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王女と二人の女王と女子高生 7 東京聖なでしこ学園

 1.


 「わぁ~ちこく遅刻ちこくチコク!ヤバイ完全にヤバイ!ハッキリいってヤバイ…どうしようどうしよう…」

 佐藤愛子は完全にテンパッテいた。学校生活で数多く“遅刻の経験”をしている愛子は、今の自身の現状がいかに“ヤバイ”か十分に理解できている。

今日は全学年が強制参加の夏合宿の当日。バスの出発時間まで絶望的な時間だった。


 (もう完全に裏目!ウ・ラ・メ!寝坊クセのある私が、徹夜で出発⇒寝坊無し⇒そしてバスで爆睡作戦がアアアアァ!!)

 「なんで朝方に寝ちゃうかなぁアアおか~あさん!」


 畳のテーブルの上に突っ伏して寝ている“おかあさん”をみながら、ドタバタと忙しなく愛子は動いている。

 おかあさんが寝ているのは、明日に備えて徹夜をする娘に付き合ってたのが、いつのまにか二人とも寝てしまったのだ。しかも二人とも朝方に。



 洗面台の前でゴチャゴチャと顔を洗い、鏡に映った己をみる。

解かっていた事だが、寝癖がひどい。ひどい所じゃなくて、全体が寝癖だった。

 (見ない…見なかった事にする……歯磨き優先!今日は女を捨てるし!)

 豪快に歯を磨く彼女の後姿は、ヴァイオリンで軽快な曲を演奏している演奏家のようにみえた。

 持っていく物は全て、ひとつのバックの中に詰めてあったのは不幸中の幸いというべきか。


 玄関で靴を履くその間に、眠りから覚めた“おかあさん”がパンを渡してくれたのがダッシュの合図になった。

 「おかあさ~ん!いってきまあアアす!」






 2.


 佐藤愛子は東京聖なでしこ学園の高等学校二年生。東京でも“超”がつく、お嬢様学校だ。此の学校が有名なのは、中高大の一貫校・お嬢様学校というだけではない。高校三年間の夏休みのほとんどは合宿生活という日本では稀有な学校であった。


 此の学校の方針の一つとして、高校の夏休みを合宿で過ごし、世間と生徒を切り離して生徒の風紀の乱れを絶つというもの。なんでも学園の高橋智教授の研究では夏休みを“なでしこ学園流 合宿生活”で過ごす高校生は、事故や犯罪に巻き込まれる確率が70パーセント減少し、非行にいたっては90パーセント減になるそうで親御さんから絶大な支持がある。



 親はOKでも、年頃の高校生が約一ヶ月合宿というのは流石にクレームが生徒から上がるのでは?と懸念されたが、今は完全になくなっている。何故かといえば、学校の合宿生活が驚くほど素晴らしくて快適なためだ。



 まず、宿泊施設が素晴らしかった。ふかふかのベット、二名で一室の部屋はホテル住まいを連想させた。24時間営業の食べ放題ビュッフェは学生の間で一番、評価が高い。ただし毎日の体重測定があるため、食べ放題とはいえシッカリと自制がかかる仕組みだ。親の心配やホームシックなどに配慮してお盆期間の3日間は親御さんも島に招待することになっている。そして花火や盆踊り、屋台も出て島のお盆は大変盛り上がる。



 愛子は二年生だが、三年生には希望者全員が島内に或る自動車学校にも通える。自動車学校は学園の生徒なら半額負担で通える特権もあった。誕生日にもよるが、ほとんどの三年生が合宿所にある自動車学校に通っている。勿論、都内の数校の自動車学校への引継ぎサービスもあった。習い事なら自動車学校以外でもダイビング・お茶・生け花教室もあり、本当に自分のために学べる合宿なのだ。



 さらに、最新施設のプールやサッカー場、テニスコートなどもあり、様々な分野の有名選手がキャンプを張る事でも有名だ。


 なんといっても生徒の楽しみは合宿日の後半にある、現役アイドルグループのライブだ。このライブは当然、島だけの開催なので、生徒全員が限定ライブのプラチナチケットを貰っているようなものだ。ライブだけを楽しみに合宿生活を頑張る生徒も少なくなかった。






 3.


