第3話:主人公の相棒は
ユウの家での生活も三日目を迎えた。少しずつここでの生活にも慣れてきたフェイは、今―
「………雨か。」
珍しく起きていた。
朝食を済ませ、外を眺めるとまだ雨模様。気温も下がってなんとなく気が滅入る。どんよりとした雲が空を覆い、灰色に染まっている。どこか遠くで落雷の音が聞こえる。
「今日こんな天気だけど行くの?」
「嫌?」
こういう日はあまり動き回りたくない。雷が落ちているなら尚更。というわけで返事は一つ。
「嫌。」
今日はパートナー決めだし、また今度でも大丈夫だろう。そう思っていた。しかし、考えが甘かった。
「でも、今日行かないと次に皆が集まるのは二、三ヶ月後だよ。」
…………ナンデスト?
「それまでずっと一人でいなきゃいけないし、その間は雑用しか仕事ないよ。それでもいい?」
ユウの心配気な顔が、今だけは憎かった。
こうして、また一つフェイは経験を積んだ。
―『ユウは大事な話を直前まで教えてくれない』―
雨でビショビショになりながら昨日来た道を辿る。芽吹きつつあった草木は、雨に打たれてもたくましく生きている。本来ならそんな余所見をする余裕もあるのだが―
「急いで!」
「なんで走って行かなきゃいけないの?!」
「あぁ、もうウルサイ!もっと速く!!」
いつもの集合時間とやらをユウにきいたのが20分前。ユウの返事の時刻まで、10分しかないのに気付いたのが18分前。それから大慌てで準備して家を出たのが11分前。ちなみに小隊の建物があるところまで、歩いて20分はかかる。
「 ま、 間に合った〜。 はぁぁ… 」
あの後、懸命に走ってなんとか着いた。もちろん息は上がっている。
「あら、あなたが新人さん?」
急に女の人の声がかかる。見上げると穏やかな笑みを浮かべた女性が一人。
「ふふふ、大変そう。ハイ、濡れたままだと風邪を引くからこれで拭いて。」
そう言って、乾いた布を渡してくれる。
「あ、ありがとうございます。」
見とれていて、声がどもってしまった。背丈は低いが、物腰は柔らかく年上のお姉さんといった感じ。ユウなんかよりよっぽど落ち着きのある人に見える。
「ユウちゃん、私のことは紹介した?」
「まだです。…フェイ、この先輩はヒカル先輩。隊長のパートナーなんだよ。」
名前からして、国の生まれなのだろうか。髪も黒く、目の色も黒い。
そんなふうに、ぼーっと見ていると
「もしかして、惚れちゃった?」
からかうようにこちらを見つめる“先輩”は、まるで悪戯っ子のよう。
「ち、違います!」
「そんなに強く否定しなくてもいいのに…」
「あ、いや、魅力的だと思います!」
「うふふ、お世辞でもありがとう。」
どうもさっきからペースを握られっぱなしである。
「あの、もしかして和国の方ですか?」
「そうよ。ユウちゃんも少し入ってるの、知ってるかしら?」
「なんとなくは…ユウには聞いてはいませんけど。」
ユウの髪は少し茶色めいていて、以前から色んな血が混ざっている気がしていた。何故なら、こっちの国は大体が金髪かはっきりとした栗色だ。
「言ってなかった?」
ユウが不思議そうな顔をしている。たまに天然なのが、彼女らしいといえばそうなのだが。そうだよ、と答えて改めて“先輩”を見る。
「どうして先輩って呼ばれてるんですか?」
「それはね、ヒ・ミ・ツ♪それより、自己紹介はまだしてくれないのかしら?」
「します!昨日入隊しました、フェイ・ジューダス・ジェロームです。よろしくお願いします!」
「ふふっ、元気があるコは好きよ。私の名前はヒカル・ヒサカキ。好きなように呼んでね。」
そう言われても困る。
「じゃあ、ヒサカキ“先輩”で。」
「あら、ヒカルでもいいのに。」
笑いながら答えてくる。
「いえ、ヒサカキ先輩で。」
「あら、ヒカルでもいいのに。」
笑ってはいるが、段々とプレッシャーが…
「ひ、ヒサカキ先輩で。」
「あら、ヒカルでもいいのに。」
め、目が笑ってない…この重圧感は流石隊長と組むだけのことはある。白旗を振るしかないのか。
