第5話:主人公の戦闘は
初仕事の朝。不安な心情を表すようかのように、空はどんより曇っている。
「………」
そんな空模様を見つめながら、フェイは昔のことを少しだけ思い出していた。
ユウと知り合った日のこと、ユウと仲良くなった出来事、向こうでの生活―
そして、フェイは部屋を出て、一階へ降りていった。
待ち合わせ場所は、部隊の建物周辺にある馬車ターミナル。安全を考えて、馬車が通れる道は限られているため、専用の止まり場も作られた。
「おはよう。」
「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよう。」
他の二人がやって来た。
「で、馬車はまだ?」
「そうみたい。」
「あ、あれじゃない?」
一台やって来る。
が―
「…あれ、馬?」
荷台を引っ張ってきたのは、よぼよぼの馬みたいな動物。
「お待たせしました。では、後はどうぞ。」
鞭を渡される。
四人とも顔が青ざめる。
「え、料金を安くする代わりに自分達でする契約ですよ。」
「…契約に来たのはどんな人でした?」
「背が低くてかわいらしいかんじだけど、お姉さんって感じの方でした。」
先輩だ。
「この馬車無くさないで下さいね。無くしたらその分の補償を請求しますよ。」
「…はい…」
「では、失礼します。家がこの近くなので。ここんとこ、徹夜続きで。あ、向こうで着いたら引き取ってくれますから。」
そう言うと向こうへ去っていった。
「誰か出来る?」
ユウが恐々聞く。
ぶんぶん。
フウロさんが首を横に振る。
アルも首を横に振る。
「…フェイは?」
こう聞かれるのは覚悟していた。
迷ったが、
「………やった事あるよ。」
こう答えることにした。
「ホント?!スゴイね。でも、どこで?」
「小遣い稼ぎにたまに。」
「ジュリー君、ありがとう!」
「いや、でもやったことがあるだけで…」
「フェイ、それだけで十分だ。さ、時間が無いから頼む。」
「…頑張る。」
馬は普通の馬より足が遅かった。が、意外と力強く進んでいる。
時折、こちらを振り向いてくる。その額には特徴的なものが。
(額に流星ということは―)
どこかで見たことがある。
少し考えて、
進路を変えた。
「フェイ、なんか山道に入ってない?」
「うん。」
「うん、ってこんな馬じゃ無理でしょ!?」
「ユウ、普通の馬でも無理な道だよ。」
「ってアカネも言ってるけど!!」
「…二人とも落ち着こう。」
「どうしたの、アル?」
「会話中もずっと馬車が前進してる。」
「「?!」」
「―っ、フェイ、もしかして。」
「この馬はそうみたい。」
「どういうこと、フェイ?」
「アルから聞いて。」
そんな余裕は無い。
「人任せか…うーん、つまりこの馬は普通の馬じゃないってことなんだ。」
「急な山道も平気な馬?そんなのいるの?」
「闘技場にいた頃に聞いたことがあった。あそこらへんにごく僅かに生息する、とても馬力のある馬のことを。」
「それが、この馬達だと思う。」
「フェイ、よく知ってたね。」
「…まあね。この馬のおかげで近道できたから、早めに着くよ。そろそろ見えてくるはず。」
「どっち側!?」
「両側。」
そう言って、前を見る。
生い茂った木々に覆われていた視界が広がり、
「うわぁ…」
町のあちこちから煙が上がる、目的地の街が目に飛び込んできた。
「お待ちしていました。」
予定よりも早く着いたにもかかわらず、出迎えが既にいた。
「やはり予定より早く着かれましたね。」
「想定内ですか?」
「ヒカル様からきっと近道を通るはず、と聞いておりました。」
先輩、あなたは予言者ですか。
「では、こちらです。」
立派な御館に案内された。
「でかっ。」
驚きがそのまま声にでた。門だけで普通の家ぐらいある。門をくぐると更に広い敷地が広がっている。
「あ、足元に気をつけて下さい。変な場所を通ると…」
びゅっ
ぼお
「…」
「念のために、いっぱい罠を仕掛けてます。では、先に進みます。」
寿命が大分縮んだ。
通されたのは、これまた豪勢な応接間。
「どうぞ。」
香りの良い紅茶が出される。
なんでも、依頼主が来るまで時間が空くとのこと。
「確かに狙われそうな家かも。」
