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プロローグ2 元共和国騎士

1


 (なんだ?どうなっている?どうする?)

 ドンドモット・ワイヤーは森の中を疾走しながら頭の中は思案で錯綜していた。

 すでに小一時間は走っているだろうか? そのための汗と、自身がこれ程逃げても“逃げ切れていない相手”に対するイヤな汗を同時に掻いていた。




 ここはテュッティの森と呼ばれるところ、ゴドリカ王国とサイスーン共和国との境にある大きな森だ。厳密に言えば既にサイスーン共和国に入っていたが、もちろん見た目に分かるような壁などの境界線などはない。

 此の森は多くのモンスターが生息するところから両国とも開発にあまり積極的ではない土地だ。”数十年前に国境線を引いた”というだけで統治や開発などされていない森だった。


 (こんなことなら傭兵団にいりゃあ良かったか…)

 身長は180前後、歳は30は越えているだろうか?、頭髪はボサボサで口周りの髭はあきらかに数日はそのままといった感じだ。

 黒い無骨なトレッキングシューズは埃まみれだ。袖を捲って出ている腕は日に焼けていて、太く・ごつく・ミッシリとしている。元は白だったシャツは大きくはだけていて男の厚い胸元がのぞいていた。


 持ち物と言えば左腰の辺りに短剣とおぼしきものが突き出ているのが分かるだけだ。街中を歩いていれば、どこにでも居る旅人の一人なのだろうが…其の姿で木々の間をすり抜けるように疾走する様は異様といえよう。




2


 ドンドモット・ワイヤーは元々はサイスーン共和国の騎士であった。階級は兵団長。しかし騎士の規律や上下関係の煩わしさ、クダラナイ命令に辟易して騎士を辞めたという異色の経歴を持つ。

 王国の騎士――まして兵団長ともなれば城下の屋敷が与えられ、様々な特権と名誉が手に入る。年収も魅力的で2000万ゼルトは下らない。たとえば一般的な職人(パン屋・工芸など)が年収350万ゼルト前後なのを考えると庶民からすれば何とも羨ましい待遇だ。


 そんな地位も名誉も金も捨てられたのは“独身貴族”だったのが一番の理由だろう。自由な生き方?を求めて、騎士を辞め、とある傭兵団に所属したのだった。


 傭兵なら好きなときに仕事が出来る――だが世の中そう上手くはいかなかった。


 “つい最近まで共和国の騎士でした”というドンドモットのセールスポイントは上流階級の客や豪商にとってとても魅力的だった。

 “店や屋敷で騎士を雇っている”-それだけでステイタスが上がると思っている金持ちが多い。

 また共和国の正騎士といえば、騎士の身体能力+魔法も使えるいわば“魔法騎士”が一般的であったからだ。

 ドンドモット・ワイヤーもまた例外ではなかった。そして気さくな人柄と物腰の柔らかさ…そのへんも気に入られたのか、ドンドモットへの仕事の依頼が殺到し気づけば“年収は2倍&休日なし”の状態となった。

 このままでは体が持たない――と傭兵団の責任者へ掛け合ったときに紹介されたのが今の職場だった。




 傭兵団の責任者から聞かされた話だが、傭兵団としては客商売のため“顧客に人気のあるドンドモットに辞められるのは困る”ため、傭兵団からの出向という形をとっているそうだ。もちろん出向というのはあくまでも形だけだった。

 (こういう煩わしさはウンザリなんだがな…)

 ボヤキつつも、転職して2年目が過ぎていた。




 職場の名は“サイスーン地理統計調査研究所”というところだった。おもに百科事典などを出版しているそうで、各国にそれぞれ支所があるという。仕事内容はその支所が纏めた資料などをサイスーン本国にある研究所へ届けるという内容だった。

 たしかに支所によっては往復で一ヶ月以上かかるところもあるし、途中にはモンスターの生息地があるところも珍しくない。とにかく急いでくれという事で夜中も馬で駆ける事もしばしば、もちろん基本的にひとりである。危険な仕事といえばそうなのだが、山賊やモンスターなどと戦ってきた いわゆる“剣を商売”にしてきたドンドモットからすれば随分気が楽な職場だった。


 報酬は悪くない…休日も多い…キッチリ仕事さえしていれば、昼からワインとソーセーを腹に流し込んでも問題ない…一ヶ月丸まる待機(休日)という月もあった。もちろん傭兵のころの収入には及ばないものの、街中で活動している職人よりは貰えたのは嬉しい誤算だった。


 『運送屋もいいじゃねえか』

 (そうだ…そのときは確かにそう思ったっけ)

 しかし…転職して2年後に“己の命が赤信号をトモシテイル”のである。




 まず、この“運送業”を始めてから二週間程でドンドモットが感じ取ったのが…

 『こりゃあ…諜報機関か…』

 という事だった。騎士や傭兵の経験があるドンドモットにとって其れはある種の“カン”ではあるが、まず間違いないものと断言できた。つまりドンドモットの仕事は“現地の諜報部員が集めた情報を本国に送る”というものだった。しかし、分かったからといって 「ここは諜報機関ですか?」というような間抜けな質問などしなかった。


 『そもそも傭兵団からの紹介で普通の運送屋を紹介するわけないか…』

 その当時は納得したものだった。

 『…まあ…こっちは運ぶだけだからいいか…』

 そんな甘い考えが今の状況を招いたと、自身を嘆いた。こんなことなら、此処を紹介した傭兵団の責任者を一発ブッ飛ばしておくべきだったと後悔する。




 仕事のたびに前金で“準備金”が支払われ何時何処の支所に行くか伝えられる。支所といっても様々で、ちゃんとした屋敷内のところもあったし山の中というのもあった。つまり支所とは待ち合わせ場所を示す隠語にすぎなかった。

