王女と二人の女王と女子高生 6 マルット草原の戦い2
ダークエルフのサキは状況を把握するのに苦労していた。
(何故こんなところに魔法騎士がいる?ナゼこんな騎士に苦戦している?なぜ?私の魔狼たちが燃えている?あの集団は?)
マルット草原の中心に居る集団を見ながら、ダークエルフの思考は混乱していた。さきほど追っていた騎士がすぐ近くで倒れていたが、もはや気にも留めていなかった…否、かまっていられなかったという方が正しいのか?尋常ならざる相手に全神経を集中させていた。
そもそも此のテュッティの森にはゴドリカ王国から出国する間者を捕らえろとの命令を受けていただけだ。彼女の管轄はテュッティの森の入り口だった。彼女=ダークエルフのサキは、使役する魔狼を森の入り口付近に配置して警戒させていた。
むろん仲間達のなかでの“捕らえろ”は『好きにしなさい』という意味であり、じっさいサキは捕らえた者を“生きたまま”使役している魔狼に与えていた。可愛がっている魔狼に餌を与え、自身も楽しめる、此の森は素敵な狩り場だった。
通常、此の方面からゴドリカ王国を出る際は、森に沿って続く、峠の道を使う。峠ではあるがシッカリした道が続いているため馬の使用が可能だからだ。そしてテュッティの森にはモンスターが多くいる。特に夜間はモンスターも活発に動くため危険だ。其の危険な森の道をあえて抜けようとしている者はあきらかに怪しい。それだけで間者と決めてもいいくらいだ。
もっともサキにとっては間者だろうが木こりだろうが、冒険者だろうがゴドリカ王国から此の森に入った人間を片っ端から狩っていた。
今まで、数十人を捕まえて其の全てを奪ってきたダークエルフのサキはまさか自身が狩られる側になっているとは思いもしなかった。
テュッティの森の中に、ちょうど円を描くように草原が広がっている。樹木が乱立する森に突如として広がる空間…マルット草原だ。その中心部になにやら集団が居た。
13体で一つの集団が5つ、平行に整列している。一体一体の間隔が均等で其の集団ごとの並びもキッチリしている。
人ではなくゴーレムの集団だった。
何の金属で出来ているのか不明だが、黒光りのボディは冷たく硬そうだ。高さは2m程だろうか、遠くから見れば大柄の人間と見てとれる姿だ。ガッチリした足が特徴の人型ゴーレムだった。ゴーレムの左手があるべきところに銃がある。つまり左腕全体が銃なのだ。其の銃の先にはおよそ300mmの銃剣が組み込まれていた。
右腕には大きな長方形の盾をもっている。其の盾は左側の上部部分がなく、左の銃を突き出せる使用になっているようだ。
その五つのゴーレムの集団の前に二人の女性がいた。
ひとりは髪を後ろに束ねたソバカス顔の女の子だ。もう一人は、其の女の子より二歩後方に寄り添う形で立っていた。髪は肩まで伸びており尖った耳の先がチョンと出ている。スラッと伸びた手足がスタイルの良さをアピールしていた。整いすぎているといってもいい美貌の持ち主であったが一点不可思議な点があった。其のエルフは絶えず左目を閉じていた。
左目を絶えず閉じているエルフの名前はカノン・インプレザ。カトリオーナ王国の魔法騎士である。
遠くにあるモノを見るような仕草でカノンは、前に立つソバカス顔の女の子に報告するような話し方をしていた。
