王女と二人の女王と女子高生 3 元共和国騎士のちから
森の中を縫うように走る男がいる。細い木々や大木がひしめくテュッティの森で、此の速さで駆け抜けられるのは男の力を如実に示していた。そのコース取りと一瞬の判断は見事という他ない。
ドンドモット・ワイヤーはテュッティの森の中を走っていた。
逃走のための身軽さ、そして旅人に扮していたこともあって、ドンドモット・ワイヤーの今の装備は腰にさした短剣一丁というお粗末さだった。
(短剣ひとつというのは心もとないが…追ってくるのはガーゴイル二匹か…まあ問題ない)
なんにでも、イレギュラーな事は起こる。それに備えての“森への逃走ルート”だった。馬上にいたときに自身にも肉体強化系と走破系の魔法をかけていたが、更に走破系の魔法をもう一度かける。
そして ――
(まずは一匹!)
ドンドモットは痩せたガーゴイル一匹に、腰の短剣を投げつけた――と同時に足を加速させる。ドンドモットとガーゴイルの間に幹から張り出した大きな葉があった。ガーゴイルから見れば葉っぱから短剣が突然、飛び出したようなものだろう。ガーゴイルの額と思われる箇所に短剣が生えた。
――ドサッ!
ドンドモットは何かが地上に落ちる音を聞いたが振り返らなかった。
「いーち、にーい、3、4…」
呪文詠唱のように秒数をカウントする。
―ボンッ!―
5を数える前に、後方で爆発音がした。
(案外、爆発力は大きくないな。なるほど、爆弾にショックがかからなくても、ガーゴイルが死ねば爆発はおきるのか…さてラスト一匹)
唯一の武器である短剣を使い、完全な丸腰となったドンドモットであるが、しかし…余裕があった。
(あの樹にするか…)遠めに見ても大きいと分かる大木がみてとれる。ドンドモットは大木めがけ疾走する。
(マジックウェイブ!)
もう一度、魔法波で、最後の一匹のガーゴイルとの距離を確認した。
大木の後ろに回りこみ、森に入ってはじめて立ち止まる。貴族の生まれでもない、ドンドモット・ワイヤーがナゼに共和国の兵団長まで登りつめる事が出来たのか?其の答えがここにあった。
(よし!ここで!)
「そりゃあ!」
気合の入った大声とともにドンドモットのまわりが白くなる。
――ドオオ~オーン!!――
大きな音が鳴り響く、ひとつの音に聞こえたが其れは“カミナリが落ちた音”とガーゴイルが背負っていた爆弾が爆発した音だった。周りの白い景色は一瞬だった。元の森が目の前に広がる。
ドンドモットがもっとも得意とする攻撃魔法…“カミナリ”であった。
カミナリの魔法、雷撃ともライトニングボルトとも呼ばれる其れをドンドモットは習得している。ただし魔法騎士や魔法使いからみれば、上位の魔法には属するもののそれほど珍しい魔法でもない。ではドンドモットは共和国でなぜ出世できたのか?それは用法にある。
一般的に上位の魔法であればあるほど、呪文の詠唱時間がかかり、術者は詠唱に集中しなければならない。さきほどの初歩的な魔法波でさえ慣れない者は数分の集中を要する。
上位の魔法であるカミナリは既に述べたように、けっして珍しくない魔法なのだが、熟練の魔法使いでも詠唱に数秒から数十秒かかる魔法だ。
ではドンドモットはどうか?
彼は騎士用の大剣を振り回し、あたりの状況を見ながら呪文の詠唱なしでカミナリを使えるのだ。
剣で互角に渡り合っていても、いきなりカミナリに撃たれたらそこで勝負が終わってしまう。“カミナリ”に耐えられる魔法使いでも、対処している間に剣で攻撃をくらう。集団戦で突撃のときに相手陣営へカミナリが落ちれば…形勢はどちらに傾くだろう。これが実戦でどう活きるか?は、語るまでないだろう。“元共和国兵団長”の名は伊達ではないのだ。
とはいえ、ドンドモットはこのカミナリを連発はできないし、他の魔法も詠唱や集中なしに出来るか?といえばそれもできないのである。共和国の魔法使い達ですら分からない、ドンドモットの特異性であった。
「ふぅーー!」
ドンドモットは大木に背を預けて、深い一呼吸をした。
(…うまいな…空気がうまい)
テュッティの森へ入って30分くらいたつか?はじめて森の空気を肺いっぱいに詰めたドンドモットの感想だった。ゆっくりと大木の陰から体をだして周囲を警戒する。
他に追跡者がいない事を確認して、さきほどの大木の根元をドンドモットは探った。背中に背負える小振りの剣とコブシ三つほどの大きさの布袋をとりだす。“逃走用の森のルート”とドンドモットが表現していたように、其処は森の中に予めいくつか用意した“補給箇所”のひとつだった。
ドンドモット・ワイヤーはひたすら歩いて南を目指す。走ることも可能だが、先ほどの筋肉強化系と走破系の魔法や“カミナリ”で体が消耗していた。歩きながらの体力回復である。――と同時に歩くという一番音を立てない進み方で万が一の“新手”の警戒もしている。
先ほどの小一時間たらずの逃走で、肉体に課した魔法は少しばかりムリをしたようだ。魔法騎士の中でも、魔法の耐性が優れているドンドモットでさえかなり堪えていた。
(少しばかり、休憩したいが…森を抜けてからか)
ドンドモットは歩きながら、先ほどの大木の根元に隠しておいた布袋から短剣を二つ取り出し、腰に装備した。つづけて小さい水筒を取り出し渇きを潤す。体の細胞、一つ一つに水分が行き渡るような感覚。
(うまい!)
続けてクッキーを頬張る。近所のパン屋で人気のクッキーだ。かなり固いのだが病み付きになるバターの香りがたまらなかった。
「クッキーも旨い!」
僅かだが、腹と渇きを満たして森の中を歩き続けた。
ドンドモット・ワイヤーが通り過ぎた一つの樹の表面がパラパラと落ちた。物理的に下には何も落ちていないのだが、パラパラと樹の皮だった部分が何かに変わってゆく。それは皮が落ちていくような感覚で変化していった――徐々に樹の中に人が立っている様な輪郭が見えはじめた。
樹に浮き上がった“人型の輪郭”に今はハッキリと表情が浮かび上がっている。
それは笑っていた。
※重複投稿をしています。
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