恩返しします
「・・・オイ」
昼前に起きた俺は、ベランダで洗濯物を干している妻のミヨを呼んだ。
「あ、アキラさんおはようございます」
目の下に隈が見える。昨日も遅くまで内職をしていたのだろう。
「今ご飯を運びますね?」
「いらねぇよ。それよりパチンコ行くから金くれよ」
そう言うと、ミヨは少し悲しそうな表情をしながらも部屋のタンスから財布を取り出し、金を五千円出した
「ゴメンなさい。今、手持ちが少なくて・・・」
俺は舌打ちして金を取る。
「今日の晩ご飯はカレーだから、できるだけ早く帰ってきて下さいね?」
「飯は外で食うからいらね」
「そうなんですか・・・そ、それじゃあ楽しんできて下さいね」
返事をせずそのまま外に出る。
「クソッ、マジでウゼェな」
今日はなかなかついているらしい。目の前の台は激しく光りながら玉を吐き出し続ける。
「今日の晩飯は豪華になりそうだな」
ニヤニヤしながらタバコに火を点ける。
そうして時間は7時を過ぎ、そろそろ換金しようかと店員を呼んだ。
店を出ると俺は手元の金を無造作にポケットに突っ込む。
「十万も稼げたし、今日は久しぶりにキャバに行っちゃうかな〜」
その時だ、すれ違った男と肩がぶつかり、よろけた
ムカついた俺は男を怒鳴りつける。
「オイ!痛えじゃねぇかコラ!!」
しかし相手の男を見て後悔する。見える肌にはタトゥーがビッシリと入っている、一目で分かる筋力差に顔から血の気が失せる。
「ア?んだお前?」
胸倉を掴まれ顔に鈍い衝撃と激しい痛み、そして頭にも同じ痛みが襲った。
地面に倒れた俺の頭から血が流れる。
頭を地面にぶつけたようだ。
男は鼻で笑ってそのまま立ち去る。
「・・・」
俺はというと、痛みはあるがそれよりも混乱でその場に座り込んで動けなかった。
「・・・何だ、これ?」
脳裏では知らない記憶が次々に湧き出てくる。
知らない自分の名前、知らない両親、知らない家、知らない学校とクラスメイト、そして最後に跳んだ自分と迫り来るアスファルトの地面
「ッ!!」
道端に駆け寄り嘔吐する。
そのまましばらく冷静になろうと努めて頭の中を整理していた。
「・・・これ、前世ってやつか?」
推測であるがこれが前世の記憶として、前世の俺はイジメに耐えられず自殺したらしい。
両親も家にいない日が多く、味方がいなかったのか、一人でずっと抱え込んでいたようだ。
「・・・」
俺はポケットのお金を手に取る。
「・・・今世の俺は、何やってんだろうな」
今からでも、やり直せるだろうか
家に帰り着くと時間は既に10時を過ぎていた。
居間の明かりはまだ点いている。
玄関を開けると奥から駆け足する足音が近づいてくる。
「アキラさんお帰りなさい」
疲労感が見えながらも優しく微笑む彼女に俺は今までの罪悪感と愛おしさを感じた。
「・・・ミヨ」
俺はポケットからお金を取り出し彼女の前に置くと、その場で土下座した。
「今まで本当にゴメン!」
俺のいきなりの行動にミヨは驚きの表情を浮かべるが、構わず続ける。
「俺みたいな馬鹿には、もう愛想つかせてるかもしれないけど、本当にゴメン!ずっとお前に甘えてダメな奴だった!
だけど、これからは心入れ替えてお前のために頑張るから!
お前のこと大好きだから!だから・・・!」
その時、頭を撫でられる感触に顔を上げる。
そこには涙を浮かべながらも愛おしげに微笑むミヨが座っていた。
「アキラさん、何があったのかはわかりませんが、私はアキラさんの奥さんでアキラさんが大好きです。
だから、私を頼ってくれて嬉しかったんです。それでもアキラさんが私を思ってくれて泣いてくれる。
ありがとうございます、アキラさん。愛してますよ」
「俺も、俺も愛してる、ミヨ」
あれから一ヶ月、パチンコやお酒、タバコを止めて仕事を始めた俺の生活はとても充実している。
横には俺をいつも支えてくれているミヨ
「どうしましたアキラさん?私の顔、何か変ですか?!」
「どこも変じゃないよ。ミヨはいつも綺麗だ」
「も、もう!アキラさんったら!
・・・愛してますよ」
「あぁ、俺も愛してる」
俺は幸せだ