、カズマには実感できない。
「最後に規模。これは魔力量と魔術回路の強度の乗算によるものよ。高い魔力量かつ、より強度の高い魔術回路なら、発動可能な魔術の効果規模は自然と大きくなる。手加減1つで魔術効果を大きくも小さくもできるというわけ」
ここまで聞いて、1つ疑問に思ったことがあるので、カズマはそれを訊いてみた。
「エレナ、なぜこの世界はこれほど魔術と呼ばれる技術が発達しているんだ?」
するとエレナは1冊の本をカズマに渡した。
「この本は、ナーガレア王国領に存在する魔物について書かれた本。この魔物と呼ばれる生物から身を守るために魔術は今日まで発展したのよ。後は戦争。大国同士がその力をけん制しあうため、魔術師の育成は競って行われているわ。その本はあげる。後で読んでみて。ああ、それとカズマ、君にかけた翻訳魔術の効果は1か月。効果が切れないうちにこの国の言語は理解できるようになっておいたほうがいいわ」
魔物。本をめくってみると、載っているのはオオカミやクマを大きくしたような生き物から、ゲームでしか見たことがないようなスライムみたいな生き物、また大きいものになると巨大なゴーレムからドラゴンのような生き物まで様々だ。カズマは「ここがゲームの世界の中だったらいいのに」と現実逃避をするのだった。
カズマの体を検査することをカズマ自身が承認すると、エレナに「それじゃ準備があるから」と言われ待つことになった。前もって、この国の言語について書かれた書物や文法について詳しく書かれた書物、また国語辞典や情報図鑑を持ってきてくれたので、それを読んで待つ。
2時間後、エレナは「ふぅ……」といった感じにひと仕事を終えたようにして戻ってきた。人のキャパシティや構成要素を調べる術式は非常に繊細な技量を必要とする。それはかつて王国軍の大将を務めたエレナでも骨を折るほどだ。
カズマは本を読み飽きたのか、テーブルにうつ伏せになっていた。
「準備は完了したよ。ん、どれ、どこまで読んだのかしら?」
「全部読んだよ」
カズマはうつ伏せの状態から体を起こして答えた。
エレナは「まさか、そんなはずないでしょう」と笑いながら本をパラパラとめくる。
「全回復薬であるエリクサーの原料は?書いてみて」
スラスラとメモ用紙にペンで書いていくカズマ。
「キモギの葉、ユグドラシルの木の根、ドラゴンの羽、サザマユの種」
エレナの表情が変わった。他にもいくつか質問するが、すべて即座に回答。
「君、頭良いのね……」
「逆を言えば、元の世界ではそれしか才能がなかったからなぁ」
「検査するからついてきて。これは拾いものかも……ぶつぶつ……」と、何やら頭の中で怪しげな作戦会議を始めたエレナに付いていき、地下室へ移動する。そこで、昨日よりも大きい直径5mほどの魔法陣に座るよう言われ、カズマは適当にそこへ腰を下ろす。
「じゃあ始めるわね。『調査開始』」
短い詠唱をキーとして、エレナが魔法を発動する。
緑色の光の粒が、カズマの体の外をグルグルと渦を巻いて回る。それと同時に、エレナの前に置いてあるA1サイズほどの紙に文字が浮かび上がり、記述されていく。1分ほどだっただろうか。やがてエレナが「調査終了」と唱えると、意味を持って動いていた光の渦はバラバラになり、霧散した。
エレナは目の前の紙に魔術で記述された文字を読み取る。
「えーっと、君の構成要素は…。ふむふむ。この世界の普通の人間とあまり大差はないわねー。おめでとう、カズマ。君はこの世界でも構成要素は立派に人間よ」
カズマは安堵した。自分が普通だという事実ではなく、この世界の標準が以前の世界と大差ないことに。
「あとは魔術適正検査だけど……ええっ?!」
エレナの目が驚愕に染まる。
「どうかしたの?」
カズマも紙に書き込まれた情報を読み取っていく。
「魔力量12万……!!」
この王国でかつて屈指の魔術師と言われたエレナの魔術量は6万2千。2倍近く差があることになる。これだけならただの超大型の魔力タンクの役割しか果たせないが、続きを読んでいくとエレナの表情は更に激しさを増すことになる。
「潜在的な魔術処理速度、300……っ!!一瞬で300工程も編めるというの……?そして、なにこの魔術回路の形……。こんな複雑かつ芸術的な形、見たことがないわ……」
魔術を実際に使用したことのないカズマにはこれがどれほどのことか分からない。
「魔術規模予測……5000。これは……国が一瞬で1つ滅ぶわね」
国が滅ぶ、という言葉を聞いて、カズマはようやく合点がいった。エレナをしてここまで言わせるのだ。自分はきっとやばい存在なのだろうと。
「カズマ君、君はいったいなんなの……。いいえ、なんでもないわ、少し考えさせて」
言外に出ていけと言われているのを知り、カズマは地下室から出て行った。