 愛子は今、船上にいる。日本でも一番大きな豪華客船「プリンセス・なでしこ号」の甲板だ。東京湾⇒小笠原の一日あまりの船旅が終わろうとしていた。


 「トモミン!見てみて!島!島だよ」


 愛子は甲板上でハシャギにはしゃいでいた。横目で見ていたトモミンこと同級生の高橋友美は気だるそうに返事をする。


 「…あんたはバスにチコクしたときは、あんなにシオラシかったのに…船に乗り込んだと思ったら爆睡して今は大はしゃぎ…こどもか?お前は…」


 友美は明らかに、船酔いと睡眠不足から同時に襲われているという青い顔を愛子に向けていた。


 「ハイハイ!だって私、まだ高2でコドモだし?っていうか…お喋りトモミンが全然しゃべらない?元気ないよ?あれ?みんなは?」


 深夜に風が強かったせいか、雲は吹き飛び、空は青一色で甲板からの眺めはまさに絶景だ。愛子はアッチをむいては大きな声を出し、コッチを向いては大はしゃぎしている。

 

 「夜の…大波で…ゆれて…元気なのはア・ン・タだけ…よ…こどもか?お前は?」






 4.


 東京聖なでしこ学園の合宿場所は島だ。正式な島名は南沖ノ鬼ヶ島。その島の施設の充実ぶりは凄まじく、東京都の小笠原諸島の一つの島を学校の財団で所有してそこに一大合宿施設を造っていた。


 夏休みに学校で使用するのが目的だが、それ以外でも施設が開いている期間は大手の会社の研修に使われたりと様々な団体が使用していた。また、島の一角は合宿自動車教習所や一流アスリートが使うプール施設、戦隊モノなどで使用する特撮の撮影所などもあった。


 もちろんインフラも整っていて、小型の火力発電所が予備を含め三基、水道に電話回線などなど離島を忘れさせる充実ぶりだ。また島の特定のエリアだけをケータイの圏外にできる設備もあった。もちろん其れを使えばWi-Fiも使えない。学園の合宿中、生徒が活動する様々な箇所は全て圏外設定となっている。基本的に生徒は合宿所にケータイ・スマホは持ち込み禁止・使用禁止なのだ。




 大型豪華客船に島を所有…とても一、学校法人が持てるとは思えない財力だ。

 しかしこの学園の財団へ出資している企業の名前を聞けば納得がいく。白木院グループだ。


 ゲームアプリで財を成し、4年前に携帯電話会社も都市銀行も買収した。今や関連会社は百を超える日本の新興巨大財閥。東京聖なでしこ学園も数年前にこの財閥へ吸収されたのだった。





 バスに乗り、日本一の客船でほぼ一日の船旅。島についたら豪華な宿舎や設備、おいしい食事に大満足してしていた佐藤愛子であったが四日目に事態の深刻さに気づいた。そもそも一年生のときに合宿に参加しているのだから、最初から気づいても良かったのだが…。


(スマホは使えない…ゲーセンなんてないし…部屋にゲーム機もない…。毎日、運動して勉強や習い事の繰り返し…ゲームできねえええ!)


 愛子は大のゲーム好きであった。とくに各メーカーが出すアプリ版のゲームは全てチェックして実際にプレイしていた。学年でもそこそこ広まっていて、愛子に、おススメのアプリを聞きに来る学生もいるほどだ。




 午後からの授業が始まった。ここにきて初めてのパソコンの授業。

 パソコン教室に移動して、入り口の棚に充電してある、席順と同じ番号のダブレット端末を各自がもって席に着く。

 今日の授業内容はSNSのモラルについてだ。ハッキリ言って寝てても良いほどの授業内容と愛子は思った。美味しい昼食をシッカリ食べてお腹も睡眠を要求していた。しかも此のパソコン教室に限って愛子の席は一番後ろの席であった。


 愛子は決めた。


 (ハァ~SNSのモラル?…お腹のモラルに従って…寝る!)


 ――!なにげなく、机の中を探った手が何かに触れた。そーっと机から出してみるとダブレットだった。


 (えっ!?)


 今、愛子の机の上にはダブレットが2台並んでいる。辺りを見回すと、みんながダブレット端末の操作に忙しいのか下を向いている。


 (だれのダブレットかね?…うーん…でもゲームアプリがあったら嬉しいかも…ちょっと失礼します!)


 静かに、机の番号シールが張ってあるダブレットを机の中に入れて、“机の中にあったダブレット”の電源をONにする。ロックは掛かっていない。ダブレットの機種は同じだったが中に入っているアプリがまったく違っていた。其のダブレット端末にあったアプリはひとつ…。


 Atlantis


 (atlantis…アトランティス…えっと…あの有名なアトランティス大陸の事?)

 それはここ数年、すべてのゲームアプリをチェックしてきた愛子にとってはじめて見るアプリだった。

 (むかしのアプリかな…もしかしてここ数日に出てきた奴?)



