王女と二人の女王と女子高生 5 マルット草原の戦い
右手に剣を、左手には短剣をもち鬼の形相で走っている男がいる。
ドンドモット・ワイヤーだ。
飛びつく魔狼を一匹、一匹、剣で短剣で切り伏せながら走る。
走っては切り伏せ、 切り伏せては走る。間隙を縫って飛来するダークエルフが放つ弓矢をハジく。
(仲間を呼ぶ指笛とは思ったが…多すぎだな)
魔狼はドンドモットの後方に張り付いていて、まるで黒い絨毯がついてきているようだった。ただ絨毯にしてはあまりにも広すぎた。
(二百か三百匹か…)
このときドンドモットは魔狼を倒すのを諦めていた。あまりにも魔狼が多すぎた。魔法使いなどの支援なしに魔狼を全て叩き伏せ、ダークエルフを倒すというイメージがまったく沸かなかった。
ただし生き抜くことは諦めていなかった。それは希望とか根性とかでなく“奥の手を二つ”用意していたためだ。
(もうすぐマルット草原…その入り口で仕掛ける!)
(ダークエルフは弓の距離を保ちつつ、魔狼によって俺を弱らせて倒すという作戦だろう…騎士相手には一番リスクが無くて効果的な作戦だな)
ドンドモットは先ほど相手に対して感じた“戦慣れ”を、またシミジミ感じていた。
ドンドモットが向かっている方向、マルット草原の入り口に巨木があった。巨木といってもこの森の中ではよくある大きさだが、この辺りでは一番の太さだった。大人が五、六人手を繋いでやっと木を囲めるような大きさだ。
ドンドモットとダークエルフの間に巨木が入った――と同時にドンドモットは巨木に向かって疾走する。ダークエルフから見れば一瞬ドンドモットが視界から消えた。
視界から消えたといってもドンドモットを使役した魔狼が追っている。ドンドモットは正確な数を確認できなかったが、使役しているダークエルフはその数を知っている。その数総勢433匹。何匹か倒されたとはいえ400匹以上は残存している。
たかが一瞬、相対する相手が視界から消えたとて問題にする者がいるだろうか?
ドンドモットは巨木の陰から抜け出たせつな、短剣と長剣をどちらもダークエルフに投げつけた。ダークエルフとの距離は詰まっていた。
短剣はまっずぐに、長剣は一瞬遅れて回転しながらダークエルフに迫る。
「――!」
ダークエルフとしては完全に意表をつかれた。短剣が投げられるのは予想できても投げた後、丸腰になる長剣までもなげるとは――
だが逆にここを凌げば、ドンドモットが丸腰となるため勝敗は決する。ダークエルフは大きく飛び上がり、向かってくる二つの得物をやりすごす――もちろん只では飛び上がらないドンドモット目がけ矢を連続で射る――!
ドンドモットが長剣を投げた事に驚いたが、更に自身に丸腰で向かってきた事にも驚いた。
「!――」
其の間、ダークエルフは矢を四本放っていた。二本はかわされ、一本は手刀でハジカレたが一本はドンドモットの左肩に突き刺さった。
ダークエルフに勝利の笑みが沸いていた。正面に矢、後方から魔狼群、この男の負けだ――
――と
ダークエルフは当初の戦術どおり弓矢の距離を保ち“ドンドモットの疲労待ち”に徹していればドンドモット・ワイヤーの負けであっただろう。
ダークエルフが必中の間合いの矢を放とうとした其のときに、ドンドモットがカミナリを一瞬早く発動させた。
ダークエルフは不意の雷撃に何が起こったのか一瞬わからなくなった。矢と弓が手から落ちる。
( 雷撃…だれ?…こいつか?クッ…)
ドンドモットの得意とする“詠唱いらずの一撃、カミナリ”雷撃の魔法は特に珍しいものではないが、何も備えていないときの雷撃は魔法に精通したダークエルフでさえ堪える。
さすがにダークエルフ、何が起こったか?この魔法騎士がどんな能力をもっているか一瞬で理解したが、その一瞬が二人の間合いを更につめた。
ドンドモットは肩からダークエルフの鳩尾にタックルをする。もはや短剣もない、長剣もない。自身の切り札ともいうべき“カミナリ”も使った。長時間の強化系魔法で筋肉が骨が体が悲鳴をあげている。
まさに最後の力を振り絞ったタックルだった。
「うおおおおおおおおおおっ」
ドンドモットが吼えながらタックルする。
ダークエルフは一瞬、白目をむき息が出来なくなった。
二周りほど小さいエルフはドンドモットの肩に載せられるような格好になった。数瞬両者がもつれながら森を転がる。
――すると
途端に視界が広がった。ドンドモットはどうやらマルット草原に転げながら到着したようだ。
(――!よし!後は、あいつ等が居てくれてたら…)
さきほど、ドンドモットは二つの秘策を用意したと思考したのは、一つは“相手の意表をつくカミナリ”の攻撃で、もう一つは“伏せた友軍=仲間の存在”だった。
伏せた友軍というには、いささか大げさなのだろう。昔の傭兵仲間に小遣いと並みより上等な酒と肴を用意して数日、ドンドモットが指定した場所で寝泊りしてもらうというものだ。
傭兵仲間としては小遣いを貰いながら好きな酒をたらふく飲めるメリットがある。傭兵は四六時中仕事が入るという訳でもない不安定な職業だ。仕事が開いた者などはありがたい話だった。
ドンドモットにすれば、正規で雇うよりは格安で“其処にいけば仲間の援護が貰える というメリットがある。…にしても毎回傭兵仲間が集まってくれるのはドンドモット・ワイヤーの人柄のたまものだろう。
(これが三回目…敵を連れてきたのは今回が初めてだな。魔狼数百匹とダークエルフ…怒られるな…というか…勝つか?いや…魔狼くらい敵じゃないし此のエルフも満身創痍のはず…こっちの勝ちだろ)
「撃ち方はじめ!」
草原の中心から確かにそんな声が聞こえた。
ドンドモットはエルフと転げまわりながら、チラリとマルット草原の中心部を確認できた。そこには昔の傭兵仲間数人の姿を想像していたのだが、あきらかに違う集団が其処に居た。
銃声…そう明らかに銃の音だった。
いくつもの銃声が響き渡る。草原でさえ其の音が響き渡った。
突然、後ろから追ってきた魔狼が火達磨になった。一瞬で数百もの小さい火柱があがった。
(銃?か…)
ドンドモットは魔法による全身疲労、カミナリの使用、先ほど受けた矢に毒が塗ってあったのか?意識が遠くなり始めた。