「ホムラさま、こちらとの距離…おそよ3キロ…間もなく、こちらの正面に出ます。姉御の命により、不思議な地での実弾演習でしたが…ほんとうに敵が現れました」
ドンドモットを雇っている“サイスーン地理統計調査研究所”も最初に入った“傭兵団”もサイスーン共和国の女王ヘンリエッタ・サイスーン・アンタティーテの家臣たちが秘密裏に運営していた。
女王ヘンリエッタ曰く「私が気に入って兵団長にしたというのに、そうそう手放すものですか!」だそうで、かなりドンドモット・ワイヤーは自身が知らない内に女王に気に入られているようだ。
今回のドンドモットの任務が重要かつ、困難な内容との報告を受けて、ヘンリエッタ女王はカトリオーナ王国のユカ女王へドンドモットの支援を要請していたのだった。
ホムラと呼ばれたソバカス顔の女の子はカノンの方を振り返る。
「ホムラ様、姉御は、追われている騎士とソレが所有しているものを守れ!との命です。どうされますか?ホムラ様?」
「…ですからカノンさん…様はよしてください、サマは…。わたしは貴女より年下で力も弱く…なんにも分かっていないんですから!…あと姉御ってユカ様のことですか?…ユカ女王陛下の事を姉御と言うのは…失礼にあたるかと思います。…とりあえずアノ魔狼たちはやっつけて男の騎士を助けます」
「はい、ホムラ様、理解しました。魔狼どもをやっつけるのでありますね」
また、ホムラはカノンの顔をみる。
「だから…カノンさん…いえ…もういいです」
(カノンさん…まったく理解してない…いえ半分しか理解してない…いつもの事だけど…)
「!――ホムラ様…ダークエルフ…がいます。…人形遣い十二使徒の一人、狼のサキですね。姉御から半年前に抹殺指令が出ているダークエルフの一人です」
またまた、ホムラはカノンの顔をみる。カノンは笑顔で返した。
(カノンさんは綺麗で良い人なんだけど…)
後ろのゴーレムたちに聞こえるようにしたのか、カノンの声が一つ大きくなった。
「ではホムラ様はコチラで指揮を…第一、第二、第四、第五、各小隊は魔狼の撃滅とホムラ様の警護を、特に第一小隊はホムラ様の警護と周辺警戒を…」
矢継ぎ早にカノンはゴーレムたちに指示をだす。
「第三小隊と私は敵、人形遣いをやります。タロウサはアノ変な男騎士を保護しなさい!各員戦闘配置!」
タロウサと呼ばれた此のゴーレム部隊の中で頭一つ体の大きなゴーレムが首を縦に振った。このゴーレムだけ何故か左手が銃でなく盾も持っていない、より人型に近いゴーレムだ。
各ゴーレムは盾と銃を構える。さらにカノン・インプレザから指示が飛ぶ。
「魔狼の優先順位は男騎士に危害を加えようとするもの、コチラに近づくもの、逃げ出すものの順です。第三小隊と私は、正射三漣後に敵の人形遣いを強襲します。ホムラ様、我等に炎の加護をお願いします」
ホムラはカノンに無言で頷き、右手の人差し指で小さな円を描く。魔法の眼を持つものから見れば、薄赤い塊が徐々に大きくなり、やがてホムラ全体が其の赤の球体にスッポリ収まったように見えただろう。そして其の赤は急速に大きくなりカノンやゴーレム部隊をも薄赤く染めた。
其の赤に包まれた瞬間、カノンから溜め息が漏れる。あきらかに違う“赤”で頬を染めている。
「はぁ~…良いです…とてもいいです…ほむら…さ…ま…」
( カノンさんは本当に良い人なんだけど…なんで魔法シールドを張るといつもああなんだろ?)
