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4/19 修正。

「ヘイ!貴様ら何をしている!?」

 電子音が三度鳴り響き、照明が落ち、各員のモニターだけが光源となった仄暗い司令室内に、バラク少佐の罵声が響き渡った。

「We go to our battle station, sir.Please settle down」

 ぴしゃりと言い放つ副島。その眼光が鋭く予備シートに座る空軍少佐を射抜く。護衛艦あかつきの意思を司るのが艦長たる秋月ならば、あかつきの秩序を司るのが副長たる副島だ。たとえ国連(ユーノス)の客だろうと、それは変わらない。

即時(battle )待機(station)だと?」

「違います。戦闘(battle )配置(station)です。少佐殿」

 態度を豹変させた副島に狼狽するバラクに、秋月が訂正した。副島は艦内の指揮に集中している今は、説明は秋月の仕事だ。

「なんだと?」

 だが、秋月の説明は困惑する空軍少佐にはやはり意味の分からないものだった。

「我々は不審な行動をする船舶を発見しました。当該目標アルファは現在、プライマリーコロニーへ向かう軌道を航行中です」

「つまり、中佐はその機体を撃墜するのか?」

 噛みつかんばかりに迫るバラクに、秋月は目を細めた。

「中(Lieutenant)佐で( Colonel)はなく、二等海佐(Commander)あるいは、艦長(Captain)と呼んでいただこう」

 激昂するでもなく、誇示するでもなく、淡々と言い放つ秋月。

 言葉とは裏腹の、あまりにニュートラルな秋月の態度にバラクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……では、艦長。その機体をあなたは撃墜するとおっしゃるのですか?」

「今はまだ決まってません。アルファは現在、コロニー近傍を通過する軌道を航行しているにすぎませんから」

 バラクはそれで理解した。秋月が目標アルファがテロリストだと考えていると。

「ならば、何故その軌道機をテロリストと決めつけたのか、その根拠を教えていただこう」

「まずアルファは、事前に詳細な日時と座標が発表されている掃宙作業域近傍に現れました。しかも、救難信号を発信していません」

「通信機器の故障ではないのか?損傷していたら……」

「それは、これから分かります。克己。少佐殿に教えて差し上げろ」

 Yes, sirと返答し、藤原一尉は英語で状況説明を始めた。

「目標アルファを光学で捕捉しました。現在、機種特定は完了しています」

 戦術スクリーンの一部にデータが表示される。

「華灯宇宙集団のHan5型です。全長は四十八メートル。最大貨物積載量は四十五トンの大型機です。こちらが現在のアルファです」

 非常に鮮明な画像が映し出される。細長い機体の上下に、コンテナをいくつも数珠繋ぎにした目標の姿がはっきりと見えた。外部識別灯は灯されておらず、外部からでは異常の有無は確認できない。

 だが、バラクが気になったのはそこではなかった。

「待て、この画像はどこから手に入れたのだ?」

「本艦の二次探索装置です、少佐」

 高精細しかも明度も良好な画像が機体内の設備だけで得られることに、バラクは絶句した。アルファとの相対位置は二万キロ。スターイーグルでは決して得られない画像だ。そもそも、スターイーグルのレーダーでも探知できない。

「ニコン製は素晴らしいですよ。今度、カメラの一つでも贈りましょうか?」

「いえ、そういう趣味は持ち合わせていませんので」

 秋月の軽口に、しどろもどろのバラク。

 そこに藤原が口をはさむ。

「続けます。光学ではアルファに異常は見られません。次に赤外線走査結果を合成します」

 バラクはもはや驚くことをやめた。開き直ったと言った方が正しい。二万キロ彼方の赤外線探査が出来る装置を、たかが軌道機に積んでいることにツッコむ意思も失せた。

 アルファの機体が青や橙に彩られる。

「機関部と操縦席の熱量が多いな。それが何か?」

 率直な意見を述べるバラク。

「いえ、異常です」

 秋月が否定し、その後を引き継ぐ藤原。

「はい、その通りです。これが通常のHan5型です」

 数点の画像がスクリーンに映し出された。それと目標アルファの画像を見比べるバラク。

「御覧のように、一部のコンテナには熱量が観測されるはずです」

「保温する必要の無い荷物だけだったとは?」

「あり得ませんね」

 バラクの問いかけを、ばっさり切り捨てる秋月。

「今の宇宙には、そんな資材だけを運ぶような贅沢な運搬をする余裕なんてありません。必ず、生活物資とともに輸送されるはずです。特に生鮮野菜は宇宙の必需品だ」

 日向で二百度、日陰でマイナス百度といわれる宇宙空間で生鮮食品を保温機能なしで運搬することはあり得ない。そして物資を運ぶ能力が少ない現代の宇宙では、一つの便に必要な物はすべて押し込めるのが常識だ。

