第2話:主人公の職場は
朝7時。鳥がさえずり、陽が暖かく降り注ぐ。絵の様な模範的な朝。そんな中フェイは、
「から揚げ…また…もう…む…り……そんなの…ユウだ…け…」
朝からイヤな夢を見て苦しんでいた。
あの後、フェイは結局ユウが様子を見に来るまで寝ていた。どうやら昨日の朝食が想像以上に記憶に残ってしまったようだ。
「フェイ、大丈夫?私が様子を見に行った時、うなされてたけど…」
「うん?大丈夫、だいじょうぶ。変な夢を見てただけ。」
「なんだ。それでどんな夢だった?」
「えっと〜、その、あ!それより、今日の朝食はブレッドなんだ。自家製?」
「まさか。あ、でもいつかは作りたいね。」
「どんなの?」
「ほら、あそこのお店で人気の……」
ユウの話を聞きながら、一安心する。どうやら上手く誤魔化せたようだ。まさか、一週間ずっとから揚げばかりの夢を見たなんて言えない。まだ、機嫌を損ねる訳にはいかないのだ…
義勇軍の入隊試験というので、立派な場所でやるのかと思っていたら…
「ぼろい…」
「みんな最初はそう言うよ。でも、最低限度の設備は整ってるよ。」
そう言って俺の先導をしてくれるユウ。しばらくして立ち止まった所は事務所といった建物。どうやら受付はここらしい。窓口があるらしく、そこへ回り込む。
「こんにちは。一人受付お願い。」
「はーい。で、どなたが?」
どうやら自分の出番のようだ。
「はい、自分です。」
「じゃあ、これに名前と特技を書いて。」
項目が少なく、すぐに書き終えて差し出す。
「記入漏れは無さそうね。はい、受付終了です。じゃあ、ユウ、例の場所まで連れて行ってあげて。」
「分かりました。」
そう言って、連れて行かれたのは…
「ただの野原?」
何の変哲も無い野原。人影もほとんど見えない。
「いつも人手不足なのはそもそも希望者が少ないからなんだよ。」
「報酬はいいのに?」
「それは…」
急に口ごもるユウ。と、
「今から入隊試験を始める!希望者は私の前に集合!!」
指示に従う。人の気配が全然しない。…あの、もしかして、
「どうやら一人のようだな。」
「そうですか。」
「もっとも、いつものことだ。では、早速始める!試験の方法は…」
「鬼ごっこだ!!」
「……あ、あの」
「では、ルールを説明する。一定時間の間、逃げ切れれば良しとする。なお、私も君も剣を使って良い。」
「…?」
「私は剣で君に攻撃を仕掛ける。君は自分の剣でそれを防ぐか、走って逃げる。」
「…」
「私が一本を取ったら即座に終わりとする。質問は無いな?では、10秒だけ待つ。いち、に…」
これは逃げ続けるしかなさそうだ。どう見ても剣の技術では負ける。ただ、問題は周りに遮蔽物がなくて逃げにくいところだ。逃げ切れないときは、この“ぴかぴかに輝く剣”のお世話になるしかない。
「じゅう。では、いくぞ!」
その言葉を聞いて、振り返ると、もう間隔が五歩分しかない。しかも、もう追いつかれる。
「?!」
あわてて剣を構えて正対する。どうやら最初からこうなる運命だったみたいだ。
「ほう。判断力は及第点のようだな。だが、剣の腕はどうかな!」
そう言って斬りかかってくる。それを必死に受け止める。
―キィン―
周囲に甲高い音が響く。
絶え間なくフェイに冷徹な剣が襲い掛かる。相手にはまだまだ余裕がありそうだが、こちらにはそんなものは無い。気を抜いた瞬間に、試験が終わる。捌いても避けても剣戟が降り注ぐ。
―?!―
と、突然相手のスピードが上がった。少しずつバランスが乱れてくる。そして限界が迫ってくる。後二撃、後一劇、後…
「ここまでだ。」
喉元に剣が突きつけられている。力の差は歴然だった。
「完敗です…」
ただ、気になるのは試験の結果。合格なのか、不合格なのか。
「では、結論を試験の結果、君を…」
少し間が開く。ごくり、と喉をならして結果を待つ。
「合格とする!おめでとう。今日から君も仲間だ。」
そう言って手を差し出してくる。
「あ、ありがとうございます。」
その手を握り返す。重厚な手だった。
「一応…オメデトウ。」
ユウは複雑そうな表情で話し掛けてきた。
試験は終わり、今は簡単な手続きを済ませたところ。
「お祝いされてる気がしないんだけど。」
「気のせいだよ。」
「…」
こうなったら何を言っても仕方がない。話題を変えよう。