「でも、裏を返せば警備が厳しそうな家じゃない?」
―と、
「遅くなりました。」
一人、初老の男性がやって来た。
椅子に腰掛け、
「私は文官として幾つかの大切な資料を預かっております。その中には…海の護りの資料もあります。」
「すでに一部が盗まれたそうですが。」
一番経験豊富なアルが会話担当。
「はい、この町には海の護りの建設に関わった者がいます。その家からは既に盗まれました。」
「しかし、それは一部に過ぎなかったと。」
「はい、重要な部分は密かにこちらで管理しておりました。ですが、その情報が漏れました。」
「なぜその事がわかったのですか?」
「一昨日の朝、この様なものが届けられていたのです。」
取り出したのは、一枚の。
「 宴の晩、続きを頂戴しに参上します
盗人より 」
「予告状…ですね。」
「はい。この宴とは、今日の私の誕生パーティーのことだと思われます。毎年、大勢の方が来られてこの屋敷が狭く感じられる晩なのです。」
「なるほど。つまり侵入するにはもってこいと言う事ですか。」
「ですので、このように依頼しました。」
「宴が始まるまで後5時間程あります。1時間前にはお呼びに行きます。何かあればそこのベルを鳴らしてください。」
「分かりました。」
「では、失礼します。」
使用人さんが出て行く。
「さてと、どうする?」
「かなり時間が空くなぁ。」
ぽっぽー。
「…暇。」
ユウが退屈のあまり、機嫌が悪くなっている。
「外に出ちゃいけないの?」
「聞いてみれば。」
「うん。」
冗談で言ったんだけど。
ちりん。
(…こんな小さな音で分かるのかな?)
がちゃ
「ご用ですか?」
「あの、外に出かけたいんです。」
「時間までにお戻りになられれば結構です。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「以上ですね。失礼します。」
そのまま去っていく。
「許可がでたよ!!」
はしゃいでる。
「一度観光したかったから良かった〜。」
胸を撫で下ろす。
「いってらっしゃい。」
「?フェイも一緒に行くよ?」
「…何で?」
「なんとなく。」
「…」
「フェイの負け。二人でいってらっしゃい。」
アルが苦笑している。
「じゃあ、お留守番しとくね。」
フウロさん、すみません。
「いってきます♪」
「…い゜ってきま゜す。」
笑みを満面に浮かべたユウ。
はあぁ…
町中に蒸気が溢れ、春先というのにもわもわとしている。
「観光に来たわけじゃないんだけど…」
「あのねぇ…アカネとアルさんを二人っきりにしてあげよう、とか思わないの?気配りが出来ないと、女性に相手されないよ。」
「う゜。」
「気配りの勉強も兼ねて、観光に付き合ってね。」
「…りょうかい。」
最初に訪れたのは、よくわからないお店。何故か蒸気が出ていない。
「ここ、老舗の時計専門店。蒸気町になる前からあるんだって。珍しい時計があるみたい。だから見に行こっ。」
「へぇ…」
入ってみると、確かに様々な時計がある。
「これ、鳩時計だって。かわいー!」
「こっちには、きらきら輝いてる懐中時計があるよ。」
「ねえねえ、これ見て!」
「お客さん達、元気がいいねえ。」
お店の人から声が掛かる。
「あの。他にも珍しい時計はありますか?」
「ちょっと、ユウ。」
「いいじゃない。一生に一度のチャンスかもしれないんだから。」
「ふぉっ、ふぉっ。仲のいいお二人さんの為に、特別に見せてあげよう。」
奥に下がるお店のおじいさん。
「これなんか貴重だよ。」
「うわっ…」
「これって…」
「稀代のからくり技師が作った、和弓時計だよ。見ててごらん。」
ぎりぎりぎり
ひゅ ひゅ
すとと
「丁度の時間が来ると、その時刻の数字に当てるんだよ。しかも回っている的の中から、12分の1の確立を確実に。」
今当たっているのは2。
「どういう仕組みなんですか?」
「さあ、それはわからんよ。なんてったって、彼女は天才だからねえ。これだって遊びで作ったんだよ。」
「うそ…」
「本当なんだよ、お嬢ちゃん。」
「他のは無いんですか?」
「今のところはね。ふらっと来た時に置いていくだけだから。」
ぽっぽー
くるっくー
りりりり
ドォン!