「分かりました…ヒカル先輩。」
「はい、了承しました。」
こうして、先輩との邂逅は無事に―
「フェイ、デレデレしすぎ。」
―終わらなかった。どうやら説教の時間らしい。そんなことない、と言うが聞く耳はあまり無さそう。
「あら、そういえばユウちゃんとは仲がいいみたいだし、一緒に来てたけどどういう関係なの?さっきから気になってたの。」
が、即座に先輩の鋭いカウンターが二人を襲う。救われたようで逆に追い込まれた。ここでの返答は慎重にいくしかない。ユウに目配せをすると気付いたようで、
「フェイは私の…」
「モノ?」
この先輩、出来る。
「ち、違います!」
「じゃあ、何なのかしら?」
「フェイは私のい、従姉弟です!!」
今、上下関係が捏造された。
「もしかして、一緒に暮らしてるの?」
ふと、思いついたように尋ねる先輩。
「は、はい。」
「そうなの。ずいぶん、“仲のいい”従姉弟サンなのね。」
と、ここで意味深な言葉が先輩の口から出てくる。先輩はからかうように微笑んではいるが、目の奥が真剣な光を放っている。
まさか―
―疑われている?
「ユウが、男手が必要だからって家に住ませてくれてるんです。昔もよく一緒に過ごしてました。」
先輩の目を見て訴える。
嘘だとばれたらどうなるのだろうか。そんな思いが一瞬よぎる。
「…ふふ、ユウちゃんが信頼してるなら大丈夫よね。疑ってゴメンなさいね。」
しばらくの間の後、そんな返事が返ってきた。もっとも、そうは言いつつも全てお見通しのように見える。きっと猶予をくれたのだろう。
「いえ、気にしてないです。」
だから、今はそれにあやかるしかない。この話題はここまでにしておこう。
「ところで、こんなに話し込んでて大丈夫なんですか?」
話を変えつつ、さっきから気になっていたことを聞く。ユウの言っていた時刻はとっくに過ぎているように思う。
「あら、まだ時間じゃないのよ。天気が悪い時は集合時間を遅くしてるから。」
楽しそうに先輩が言う。
「あ…ご、ごめん、フェイ。」
そして、ユウが申し訳無さそうな表情をする。ここは寛大な心で許す……はずがない。
「 ユ〜 ウ〜 。」
ユウを恨みがましく見つめる。あの走った時間は一体何だったのだろうか。と、こちらを楽しそうに見つつ先輩が一言。
「あらあら、痴話喧嘩かしら。」
「「違います!!」」
もしかしたら、隊長より手強い人かもしれない。あなどれない…
ようやく時間になった。が、あの後も先輩のからかいに晒され続けて、もう疲れ果てていた。
「そろそろみたいね。こちらにいらっしゃい。」
先輩に誘導されるままに建物の中を移動する。昨日は分からなかったが、この建物が小隊の訓練施設やら倉庫やら色々なのを兼ねたものらしい。外見は普通の兵舎みたいだったが、中は意外とキレイだ。
「ハイ、ここ。」
そして、大広間のようなところに通された。中には想像していたよりも沢山の人がいたが、それよりも目に付いたのは部屋の壁に飾られているタペストリーだった。
(あ、アレは闘技場チャンピオンにしか贈られない物…誰のモノなんだろう)
「では、全員集結したな。では、今から定例集会を始める!」
と、隊長の声で現実に呼び戻される。どうやら始まったらしい。
「まずは残念な知らせからだ。先月から情報収集にあたっていたアランとマーシャが行方不明になった。」
周囲がどよめく。
「そこで捜索を担当するチームを後で決める。考えておいてくれ。」
と、一旦間をおいて、
「さて、嬉しい知らせだが、また一人仲間が増えた。後ろを見てくれ。」
沢山の視線が向けられるのを感じる。
「彼が新しく入るフェイ・ジューダス・ジェロームだ。まだパートナーは決まってないから、それも後で決める。」
「よろしくお願いします。」
まちまちに拍手される。
「さて、今戦線は休止状態だが、向こうの動きが騒がしくなってきている。ここ数ヶ月の間に動くかもしれない。」
辺りが静まり返る。