「船橋と機関の熱量からして、軌道機としての異常は認められない。なのに、コンテナには生鮮食品が載せられていない。――テロリストとしては二流だな」

「いいえ、艦長。この海では彼らの行動は当然です」

 副島が秋月の言葉を否定する。副長が艦長に反論するという異常事態だが、司令室要員の間に流れたのは若干弛緩した空気。

 張り詰めることなく、緩みすぎることなく、淡々と任務を遂行する緊張感。

 意味が分からず眉間に皺を寄せるバラクに、秋月は不敵な笑みを浮かべた。

「エネルギーの節約は、宇宙(この海)では鉄則です。我々は、そんな善良な宇宙飛行士のおかげで、凶悪なテロリストを見つけることが出来たのですよ」

 驚愕するバラク。このあかつきの真価を見せ付けられた。広域探査可能なレーダー。超望遠、高精細の熱光学の探索装置。宇宙という広大な空間では、それは必要な物だ。

 アメリカ宇宙軍は、それは軌道上に配置された早期警戒衛星の任務で、軌道戦闘機はそれらの情報をもとに現場に急行することになっている。

 当然、警戒網から外れた宙域の監視は甘くなる。実際、この静止軌道と月軌道の間は航路以外の監視網は十分ではない。

 だから軌道機を大型にしたというのか、海上自衛隊は。

「コンタクト。レーダー波受信」

 藤原の声が、バラクの意識を引き戻す。

「OF4、二機。IFF(敵味方識別装置)照合、第一軌道戦術飛行隊《VOF001》です」

「スターイーグル、通信を求め……」

 船務士の古河の報告を、秋月はみなまで言わせなかった。

「今すぐ通信をやめさせろ!無線を使うな、レーザー通信限定だ」

 急に叫び声を上げた秋月に、バラクは訝しげな目を向けた。それにこの距離では、スターイーグルはレーザー通信が出来ないのではないだろうか。

「友軍が到着したのではないのか?」

「貴様はバカか?」

 秋月の叱責。あまりの明け透けな言葉に、バラクは目を白黒させた。

「俺達は現在潜行(ステルス)中だ。どこにも通信なんてしていない。それじゃ、潜ってる意味無いからな。ということは、彼らは偶然ここに居合わせただけだ」

 それでも、友軍に変わりないと思うバラク。

「だが、……」

「本当にアホだな。相対位置を見ろ。お前んとこの小鳥は、アルファを捉えていないんだよ。偶然通りかかった俺達に挨拶(コンタクト)してきただけなんだよ」

 言われて戦術スクリーンを見る。スターイーグル二機は、あかつきの後方に位置している。あかつきはスターイーグルのレーダー圏内にいる。しかし、確かにテロリストと思われる目標はその圏外だ。

「お前らは平気で電波を使うが、それは危険な行為なんだ」

 昂ぶり、震え、怒りさえ見せる秋月。その気迫にバラクは押し黙る以外になすすべも無かった。

「目標アルファに動きあり!」

 藤原の悲鳴にも似た声が司令室に響いた。

「コンテナ二基を投棄。反動で加速します」

「克己は、コンテナの軌道を計算。みっちぃはアルファの軌道を再計算」

 素早く指示を出す秋月。速やかに反応する藤原と古河。

「そえちゃん。通信モジュール射出。ひまわりに緊急打電。我、敵性体と遭遇。目標の破壊活動阻止行動に入る」

「了解」

「いや、追加で補給要請。座標は月軌道。とユーノスに救難要請。座標はスターイーグルの軌道。詳細は、後で送る」

 副島の表情がわずかに強張る。

「了解。交戦宣言、並びに補給、救難要請実施します」

「薫さん」

 秋月は艦内通信を開いた。医務室の飯岡薫三佐を呼び出す。

「なんだ、暢」

「今の食糧は非常事態でどれくらいもちますか?」

 ふん、と鼻を鳴らす飯岡。

「遭難する気か?」

「必要に応じて」

「通信モジュール射出します」

 轟の報告。続く鈍い振動音。

 それが聞こえたのか、飯岡は含み笑いを漏らした。

「非常態勢なら二日分だな。水は四日分ある。医薬品は問題なし」

「ありがとうございます」

「問題ない。いざとなったら、生間を使っていいぞ」

 そう言って飯岡は通信を切る。

 なんという連帯感。バラクの眼前で展開されたのは、空軍では見ることのない、複数人が有機的に連結し一切の乱れなく行動する高度なチームプレー。艦長の意思のもとに、全ての乗員が最高の職務を遂行する、芸術的ともいえる一糸乱れぬ戦闘行動。