2時をお知らせします
多種多様な“鐘”が鳴る。
「もう3時なのかぁ…」
お店の人が変なことを言う。
「今2時ですよ?」
どの時計も一斉に2時を指している。
「うちの時計は全部一時間早めてるんでねえ。」
「どうしてですか?」
「それはねえ…」
しかし、その理由は聞けなかった。
何故なら、
がやがや
ばきっ
どごっ
向かいの通りで大騒ぎが始まっていた。
「見に行かない?」
「ユウ、野次馬になりたいの?」
「…いいよ、私一人で見てくるから。」
ああ、また拗ねた。しかも、もういない。
「お邪魔しました。」
「早く追いかけといで。」
はは、と苦笑してユウを追う。
ほどなく見つけたが、
「………」
じーっ、と人だかりの中心を見つめている。
見ると、若い男が二人言い合っている。
「何の騒ぎなの?」
ユウからの返事が来る前に、
「でえぇい、決闘だ!」
「てやんでぇ!」
と二人とも喚いて、刀を抜いた。
ざざっ
野次馬が3歩下がる。
「なんか観光客の二人組が、次にどこに行くかで揉めたんだって。」
とても詳しい情報を知っているユウ。
キンッ
ちっ
ずさっ
真ん中で大立ち回りを繰り広げている。
が、二人とも適当に振り回しているだけみたいだ。
(…ん?)
と、向こうに今日見知った顔が見える。
「あ、買出しですか?」
見れば、手には袋を幾つか持っている。
「はい。今晩は沢山必要になりますので。」
「お疲れ様です。持ちましょうか?」
「いえ、大丈夫です。では、失礼いたします。」
去っていく姿も品性が滲み出ている。
「この後はどうする?」
「うーん…」
ユウは黙って考え込む。
「何も無いなら戻ろっか。アルとかフウロさんが留守番してくれてるし。」
「…分かった。」
こうしてミニ観光は終了した。
「では改めて確認しとこう。」
ばさっと見取り図を広げる。
「これが一階の見取り図。フェイとアカネはここ。」
とんとん、と指し示す所には「資料室3」と書かれている。
「ここにはその他の見取り図や古い資料を保管しているそうだ。本物も以前までここに置いていたそうだ。」
「アルはどこにいるつもり?」
「厨房だ。」
「…」
「やっぱり本気なの、アル?」
「ああ。いざと言う時に武器になる物が多いからな。」
「アル、そこまで考えてたんだ。」
アルを改めてすごいと思った。
「そういえばユウはどこ?もう教えてくれるよね?」
「うん、いや。」
すっごく笑顔。
「…いや?」
「いや。」
笑顔で言われても困る。
「知らないの、俺だけ?」
「私も聞いてないんだけど。」
フウロさんも聞いてないのか。
「そのうち分かるよ。ね、アルさん。」
「まあ、そうだ。“色々”とあるからな。」
「…そうでしたね。」
どこから漏れてるか、調べている関係で秘密なのだろう。
「」
そしていよいよパーティーが始まった。
幅広い人脈があるようで、ちらほらと聞いたことのあるような顔が見える。
楽しそうな声が家中に響き、華やいだ空気が宙を舞う。
しかし―
「……うぅ。」
潜伏場所はとても人気が無く、また古びた匂いのする資料室。しかも、寒い。
「寒すぎない?ここ。」
フウロさんも同感らしい。
「あのさ。」
「何?」
一応潜んでいるので、小声で会話をしている。そのせいで、どぎまぎしつつ返事をする。
「せっかくだから、色々と話さない?ほとんど知らない者同士だから。」
「わかった。何がいい?」
「うーん、何でも。」
「…もしかして優柔不断?」
からかってみる。意外と図星だったみたいで、
「う…いいでしょ!」
「!?」
「?!」
説明しよう。
急に大きな声を出したフウロさんが三つ前。
それに気付いて、慌てて口をふさいだフェイが二つ前。
急に口を塞がれたフウロさんが、驚いたのが一つ前。
「…」
睨まれる。心当たり…まだ、ふさいだままだった。
「ご、ごめん…でも、急に。」
慌てて手を離す。
「…」
「ごめん。」
間が空く。
「…ははっ。」
急に笑いだす。
「先輩の言ってた通りだね、ジュリー君。からかい甲斐があるって。」
「また先輩か…」
もはやからかうのが特技と認めざるを得ない。
「でも、すぐ謝るんだ。癖でしょ?」
「…」
ユウと喧嘩したら、ほとんど謝ってるような…
「なんか弟っぽいね。あ、ユウの従姉弟か。」
「…従兄妹です。」
「でもあんなにユウと仲がいい男の子、初めて。」
「そう?ユウ、前は人気あったけど。」
「今も人気あるけど、人見知りが激しくて全然。分かる?」
「分かるわかる。ユウは自分から話し掛けるタイプじゃないもんね。」
ぱっと見、大人びていて、かつクールな女の子。それが、ユウ。
「そうそう。だから結構噂立ってるの、知ってた?」
「うわさ…?」
「やっぱり知らないんだ。男女の友情は成立しない、ってこと。」
「…ユウは否定派だけどね。」
「ジュリー君も?」
「もちろん。」
「なんで?」
「ユウと友達だから。」
そう言うと、フウロさんは少し驚いた表情の後、微笑を浮かべた。
「それ、この前ユウに聞いたのとおんなじ。」
「…嬉しそうに言ってた?」
「うん。」
前に自分に言ってきた時と変わらない。そこがユウらしいのだけれども、
(ちょっと恥ずかしい……ん?)
