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「面倒くさいですね」
半舷上陸中の当直に就いた秋月は、通信ウィンドウに映し出された壮年の将軍を見た瞬間、本音を漏らす。
「悪かったな秋月。俺は貴様の疫病神にしかなれん」
苦笑いを浮かべる壮年の海将補は、海上自衛隊第一宇宙隊群司令空知誠吾。秋月をあかつきの艦長に推薦した張本人であり、そもそも宇宙隊群を編成する主導的役割を担った人物である。
「将補のことではありません。どうせ、どこかからクレームが来たんでしょ?朝日ですか?産経ですか?まさか、日経じゃないですよね」
「残念。大臣だ」
「ヨネゾーかよ……」
秋月のぼやきに空知は鼻で笑うだけだった。防衛大臣、米蔵聖陽をヨネゾー呼ばわりする士官は秋月くらいのものだが、空知も護衛艦隊司令部もそんな彼のふてぶてしさには慣れていた。
むしろ、幕僚学校次席卒業にも関わらず、実戦部隊が引き抜きを拒んで離さないほどの自由な発想をもって潜水艦を操艦しつづけた実力は司令部では有名だった。空知としては、今後あかつき型護衛艦の増産とともに宇宙隊司令、そして宇宙隊群司令、ゆくゆくは宇宙艦隊の護衛艦隊からの独立の暁には彼が司令官を任ぜられるべきと考えている。
そんな逸材はしかし、自衛官にあるまじき悪態が日常茶飯事だ。
「マスコミが一部富豪の財産を守ることを目的に、公費を無駄遣いしたって報道したそうだ」
「キャニスターを捨てたことですか?」
「いや、軌道誘導弾を使ったことだろう」
「ああ、確かに一発無駄でしたね」
「で、大臣はなぜ戦術レーザーを使わなかったのかとお冠だ」
「推進剤不足ですよ。主砲に回すほどの出力で電池回したら、自分らはここに帰って来てませんよ」
「太陽電池を使わなかったのは、カウンターステーションまで距離があったからか?」
「もっちろんです」
気怠そうに話す秋月。
「あの船は月軌道へ向かってましたからね、作業が遅れて離脱が間に合わなかったら、自分らも今頃はデブリの仲間入りです。大臣にはそっちの方が問題でしょうよ」
「政治家はそういうもんだ」
「票がそんなに気になるんですかね?」
「貴様らは気にするなよ」
「しませんよ。つまんねえですもん」
空知は困ったような笑みを浮かべた。こういう明け透けな性格の秋月だが、既に実績は山のように積み上げていた。他国には公表されていないあかつきの性能をフルに活用し、様々な運用法を編み出し、実践的な演習を数多くこなし、今や宇宙艦隊の礎を確実に創り上げていた。
「それに、自分らは一部の富豪の財産を守ったんじゃありませんよ」
「ん?」
唐突な秋月の言葉に、疑問符を浮かべる空知。
「可哀想なクロネコドライバーの生活の糧を守ったんです。それだけですよ」
悪びれもせず、誇りもしない、淡々と言い放つ秋月。
海上自衛隊奉職二十五年。その経験が、秋月は間違いなく正真正銘の自衛官だと空知に告げている。
「それはそうと……」
「なんすか?」
嫌な予感がしたのか、秋月の表情が露骨に歪む。
空知はにやりと笑みを浮かべた。
「国連軌道管理機構から……」
「次、二-三-六。仰角三十二度。よーそろー」
「二-三-六。仰角三十二度。よーそろー」
副長の副島、そして航海長の水嵜わたる一等海尉の言葉で司令室が激しく揺れる。急激な艦首方向の転換に船体が軋みを上げ、反動が内部を襲う。
巨大な船体の回頭中心の前に位置する司令室といえども、強烈なGは乗組員を容赦なく襲う。
「主砲斉射までオートカウント。八秒前」
「次目標諸元入力。遅れてるぞ」
「次目標入力完了。オートカウント二十五秒」
副島の叱責を受けたのは、砲術士の雷同晃二等海尉。
「了解。連続回頭に注意。総員耐ショック姿勢」
「主砲斉射します」
轟の言葉と同時に外部監視モニターが一瞬白く染まる。戦術スクリーンに表示されているのは、大型デブリに戦術フッ化水素レーザーが命中、融解した部分がデブリを加速させ、月軌道外へと流れていく軌道に乗せたという表示。
