第1話:主人公の名は
「…っん……うーん…」
今の時刻は朝7時。太陽は少しずつ昇り、家には光が差し込み始める。そんな中、昨日着いた為か、男はまだ寝ていた。
「ん…んむ…」
だが、もうこの町のだいたいの人が起きている。寝ている男に近づいてくる人影も例外では無かった。
「起きて。」
「……んん…」
「起きてってば。」
「……んむ…んん…」
「起きろ。」
「?!」
ガバッと男が起きる。寝ぼけたまま、自分を起こした人物を見上げて、
「…?」
何度かまばたきして、
「っ!?ユウっ!!」
親友との再会に感極まって抱きしめ―
「朝の挨拶。」
「おはようございます。」
「何そのアイサツ…ふふふ。おはよう。」
今度こそ抱きしめよ―
「朝ご飯作ったから、早く食べるよ。」
―お腹がとても空いていたので、男はすぐに従った。
「フェイ、久しぶり。」
「こっちこそ久しぶり。ユウはあんまり変わってないね。」
朝食の鶏のから揚げをつまみながら答える。
「うるさいなぁ、いいじゃん。じゃあ、フェイは変わったの?」
「まあ、ね。」
から揚げを口に運びつつ答える。
「ふーん。…どうしてコッチに来たの?」
「…向こうの生活に嫌気が。それに―」
「それに?」
「誰かさんに会いに来たってのはダメ?」
から揚げを手にしながら冗談めいて言う。
「誰かさんって誰なんだろうね。まったくわかんないよ。」
笑いながらユウが答える。
「そう?ヒントは…から揚げ好きってことかな。」
ユウに合わせて、から揚げをつかみつつ答える。
「嫌味?」
「嫌味。」
「だって、好きなんだからいいじゃん!!悪い?から揚げはへふひぃへ―」
から揚げをつまみつつユウが言い放つ。
「はいはい、ごめんって。だから落ち着いて。」
すると、ユウは口の中のから揚げを食べるな否や、
「落ち着いて?落ち着けっていうの?昨日家に帰ったらフェイが家の前に倒れてたのに落ち着けっていうの!!!」
「…ごめん。心配してくれてありがとう。」
そんなことは言ってないが、不条理な転換には目をつぶるフェイ。ユウに心配をかけたのは確かなのだ。
「……ここまで来るの大変だった、よね?」
「うん。ってそんな顔しないでよ。無事に着いたんだから。ね。」
そう言いつつ思い出すのは、ここに来るまでの道のり。
以前の一つの国だった頃、国は一つの大きな島国だった。東側は、もともと国王が統治していた古い国のみがあった地域。フェイが以前いた国王側の陣営である。西側は、合併された小さい国々があった地域。今ユウとフェイがから揚げを食べている、大統領側の陣営である。この島の中央には大きな山があり、その山から南北にそれぞれ川が伸びている。この川にそった線が今の二国の国境である。当然今は直接行き来するのは危険で困難であり、他のルートは―
「他の国を経由してきたんでしょ、どこ通ったの?」
「えっと、ほら、あそこ。学園都市国家の隣の。」
「もしかして、あの闘技場がある国?」
「そうそう、そこ。闘技場には足を運んでないけど。」
―第三国を中継するのが途中までは確実なルートである。基本的に周りの国は中立であり、“不幸な事故”はしばしば発生はするが武力衝突のない、ほぼ安全な区域なのだ。
「やっぱり船で渡った?」
「陸だと時間がかかり過ぎるから。」
周りの国との間には大きな海が広がっているが、幾つかのとてつもなく長い橋が海を越えて陸をつなげていた。だから、厳密には以前の国は島国ではなかったし、それ以上に島国というよりむしろ―
「そう?この島を一周するより速く済むと思うけど」
「島っていうか…ホントは巨大な大陸でしょ、ここ。一つだったときは世界一大きい国だったんだから。」