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エレナは悩んでいた。にわかには信じられないが、異世界から遭難してきたという少年。だが、本当に信じられないのはそんなことではなかった。才能が、魔術師としての適性うんぬんどころの話ではない。おとぎ話に出てくる勇者や魔王と肩を並べてもおかしくない、そのくらいの神に愛されたとしか言いようのない魔術の素質。それがカズマにはある。だが、同時にその力を求め、己の利権のために近寄ってくる輩も多いだろう。生きていくために、彼に魔術を学ばせるべきか。この少年が成長すれば、いずれ国家バランスを壊してしまう可能性がある。その時の抑止力となる存在が、この世界にはいないかもしれない。だが、このまま危険な外の世界を歩ませるには、どうしても魔術が必要になる。少年のいた世界では治安は良かったようだが、この世界は何があるかわからない。魔物の存在もあり、治安は良くないのだ。
「教えるしか、ないわね」
エルフという種族として300年生きてきて、ここまで悩んだのは初めてだった。しかし、最終的には教えるという方向で自身の中でまとまったようだった。
―――――――
一方、カズマの腹も決まっていた。
「元の世界に戻る方法を模索しないといけない」
彼には、残してきた妹がいる。それに実験に失敗した後の研究所のことも心配だ。クラスメイトも心配しているだろう。彼には、たとえ何年かかろうとも、元の世界に戻ってやらなければならないことがたくさんあるのだった。
数時間ほど経った後だろうか。エレナが戻ってきた。
「おまたせ」
エレナが戻って来るやいなや、カズマは突如、土下座に近い状態で懇願した。
「エレナ、お願いだ!俺に魔術を教えてほしい!」
最初は驚いたエレナだったが、黙って続きを聞くことにした。
「俺には、向こうの世界に残してきた家族がいる。友達がいる。仕事仲間がいる。どうしても、何年かかっても、向こうに戻らなきゃならないんだ!何よりも、向こうで起きた事故の責任は自分のせいかもしれない。そのせいで、家族や仲間が、父の時と同じようにまた悲しい思いをするかもしれない。そんなのは自分1人だけが背負えばいい。自分が償えばいい。だから……」
「1つ聞いていいかしら?」
カズマは今にも泣き出しそうな顔を上げた。エレナは悲しそうな顔をして言った。
「どうしてそこまで自分を責めるの?自分1人が背負えばいいだなんて、私はそんな世界間違っていると思う。あなたは職務を遂行した。でも事故が起こるかはわからなかったのでしょう?カズマ。失敗を許さない人のほうが、おかしいと私は思う」
「でも、でも結果は親父と一緒だった!皆に迷惑をかけて、周りを不幸にして」
「本当に?」
カズマは一瞬、言葉に詰まった。エレナは半分怒っていたのだ。
「この島を買って初めて来たとき、しばらく島を散策していたら、死にかけの人間がいたの。あの頃はこの島にいた魔物を掃除する前だったからね。見つけた時にはもう手遅れだったわ。その男性は魔物に襲われた後だった。彼は、君の話から察するに、君の父上でしょう?でもね、彼がいまわの際に何て言っていたと思う?」
間違いなく父のことだろうと思った。あの事故を起こした父。自身が悲しい半生を歩むきっかけになった存在。あの墓を作ったのは、エレナだったのだ。
「生きたい、と彼は言っていたのよ?生き抜いてなんとかして息子たちを世間の風評被害から守りたいと。そして、絶対にそのナントカエンジンを完成させると。彼の意識は死にかけの時ですら未来を向いていたわ。もうとんでもなくご都合主義の未来のほうを向いていたわ。腐った連中が見たら、おまえは滑稽だと笑ったかもしれない。でも私は思うのよ。ものすごく苦しい過去があったとして、悲しみがあったとして、それが何だっていうのよ!それを大きく上書きするような素晴らしい立派なことを君自身が成し遂げれば、君のそのつまらない罪の意識なんかいきなりチャラなのよ!」
カズマは、泣いていた。エレナの優しさと、父は最後までカズマが尊敬した父だったことに対し、涙を流していた。
「いい?今度また、そういうつまらないことを言ったら、本気で怒るわよ。……カズマ、あなたはそんな小さな人間じゃないわ。大丈夫、あなたならきっとできるわよ。元の世界に戻ることも、そこでみんなを幸せにすることも。何より、君がみんなを思っているように、亡くなった君の父上と同じように、君の家族や友達、仕事仲間の人たちも、いなくなってしまった君のことを思っているということ、絶対に忘れないで」
エレナは、そっとカズマの頭ごと抱きしめた。
「……わかりました」
カズマはそう頷くと、「ありがとうございます」と言った。
「まったく、手のかかる少年ね。魔術は明日からみっちり教えるから、覚悟しておきなさい!」
読んでくださり、ありがとうございます。
ストックが切れたので、次の話は2日後くらいに投稿します。
次回は魔術の特訓編です。今後もよろしくお願いします。