続いて逆方向に急速に回頭する船体。イオンエンジンが高周波音を響かせ、斜め方向に船体を捻らせる。目標デブリに向かってレーザーを発砲できる姿勢。
「主砲斉射します」
再び閃光がモニターを埋め尽くす。
「艦長、主要大型デブリの排除を確認。デブリ原突入します。掃宙作業可能です」
藤原船務長の報告にうなずく秋月。
「了解。掃宙開始」
「掃宙作業開始」
「機関最大出力。戦術レーザー電圧正常」
副長の言葉に、機関室にいる機関長石動豪一等海尉のドラ声が重なる。
「操舵を砲術長に一任」
「よーそろー。掃宙機動実施します。掃宙!」
瞬間、全身をシェイクするような重圧が次々と司令室に襲い掛かる。
戦術スクリーンではあかつきが狂ったようにのたうち回りながら、主砲の戦術レーザーを振り回すCGモデルが表示されている。
同時に次々と周辺のデブリが蒸散させられていくのがパーセンテージで分かる。
「掃宙完了」
「掃宙完了」
「了解。警戒態勢に移行。デブリの監視を怠るな」
あかつきの船体が通常機動に戻り、やっとGの嵐から解放された司令室。
しかし、そこに安堵は無い。撃ち漏らしたデブリは無いか。予想外の、しかも危険な方位へ飛んでいくデブリは無いか、それを警戒する。
大小のデブリを排除し、完全な安全を提供する。それが海上自衛隊の掃宙作業だ。
そのために、秋月はこのプログラムを作成したのだ。
宇宙開発が活発な以上、どうしてもデブリは発生する。それを片付けて、民間機の航路の安全を保つのが、宇宙軍の第一責務だ。
月と地球の引力の関係で、どうしても吹き溜まりのようにデブリが集まる場所が存在する。そこを定期的に掃宙する必要があるのだが、原子力機関を搭載したアメリカのOF4などは、わざわざ機体の相対速度を合わせてから攻撃をするそうだ。
だが、推進剤に余裕のない非原子力軌道機であるあかつきは、より効率的にデブリ原を排除する必要がある。
そのためにあかつきはデブリ原突入前に大型のデブリを各個排除。続いて突入と同時に主砲、戦術フッ化水素レーザーで細かなデブリを焼き払うという作業を行っている。
相対速度を合わせず、高速で通過しながらの作業のため、可動域に限界のある主砲を振り回す姿勢変更を連続で行なう必要があった。
秋月が提言し、制作された掃宙作業プログラムであり、統合的な運用を目的として建造されたあかつきだからこそ出来る掃宙技術。
「排除率は九十七パーセントか。見事なものですな」
「ええ。本艦の機能を用いれば、通常動力軌道機でもこのように効率的な掃宙作業が可能です、少佐殿」
司令室の予備シートから発せられた感嘆の声に、英語で応えたのは副島だった。
「見事なものです、秋月中佐」
「いえ。これも任務ですから」
少佐と呼ばれた黒人は笑みを湛えているが、秋月は淡々と返し、スクリーンを注視している。
「申し訳ございません。うちの艦長は戦闘行動中はいつもこんな感じでして……」
「ハハハ。熱心な指揮官は、部下の良い示しとなるでしょう。素晴らしいことです」
笑う少佐。しかし、どこか緊張感のある三佐と少佐の会話に、乗組員達は黙々と任務をこなすことにしたようだ。
「しかし、この機首転換を連続で行なうのは、乗員保護の観点からいうと感心しませんね」
さっそく、ツッコミが来た。
「おっしゃる通りです。ですが、本艦は緊急時には医療区画になったり、民間人も収容していることもある居住区画を回頭中心に設定していますので、当司令室と機関室は最低限のGにさらされます」
「これが最低限ですか」
「サターンⅤ型よりはマシかと」
「ハハハ。確かに、その通りですな」
一見和やかな会話だが、さりげない応酬に乗組員達は気が気ではない。
このアメリカ宇宙軍のウサイン・バラク少佐は、国連軌道管理機構――UNOOSの監察官という名目であかつきに乗船していた。