 給料とは別である前金の額の多さに当初は首を捻ったものだが、ある時期から納得する。旅先に行く交通費とか宿泊費じゃあない…これは危険手当とまさしく準備にかける金だった。

 ――準備――つまりこうだ。追っ手から上手く逃げ切るために装備なり手配なりしときなさい…其の資金ということ。




 半年前の仕事では指定された支所の場所が酒場であり、書類を受け取った後から二人組みに追われた――ということがあった。そのとき無事に任務を遂行できたのは“己の肉体の強さと魔法の力”だけではなかった。


 “相応の準備”がドンドモットを救ったのだ。

 元共和国騎士であるドンドモットなら、“剣のちから”で追手を倒すという選択肢もあるが、相手の情報が少ない以上は逃げる方が遥かにリスクが少ない。


 このときに準備していたのが二つの地点に馬を用意しておく事だった。馬に乗っている相手が追ってきても、二頭を乗り継げば確実に追ってから逃れる事ができる。

 一頭で追ってくる追手と二頭を乗り継いで逃げるドンドモットでは結果はあきらかだ。もちろん馬は少なくとも1頭は乗り捨てなくてはならない。


 この仕事で事前に貰っていた準備金=前金は180万ゼルト。其の地へ入るまでの交通費や宿泊費などが25万ゼルト。馬2頭の代金がなんとか交渉して160万ゼルト。 二頭めの馬に4日ほど飼葉の世話をしてもらうために8万ゼルト。二頭めの馬は今、ドンドモットのものだが、この馬まで失っていたら完全な赤字だった。


 (あのときは事前に配置していた馬二頭を乗り継いで上手く撒いたが……今回は…)

 ちなみに今回の前金は過去最高額…しかも桁がちがった額だった。




3


 今回の待ち合わせ場所の“支所”はチャンと建物内にあった。

 (事前に聞いていた以上の人の多さだな…)



 男が街の中を歩いている。黒い無骨なトレッキングシューズは埃まみれだ。袖を捲って出ている腕は日に焼けていて、太く・ごつく・ミッシリとしている。

 元は白だったシャツは大きくはだけていて男の厚い胸元がのぞいていた。あきらかに数日は剃ってない事がスグにわかる顎の無精ひげを親指でなぞっている。ドンドモット・ワイヤーは今、街を歩いていた。


 ここは、街のメインストリート。さまざまな商店がひしめき合っている。地方の都市にしては人通りが多い。売り子の声も景気が良さそうだ。

 ゴドリカ王国の第二都市サザリカの中心地にあるひとつの大きな屋敷が今回の支所だ。ただし屋敷全体が支所ではない、ここの屋敷は通りに面するところが細かに仕切られていて区画毎に色々な商売が行われていた。以前はどこぞの貴族の屋敷だったのをモールにしたようだ。


 大きな肉の塊を焼いている店の隣が今回の指定場所だった。小さなドアを開け薄暗い中にドンドモットより先に肉の焼ける香ばしい匂いが入る。ドアに貼り付けてある小さな看板に喫茶の文字があったが、(あゝ今回は喫茶店ということか…)と特に気も留めなかった。


 一歩入る-と…同時に店から男が飛び出してきた。蝶ネクタイに白いワイシャツ、クロのズボン…顔が笑顔なのは商売柄なのか…


 「もうしわけないね 焜炉が故障してネ、今日はもう閉店なんですわ」

 閉店の看板を持ち、申し訳なさそうな声をかけドンドモットの体を押してくる。

 「……――!」

 ドンドモットはここで悟った。今、店主とおぼしき此の男がドンドモットのポケットに何かを入れたからだ。なるほど、この位置からだとドンドモットの体が盾になって外の通りからは店主の動きは死角でみえない。

 (本国に持ち帰るのはコレか…紙切れ?…芝居は此の店が見張られているのか?)


 奥のほうからモップを持った中年女の声がかかる。

 「あんた!早く! 閉店の看板さげてよ」

 一連の行為をみれば さえない店主が嫁から叱られている――と見るのが普通の光景だが…ドンドモットはまったく別の考えをした…


 (差し迫った状況…会話はするな…ここをスグに離れろってことか…)

 一瞬だがモップを持った中年女が口元に人差し指をそえたことを見逃さなかった。

 ドンドモットは毒ついた捨て台詞を“追い出された店”へ吐きつつ道を隔てた向かいにある喫茶店へ向かう。歩調は変えない努力はしたつもりだ。




 背中越しに、今の店主と通行人とおぼしき人が何か言い合っているのが聞こえる。客が店に入ろうとしたのだろう。――今はちょうどお昼くらい…此の時間に店を閉める方がおかしい。

 ドンドモットは道を挟んだ向かいの店に入りカウンター越しに飲み物を注文する。――奥のトイレをみつけ中へ入る。トイレのドアを閉めたと同時に爆発音と爆風がドアを叩いた。

 爆風で飛ばされてきた破片がドアの一部を壊して足元に転がる。店から大勢の悲鳴声が聞こえる。


 ドンドモットは何処が爆発したのかなんて気にしなく行動していた。爆発した場所なんて“一箇所”しか思いつかないからだ。トイレ内の窓と、窓枠を蹴り壊し路地裏に出た。


(おう!オレが絶対とどけてやるよ!)

 ドンドモットは先ほど店主が何かを入れた、ズボンの右ポケットをポンポンっと叩き呟いた。

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