王女と二人の女王と女子高生 1 二人の女王
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白い砂浜を見下ろせる丘に、洋館があった。其の洋館の奥の席に女性が二人向かい合っている。何人か人影は確認できるが、二人のテーブル席付近には“近づかない”ようだ。
ここは、殆んどの領土を“島”で構成するカトリオーナ王国と大陸で二番目に大きい領土を持つサイスーン共和国の境界線沿いにあった。白い砂浜、オーシャンブルーの海、すぐ近くに木々を山盛りに盛ったような島が見える。太陽が青い空の遠くから日の光を浴びせる。観光地としては最高のロケーションなのだが…白い浜辺に人の姿はない。
その砂浜全体を一望できる丘の上に白い小さな洋館が建っていた。その洒落た洋館の入り口付近には日よけのパラソルとテーブルとイスが四組配置されている。テーブルの上には現地でとれたであろう艶やかな花がグラス風の花瓶に元気に飾られていた。洋館の窓は幾つもあり全てが大きく、外の明かりを十分に取り入れていてテーブルとイスが幾つも行儀良く並んでいた。
一見すれば海沿いのチョッと高級感あるカフェという感じだ。しかし…普通のカフェではなかった。建物の周囲、角々に三人づつの男達が洋館を守るように警戒していた…その場違いな服装から此処がどこだか分かるというものだ。
男たちはサイスーン共和国の正式な甲冑と剣を装備していた。
「それで?ヘンリエッタおばちゃん!私を呼んだ理由がコレってわけね?」
通路側の席に座る女性が質問する。
青系のビキニの上に白いレースのカーディガンを羽織った少女は、一枚の紙切れを見ながら声をあげた。大きなテーブルの上に先ほどまで頭に載せていたストローハットをいじっているのは置いた場所が気に入らなかったのか?…。しかし…少女の視線はテーブルの上の別のものを注視していた。
訝しげにテーブルの上のものを見ている通路側に座るこの少女……現、カトリオーナ王国の初代女王ユカ・サイスーン・アンタティーテである。
ふたりが此の洋館に到着してそこそこの時間が経過しているのにも関わらず、飲み物ひとつもテーブルに置かれてないのは、厨房で働くものやメイドがいないからではない。この少女…ユカ女王の服装と立ち居振る舞いの事で激しい言い合いがたった今、治まったところだったからだ。
(暗号かな?)
テーブルに在ったものを摘み上げ裏返したり、透かしたりしていた。
それは、飲食店にならどこにでも置いてあるような紙ナプキンの成れの果て…そう、ドンドモット・ワイヤーがゴドリカ王国から運んできたものだった。
そこに落書きのような文字が並んでいる。一文字づつは比較的大きいがユカには何が書いてあるかわからなかった。
「何が書いてあるのかしら?意味はありそうだけど…?」
「それは議事などを書き留めるときに使う“速記の一種”らしいわ。その中でも記者とかが身内でつかうような特殊な速記らしいけど…」
壁を背にしてテーブルを挟んで語りかけるのは…現、サイスーン共和国の女王ヘンリエッタ・サイスーン・アンタティーテその人だった。
今はお互いの国が違ってはいるが、孫とおばあちゃんの関係の二人は大変仲良しでよく“非公式”な会談を楽しんでいる。その二人の“密会場所”がここであった。以前、サイスーン共和国の大貴族エッペフィル公爵の領地であったがユカが国を持つにあたり譲渡された土地だ。今はユカ女王の完全プライベートビーチになっている。ここは二人の居城からそう遠くなく、しかも一般人がいないところ……秘密の会談場所には最適な場所だった。
つまり…今、まさに両国のトップ会談中ということである。
そしていつもゆっくり語りかけるヘンリエッタおばちゃんが更にゆっくり声をだした。
「戦争、十万、タントテット、ま…。読めるのはこれらの単語だけみたいね」
仕えるものにその文字を読めるものが居たのだろう。機密を守れる側近の中の複数の者がそう読めるとヘンリエッタ女王に進言していた。
戦争=戦争
十万=其の戦争での兵力が十万人ということ?
タントテット=侵略する場所?
タントテットはドゥーンラ王国の第一都市の名前…城塞都市タントテットの事だ。そこには国の重要施設や王族の居城などがある。実質、タントテットが攻められ落ちたのなら其れはドゥーンラ王国も落ちたといっても間違いではない。
「ゴドリカ王国がドゥーンラへ10万の兵で戦争をしかけるって事?!」
おどろくユカ女王にヘンリエッタおばちゃんがゆっくり頷き、ゆっくり答える。
「――状況と…このメモをすなおに読めば…そうなるわね…」
ドンドモット・ワイヤー以外のゴドリカ王国へ潜入している者たち全員が音信不通になっている事も孫のユカに伝えた。
ドゥーンラ王国とサイスーン共和国は永きに渡り“同盟”が組まれていた。カトリオーナ王国とはまだいたっていないがサイスーン陣営の一角であるカトリオーナ王国は間接的に同盟関係といってもいいだろう。
(このままだとマチが…)
マチ…。マチ・ドゥーンラ・イナナミノ ドゥーンラ王国の王女である。
ユカよりも四つ若いこの王女とは一年間同じ学校そして同じ屋敷に寝泊りした仲だった。当時は自他共に認める『姉妹』のような存在だった。ユカとしてはドゥーンラ王国が攻められるというのは、いてもたってもいられない気持ちにさせた。
「こっちでも動くけど…此のメモ用紙だけだと…せいぜいスグに動けるのは低級クラスの役人か諜報員数名…。議会へ報告している間に深刻な状況となるわね」
議会-サイスーン共和国は昔、女王が絶大なる権限をもっていたが、此処十年くらいで議会制に移行した。
まだまだ多くの権限をもつ女王という地位も、今や議会を無視して物事を進められない。今回の事案はかなり深刻であると判断できるが…議会を迅速に動かすような証拠があるかといえば、残念ながら今の段階では無いといえよう。
ユカが女王で全ての権限が女王に集中しているカトリオーナ王国ならスグに行動できる――と踏んでヘンリエッタ女王が相談に来たという訳だ。
「うーん…わかったわ!ヘンリエッタおばちゃん!…ん~…この最後の“ま”って何だろうね?」
速記文字に詳しい者の話だと…ひらがなの“ま”で正しいという事と、あきらかに続きの文字があったが書けなかったのだろうという事だった。
(――ま…マ……まもなく侵攻…また連絡…まほう…ま…まぞく…魔族!)
ユカは一呼吸してヘンリエッタの方を見た。彼女もまた、ユカの目を見つめていた。
「ええそうよユカちゃん…こういう時は…どうするか?教えたわよね?」
「はい…いちばん最悪な方向で考えろ…ですね」
ニッコリと笑うヘンリエッタおばちゃんだが…目は笑っていなかった。
「じゃあユカちゃん…私が考えたプランを聞いてくれる? それからね…ドンちゃん!ドンドモットちゃん!コッチに来て…」
「ハッ!」
とおくの壁際に待機していたのだろう。ドンドモット・ワイヤーが“元兵団長”らしく、キリッと返礼して二人の女王が居るテーブル席に近づく。
(ドンちゃん…か…ガキの時、以来だなそう呼ばれたのは…)
苦笑いは腹の中に隠して、ドンドモットはテーブル席の前に立ち、二人に敬礼した。
「ドンちゃんが体験した事をユカちゃんに話してくれるかな」