ユーノスは、軌道エレベーターの完成により軌道の平和的共同運用を歌い組織されたが、その主体はNASAでありアメリカ宇宙軍であった。ランジット・ブリッジの建造をしたのはアジア圏であるにも関わらず、アメリカの影響は非常に大きい。
それゆえに、単艦とはいえ着実に成果を残し始めているあかつきの動向は気になったのだろう。
「でも、原子力機関を搭載すれば、より安全な掃宙作業が出来るのではないですか?」
バラク少佐がなんでもないことのように発した言葉に、司令室の空気が音を立てて凍り付いた。
簡単に言えば、それは禁句だった。日本という唯一の被爆国の感覚、非核三原則の提唱、核エネルギーの平和利用を第一とする国是、そして何よりもアンチ核兵器の秋月二佐。
「原子炉なんて管理は難しいし、今の軌道内では出力が大きすぎて、ただの熱源にすぎないんですが」
案の定、秋月が反応してしまった。
「熱源?どういうことですか?」
「いえ、こちらの話です。スターイーグルは大丈夫なんですか?被ばくとか?放射熱コントロールとか?」
「もちろんです。乗員の保護は最優先で考えられてます」
自信満々で答える宇宙軍少佐。やはり、バラクという男はあかつきのマイナス点をあげつらう為に乗船したようだ。
もしかしたら、空軍ではなく生粋の宇宙軍かもしれないと副島は考えを巡らした。
空軍は当然、アメリカ空軍のことだ。実戦組織である。それゆえに高い戦闘技量に対しては、それが敵の技術であっても賛辞を送る感覚がある。憎まれ口も多分に含まれるが。
だが、旧宇宙軍とは一体なんだったか。それは大陸間弾道弾の警戒や運用と偵察衛星や気象衛星等の管理を行っていた戦略軍を前身としている。情報戦を目的とする、いわばスパイ組織である。
ということは、彼の言動のひとつひとつにはこちらの手の内を探ろうとする意図もあるかもしれない。そう考え、副島は手元の端末を操作した。
バラクと会話を続けていた秋月が、ちらりと手元のモニターを一瞥する。そして、小さく吐息を吐く。
その姿で、自らの上官が冷静さを取り戻したことを確認した副長は、艦長に代わって指揮を執るべく各ポジションの状況を確認していく。
「副長。レーダーに感あり。民間機のようです」
不意に告げたのは藤原。戦術スクリーンに表示される当該機情報。
「軌道交錯。最接近まで三十三分」
その軌道に、副島は違和感を感じた。
「当該機は救難信号を発しているか?」
それもそのはずだ。この宙域の掃宙活動は事前に発表されている。指定宙域の外とはいえ、スクリーンに映し出された位置関係では流れ弾を食らう可能性もある。そんな危険を冒すとは、ただの無謀か遭難者か、それとも……。
「いえ。当該機、軌道そのまま」
「到達予想ポイントは?」
当然の質問を、副島が口にする。
「それが不明です。ただ、十時間後にプライマリーコロニー建設予定座標近傍を通過する軌道です」
副島は首を傾げた。
プライマリーコロニーとは、人類史上初の軌道上の恒久的居住コロニーのことだ。地球を挟んで月の反対側に建造し、地球圏を飛び出すための拠点となる巨大施設だ。既に、全体の二パーセントほどの建造が進んでいる。
ただ、たった二パーセントとはいえ、その大きさは一キロ四方に及ぶ。
「当該機に呼びかけろ」
「待て」
副島の指示を遮ったのは秋月だった。
「克己、レーダーを切れ。熱光学探索に切り替え。みっちぃは艦内シフトをステルスへ移行。わたる、プライマリーコロニーまでの最短コースを計算。今後、二分ごとに更新しろ」
「ステルスですか?」
問いかけながら、ちらりと急に指示を出し始めた秋月に困惑しているバラクを見やる副島。
「問題ない。当該軌道機は今後、目標アルファと呼称する」
「それは、つまり」
問い返しつつ、副島はその表情を引き締めた。
秋月は頷きを返す。
「合戦準備」
昂揚もなく、油断もなく、淡々と言い放つ秋月。
これでいったん打ち止めです。
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