「警戒は怠らないように。では、私からの話は以上だ。」
あのあと、隊長に呼ばれて部屋に招かれた。隊長室というプレートが扉に付いている。
「失礼します。」
「待っていた。君のパートナーについての話をしよう。」
大切な話に意識を集中させる。
「どんな人がいいかな?逃げ足が速い者や多国籍の言語を話せる者や動物と仲良く出来る者がいるぞ。」
隊長はいたって真面目な表情のままだ。
「……他の選択肢はありませんか?」
「他か。いないわけではないが…あぁ、ぴったりの者が一人いる。」
誰かを思い出したようだ。
「どんな人ですか?」
「弓使いだ。百発百中の才能の持ち主だ。」
それ程スゴい人なら、迷うことは無い。
「その人でお願いします。」
「そうか…では、ヒカルに紹介してもらってくれ。では、話は終わりだ。」
「失礼します。」
扉を閉めて部屋の外に出る。先輩はどこにいるのだろうか。探すのか、と思っていると向こうから先輩が近づいてくる。
「あら、パートナーは決めた?」
「はい。百発百中の弓使いの方をお願いしました。」
「…あぁ、あのコね。着いてきて。こっちにいるわ。」
そうして連れて行かれたのは、地下の「射撃場」だった。
「ここにいるから、自分で“交渉”してね」
「こうしょう?」
「『パートナーになって下さい』って自分で頼まないと。」
「え゜。」
「ほら、嫌な相手と組みたくないでしょ?はい、それじゃあ頑張って。」
背中を押されるまま、扉を開けて入る。そこにいたのは―
「あ。」
こちらに向かって矢を飛ばしてくる女性だった。
すとっ。
顔を掠めて扉に刺さる。頬からは血が滲む。
「………」
お互いに動きが止まる。第一印象は最悪に決定した。
「もう話した?」
と、そこで先輩が顔を出す。
「あら、血が出てる…ふふふ、引っ掻かれたのかしら。」
そんないいものではアリマセン。
「先輩、その人は?」
初めて声を聞く。意外と声が高い。
「このコ?新入隊のフェイ君。パートナーを探してるの。それで、ここに連れて来たんだけど。」
一度、話すのを止めて、目をきらきらと輝かせつつ、
「口説くの、失敗したのかしら?」
「口説いてません!」
「あらあら、男の子は自分からいかないとダメよ。」
「……」
何も言うまい。
「さっきはゴメンなさい!ビックリしちゃって…」
急に目の前の彼女が謝る。誠実な態度に、いい人なのかもと思う。
「いや、急に開けてこっちこそゴメン。」
肩まである、しなやかな黒い髪。猫のように見える、かわいいというよりはキレイな顔立ち。第二印象は第一印象と正反対。彼女を見ていたら、先程までの緊張感はもう忘れていた。
「うふふ、私はお邪魔虫かしら。」
…先輩がいたのも忘れてしまった。
「パートナーは成立みたいね。」
「パートナー…私をパートナーにしたいの?!どうして?!」
目を見開いてこちらに問い尋ねてくる。
「え、隊長から弓の上手な人がいるって聞いて――百発百中なんでしょ?」
「それは―」
「そうなのよ。フェイ君は剣を使うから前衛で、パートナーの人は後衛だとピッタシなの。」
「私はっ―」
「フェイ君、このコはアカネ・フウロって名前だからアカネって呼んでいいのよ。」
「少しは話を―」
「アカネちゃん、こっちが新人のフェイ・ジューダス・ジェローム君…フェイ君なの。」
いつのまにか、先輩の手によって自己紹介が済まされつつある。
「先輩、フウロさんが何か話したがってます。」
「あら、“フウロさん”なんて。ユウちゃんのことはユウって呼んでるくせに。」
「いや、ユウとは親しい間柄だからですよ。」
と、目の前の人がはっと驚いたような顔をして
「え、ユウの知り合い?私もユウとは良く話してるよ。」
意外な接点が判明した。
「そうなんだ。」
(ユウからはフウロさんの話を聞いてないな…)
まあ、ユウのことだからいつものこと。他の話題を探る。
「あ、何を話そうとしてたの?」
「え、あ、私、その…」
何を躊躇っているのだろうか。
「時間がかかるの。」
「じかん?」
何の?
