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混沌としている二人

甲高く、空気を揺らすような少女の咆哮が激しく響き渡る。

少女はこの時、戦闘時以外ではじめて、敵意をもって自らの勇者の力を解放した。それも極大出力で。

少女の身体に力がみなぎる。





裸の私に裸で覆い被さって!私のファーストキスを奪って!ぜーったいに、許さないんだから!!





少女は完膚なきまでにぼこぼこにしてやろうと思った。理由も原因も目的も、何もかもがわからないが、しかし、これだけのことをしたのだ。

万死に値する。

少女はその怒りのままに、暴力を以て目の前の男を制裁してやろうとしていた。



「よくわからないけど、こんな男の、こんな気持ち悪い目玉なんて、この程度の力なんて…………勇者である私にかかれば…………!」


常日頃、勇者として発揮されるその筋力に、女としてはどうしても嬉しくは思えなかったが、とても誇りには思っている。獣を絞めて質のよいまま抹殺し、死体は素手で解体し、それらを骨の髄まで、全てを握り潰してスープにしてしまえるのだ。

少女の細腕がいつものことを思い出す。





この男はケダモノ、

そうよ、もう何匹も屠ってきたあいつらと変わらない。





目の中で燃え上がる怒りの炎、そして胸の中でたか笑いをあげる嗜虐心。

これから目の前の男を痛め付けられると思うと、心臓の鼓動が狂い叫ぶように脈動する。





さぁ、どう料理してあげようかしら?





少女は怪物になった。

唇を歪に曲げると、コロシテシマッテモカマワナイワァ、と奥歯を噛み締め、全ての力を爆発させた。

そして両腕が引き抜かれ、その引き抜く力を反動に、気持ち悪い男の不潔な身体に触れることなく、まずはそのまわりの空間ごと空気の衝撃波で吹き飛ばす……………はずだった。


「え?ええ!?…………抜けない!?」

「オス?…………イエス、さす。」



予想だにしない目の前のできごとを、少女は唖然として見ていた。




信じられない!

私が……勇者たる私が……人間ごときに力で負けるなんて!!




少女のあの自慢の怪力、大地を素手で殴り、地盤を砕き裂きすぎて、温泉をマグマで蒸発させてしまうあの超常の力が通用しないのだ。

少女の驚愕は敗北感へ変わる。


「ウソ…………私、女の子みたい…………」

「メス…………カス、キス。S……オゥ!エス。」



目の前で起きたあまりにショックな出来事に、少女の怒りで熱くなっていた心は、突如冷や水をかけられたように冷静を取り戻した。

少女は一応、男の両目からその肉体を肘から肩にかけて引き抜くことには成功していた。しかし、それ以上引き抜くことができない。吸い込まれる力と引き抜く力がそこで拮抗するのだ。


どんよりとした敗北感の中で、少々落ち着きを取り戻していた少女の心は、しかしすぐさま荒れた。





ほんと……何なのよ!?こいつ……!

裸だし、髪は黒いし、目はわけわかんないし。

そもそも私の腕どうなってんの?

っていうか私の腕、こいつの体内に入ったてこと?

気持ち悪っ!!

私の腕、くさってないよね?大丈夫だよね?

……何か歪んでるけど!





少女は、改めて観察した目の前の男の不気味さと、とりもちのように滑らかに歪んでいる自らの腕の異様さのあまり、徐々に冷静でなくっていく。

気づけば男の口元もだらしなく開かれていて、何処か悲しげで自嘲しているような笑みが妙に不気味だった。加えて何かうわ言をぶつぶうとつぶやいているのだ。




何処かもわからない場所で、誰かもわからない男に侵されている。……誰も自分を助けに来てくれない。




束の間の平静は乱され、心は恐怖と嫌悪でふくらんでいく。

少女のSはSOSに変わった。


「うわぁああ!」

「デス?…………ハァイ!キ、グフゥ!」


少女の心は耐えきれず、冷静さを完全に失う。そして迫り来る危機への拒否反応のあまり暴れ始めた。


少女の両腕は右へ左へと振り回され、それに応じて男も左から、右から側頭部を床にうちつけられる。


「いや!いや!いや!いや!いや!いや!いやぁあ!」

「痛い!痛い!いたっ!いたっ!いっ!いっ!いったいぃ!」


スコンスコンスコンと、とても爽快な音が響く。

硬い床と空っぽな男の頭と狂える少女が、ここに素晴らしいアンサンブルを生み出した。

少女は無機質な音と男の悲鳴が織り成す快感な世界で、徐々に心が狂喜乱舞していく。

不安で押し潰されそうになっていた心が、その音のあまりの快感に、演奏の楽しさに魅せられ、その奥深さゆえに、深みにはまっていく。


一方男は少女の無駄にリズムカルな暴力を受けて、それまでの廃な思考はクリアーになってきていた。

しかし、少女の演奏はまだまだ終わらない。


「うふふ…………うふ …」

「痛い!痛い!いたっ!いたっ!痛い!痛い!グフゥウ!………痛い!痛い!いたっ!いたっ!痛い!痛い!

