王女と二人の女王と女子高生 2 ドンドモット・ワイヤー逃げる!
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太陽がほぼ真上から大地を焼いている。石やレンガがキッチリ敷き詰められた道は暑い日ざしを嫌ってか通行量は少ない。馬車が二台余裕ですれ違える幅の道を一頭の馬が男を乗せて駆けていた。馬の走りからして“筋肉強化系”の魔法が掛かっているのは間違いない。
通りにはまばらに人が歩いているが、全員が其の馬の方を見つめるほど“異様な速さ”で駆けていた。
二股の別れ道を迷うことなく右へ進む。左へ行けばこのまま広い道が続き馬で逃げるには最適なコースだ。右はこのまま真っ直ぐな道が続くが、だんだん先細りになって行き止まりになってしまう―森へ逃げ込むコースだ。
馬には魔法が二種類かけられていた。走破系と肉体強化系の魔法だ。“何処に・どんな種類の・どのくらい強く”――によって魔法の効果時間はかわるのだが、今回の継続時間は40分前後とドンドモットはみている。
(お馬ちゃんよ…もうチョッと頑張ってくれよな)
馬の首付近を優しくさすりながら、ドンドモット・ワイヤーは馬の駆ける方向と覚悟を決めていた。
店主からの預かり物をポケットに収めて、爆発を逃れて路地裏へ入ったドンドモット・ワイヤーは町外れの宿に走って向かい、用意していた馬に跨った。
通常、こういったときは走らない。
簡単な話で走れば目立ってしまうためだ。追手側に「あなたが探している人はここにいますよ」と叫んでいるようなもので愚行だ。
しかしドンドモットは躊躇なく走った。それは既に、追手に気づかれている ――ということを感じ取ったためだ。
追う者から逃げるには幾つか手がある。ひとつは単純に逃げて逃げて、追手と自分との距離を稼ぐ事。もうひとつはあるタイミングで隠れて、追手をやり過す事。
後者は確かに有効だがそれは、完璧に隠れてこそのものだった。
戦う――という選択肢もあるが、敵の人数や実力が解からない現時点では一番避けなければならない選択肢だ。
(こっちは増援が無いというのに敵地で戦っては勝算無し…)
ドンドモット・ワイヤーは“逃げる”選択をした。
(今回の追手には隠れる隙が無いな…)
馬上から、ときおり後ろをチラ見するドンドモットは追手の戦力を分析する。後ろを確認したのに追手の姿は無い。しかし騎士であるドンドモット・ワイヤーは自身に向けられるジリジリした何かを感じ取っていた。
(上か…)
後ろを見たときに当然、上空も確認したのだが何も怪しいモノはなかった。ドンドモットは馬上で目を閉じ呪文を詠唱する。
(追手は日中の繁華街で店を吹っ飛ばした…完全にやる気満々じゃねえか! しかし…あきらかに人が少ないこの場所で何故か襲ってこない…店を吹き飛ばした奴は追ってこないのか?それとも…)
「はぁッ!」
ドンドモットは短く気合の入った声を挙げた。――と同時にドンドモット中心に魔法の波が広がる。
マジックウエーブ。魔法の波を辺りに広げ、敵を探知する魔法だ。もちろん波といっても目には見えない。
初歩の魔法の部類だが、使い勝手が良く高位の魔法使いも好んで使用する。探知系の魔法だが、かといって何でもかんでも探知できるというものでもない。魔法を使っている者や魔人、魔法系のモンスター、魔法の効力がある武具などは探知できるのだがそれ以外は探知できない。
――マジックウエーブは魔法を使って姿を隠している者を発見するにはうってつけの方法だ。また、多くの魔法使いは長い期間魔法をつかっているため魔法使い自身に多少なりとも“魔法の塵”(魔法の匂いとも呼ばれている)が付着している。つまり、魔法を使用して無くても魔法使いや魔法の恩恵を常時受ける騎士などは探知できるということだ。
ただし、この魔法にはデメリットがあり、魔法波を打った者の方位が判ってしまう事だ。
ドンドモットは自身が既に発見されている事を承知していたために、すぐにマジックウエーブ(魔法波)を放つ事ができた。それに相手をキッチリ把握したいという気持ちからだった。
其の者の魔法力によって効果範囲は違ってくる。200メートル飛ばせれば中堅の魔法使いレベルだ。このとき、走りを馬にまかせていたドンドモットは魔法に集中できたため200メートル前後の波が発生していた。
「――!」
(なんだ?あれは??二匹…ガーゴイル?)