「狙うのに時間がかかって…照準が合えばちゃんと当たるんだけど…」
「それでも百発百中なんでしょ?やっぱりスゴイよ。」
「それが、ひどい時は一時間ぐらいかかって…」
何で?
「動いてない的なら五分ぐらい“で”済むけど…」
「…」
「まあ、その間はフェイ君が頑張ってくれるわよ。じゃあ、決定ね。」
何故か先輩が勝手に話を終わらせようとする。
「「待ってください!」」
まだ相手のことを良く知らない。
「じゃあ、決定ね。」
先輩が微笑んでいる。
「ま、待って下さい。」
「じゃあ、決定ね。」
先輩が微笑んでいる。
二人で顔を見合わせる。こうなったら―!!
「「はい…」」
諦めるしかない。
パートナーと決定されたので、お互いに実力を見せるべき。ということで、まずはフウロさんの技術から確かめる。
「 」
集中しているのがよく分かる。ピリピリとした空気が部屋を覆う。一心に的を見つめ、ショートボウの狙いを定める。珍しい事に弓を引く前に狙いを絞っているようだ。
五分経過。
カッ。
的の中央に矢が刺さる。
「ふぅ。」
張り詰めていた空気が和む。しかし―先程の彼女の話は良くも悪くも本当だった。命中精度は恐ろしいが、必要な時間も恐ろしくかかる…選択を間違えたかもしれない。
次は自分の番だが、実力を見せるといってもどうやったらいいのかいい手が浮かばない。
と、
「じゃあ、戦ってあげる。」
先輩の言葉が聞こえてきて、ヒュッと音を立てて―
飛んできた。スローイングダガーが。
上体を捻って避ける。が、二本目が飛んでくる。
カンッ。
剣を引き抜きつつ防ぐ。ギリギリだったが、間に合った。
「じゃあ、次いきますね。」
そう言って先輩が構えるのは肘から指先ぐらいまでの長さの二本のスティック。初めて見るモノだ。
「はい。」
なんて柔らかい声とともに繰り出してくるのは、裏腹の厳しい二重奏。人体の急所を狙いつつも、武器を落とさせようと指先の隙を窺っている。手数では圧倒的に押されている。
(冗談じゃない…っ!)
いくら隊長の相棒が相手とはいえ、負けるつもりは無い。力では少し上回っているはず。防御を押し崩せる時を待つ。が―
体術ではかなり負けている。致命的な一発は貰ってないが、何度も蹴りに見舞われる。
上体をフェイントにした下段蹴り、避けようとしたところに飛んでくるスティック。守りっぱなしになる。しかも、あんまり守れていない。徐々に足にダメージが溜まってきて、前に出て行けない。悪循環。
「くっ…」
突然始まったことによる動揺がまだ収まらないままで、相手にペースは握られっ放し。フウロさんの事を言えた程じゃない。ふがいない戦いをしているのだから。このまま終わりたくは無い。
(いちかばちか勝負に出るしか…!)