「試験官の人って誰?強すぎ。」
「フェイが弱すぎるんじゃないの?」
「……(泣)」
「じょ、冗談だって!あの人は元連邦政府近衛騎士団の一員なんだって。」
元連邦政府近衛騎士団?まさか…
「もしかして、“鎧付き”?」
「うん。で、『鎧が邪魔で嫌だ』って言って辞めてきたらしいよ。」
あまりの発言に驚きを隠せないフェイ。
「信じられない…鎧を着けていいのは、ごく僅かな人しかいないから名誉ある地位なのに。」
「ちょっと変わってるよね。あ、あの人のことはみんな“隊長”って呼んでる。」
「何で?って隊長だからか。」
「まあね。だから、名前はみんな知らないよ。」
「へっ?聞かないの?」
「隊長は隊長だからいいんだよ。」
そういうものだろうか?あれこれと過去を詮索するのは、確かに良くは無いが。
「他に凄い人はいる?」
「うーん、そうだね…強いて言えば、私♪」
「はいはい。」
冗談は流すに尽きる。
「冗談と思ってるでしょ!本当なんだから。」
「はーいはい、じゃあ証拠はあるの?」
「実はね、以前連邦政府特別医療班に誘われたんだよ!へへっ、これでどう?」
長ったらしい名前のほとんどがニセモノである。ユウは騙されてたんじゃ…
「なんか胡散臭い名前だけど、本当にそんなのあるの?」
「…じゃあ、もう言わない。」
ユウは足早に去っていく。足音を大きく立てて。
「ちょ、ユウ?!」
慌てて追う。機嫌をかなり悪くしたようだ。足音でユウの機嫌は分かる。
「…」
「ちょ、ユウってば。待ってよ。」
「どうして?家に向かってるだけだよ。」
返事がそっけない。
「…ごめん。」
「なんで謝るの?」
振り返るユウ。
「ユウの言葉を信じなかったから、それで、ユウを怒らせて。」
「―怒ってるんじゃないよ、ただ…悲しかった。」
「ユウ…」
「―反省した?」
「はい。」
「なら許してあげる。」
微笑んでくれるユウ。見ている者を癒す笑顔。やっぱり笑顔が一番似合う。
「ありがとう。」
そして、家へと帰った。
すっかり日も暮れて、夕食も終えたフェイはのんびりしていた。
「そういえば。」
「何、ユウ?」
「今日試験で使ってた剣は自前なんだよね?」
「そうだけど。」
嫌な予感がする。
「見せて!」
「どうして急にまた。」
「試験の時にぴかぴかに輝いてるの見て、きれいだなぁ〜と思ったから。で、今それを思い出した。」
「ふーん。」
ユウはたまにとんでもないことを言う。
「あ、許したお礼はまだしてもらってないけど?そんな恩知らずだったのかな〜?」
にやにやと笑いながら、こちらを追い詰めていく。
「はぁ〜、分かった。ちょっと待って。二階から取ってくる。」
「いってらっしゃーい。」
嬉しそうに手を振っている。もしかしたら、単純に剣が珍しいのかもしれない。
「はい、どうぞ。絶対に刃には触らないこと。」
「わかった。…うん、やっぱりいいな〜。飾り物にピッタリ。」
冗談にしては、目が本気だ。
「あはは、考えとく。」
「そう?期待しないで待ってる。」
その割には嬉しそうな弾んだ声。もっとも、そう簡単にはあげられない。祖父の形見だし、これからも必要な相棒である。約束を忘れるのを待とう。
「最初のお仕事の日はいつだっけ?」
ユウに尋ねる。
「明後日だけど、明日は色んな人が来てるから会いに行ってきなよ。」
「色んな人?」
「うん。で、その中からフェイのパートナーを決めないと。」
ちょっと待った。そんな話は聞いてない。
「あ、聞いてないって顔してる。ウチは二人一組で行動してるんだよ。人数が多くないから奇襲とか偵察とかだし。小回りの効く部隊ってコト。」
なるほど。確かに少人数ずつで構成した方が動き易い。
「そっか。でも、余ってる人はいる?」
「一人の人は色々と事情がある人だから…あ、私と仲がいい人も一人だから紹介してあげようか?」
「ホント?!どんな人?」
「明日のお楽しみ。…ふぁ〜ぁ、もう遅いから寝るよ。」
大きなあくびをするユウ。こちらも試験で疲れていて眠い。
「わかった。おやすみ。」
「おやすみ。」
そして、次の日の朝を迎える。
―3/7―
なんとか入隊試験に合格した!これでようやく稼げる。コッチに来てからユウのお世話になりっぱなしだから頑張って働きたい。
それにしても“隊長”は強すぎ。敵に回したら恐ろしい目に遭いそうだ…
―フェイの日記より抜粋―