ドンドモットが共和国の騎士だったときに何度か戦いに出向いたものだが、辺境の魔法使い討伐のときに使役されているガーゴイルと戦った経験があった。
(なんというかあの時は、空飛ぶストーンゴーレムと戦っている感じがしたものだが…これは骨と皮か?)
魔法波によって探知できたモノは頭の中で映像になる。
映像は鮮明だった、約150メートル後方に二匹のガーゴイルがいた。ドンドモットが骨と皮と思ったのも無理もない、それは蝙蝠を痩せさせて大きくしガーゴイルにしたような奴等だったからだ。大きな羽には血管のようなものが幾筋も浮き上がっている。特質すべきは其の耳の大きさで片耳が顔の半分ほどの大きさがあった。
ドンドモットがこれを蝙蝠でなく、ガーゴイルと判断したのは耳が大きく、やせているが全体的に以前戦ったガーゴイルに似ていたからであろう。
今まで目視できなかったのはカモフラージュ系の魔法を羽織っていたからだと思われる。しっかりと馬を追ってきているものの飛行は明らかにフラフラしている。
(耳がやけにデカイな…やせてるし…亜種か?…フラフラ飛んでいるな… ん?何か背負ってる?)
痩せたガーゴイル二匹は背中に何か背負っていた。いや細い紐で括り付けてあったという方がいいだろう。カーキ色で平たい弁当箱並みの大きさだ。
(あれは?!)
ドンドモットは納得していた。
(あの爆発はガーゴイル、つまりアノ箱が原因か?…断定はできないが…まずまちがいなく爆弾だろう。そしてあの耳、ターゲットの屋敷でいくつかのキーワードに関する言葉を発したものに飛びついて爆発…ドカーン!ってことか―)
まだ断定はしていないが、この少ない情報で導き出した答えとしてドンドモットは納得していた。
ガーゴイルが背負っている物を爆弾と仮定しない方が危険と判断する。
其の結論からすれば、馬での逃走を避けたドンドモットは正解だった。道は状態は良いとしても何処までも直線ということはない。山道ともなれば道はうねる。馬が怠けなくとも、山道では空とぶモノにかなわない。
それこそ距離を縮められ抱きつかれて――ドカーン!―だ。
(自爆するために自分でワザワザ爆弾をくくりつける訳はないし…使役されているか…だが、やつらの親玉はいないようだな)
昼間に店を爆発させる程の覚悟を持ったものが追手というのは、侮りがたい――とドンドモットは思ったが追手が分かった事により少しばかり安堵していた。また、このような“追跡装置”を作って仕掛けてきた真の敵がこの場にいない事も確認できた。
(どのくらいの距離で爆発するのかわからんが100や50メートルでは幾らなんでも遠いだろう…近距離に迫っての爆発とみるのが普通だよな)
いま、ドンドモットは魔法波を使い且つ、馬に強化系の魔法をかけて逃げている。歴戦の騎士などがこの光景をみれば、あきらかにドンドモットが魔法騎士あるいはそれに準ずる者であると分かっただろう。つまりドンドモットは今、手の内をみせたのだ。
それでも二体のガーゴイルしか追ってきていない。追手は次の一手を打ってきていない。二体のガーゴイルの以外に、隠れた敵はいないとドンドモットは確信した。
(カモフラージュ系の魔法をかけられている事と背負っている爆弾のために、痩せた二体のガーゴイルはフラフラだからな…。まず、森に入れば逃げ切れる!)
自身が楽な、馬に乗っての逃走でなく森の方を選んだ判断に満足していた。
(しかし…敵も侮りがたいな。普通に逃走すれば誰でも馬で逃げていただろう。そうすれば飛んでいるガーゴイルの餌食だった。さて…お馬さんとも此処でお別れだな)
道がもうスグ無くなろうとしていた。目の前は巨木が茂る奥深い森、テュッティの森だ。ドンドモットは疾走している馬から勢い良く森へ飛び込んだ。