―痺れを堪えて、前に出る。上下からの連撃の合間を掻い潜り、強引に攻め込む。隙だらけになるのは覚悟の上で、攻め続ける。息が続かなくなった時、攻め続けられなくなった時、終わりを迎える。
「ふふふ、その調子ですよ。」
だが、振り下ろしても横に薙いでもスティックを器用に扱って止める先輩。どれほど攻めようとも軽くあしらわれるのみ。
がむしゃらに下から斬り上げようとして、
刃が先輩の服を掠め、
先輩の胸の谷間が目に入った。
(意外とあるんだ…って)
「?!」
気付いたときには、がら空きになったあごに―
「起きろ。」
どこからか声がする。
「お、き、ろ。」
顎がずきずきする。だが、それ以上に重い空気に首がちりちりする。
「ふぅ〜ん。起きないんだ。」
人生最悪の目覚めが迫っている。
「お、今起き…」
どごっ。
腹に一撃をもらった。
あの後、軽く気絶していた自分を、先輩が医務室まで連れて来てくれたそうだ。で、治療のお手伝いをしたのがユウ。で、上のやりとりになった。
「私、先輩に事情を聞いたら、途中まで話してくれたけど、一つだけ教えてくれなくて。『急に無防備になったの理由は、フェイに聞いてね。私から言うのは恥かしいの』って。フェイ、どうして無防備になったのか、教えてくれる?」
疑問形が命令形に聞こえる。
「あ、あれは…」
胸に気をとられました、なんて教えたら毒を飲まされそうだ。どうする、俺。神様、奇跡をお願いします…
「ジェローム君、胸に目を取られてたみたい。」
願いも空しくバラされた。しかもこの声は。
「アカネ!」
ユウがすぐに反応する。
「ユウ、元気?」
「うん、元気。アカネもそうみたいだね。」
フウロさんだった。ユウと良く話すというのは本当のようだ。
「そういえば、ジェローム君とパートナーになったよ。」
「フェイと?!…そう。頑張ってね。」
意外とそっけない返事。
「ユウはフウロさんと仲がいいの?」
「アカネが毒塗の矢が必要だ、って医療班に頼みに来たのがきっかけ。ジェロームなんて呼んでるの?フェイって呼べばいいのに。」
「それはちょっと…」
即座に拒否された。
少しへコむ。
「じゃあ、ジュリーとかで呼んだら?ジェロームなんて仰々しい名前だし。」
はっと思い出す。そういえば、昔、ユウにはファミリーネームが嫌いだと話した。まだ覚えていたのか。
「うーん。じゃあ、分かった。」
顔をこちらに向ける。
「これからよろしくお願い、ジュリー君。」
手を差し出される。
「こちらこそ、フウロさん。」
その手を取って握手する。
「頑張ろうね。」
「そうだね。」
不安だらけだけど、彼女がパートナーならやっていけそうな気がする。
「じゃあ、そろそろ胸に目がいった話を聞こうかな。」
―突然感動的な場面をぶち壊す一言が。目をやると、ユウがワラっている……忘れてた。
「じゃあ、ユウはジュリー君の従姉弟なんだ。」
修羅場をなんとかくぐり抜け、今は談笑タイム。だが、争いは突然やってくる。
「そう、従兄妹なんだ。」
「従姉弟なんだよ。」
「???」
怪訝な表情をしている。
「くっ…」
「このっ…」
ハッキリさせておきたい―ユウも同じ思いのようだ。声を揃えて第三者の彼女に尋ねる。
「「どっちが年上に見える?!」」
「えっ、としうえ?ユウかな。」
かなりヘコむ。
「私の方が落ち着いてるからだよ、フェイ。」
余裕の笑みを浮かべている。むかつく。
「老けてるってことだよ。」
ユウがこっちを見つめる――背筋がぞくっとする。
「…アカネが言ったのは、そういう意味なの?」
フウロさんに視線を向ける。
「ち、違うってば。ほら、ジュリー君はユウの言う事を聞いてて、それが姉の言う事を聞く弟っぽいから。」
慌てたように答えている。