これから戦いというのに恍惚ともとれる表情をしているカノンを訝しげに見るホムラだった。
ホムラ・ムツ。
カノン・インプレザのマスターで魔法騎士である。騎士としての力は非常に弱い。通常、エルフがマスターと認める魔法騎士は、恐ろしいほどに強い。何故かといえば、殆んどの場合パートナーのエルフより騎士の方が強いためだ。エルフは強者に惹かれる…エルフよりも強い騎士…其の強さは想像に難くない。では何故ホムラはカノンのマスターに成れたのか?――それはホムラの持って生まれた能力、竜火の力だった。
竜火とは?。
火系の魔法は魔法使いにとっては初歩の魔法。また、上位の火系魔法は広範囲に大きな威力を発揮するため高位の魔法使いも好んでよく使う魔法だ。
魔法全般にいえる事だが魔法使いによって“火”は明らかに違う。例えば、初歩の一番弱い火の魔法でも使い手の違いにより“火の温度・火の色・形”などが違うのだ。100人の魔法使いが居れば100通りの『火』が存在する。
では、ホムラ・ムツの火の魔法は何なのか?簡単にいえばホムラの放つ火系の魔法は、他の火を駆逐する能力を持つ。火に上下関係があるのならホムラの火は最上位にあるといって良いだろう。他の火を無効化する力の有る火は“竜火”と呼ばれる。
カノン・インプレザは主に、金属系のゴーレムの使役を得意としている。そして幼い頃から其のゴーレムたちを“砲や銃”で武装させていた。しかしある時に、砲や弾を誘爆させる魔法が登場した事によりカノンのゴーレム部隊は無効化されてしまったのだ。其の魔法は下級の魔法使いでもこなせる魔法のため戦場から砲や銃がまたたくまに消えていった。
今まで、戦場で一番目立っていた部隊がある時を境に足手まといの部隊となる…。奈落の底に落とされたカノンであったが、ホムラ・ムツとの出会いが彼女と彼女のゴーレム部隊に光を当てたのだ。
竜火のシールドで覆われた砲や銃・火薬などは、他の火の影響をまったく受けない。もちろん火の魔法も無効化する。ここにカノンのゴーレム部隊は復活した。
カノン・インプレザがホムラの竜火シールドを浴びると歓喜するのは当然といえば当然だった。
「作戦行動開始!」
カノンが突然、真顔になりゴーレム部隊に命令する。
「間もなく敵が来ます…… 412匹すべてロックオンしました。いつでも撃てます!ホムラさま」
魔狼たちは、突然、開けた草原に出たため一瞬警戒する素振りをみせたが、ダークエルフのサキから指示があったのか?全、魔狼たちがホムラとカノン目がけて疾走してきた。
ホムラは息を大きく吸い、その体躯に似合わぬ大声を挙げた。
「撃ち方はじめ!」
いくつもの銃声がマルット草原に響き渡る。
魔狼が次々と1mほどの火柱に変わった。銃弾には“火の魔法”が込められているようだ。あっという間に半分ほどの魔狼が火柱にと変わっていった。
――と、魔狼たちは、いっせいに方向転換をした。使役しているダークエルフのサキから指示が出たのであろう。今度は森へと一斉に逃げ出す。
「一匹も逃がすな!」
ホムラはゴーレム部隊を鼓舞する。
森の中へもう少し――という魔狼から火柱に変わる。態勢は決した。
カノン・インプレザと第三小隊はダークエルフへと迫っていた。ダークエルフのサキも逃走でなく、こちらを迎撃するようだ。
(へぇー逃げる手間より、こちらを倒す方が楽という訳ですか…なめられてますね)
ダークエルフのサキが“迎撃”を選んだのは無理もない事だった。それはゴーレム達がつかっている武器が火薬を使った銃であったからだ。
通常、この大陸での戦闘で銃を使う事はない。一時期は各国の主要な武器として重宝されてきたが、40年前のある戦いで評価が一変。現状、一部の銃(対モンスター用に辺境の村で使用する・式典での空砲 等)、などは存在するものの各国の軍は採用していなかった。
なぜか?それは単純な理由からで、或る火系の魔法が発見された事による。安易な魔法で簡単に砲や銃を暴発させられるからだ。所持している銃弾の種類や数によっては部隊自体が危機に瀕する。
ダークエルフのサキからしてみれば、ゴーレムを無効化すれば敵は目の前のエルフだけだった。後方の女は魔法使いのようだが大した魔力は伝わってこない。
(私の魔狼はあらかたヤラレタが…こいつ等…大した敵じゃない…)
互いの距離は約50m。ゴーレム達は銃口をダークエルフに向ける。双方止まって向き合ったのは、エルフ同士の戦いを前に、お互いが敵の力量を確認したかったのか?