とっとっ
こちらに向かってくる振動。
フウロさんに目配せをすると、彼女も頷き集中する。
音は少しずつ近づいてきて、
きぃぃ
僅かな音を立てて、扉から光が零れてくる。息を潜め、瞬間を待つ。
「いるんだろ?」
男の声。場慣れした声に聞こえる。
「さっさと終わらせたいから出て来い。」
「お前が盗人か。」
「そんな事はいい。どこだ?」
「言うと思うか?」
「言わないなら痛い目を見るだけだ。」
何も構えない様子からして暗器でも持っているのか。
張り詰めていく空気。華やかな騒ぎは遠く彼方、ただ静けさが部屋を覆う。
それを壊したのは、
一本の矢だった。
「!」
それをあっさり避ける男。
「いい腕だな。だが、まだまだだ。最初からいるのは分かってんだよ。」
せめて掠めれば、と思ったがその形跡は無い。
「こっちは2対1だ。いいのか?」
「お前らは二人いても半人前だ。そっちこそ二人で十分か?」
嘲りを含んだ笑い。しかし、相手が油断するならこちらにも勝機がある。
「今度はだんまりか?なら、こっちからいくからな。」
速い動き。目前に迫る影。
しかし、
「ほぉ…」
たった数日とはいえ、隊長や先輩とのやり取りで目は慣れている。
それに、命のやり取りは初めてではない。
それだけが―今の自分の武器。
そして、フウロさんの時間を稼ぐのが―今の自分の役目。
「返事する余裕も無いのか!!」
一気呵成の攻撃を出してくる。
手に持つ片刃剣の峰で受け止める。
手の痺れが酷くなる。
「握りが甘くなってきたぞ。」
「……っ!」
フウロさんはまだなのか。
そしてついに、
汚れた空気を切り裂いて、“希望”が飛んできた。
「!」
こちらの剣を避けつつ、矢を刃で
「!?」
「?!」
即座に二本目が飛んでくる。
避ける。
「!」
さらにもう一本。
さらにさらに。
「 」
そして遂に。
「!!…くそっ。」
腕に刺さる。痛手では無さそうだが、十分だ。
「もう退くべきだな。」
「はあ?本気か?その言葉をそっくり返してやる。」
「それにはあらかじめ塗ってあるんだよ。」
「っ!…くそったれ!」
男が喚く。
「少しずつ痺れが回ってくる。諦めろ。」
「ぐっ…覚えて―?!」
急に男の顔が青ざめる。喉を掻き毟る。
「?!」
(そんなまさか…っ!)
「 」
「……」
そして、男は息絶えた。
少しずつ部屋の匂いが生臭いモノに染まる。
「ジュリー君…」
奥からフウロさんが姿を現す。
「?!…うっ…」
顔を背ける。
「…出よう。」
「…」
扉を開けて廊下に出る。
彼女が口を開く。
「…何で?」
「…」
「何で死んでるの?予定通りだったのに…」
「即効性の毒の症状が出てた。」
「…え?」
「今日の、ユウにもらった?」
「…うん。でもっ!」
「分かってる。」
「…」
「…ユウを探してくる。急ごう。」
「そうね…わかった。」
嫌な予感をひしひしと感じつつ、足を速める。
この時から歯車が動き始めていた。誰しもが想像し得ない方向へと。