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コイツどうにかしてしてくれ

 社会人二年目に突入して一ヶ月程たった。世間では新年度も漸く落ち着きを取り戻し、日常を楽しめる筈の季節。俺は机に向かって頭を抱えていた。ただ定型文書にルールに則って入力すれば良いだけの書類。なんでここまでミスが発生するのか分からない。

「何やっているんですか~相方さんトロい! 書類のチェックにそんなに時間がかかるなんて! それって午後一に、資材部の所に持っていかないと駄目なんですよ~」

 今年入った新人の猪口(ちょく)は、両肘で頬杖をついた恰好でとんでもない事を言ってくる。ヒラヒラした透け感のあるワンピースに、セットにどれくらい時間がかかったのかな? と考えてしまうほど毛先がクリックリとお洒落に遊んでいるけれど隙のない髪型。ファッション雑誌の撮影中ですか? という雰囲気すらあるその格好とポーズを見て俺は溜息をつく。


 俺が『この書類をチェックしている間、お前は何故そこでボーと待っているんだ! 色々やることあるだろ!』と言いたくもなる。言っても動かないから、俺も諦めている。

 今、グループ長である鬼熊さんも、統括マネージャーの清酒さんもいない。それもあってコイツもダレきっていた。コイツは俺すら負けてしまう程つぶらな瞳に、プックリと形よく膨れた唇をしている。それを化粧で存分に際だたせている。その顔はアイドル並に可愛いかった。しかも専務の姪だという事で俺が今まで会った事のないお嬢様っぽい雰囲気も新鮮。


 そういう事もあり、最初は下心から優しくしたのがいけなかったようだ。完全に俺を舐めている。清酒(せいしゅ)さんには媚びる。鬼熊(きぐま)さんは煙たがり避けてといった感じ。上司二人は舐めてはいないが、コイツは既に社会を舐めているから、手の施しようがない。

「お前さ、この書類ちゃんとチェックしたか? まず入力した後と、プリントアウトした後に」

 猪口は唇を尖らせる。

「お前って、失礼です」

 引っ掛かって、お気に召さなかった部分そこかい。ムカついていたから、口調はややキツかったのは認める。先輩として後輩へ注意をしているという意味では許容範囲内である。俺なんてもっとキツい口調と内容の指導を受けてきた。一回深呼吸して、『お前で十分だろう』と不毛な対話に発展しそうな発言をするのを抑える。

「チェックしたのか?」

 代わりに、短い言葉で少し強めに聞き直す。それも気に入らなかったようで、少し傷ついた顔になる。しかしコイツはそういう顔をしているだけで、ポーズなのだ。

「しましたよ」

 そう言い切り、ニッコリと笑う。

「だったら、何でこんなにミスがあるんだ? まず、入力日が一週間前になってるぞ、そして――」

 指摘するには多すぎる箇所を説明していく。流石に多いと本人も思ったのか、誤魔化し笑いをした。二人の間にある俺のチェックのはいった書類が横から伸びてきた手に突然奪われる。営業報告会議から清酒さんが戻ってきていたようだ。

 その書類をみた清酒さんは、それを見て思いっきり顔を顰める。

「相方、コレお前が最初から作り直せ。コイツに任せていたら十年たっても仕上がらない」

 『ヒド~イ』と言う猪口の言葉を清酒さんは無視して、俺だけを見てそう言ってくる。このチェックしていた時間っていったい何だったんだろう? 最近こういう無駄な時間がやたら多い。この使えない新人の所為で。

 俺は溜息をつき『分かりました』と返事をする。

「あと、午後のレティーさんとJoy Walkerさんのイベント。お前が代わりに行ってくれないか? Joy Walkerさんには連絡しておくから」

 レティーの言葉を聞いて、猪口は目を輝かせる。

「それだったら。私が行きますよ~」

 そうはしゃぎながら、立候補する猪口さんに清酒さんは冷たい視線を返す。

「お前は一切動くな、会社から出るな、電話にも出るな!」

 清酒さんもキツイ……。流石に容赦ない言葉と冷たい視線に猪口の表情も強張る。傷ついた顔をして俯く。しかし清酒さんはそんな慰めて下さいと言わんばかりのポーズをとっている猪口を無視した。

「頼むな。俺は服部運送に行ってくる」

 猪口が、余計な動きをして激怒させた相手である。電話だけではどうにもならず清酒さんが動く事にしたようだ。

「分かりました。会場はサンフォーラムですよね。ちゃんとそちらは頑張りますから、安心して行って下さい」

 俺の言葉に、清酒さんは少し表情を緩め手を挙げて去っていく。

「じゃあ、いってらしゃ~い」

 さっきの、傷ついたという表情は何だったのか? と思うくらい明るい笑顔で猪口が手をふり清酒さんを見送った。自分が起こした問題のクレーム処理に行く人間を、何故こうも脳天気に見送れるのか……。唖然として、猪口に恐ろしさすら感じてしまった。社会人としてよりも、人間としてどうかと思う。

「あ、私お昼なので、食事に行ってきますね!」

 そう言って、猪口は俺を置いて部屋から出て行ってしまう。午後一で資材部に提出しなければいけない書類は俺の手の中。今から三十分でコレを仕上げて、軽く途中でご飯を済ませてと……。そんな事を考え、また大きく溜息をつく。


猪口さんは 全国2589位で1335世帯数いらっしゃるそうです。

イクチ イグチ イノクチ イノグチ チョクと読まれています。

この新人の女の子はチョクという名前で、ちなみに猪口麗子という設定になっています。

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