いた?くな…グフゥウ!………いっ!いっ!いっ!いっいっ!いっ?くな…グフゥゥウ!!」


強く打ち付けられる!と思えば、やはりさらにより強く、右、左、右、左、右?と思わせて、やはり右により強く、極大の奴がくる!と思わせて、まさかの慈愛の寸止め!?と思わせて、やはりより強く打ち付ける。


そんな最中、少女の怪力に遠心力が加わったゆえか、少女の両腕は少しずつ抜けてきていた。

さらに付け足すた、少女がやや右へのこだわりを持ち始めたからだろうか、右腕が左腕より一歩リードしていた。



「グフフ……………うへへへ……………………ほぇっ?」

「痛い!痛い!いたっ!痛い!いたっ!痛い!いっ!いっ?グフゥウ!……いっ?……………………ん?あれ?」




あれ?側頭部が寂しい…………来ないの?




男は物足りなさを感じながら、少女の暴力が止んだのは、疲れからか息を整え、腕を休ませているためだと思った。そこで男は、そろそろ頃合いだろう、もうこれ以上の暴力をやめてくれと喋りかけようとして


「…………ねぇちょっ、グフゥ!」


床ドン!まずは喋れない!




まぁね、こんな偶然もあるよ、さっきのは間が悪かったのかな?とそういうことにして




「…………あのぅそろそ、グプゥ!!」


床ゴン!!やはり喋れない!





こいつ、やはりSか!と確信して、フェイントを交えながら、


「…………そ…………そろそ、…………そろそ、……」


同じ手は三度も通用しない!と息ごんで


Sの呼吸を、よむ。



………ここだ!!!



「あのぅそろそろやめ、ヌフゥウウン!!!」


床バーン!!!

少女は爽快感で胸が満たされた。



一方少女は疲れていたわけではなかった。右腕が大分リードしながらも、いつの間にか抜けてきていた両腕に気づいたのだ。

そして、度々話しかけようとしてきた男を悪魔のタイミングで叩きつけて、腕の抜け具合を確かめていたのだ。少女は状況が好転したことで冷静さとSを取り戻していた。




いける。ちょっとずつだったけど、確かに抜けてきていたんだわ。右腕だけなら、次の一発で……………




少女は勇者の力を腕に、特に手首付近まで抜けていた右腕に集中させる。


「よいしょっと!」

「グプゥ!」


まずは男の頭を左側の床に叩きつけて、反動を生み出す。

そして……


「抜けてぇぇえ!!」

「ヌォォオオオ…グッフゥゥウ!!!」


腕がこだわりの右サイドへ振り切られる。

右腕がついにゴールしたのだ。左腕の方も、もうゴールしてもいいよね?と手の甲の半ばまで迫っている。





よしこのまま、左手も…………





そんなことを思った刹那だった。

腕が抜けて視界が開けた男の左目が、裸の少女をとらえる。痛みでうっすらと霞んでいた意識は、待ってましたと、手際よく、大興奮に燃え上がる。




こ……!これは!!

俺にはちょっと!……

ちょっとだけかなり早いんじゃないかな!!




男の精神は大いに揺さぶられ、男の右目が異様に大きく見開かれる。

落ち着きつつあった目の力が、またも暴走する。


「え?……え!?……何で??」


少女の身体が引っ張られる。左腕だけはゴールできなかった。そしてゴールからまたも遠ざかっていく。


「いやいやいやいやいやいやぁあ!」


男の右目に左腕が完全に飲み込まれる。次に左肩が、首が、頭が飲み込まれて少女の視界が真っ暗になる。少女がまたもや恐怖を思い出す中、それでも男の目の力は容赦なく少女を吸い込む。

とうとうゴールしたはずの右腕までもが、今度は肩から吸い込まれて、一気に胸部を、腹部を、不可解に歪ませて男の右目へと吸われていく。

そして男が大興奮からのまさかの事態、非現実を左目で認識し、呆然とする中、ついに少女の身体はその脚の爪先まで、男の右目に少女の全身を吸い込まれてしまった。





……あ!右目も見える。

やった!両目が見えるぞ!


………………けれど、左目に映っていたはずの少女がいない。

というかさっきのはなんだよ……

左目のあの光景は……まるで、お、俺が少女を吸い込んだみたいじゃないか。

一体何がどうして……





男は何とも言えない状況に言葉を詰まらせ、恐怖で頭が埋め尽くされそうになった瞬間、それが響いた。


「何よここ!ちょっとぉ、だしなさぁぁい!!」


少女の声が、まるで鼓膜を内側から破るようにして、男の頭の中を揺らした。





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