「艦長。アルファの切り離したコンテナはスターイーグルの軌道と交錯します。八十パーセントの確率で衝突します。交錯まで四十五秒」

 一瞬、静まり返る司令室。

「なんだと?」

 声を上げたバラクを制し、指示を出す秋月。

「克己、スターイーグルとの通信を開け。通信モジュール経由だ」

「了解」

「……こちらアメリカ宇宙軍VOF001。前方の大型軌道機に告げる。通信を開き、そちらの所属を明らかにされたし」

 やはりバラクの危惧した通り、スターイーグルはレーザー通信に切り替えていなかった。

「こちら、海上自衛隊第一宇宙隊群軌道護衛艦あかつき。接近中の軌道戦闘機に告げる。速やかに現軌道を離脱せよ。貴機は不審軌道機の攻撃に晒されている。繰り返す、貴機は攻撃に晒されている」

「なんだ?一体、何を言っている?」

「交錯まで二十秒」

 藤原の低く抑えられた報告。

 ぶつん、と何かが切れた音が司令室内に木霊した。

「いいから、回避しろ!俺達は今、テロリストを追っている。そいつらがお前らを攻撃している。早く回避するんだ!このくそったれピヨスケども!」

「りょ、了解……」

 困惑しながらも、返答するイーグルドライバー。

 だが、非情な現実が襲う。

「コンテナ起爆!」

「Shit!」

 バラクの悪態は、偶然にも司令室内の全員の総意だった。

「コンテナの破片。スターイーグルと接触します」

 藤原の言葉は酷くうつろに響いた。

「接触、今」

 爆音が聞こえるでもなく、閃光が見えるわけでもない。ただ戦術スクリーンが、スターイーグルが爆発したコンテナの破片に巻き込まれたことを無情に告げるのみ。

「なんてことだ。艦長。すぐに彼らの救援を」

「アルファ、さらにコンテナを切り離し。通信モジュールに向かっています」

「そえちゃん、通信は完了したか?」

 しかし、秋月はバラクの要請を無視した。

「すでに完了です」

「了解。モジュールは投棄する。みっちぃ。アルファの軌道は?」

「艦長!貴様、同盟国の兵士を見捨てるのか?」

 食ってかかるバラク。

 顔を歪める秋月。

「デブリ原に突入しろと?」

 面倒くさそうに、苛立ちも隠さず、淡々と言い放つ秋月。

 言葉に詰まるバラク。

「しかも、我々は現在敵から姿を隠して行動している。ここでスターイーグルと相対速度を合わせるために機関を動かせば、敵に見つかる可能性がある。そうなると、敵の第四、第五の攻撃があるだろう」

「敵、第三弾、起爆。通信モジュール接触します」

 藤原の報告に秋月は頷くのみ。

「幸い、敵は我々の通信モジュールにしか気付いていない」

「通信モジュールとはなんだ?」

 苛立ちとともにバラクは問い返していた。

「本艦の外部通信端末です。艦から切り離し、艦からレーザー直通通信でコントロールします」

 副島が説明した。

 つまり、無線機を遠隔操作していたということか。

「なぜ、そんな面倒なことを?」

「俺達は潜行中だ」

 突っぱねるように、冷厳に、言い放つ秋月。苦笑する副島。

「我々は、敵の電波熱探査から隠れて行動しています。ですが、スターイーグルはそうしていなかったために攻撃されました。通信モジュールは、その危険を避けるための機器です」

 なんてことだ。海上自衛隊は、そこまで事態を想定していたというのか。

「つまり、この軌道機はステルス機なのか?」

「はい。その通りです。現在、電磁波、熱光学観測の被探知距離は約十五キロと推定されています」

「バカな。十五キロなんて目と鼻の先じゃないか」

「めでたい連中だな」

 秋月は心底呆れたように言い放つ。

「お前らの小鳥の鼻先を、何度も横切ってみせたが、一度もクレームは無かったぞ」

 バラクは思い出す。平べったい機体。艶の無い漆黒の装甲。確かに、視認しづらいデザインで、電波反射を抑えた構造と塗装だ。

「だが、機体の相対向きが変われば、電波反射率は変化するはずだ」

「もちろん。だから、常に最高のステルス性を維持するために艦首を敵に向け続けている」

 そんなことも分からないのかと言いたげな秋月。

 つまり刻々と変化する相対位置に合わせて、最もレーダー反射を抑えられる姿勢に微調整し続けているというのか。

 それを理解しても、バラクには疑問が浮かんだ。

「だが、それでは姿勢変更の噴射炎が見えるはずだ」

「それは問題ありません。姿勢変更は、通過するデブリや衛星の影で実施したり、艦内の物資コンテナを移動させる重心移動で行なわれています」

 完全なステルス性の追求。それは、まるで……。

「潜水艦ではないか」

 バラクのつぶやきに、司令室が静まり返る。だが、そこに漂う空気は、今までの疎外する沈黙ではなく、自分達の領域に到達した者を歓迎する静寂だとバラクは感じた。

 艦長の秋月が、僅かながら態度を柔らかくする。

 その変化に戸惑うバラク。

「その通りだ」

 気負いもせず、誇るでもなく、淡々と言い放つ秋月。

「俺達は潜水艦乗り(サブマリナー)だ」

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