「そういえばそうだね。その頃は“世界の中心”って言われてたっけ?」
「他の大陸にぐるっと囲まれて、しかもそれぞれの大陸と橋がかかってたから。でも、今は…」
「橋が一つ途中で寸断してるんだよね。でも、私には関係無いから困らないけど。それより話を戻すけど、あそこからこっちには船で密入国?箱の中に隠れてとか?」
「箱じゃなくて樽に…ゴメン、思い出したくない。えっと、つまり、そんなに危険な旅じゃなかったってこと。これでいい?」
フェイは思い出すのを止めた。これ以上はユウには言えない。言うわけにはいかない事情がある。
「……わかった。」
ユウは返事をしながら考える―フェイが嘘をついていないのは分かるけど、敢えて教えてくれないことがあるのも分かった。こういう所は昔と変わってない。フェイなりの気遣いは嬉しいけど、距離を置かれているようで嫌だ。昔はあれほど仲が良かったのに。だから、必ずいつか全部を聞こうと思う。私はフェイの一番の友達なのだから―
朝食も終わり、これからどうしようかとフェイが思っていると、
「ヒマ?じゃあ、掃除手伝って。」
ということで家の掃除の手伝いをすることになった。ユウには一宿一飯の恩もあるから二つ返事で引き受けたが、これがなかなか大変な作業だった。ユウが今住んでいる家は、二階建てだが一階部分しか使われておらず、二階部分は物置代わりになっていたが―
「その机はここ。で、向こうの棚は下の居間に持って下りて。それから…」
とまあ大規模な整理をして一つ部屋を空けた。
「これでよし。」
「 掃除は、 じゃあ、 もう終わり? 」
息も絶え絶えに聞く。
「どうしよっかな〜、なんてね。掃除はお終い。お疲れ様。」
「お、お疲れサマ。」
「もうダメなの?だらしないな〜。」
「………」
少しむかついた。
もう昼過ぎということで、昼食の時間となった。ユウが何かを持ってくるのが見える。
「はい、コレでもどうぞ。」
「コレ…蜂蜜レモン?」
「そうだよ。食べてみて。」
手に取って食べてみる。
「?!ちょっと甘いけどおいしい!」
「えへへ、結構得意なんだ。疲労回復にいいんだよ。」
笑いながら話すユウを見て、フェイは癒された気分になった。これなら掃除も悪くないなと思う。
「じゃあ、次は買出しに付き合ってもらうから。」
「……………なんの?」
また疲れるのかと思いながら尋ねる。
「同居人の生活用品。何がいる?」
「え゜?」
なにをおっしゃってるのカナ?
「今の二階の部屋のままでいいの?」
まさか…
「何でビックリするの?ここで暮らすんでしょ?」
話がオカシイ。どこか家を借りて一人気長に暮らす予定のはず。ここは丁重に断ろう。
「ユウ、実は」
「もし断ったら、フェイはコッチの国に居られなくなるかもね♪」
楽しそうに脅すユウ。
こちらの弱みは握られている。もし、向こうの人間であることがバレればどちら側からも追われる。
今だってユウがいるから身元が保証されているようなものだ。しかし…
「一緒に暮らして大丈夫?」
「?」
「俺は男、ユウは女だよ?」
「フェイは襲うの?」
「…そんなことはしない。」
「なら、問題無いでしょ?違う?」
「でも、どうして…?」
「ほら、力仕事とか楽になるし、それに…」
「それに?」
「もし、何かあったら守ってくれるよね?」
「…守るよ。」
「ありがと。…ということで決定。ぐだぐだ言うなら本当にバラす。」
「り、了解。」
「うん、よろしくね。じゃあ、早く買出しに行くよ!」
町をあちこち巡り、寝具や食器などを買った。お金はユウが出してくれた。なんでもイイ仕事のおかげでお金はあるらしい。しかし、このままユウにお世話になり続けるのは恥ずかしい。自分も仕事を見つけないといけないと思う。