「だよね!!フェイ、“お姉ちゃん”ができて良かったね♪」
はしゃぐような声に満面の笑み。機嫌が一気に回復したのが良く分かる。
「だったら先輩みたいに落ち着いてほしいなぁ、オ、ネ、エ、チャン?」
「はぁ?だったら言う事を聞いて欲しいなぁ、フェイちゃん?」
くだらない内容で火花が散る。
「くっ。」
「ふんっ。」
「二人とも仲が良いんだ。」
呆れたように、茶化すようにフウロさんが口を挟む。
「うちの弟なんか、ほとんど話さないもん。」
弟がいるなんて、意外な感じだ。
「そうなんだ。何歳離れてるの?」
「5つ。反抗期だからか、言う事を全然聞いてくれないから困ってる。」
「そう?なんかしっかり怒ってそうだよ。」
これには証拠がある。
「もう。余計なことは言わないで。」
「ほら、今みたいな感じで言ってるはず。」
これが証拠。
「あ…でも、ジュリー君もこんな風に言って、困らせてるんでしょ。」
「う…」
痛いところを突かれる。
「…くすっ。」
「…ははは。」
何となく可笑しくなって、二人で顔を見合わせて笑う。
フウロさんとは話が合うというか、話のテンポが噛み合う。
だが、何かを忘れているような。そういえば、とユウを見ると―
「二人とも今日会ったばっかりなのに、仲が良いんだね。」
―1人蚊帳の外になったユウが拗ねたように言う。
(あちゃぁ〜。)
「ユウのおかげだってば。」
これはフォローしないと。
「そう?何もしてないよ。」
まだ拗ねてる。
「いーや、から揚げ好きのユウのおかげ。」
「そうそう、から揚げが好きな女の子のおかげだよ。」
お、フウロさんもノってくれた。
「もうっ。」
ぷい、と横を向く。だが、さっきまでのような感じではなく、笑っているのを隠すためみたいだ。
「ほら、ユウ帰るよ。」
機嫌も直ったところで、そろそろ帰らないと。
「…わかった。アカネ、じゃあね。」
「ふたりともまた明日。」
こうして、フウロさんに見送られながら、帰宅となった。
「フウロさんって何歳なの?」
ただいま食事中。今日の夕食のメインは、ユウ特製のスープとなった。お手軽に出来て、尚且つ栄養もバッチリという代物。
「私と同い年。」
ずず、ではなくすす、と飲むユウ。食事マナーは気をつけているみたいだ。
「ふーん。」
「あ、アカネに興味あるの?」
ユウがにやにやしている。
「そんなんじゃなくて!」
「どうだか。でも、アカネには恋人がいるから。残念でした〜。」
へへっ、と笑われる。
「はいはい。残念でーす。」
おどけた返事でカウンター。
「仕方ないよ。だって相手の人は、フェイの100倍はいいオトコだから。」
はい、クロスカウンター入りました。耐えろ、歯をくいしばれ、俺。
「…100ばいって。」
ぐす。
K. O.
―???―
「最初からあの二人を組ませるつもりだったんでしょ。」
「何のことかな。」
「ふふ、とぼけちゃって。他にも空いてる人がいたのに教えなかったくせに。」
「よく分かってるな。」
「で、どうするの?」
「まあ、しばらくは様子をみよう。」
「そうね。私もあのコのことをもっと知らないと。」
「私事が混ざってないか?」
「あらあら、そんなはず無いでしょ。」
「…ほどほどにな。」
「ふふふ。」
―3/8―
今日は、個性豊かな女性との初顔合わせがあった。先輩が一番スゴい。なんでもからかいの種にしてくる。これからは何をするにも注意しよう。
パートナーに決まったフウロさんは不思議な人。話は合うけど、自分とは考え方とかが正反対の人のように感じる。何を思っているか、ほとんど分からない。少しでも早く、お互いに理解ができないと。
でも…あぁー、フウロさんは笑顔がカワイイけど恋人がいるのか〜。それにしても100倍いいオトコって何だよっ。
…はぁぁ、残念。
―フェイの日記より抜粋―