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間違ってた

「自分で解決できるところまで手出ししようとして。父親より始末悪い」

「判断までは、引き受けられないんだぞ」

 身体のデカい津田さんと態度のデカい野口さんが一斉に言う。なんて反論しようかと思っているうちに、山口さんが爽やかに「身の丈に合わないことするから」とヒトデナシ発言をして後ろを通り過ぎる。なんちゅうチームワークの良さ。

「打ち合わせ済ですか?」

「必要ないわよぉ。子供の考えることなんて、バレバレ」

 はあ、左様でございますか。


「ウチは、一人になるの怖がってなあ。半年近く、家の中でもトイレ以外はくっついて歩ってたわ」

 津田さんのぼそりとした呟きに、野口さんが答える。

「あの沢城が?いつ?」

「そ、あの強気なヒトが。まあ、妊娠中だったし、ナーバスになるよな」

「マタニティ・ブルーの強いみたいな?」

「まあね」

 野口さんが納得したようなしないような顔で、でも踏み込まずに頷いた。

「俺が過保護にしちゃったんだよ。自分が遅いときは実家に居させたりしてね。そんなことしてたら、自分は解決できないって思いこんじゃうのに。ま、結果的にはあの人は逞しいからね、自力で解決してたけど」

「だ、そうよ、萩原君。坂本さんの次の派遣先には、萩原君はついていけないのよ」

 坂本の契約が切れるまで、まだ一か月以上あるのに。


 解散して帰る頃、坂本からメールがあった。

>今日は良い日でした。ちょっとずつこうやって、頑張っていこうと思う。萩原さんにも迷惑かけないように。

 あれくらいの意思表示で、そんなに自信がつくのか。

>迷惑じゃないから、大丈夫。無理することないよ。

 返信してから、津田さんと野口さんの顔を思い出す。坂本だって自力で解決しようとしてるじゃんか。手助けくらいしたっていいだろ。


 二月も終わりかけた頃、坂本はずいぶん喋るようになっていた。意外な程テンポの良い受け答えに、驚きながらも楽しい。一緒に映画を見に行って、ハリウッド超大作を「駄作」と言い切る。

「CGだらけで出来合いのアクションシーンを誤魔化して、ストーリー性なんて考えてないんじゃない?」

 辛辣に評価する一方で、その後にお茶を飲みに行くと、メニューを見つめたままで固まったりする。相変わらず何かしちゃおうって感じにもならなくて、やけに中途半端な付き合い方が続いていた。


 メールの定期便が当たり前になると、当然いろいろなことを知る。カウンセリングで掘り起こしたことを、何でもかんでも聞いちゃっていたので、俺の知識は「素の坂本」よりも「モト君のキレる瞬間」が増えたくらいだ。いや、そんなヤローのことなんて、聞きたくもないんだけどね。

 ただ、あの飲み会を境に、坂本の話の内容は少しずつ外を向くようになった。


 メールも電話も来なかった日、一人で泣いてるんじゃないかと、つい俺から電話をした。

「今日はね、一人で頑張ってみようと思って。気にしてくれて、ありがとう」

 俺好みの坂本の声が、耳元に聞こえる。泣きながらの電話じゃないのって、いいなあ。坂本の派遣はやっぱり継続にはならないらしくて、社内で顔を見るのはあと一ヶ月と少しだ。野口さんの言うとおり、俺は次の派遣先についていくことはできないから、顔色を窺い続けたりはできない。

 俺は、何ができるんだろう?何がしたいのか。坂本を庇ってやる以外に。


 何日か前から、坂本の調子が悪い。野口さんに聞いた話だと、また給湯室で紙コップを千切っていたらしい。決算前のドタバタで俺もなかなか時間が取れず、一緒に歩いて整理させてやれなくて、硬くなった表情を気にしながら、どうしてやる事もできない。

 自分が疲れてくると、夜中の電話とメールが苦痛になってくる。楽しくない話は疲れるから、受け答えが取り繕えなくて、ぞんざいになる。悪いとは思うんだけど、どうしようもない。俺だって愚痴を言いたいことはあるし、他人の話を聞く余裕のないトラブルを抱えたりもする。

 一方的に保護者になると、結果的にお互い辛いぞ。

 よくわかりました、津田さん。


 夕方、営業先から会社に戻る途中で、坂本からのメールを受け取る。結構俺にしては大きな物件なのだが、メーカーの生産遅れで、施工請負と建築会社の両方に頭を下げるため、津田さんにも同行してもらっていた。

「今日、このまま帰って・・・」

「バカ言うな、これから流通管理にメーカーと交渉してもらうのに。おまえの物件だろ」

「そうでした」

 津田さんは俺のプライベート用の携帯に目をとめて、溜息をついた。

「自分でどうにかしようと思わなくなったのは、おまえの責任。ちゃんと責任とれよ?無責任に構いまくったんだから。人間ってのはね、楽な状況に慣れるのはおっそろしく早いの。おまえって器用な分、楽しかしてなかっただろうから知らないだろうけど」

 反論のしようは無く項垂れて、坂本にまだ仕事が残っているとだけ返信した。


 くしゃくしゃするので、前に合コンで知り合った子と連絡を取ってみた。女の子と頭を使わない話をするのは楽しいし、やわらかくて良い匂いの髪は気持ちいい。気分良く酔わせてホテルに連れ込んじゃうのもお手の物で、そして。

――つまんなかった。

 相手の女の子にはものすごく失礼だけど、向こうも遊びなんだから、どうってことないよな。ちゃんと興奮して快感はあって、相手のカラダにだって不足があったわけじゃない。にもかかわらず、終わった途端にしらけてしまって、余計にどうしようもない気分になった。これが楽しいと思っていたのに。


 また連絡して、なんて言葉に手を振って、電車の中でアドレスを消去した。悪いとは思わなかった。

そこそこ可愛い子だし、俺と同じような男はこれからもいるだろ。その晩の坂本のメールにも、返信はしなかった。

 ごめん。どうしてやっていいんだか、わかんねえや。俺が庇ってやれるのは、顔が見られて自分に余裕がある時だけだ。津田さんが責任とれって言ったけど、坂本が何に救われるのか、俺には見当がつかない。それが三月はじめの日曜日の話だ。


 月曜日に会社に来た坂本は、ひどく顔色が悪くぼんやりしていた。昨日メールの返信をしなかったのが、後ろめたいくらいだ。

「今日も、忙しい?」

 泣きそうな顔で言うから、断れなくなった。津田さんに手を合わせて図面のチェックをしてもらい、会社から近い航空会社の名を冠したホテルの中庭で待ち合わせる。居酒屋やファーストフード店では、パニックを起こしかねない、それくらい後戻りして見えた。


 街灯はあるから暗くない。桜祭りにはまだ一月早い桜坂に、人はいない。冷たい風の中で細い坂本はとても寒そうだけれど、一駅分歩かせようと思った。

「ごめんね。私ばっかり寄りかかってるから、萩原さんもうんざりしてるんだよね。だから頑張ろうと思ってたのに、一人じゃいられなくて」

 ひどく切羽詰った声で、なんと答えていいのかわからない。


 ずいぶん前に、朝の新橋駅で待ち伏せした。あの時、坂本はまだ怯えていて、それでも自分を取り戻すのだと力強い表情をしていた。その顔はとても綺麗だった。

 今、気がついた。坂本を弱くしちゃったのは、俺だ。取り戻すはずのものを、先回りして俺が手渡しちゃっていたから、坂本はそのトレーニングができなくなってる。

「―――ごめん」

 人通りの少ないその坂の途中で、坂本を抱きしめた。

「ごめん。間違ってた」

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