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4・19 修正。

「相変わらず、うちの艦長ってぶっ飛んでるなぁ」

「頼むから、無駄口叩かないでくれよ」

「だぁいじょうぶだって。二百二十キロ弾頭つったって簡単に爆発したりしねえよ」

 そう言って軌道誘導弾(OOM1)から弾頭を取り外すのは、機関士の本田研(ほんだけん)二等海曹。

「俺、衛生科なんだよ。ただ、船外活動(EVA)資格持ってるだけなんだぞ。こんなでかい砲弾なんて触ったこと無いんだよ。頼むから真剣にやってくれよ」

 泣き言を言うのは、生間良治二曹。船外活動資格を持つあかつきでたった二人だけの海曹は、艦長の秋月二佐の命令で、あかつきの上部甲板中央部に位置する垂直発射装置(VLS)で作業中だ。

 船外活動服を着込み、命綱を繋ぎ、非常用の小型バーニアを身に着け、潜り込むのはOOM1ミサイルが格納されたVLSのセル。装填用のロボットアームが先端の誘導部を固定している中、二人は弾頭の取り外し作業を行なっている。

 あかつきのVLSは規模の割に装填数は少なく、ミサイル四に通信モジュール二のみで人が潜り込んで作業可能だ。それでも、ミサイルを収めるキャニスターや様々な装置で動かせる手元は僅かにしかない。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

「だって、これって一発でイージス艦が沈むんだろ?」

「ま、爆発したらそんぐらいは起きるな」

「それって、あかつきなんて粉微塵じゃん」

「だから、艦長も滅多に使わないんだけど、なっと」

 軽い掛け声とともに本田は、誘導部の真後ろにある弾頭を留めていた最後のボルトを外す。

「ほんじゃ、こいつ押さえてて」

「ひええええええ」

 怯えつつも本田の指示に従う生間。

「轟一尉。これから副腕を弾頭に接続します」

「了解だ。それと本田、あまりいくまっちを虐めるな、と艦長のお言葉だ。あかつきの癒し系を潰す気か、だそうだ」

「自分ですか?虐めてますか?」

「どう考えても虐めてるな。わざとか?」

「全然、自分は楽しく生間と語り合ってただけですよ」

「生間ぁ。貴様の意見は?」

「自分は本田二曹が怖いです。以上であります」

「だそうだ」

 情けない生間の悲鳴と、轟の責めるような言葉に心外そうに眉間に皺を寄せる本田。

「ま、どうでもいいですけど」

「よくなああああい」

「いいです。弾頭固定です。抜取りお願いします」

「了解だ」

 生間の悲鳴を無視して、話を終わらせる本田と轟。

「生間。ミサイルから離れろ」

「やった。了解です」

 これ幸いと、足元の梁を蹴ってミサイルから離れる生間。その動作の方がよっぽど危ないということを、生間は分かっていないのだろうと本田は思った。

「弾頭。外します」

 轟の宣言。動き出すアーム。その先端にはエンジンオイルのお徳用缶を二、三個繋げたような円筒形の弾頭。アームはその弾頭をミサイルセルから取り出し、先ほど失った通信モジュールがあったセルに移動させる。本田と生間はその弾頭を固定する作業に従事する。

 ふと目線を上げた本田は、間の抜けた声を上げた。

「本田より司令室。外部光学映像を展開することをお勧めします」

「司令室より本田。どうした?何かあったか?」

「いいから、カメラを点けて下さい」


 本田からの通信に要領を得ないまま、しかし外部監視カメラの映像に目を向けた藤原一尉は、それを戦術スクリーンに映し出した。

「艦長」

「なんだ……」

 作戦の要綱に幾度となく噛みついてきたバラク少佐の相手をしていた、いやせざるを得なかった秋月は、状況に変化があったかと思って戦術スクリーンに目を向けた瞬間、言葉を失った。

 それは同時に目を向けたバラクも同じであった。

 言い争いをしていた二人の唐突な沈黙に、副長の副島も気付き、目線を上げ、そして艦内通信を開く。藤原の表示した映像を、医務室、機関室へと転送。

「夜明けか」

 誰かが呟いた一言。

 頭上に押さえ付けんばかりに迫った青く輝く三日月。陽射しの当たらない夜の部分には無数の光点。

 母なる惑星、地球。

 四十六億年の遥かな時代より生命の揺り籠として、この漆黒にして無慈悲な宇宙に存在しつづけた青い惑星。低軌道を周回するあかつきの頭上に、その偉大な姿を現そうとしていた。

 普段、レーダースクリーンやデータとしてしか見ることがない地球。乗組員にとって、その姿をカメラ越しとはいえ目の当たりにするのは、久しぶりだった。

 低軌道で、地球の重力を利用しながらの全力加速中のあかつきの目の前で、地球の昼の部分がどんどん広がっていく。青い光が闇に現れ、それが線を成し、三日月状となり、さらにみるみる太く、大きく輝きを増していく。