 愛子はアプリを開く。


 “あなたは神となり、大陸の預言者、当主や英雄たちと協力して覇をかなえよ!”


 (なになに?シュミレーションゲーム?これじゃない感あるけど…ゲームに枯渇している身としてはナンデもいいわ。それに分かりやすいわね…架空大陸のアトランティス大陸の覇を争うゲームって事でしょ?)




 愛子はスグに電源を切り、机の中にあったダブレットと取り替える。誰かに見られたら明らかにこのゲームソフトが入っている端末は先生に没収されると考えたからだ。


 (ダブレットはそのままに…うーん…アプリだけ…そっか…スマホのSDカードにコピーすれば…たしか次の授業は…)


 愛子は急に上機嫌になり、先生の講義を聴き始めた。






 5.


 パソコンの授業の後は体育だ。今日はグラウンドでソフトボールなのだが愛子の姿はない。


 愛子は保健室に居た。




 「とくに熱もないようだし…とりあえずは寝てなさい…様子をみて、灯台へ行くかもだけど」


 保健室担当の佐々木先生が優しく愛子に話す。新卒で今年から保健体育の先生をしている佐々木郁子先生だ。今日は保健室の担当らしい。この島にも当然、病院はあったがチョッとした擦り傷や腹痛では“病院送り”にはならない。


 佐々木先生が“灯台”と言ったのは、島で唯一の灯台の隣に病院があるためだ。生徒達の間では島内で入院する事や病院に行く事を“トウダイ送り”などといっている。

 愛子の思惑通り“トウダイ送りにはならなく、保健室で休養”扱いになるようだ。


 「はい…あの先生…ちょっとおトイレにいってきます」


ち ょっとフラッとしながら保健室を出て、廊下を曲がると途端に元気良く愛子は走り出す。


 (まさに女子の特権!ちょっとお腹痛いので体育見学します作戦!)


 保健室は一階で、さきほどのパソコン教室は4階にあった。職員用・緊急用のエレベーターはあるが、もちろん愛子は使わずに階段を駆け上がる。




 無人のパソコン教室に入って前の授業で使った席に愛子は座った。ガランっとした教室はイチイチ愛子が発する音がけっこう響く。机の中のダブレットを愛子は取り出す。


 (あったあった…それではコピーしましょうね)


 ダブレットの電源を入れ、部屋から持ってきたスマホから抜いたmicroSDカードを差し込む。合宿中はスマートフォンの持ち込みと使用は禁止なのだが、そんな事を守っている生徒は皆無といってよかった。愛子も圏外と分かっていてもスマホとダブレット端末を持ち込んでいた。




 コピーしながらなにげにカーソルをログインIDの欄に合わせるとIDが表示された。


 Maria


 (マリア?マーリア?まあ学園にハーフの子もいるけど、普通に考えて本名じゃあないよね)


 コピーはあっけなく終わって、ダブレットからSDカードを抜こうとすると廊下から足音が聞こえてきた。明らかにコッチに向かっている。


 (――!えッ!)


 周りを見渡した愛子はとっさに教卓の中へ隠れようとする。このパソコン教室の教卓も各教室の其れと同じように非常にシッカリした造りで大きかった。大の男でも簡単に隠れる事が出来るほどの大きさがある。

 この教室に今、廊下を歩いている人物が入ってくると確定はしていないが、入ってくる事だって十分考えられた。手に持ったダブレットに気づいて急いで机の中に入れる。


 うまく教卓の中に愛子は潜り込んだ。黒板の側までこなければ、誰も愛子を見つけられないだろう。


(あっダブレットを違う机の中に入れちゃった…)



 愛子は教壇に慌ててむかったために自分の席より二つ教壇側の机の中にダブレット端末を入れたのだ。


 足音が近づいてきた。大きな引き戸ドアを開ける音がする。どう考えても、このパソコン教室に人が入ってきた音だ。



 (あちゃ~まあ見つかったら素直にゴメンナサイですわ…この足音…ハイヒールね)



 甲高いハイヒールの足音が教室に響く。三度ほど足音は止まった。


 (こっちにこないでよ…教壇にちかづかないで…)




 再び引き戸ドアを開ける音がして足音が廊下に響いていく。足音が完全に聞こえなくなって二分ほど愛子は息を潜めていた。


 (ひやぁ~助かった…はやく保健室にもどろっと…つかれたからホントに保健室で寝なきゃ…)


 愛子は隠れていた教卓から離れてドアに向かう。さっきのダブレットを確認したが机の中にダブレット端末は入っていなかった。






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