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『二年の笹田が倒れた』
昼休みの教室で、昼飯を摂っていた岡田康生は、そう教師に呼び出された。
康生がこの私立明倫高校に入学して、五度目の呼び出しである。
「あれ、岡。どこ行くの」
廊下の途中で声を掛けてきたのは同じクラスの渋沢陽太だ。康生と真逆のちゃらちゃらとした見た目で軽薄そうに思われがちだが、実は友達思いのいい奴である。
「保健室」
相変わらず愛想なく康生が答えても、陽太はまったく気にした様子もない。
「おう、笹田先輩のところか。あの人もすごいな」
笑って送り出される。
一年校舎から少し遠い保健室まで来ると、扉の前で一人の女子生徒が泣いていた。
同じクラスの花園くるみである。
「岡田くん」
花園が康生に気付いた。
いつもツインテールしている髪を、今日は緩く三つ編みにしている。康生は彼の級友たちが、くるみはツインテールがかわいいか三つ編みがかわいいかで熱く議論していたのを思い出した。康生には興味のない話題だったが。
「どうしてここに?岡田くんも具合が悪いの?」
どうやら花園は康生がここへ来た事情を知らないらしい。
「どこも悪くない」
愛想なく康生が答えた。
花園の顔がまた泣きそうになる。
康生は内心ため息をついた。昔からそうだ。康生は愛想良く話すのが苦手である。いつも無表情に、淡白に話してしまう。それが相手にどんな気持ちを持たせてしまうのか十分に実感しているはずなのに。
「幸の様子を見に来たんだ。先生に倒れたって聞いたから」
花園が驚いた顔をした。
「え、岡田くんって笹田先輩と知り合いだったの」
「幼馴染」
康生が答える。
うそ、と花園が声を上げた。
「家が同じマンションで隣同士なんだ」
「そうなの?それなら……、岡田くんに紹介してもらえばよかったな……」
花園が赤くなった目でつぶやく。
そこで康生は検討がついた。
(今回は花園だったのか)
花園くるみは校内でも五本の指に入るほど人気のある女子生徒だ。清純派のアイドルばりの容姿で数々の男子生徒のハートを射止めていた。
(相変わらず豪勢な面子だな、幸に惚れるのは)
今回もそれが裏目に出たのだが。
保健室の扉が開いた。保健医が顔を出す。
「あら、岡田くん。意外と早く捕まったのね。花園さん、笹田くんのことなら心配ないわ」
「でも……」
「もうすぐ授業が始まるわよ。岡田くんは先生の許可をもらっているから大丈夫でしょうけど、あなたはそうじゃないでしょう。ほら、行きなさい」
「はい……」
渋々、花園が教室へ帰っていった。
「先生、幸は」
「いつものあれね」
カーテンのかかったベッドを示される。
康生はカーテンを引いた。
そこには、花園くるみの想い人笹田幸が眠っていた。
明倫高校二年の笹田幸は、十年以上付き合いのある康生でも惚れ惚れとする美形だ。
王子様の異名に相応しい優しげで上品な顔立ち。髪は天然な栗色でさらさら。一七八センチという高すぎず低すぎずの長身に、筋肉が付いていながらどこかほっそりとした印象を与える体躯。
康生が知っている限り学校一の モテる男だ。