 青い海、緑の大地、空を漂い渦巻く白い雲。その奇跡のコントラストが見る人全ての心を虜にする。

「総員に告げる」

 秋月が英語で発した。つまり、それはバラクにも向けた言葉だった。

「あれが俺達が守るものだ」

 母なる大地。蒼き空。碧い海。豊かな緑。そこに住む人びと。

「俺達は地球を守り、宇宙に飛び出す。一見、矛盾するようだが違う。母なる故郷を美しく保つためには、人類の進出はいつかは必要となる。今、それは始まったばかりだ」

 作業の手を休め、地球に見入る若者達の耳に届く秋月の言葉。

「だが、自らの劣情を発散するためだけに、それを妨害しようとする輩がいる。プライマリーコロニーの破壊によるデブリの大量発生は月軌道内を埋め尽くし、連鎖的にデブリを生み出し続けるケスラー・シンドロームを引き起こすだろう。その結果、人類を襲うのは絶望だ。未来を担う子供達が狭苦しい地上に押し込まれ、互いに醜い争いを続ける。そんな世界だ。俺達は、これを全力をもって排除しなければいけない」

 ことさらに煽るでもなく、だからといって気を抜くでもなく、淡々と言い放つ秋月。

 だからこそ伝わるものがある。

「これより、敵が起こそうとする全地球圏を巻き込もうとするケスラーシンドロームを阻止する。諸君らの肩にかかっているのは、たかだか八十億人の未来に過ぎない。この宇宙に比べればちっぽけなものだ。日頃の訓練の成果を発揮して欲しい」

「艦長に対し、注目!」

 響き渡る副島の号令。一斉に、視線を秋月に向ける乗組員達。その眼差しに宿るのは、艦長の指揮に服し、艦長の掲げた目標を遂行する決意。

 秋月は一つ頷く。

「直れ!」

 副島の号令で、作業に戻る。

 視線を正面に向ける秋月。

 戦術スクリーンに映し出された大きな青い地球。

「間もなく、離脱予定座標です」

 水嵜が告げたのは、地球の重力を離脱するためのポイント。

「いくまっちと本田の収容は?」

「完了しています。間もなく戦闘配置につきます」

 藤原の返答。

「弾頭取り外し作業は?」

「あとは、VLSの閉鎖とクレーンの収容のみです」

 轟の返答。

「艦内環境は?」

「全て正常。最大加速準備完了だ」

 聞こえたのは飯岡の声。

「機関は?」

「電圧、推進剤圧力、全て正常。現在、アイドリング中」

 届いたのは石動の報告。

「全兵装は?」

「主砲、VLSすべて正常。諸元入力準備完了です」

 雷同の軽快な応答。

「目標アルファの位置座標は?」

「監視衛星群による観測情報を入手。予定通りです」

 法的な問題すれすれの発言をする古河。

「司令部、関係各所への通達、補給要請は?」

「全て、完了です。現在、プライマリーコロニーでは全作業を中止。非常事態に備え、退避を進めています」

 副島の言葉に、深く頷く秋月。

「艦長」

「何かございますか?バラク少佐」

 秋月は黒人の少佐を振り返った。

「貴機が何をしようとしているかは分かりました。そのための準備を、訓練を積んできたのも。ですが、あなた方はこの未曾有の惨事を防ぐことが出来るのですか?」

 秋月は、数秒少佐を見つめ、おもむろに口を開いた。

「海上自衛隊は、国民の生命財産を守るための力です。それはあなた方にとっても利益のはずだ」

 熱に浮かれることもなく、冷めることもなく、淡々と言い放つ秋月。

「分かりました。残念ながら、我が軍の部隊はこの事態に間に合いそうにない。あかつきに、地球を任せます」

 そう告げたバラクに秋月も静かに頷いた。

「離脱座標まで二十秒」

 水嵜の声で正面を向く秋月。

「戦闘用意」

「戦闘用意!」

 艦内に鳴り響くアラーム。

「座標到達とともに、機関全速。地球重力を離脱。プライマリーコロニーに向かう。以後、潜行体制に移行。一切の電波、熱の放出を禁ず。光学で目標アルファを捕捉次第、攻撃諸元を入力」

「離脱まで、十秒。八、七……」

「本艦はこれより機関最大加速を開始する。総員、加速に備えよ」

「総員、最大加速用意!耐ショック姿勢!」

「……三、二、一。加速開始します」

 水嵜が叫んだ瞬間、司令室に今までで最大の衝撃が襲う。

 艦最後尾に搭載された、四基の推力偏向イオンエンジンがプラズマ化した推進剤を全力で放出。

 母なる地球の手繰り寄せる力に抗い、八百二十トンの巨大な船体がその身を飛翔させる。

 青く輝く星を守るため。

 また故郷に戻るため。

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