「アハハハ…いまどき銃のゴーレム使いとは…とんだ間抜けなエルフだこと」
ダークエルフのサキは、もう勝ち誇ったような口ぶりだった。それはしょうがなかったかもしれない。これからサキが繰り出す魔法は火系でも高位の魔法だった。今までの此の大陸であった戦闘の様に、銃の暴発で部隊が崩壊するはずだった。そう…今までは…。
「あなたが人形遣い十二使徒の一人、狼のサキさんですね。もっと強い方と想像してましたのにチョッとガッカリデスワ。おつむも悪そうだし…」
サキの注意を惹きつけるような大きな声をカノンはあげた。この会話の間に倒れていたドンドモット・ワイヤーをタロウサと呼ばれたゴーレムが肩に担いで其の場を離れる。
先ほどの倒れている騎士が運ばれるのを横目にサキは動かなかった。正確には目の前に現れたエルフへの警戒で体が動けなかったのだが、その思考に至らないほどドンドモットとの攻防で疲れきっていた。
(――!…こいつナゼ私を知っている?…まあさっきの騎士との鬼ごっこでもう疲れた…考えるのは後にしよう…めんどうだヤルか…)
さきほどのドンドモットのカミナリとタックルで消耗したダークエルフのサキは、早めに戦闘を終えたかったのだろう。あまり思考せずに行動にでた。
「狼の餌にしようと思ったが…めんどうだ炭にしてやるよ!」
これが合図とばかりに第三小隊のゴーレム達とカノンが一気に炎に包まれた。
ダークエルフは炎の広範囲魔法を発動していた。
「アハハハハ…わたしもゴーレムを作った事があるのよ。魔法防御しても限界は判るわ、其のゴーレムはアイアンゴーレムでしょ?あなたは耐えられてもゴーレムはどうでしょうね?アハハはは…」
笑いながらもダークエルフのサキは明らかに焦っていた。なぜならゴーレム達の銃が暴発しないからだ。
(魔法防御が幾重にもしてあるのか?イヤ…それでも暴発は免れない。…そうか!後方の部隊は銃だが、ここに連れてきた奴等の銃はただの飾り…私に対する牽制の役割か…ならばゴーレムに近づかなければ問題ない。あの生意気なエルフだけを殺る!)
「あーもっと強い炎の魔法でやってくれないかな?」
カノンは火に包まれながらも涼しい顔をして、ダークエルフのサキを言葉で牽制する。
(わたしに銃を印象づけて、注意を惹きつけようというんだろうけど…バレバレなんだよ)
ダークエルフのサキは飾りの銃としてゴーレム達を無視してカノンに迫った。
ゴーレム達、第三小隊の銃が一斉に火を吹く!
――!
「なに!?銃が本物?」
サキは意表を突かれながらも自身の前に炎の壁を作り出す。
(なぜ?暴発しない?それに何故弾を撃てる?…とにかく此のファイヤーウォールで弾を殺る!)
このときの、第三小隊の銃撃は見事という他無かった。計12体のゴーレムが同時に正射する。瞬時に仲間との順番を計り、まず中央の3体がダークエルフの本体を狙う。左側3体はダークエルフの左側の空間へ、右側3体は右の空間へ弾を撃ち込む。他のゴーレムはジャンプを予想して打つという回避不可能な銃撃だった。
この範囲攻撃に対して、ダークエルフのサキは炎の魔法で弾を無効化しようと自身の前に分厚い炎の壁をつくりだした。
サキの判断は間違っていなかった…ゴーレム達の放った其の弾丸に竜火の魔法が込められていなければ…。
――!――銃弾はサキが作り出したファイヤーウォールを難無く通過し命中する。
ダークエルフのサキが3発の弾を受けて、瞬く間に炎の柱と化した。
「ぐばあああバカなああああアアアァ」
炎の柱と化したサキを、カノンは冷静に見つめていた。すでにサキの放った炎の魔法を消し去っていた。
「あなたを確実にヤルわ。一番いいのはあなたを捕まえて色々聞き出すというのが最上の選択肢なんでしょうけど、あなたを甘く見てないから。逃がさないという確信が持てないのよね。でも勘違いしないで?あなたをヤルのはこの子達…わたしが手を下すまでもないわ…サキさん弱いもの」
炎に向かって話しかけるカノンの言葉が何処まで聞こえたか?その火柱の中に蠢くものはいなくなった。
勢いが無くなった炎を見ながらカノンはゴーレムたちに指示をだす。
「作戦行動終了!各員、周辺警戒へ移れ!」