「ユウ、その仕事は人手募集中?」
「えっと…うん、年中募集中。」
「年中?!そんなにイイ仕事なのに?…もしかして危険な仕事?」
「えっと、“私は”危険な仕事じゃないよ。」
「??まぁ、多少危険でもメリットの方が多そうだし、俺にその仕事紹介して!」
「うーん……じゃあ質問に答えて。」
「いいよ。何?」
「特技はある?」
特技、とくぎ、といえば…
「うーん、猫の気持ちが少し分かるコト。」
「…他は?」
「ほか、ほかは…あ、耳がいい!」
「紹介するのはナシで。」
「冗談だって、ごめんってば、ねえ、ユ〜ウ〜。」
「…」
「し〜ご〜と〜ほ〜し〜い〜な〜。」
「あぁ、もう、うるさい!一度しか聞かないからちゃんと答えて。あなたの特技は?」
どうやら冗談が過ぎたようだ。真面目に話すしかない。
「剣を少々。」
―すると、突如暗い表情を見せるユウ。
「そう。そうなんだ…」
「ユウ?」
怪訝な表情のフェイ。
「仕事は、紹介、できる、けど…どうしても紹介しなきゃダメ?」
「へ?問題無いなら紹介してよ。」
「だって、私が働いてる所は……義勇軍の小隊だから。きっとフェイは前線になるから、そしたら死ぬかもしれないから…」
今にも泣き出しそうな顔のユウ。
「…」
「私は薬を作るのが主だから、いつも後方部隊で安全なとこにいる。…だから何人も傷ついた人を見てきた。」
「…」
「私はそんな姿のフェイを見たくない…」
…いつも人の心配をしてくれるのはユウだった。お人好しすぎる性格で、だから今も心配してくれている。
「ユウ、怪我しないようにする。絶対死なない。約束する。」
「絶対なんて無い!!いつかはきっと…」
声を荒げ、そして寂しそうに呟く。そんなユウを見ていると、苦しくなる。そんな風に考えるようになった過去の記憶に怒りが込み上げてくる。だから、自然と言葉が出ていた。
「…じゃあ、それを証明するよ。そして、ユウの言葉を否定してあげる。」
「フェイ、それ本気なの?」
「本気。」
ユウの顔を見つめる。目と目が合う。―しばらくしてユウはため息をついた。
「……はぁ……なら、明日入隊希望者への試験会場まで連れて行ってあげる。」
「ホント?!ありがとう!」
「その代わり!落ちたら二度目は無し。いい?」
一度でもチャンスをもらえたのだから文句など無い。
「分かった。」
「ん。じゃあ明日は大変だから早く寝て。」
「了解。おやすみ。」
「おやすみ。」
フェイは階段を昇って二階の部屋へと向かう。部屋に入り、使い込まれた扉を閉め、机に向かう。毎日欠かさずに日記をつけるのがフェイの習慣となっている。文面を短くまとめ、ベッドに横たわる。今日の疲れがどっと押し寄せ、睡魔も波状攻撃をしかけてくる。色々考えようかと思ったが、あまりに眠いのでさっさと寝ることにする。明かりを消し、窓から差し込む柔らかな光に照らされながらフェイは眠りに落ちた。
その頃一階の住人はまだ起きていた。ベッドに横になっても、明日のことを考えると気が重く、なかなか寝付けない。そもそも、フェイが剣を使えるというのが驚きだった。以前、学生だった頃は一度もそんな様子は無かったし、そんな話が出たことも無かった。一体いつ身に付けたのだろうか。隠し事をされたみたいで少し悲しく、悔しい。フェイとの関係はそんな希薄なものじゃないのに。
…意地悪してやる。そう考えると心が軽くなり、ユウは眠りの世界へ旅立った。
―そして、次の日を迎えた。
― 3/6 ―
なんとかユウの家に着いたが…ユウのから揚げ好きには困った。まさか朝食で出すなんてそんな…。まさか明日も?まさか……ねぇ…
―フェイの日記より抜粋―